オーランシュでの第一歩とカトレアの娘子軍
【オーランシュ王国西部街道関所・ウエストバティ市】
「はあああぁぁぁぁん?! クララ様が本物の聖女であるか確認できない!? 教団からの連絡がない以上、偽物の可能性が高いので、通すわけにはいかないっ!?! ――お前らの目は背中に付いてるんですか! それか頭の中に脳味噌の代わりにアリンコの巣でも詰まってるんじゃね!? こんな一目瞭然の事実を前にして、何を寝ぼけたことを抜かしているんですか!!」
いずれもうら若い女性である門番と『カトレア娘子軍』所属騎士を名乗る人たちと、門前で押し問答をしていたコッペリアのオラついた声が高々と木霊します。
「何と言われましても、姫将軍――シルティアーナ姫様はアポイントメントがない方とはお会いになりません。いかに〈聖王女〉様を名乗られても、確認する術がない以上、ここをお通しするわけには参りません。身分を詐称して門扉を叩く不逞の輩が連日押しかけておりますので、ご本人であるというのでしたらそれを証明する書類か正式な紹介状をご持参ください」
判で捺したようなテンプレートの回答を前に、
「偽物!? クララ様を詐称?! 目ん玉の代わりに腐ったゆで卵でも詰まってるんですか!? 動かぬ証拠――あ、クララ様。居たたまれない顔をして、勝手に動いて逃げようとしないでください――実物の生クララ様を目の前にして、よくもまあ天に唾をするが如き暴言を言えたもんですね!!」
さらに激昂したコッペリアが、「さあ目ん玉見開いてしかと見よ!」とばかり、門前払いを食らって所在無げに立ち尽くす私を手で指し示しました。
「「「――うっ……!」」」
途端に決まり悪げに微妙に私から視線を逸らす彼女たち。
「ほれ。ほれほれほれほれっ」
相手が怯んだところで、ここを先途とばかりドヤ顔で畳みかけるコッペリア。
「ボケナスの田舎娘でも聞いたことがあるでしょう。このそれ自体が微光を放つような、半透明でピンクゴールドの腰まである長髪! 光の加減で宝石のように輝くエメラルドグリーンの瞳! 日焼けを寄せ付けない処女雪のようなきめ細かく艶やかな肌! 推定九十八セルメルトでありながらブラなしでも垂れずに直立する美乳! まさに豪奢にして華美! 神聖にして非の打ちどころのない見目麗しさ! なおかつ凡百の、お前らみたいに美容の維持のために苦労している女どもとは違って、生まれてこの方その手の努力をしたことがないという、真の天然自然の生きた芸術品!!」
コッペリアの口上を聞いていた