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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
最終章 シルティアーナ[16歳]
290/337

オーランシュの状況整理とジルの炊き出し

 ソファから立ち上がって硝子(ガラス)製の窓越しに(洞矮族(ドワーフ)(たくみ)が作る一級品と比べると、多少の気泡やムラはありますが、まあまあ高品質の板硝子です)ホテルに面した通りを見下ろせば、街道の関所とあって行きかう人や旅行者、行商人、荷車の列などひっきりなしですが、戦火を恐れてか入ってくる人間よりも出て行こうとする人の方が多いように思えます。


 もっとも戦時下ですのでかなりの制限がかけられ、そう簡単に出入りはできないため、ほとんどが足止めを受けてあぶれているようですが……。

 そうした人たちは木賃宿に泊まれればよいほうで、大部分が関所の前の広場や路上で寝泊まりするしかなく、いまの時期ならギリギリどうにかなっているようですが、これから寒さが厳しくなってくると老人や女性、子供を筆頭に凍死者がでそうで心配ですわ。


「……改めて思い出してみると、オーランシュ辺境伯領(ここ)に足を踏み入れるのは、あらかた五年ぶりなのですわね」

 そう呟きますが別に感慨とかはありません。

 だいたいにおいてウエストバティ市(この街)へ足を踏み入れたのは初めてですし、シルティアーナだった当時は、王侯貴族の箱入り娘(笑)の常で、そうそう王城や宮殿の外に出る機会もありませんでしたし、ブタクサ姫時代は部屋で食っちゃ寝して、ひたすら贅肉を蓄えていただけですもの。

 記憶はまだらでおぼろげながら、当然、行きかう自国民の生活の様子など見たことはおろか、興味すらなかったかと思います(当時の私は寝台と椅子、そして手の届く範囲が世界のすべてでした)。


 その上、唯一の遠出となったシレント央国へ向かう馬車の行程でも、ここは通らずに領都を出てから割と早い段階で()()に遭ったわけですから、郷愁など起きるはずもなく、ほぼほぼ初めて見る異国を眺めている気分です。


「ともあれ独断とはいえ現場にたどり着いたわけですから、最低限この場にいる全員で現状の意識共有をしておくべきですわね」

 先ほどのカトレア娘子軍を他山の石にしたわけではないですが、やはりチームとして『報・連・相』は大事だと痛感しましたので、ここでオーランシュの現状と私たちの今後の方針について周知を図ることにいたしました。


「現状を俯瞰(ふかん)すれば――」

 と、前置きをしてから、私はテーブル――では手狭なので、絨毯の敷かれた床の上に教団が所有するオーランシュとその周辺を記した地図を広げて、『収納(クローズ)』してあったチャトランガの駒を取り出しては、随所に並べて示します。


 まずはクルトゥーラに『(ラージャ)』と『大臣(マントリ)』並べて置き、やや離れた場所に『騎兵(アシュワ)』、『戦車(ラタ)』を配置しました。

「オーランシ辺境伯領(王国)領都(首都)クルトゥーラでは、正室のシモネッタ妃とジェラルド王子が動かざること山の如し……というか、なーんにもしてませんわね。そしてメンシス聖王国からの派兵も増援もないままほぼ飼い殺し状態、と」

 ついでにオーランシュに接する街道や関所などに、外向けにして『騎兵(アシュワ)』と『歩兵(パダーティ)』をかなりの数並べます。

「オーランシュ王国の領主貴族や陪臣は中央の意向を無視して、独自に所領を守るために国境線で睨みを利かせている状態ですし」

 要するに頭の言うことを無視して、手足が勝手に戦っている状態で、普通ならバラバラになるか各個撃破されるところ、個別に対応できているところはさすがは音に聞こえた強兵国家オーランシュですわね。


 でも、この状態が続いたら下手をすれば国が割れるか、下剋上が起きるのではないかしら? と漠然と思いつつ私は続いて、オーランシュに隣接するビートン伯爵領にも『(ラージャ)』と『大臣(マントリ)』、そして『歩兵(パダーティ)』をふたつほど置きました。


「最小勢力であるパッツィー妃ですが、周辺の中小領主との関係も良好であるため、地の利とご長男をはじめ三人の継嗣を擁しているという建前は有効ですわ。もっとも甥であるビートン伯爵は現在半壊した領主軍の立て直しに奔走しているため、いまのところパッツィー妃とシモネッタ妃が互いに罵り合……相手の正統性のなさ、無軌道さ、人格に至るまで、公式非公式を問わず声高に非難しているだけのようですが」

「目糞鼻糞を笑うですね」

「五十歩百歩というか、ドングリの背比べですね」

 コッペリアとエレンがほぼ同じ感想を口にしました。


 当然のように双方とも公式には大本営発表ですので、都合のいいように事実を歪曲していますし、新聞やマスコミはプロパガンダの道具と化していますので――聖都と違って軍閥貴族に牛耳られているここいらの新聞社は権力の走狗ですから――本当のところは五里霧中です。


 それと離れた場所に『(ラージャ)』と『大臣(マントリ)』、『(ガジャ)』、そして『歩兵(パダーティ)』を五つ置き、最後にこの場所――ウエストバティ市に『(ラージャ)』と『(ロカ)』を配置して終了です。


「いまのところ漁夫の利を狙っているエロイーズ妃が有利かしら? シレント央国という強力な後ろ盾に加えて、ほぼ無傷の戦力を保有し、王子ふたりも程よく無能で傀儡には好都合ですし。問題はここ、ウエストバティ市に突如現れた第三勢力である、故クララ妃の一粒種であるシルティアーナの動向よね」


 皮肉にも私が二代目聖女を襲名したことで、先代の巫女姫であるクララ(イライザさん)の株が上がり、そこへもってきてこれまで『醜く愚鈍だと蔑まれていたブタクサ姫』が、一転して『疎む他の妃や腹違いの兄弟姉妹たちの目を欺くため、臥薪嘗胆……聡明な頭脳と能力、美しい姿を隠していた救国の乙女』という、物語の主役のようなバックボーンが突如として明らかになり、圧倒的な民衆の支持を得るようになったわけですので、私としては胸中複雑ですわ。


「――もっとも、その戦略目標や背後関係がイマイチ不明ですし、()()()()()()()()()()()()ため、今回こうして直接交渉を持ち掛けたわけですが。ともあれ、以上が表面的な騒ぎの勢力図ですわね」


 つまるところオーランシュの次期後継者を巡っての椅子取りゲームであり、本来は話し合いで決着がつくはずが、そこら辺をすっ飛ばして身内同士が足の引っ張り合いに全力投入。誰かが矛を収めるか手打ちをすればいいものを、お妃同士の確執と怨讐が入り混じり合って、完璧にお互いへの対抗心から戦争を継続。『譲歩』とか『迎合』とか『協調』などという意識はとっくに行方不明。

 気が付けば親兄弟友人知人が庭先で殺し合いをする混沌の出来上がり……というわけです。


「呆れたものですわね。お互いへの個人的な敵意から、大切な家臣や保護すべき民衆がどんどん死んでいることを、王子なりお妃なりは自覚しているのかしら?」

「とても考えているようには思えませんね。あるいは理屈では理解してはいても、実感としてないのかも知れません」

 私の嘆息にノワさんが顔をしかめてゆるゆると首を横に振りました。

 昨年に勃発し、収束した黒妖精族(ダークエルフ)内の反乱と、洞矮族(ドワーフ)との紛争において、終始一貫して民に犠牲を出さないように奮闘した妖精女王(ティターニア)様。その苦労と頑張りを間近で支えてきただけに、人間族(ヒューム)の上に立つ立場の者たちが、愚かにも私利私欲で行動する無様さが余計に引き立って見えるのでしょう。


 げんなりした表情で話を聞いていたプリュイが、地図上の各個で対外的に対応しているオーランシュの諸侯勢力を指しながら疑問を投げかけます。

「外部勢力と睨み合っているというが、具体的には?」

「いろいろですわね。シレント央国も反政府組織撲滅という名目で正規軍を派遣していますし、長年国境線を巡って対立してきたリビティウム皇国に隣接するグラウィオール帝国領主や諸国も、メンシス聖王国とは無関係に人道支援を標榜して介入の糸口を探っているらしですし、リビティウム皇国内でも隣国では難民問題を危惧する諸国が流入を警戒して国境線を固めていますし、この機会に領土を掠めようと進駐する機会を狙っている領主から豪族、賊徒に至るまで小口の勢力をあげればきりがありませんわ」

「ま、人間同士の戦いなんて古今東西、どこもそんなもんですけどね」

 コッペリアが達観した口調で総括しました。


「誠に遺憾ながらその通りですわ。ともあれ政治的にでも軍事的にでも宗教的にでもいいので、早めに決着をつけるべきですわ。そうでないとオーランシュのみならず、リビティウム皇国全体の融和が難しくなりますもの」

「にゃるほど。政治的、軍事的、宗教的にひっくるめて力づくでもケリを付けられるのは、聖女サマくらいなもんですからにゃ」

 納得した風に頷いたシャトンですが、そこでおもむろに私の本心を値踏みするかのような目で、私の瞳を覗き込んできました。

「その聖女サマは誰が次のオーランシュ国王になるべきだと思っているのかにゃ? にゃ?」


「私ですか? この混乱を収束できるのでしたら、利害関係を無視しても問題ありませんが……ただ」

「ただ?」

 聞き逃せないとばかり目を光らせて、ぺろりと舌なめずりをするシャトン。

「本音を言えば、名目上でも折り合いをつけられるとしたらお父さ――行方不明である現オーランシュ国王コルラード辺境伯に出てきていただいて、明確に後継を決定されるのが一番だとは思います」

「ああ、シモン卿ですか。そーいや愚民ともども雲隠れしているんでしたね。芝居や物語の定石だと、行方不明の親父や友人は大概敵方に回っているんですよねー」

 訳知り顔のコッペリアが縁起でもない軽口を口にします。

「軽はずみなフラグを立てないでくださいまし!」


 思わずそうコッペリアを窘める私に対して、シャトンが納得した風情で目を細めました。

「にゃるほどにゃるほど。まあコルラード辺境伯の行方については、いま親方が探っているところですので、手がかりくらいは近日中にわかるかと思いますにゃ」

 逆に言えば親方でさえ手がかりが掴めないということは、すでに生きていない可能性が高いですが、と続けるシャトンでした。


「あのジル様、状況はだいたい漠然とですがわかったのですが、それで今後の方針ってどうすればいいんですか?」

 小首を捻るエレンと並んで捻るラナに向かって、私は再度窓に寄って窓越しに見える避難民を眺めながら、自明の理としてそれを口にしました。


「面会がかなう三日後まで時間が空いている以上、とりあえずは……」

「「「「「とりあえずは?」」」」」

「炊き出しですわね」


 ◇ ◆ ◇


 翌日、ウエストバティ市にある聖女教団の古びた教会の庭が開放され、路上で暮らす避難民や貧民を対象にした炊き出しが行われ、慰問に訪れた二代目聖女(わたし)の手になる肉を使わない豆カレー(ダール・タドカ)とチャパティがふるまわれ、話題が話題を呼び、その香りとも相まって、予想を遥かに超える人たちが長い行列を作ることになったのでした。

二代目聖女(わたし)の手になる=「手によって作られた」の意味になります。

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もよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[良い点] コルラード辺境伯が後継者を決めなかったばかりに……。 これは物語が始まった当初からの構図ですが、やはり意中の人物はシルティアーナだったのか。 そして現在、偽物と本物のジルが存在している状態…
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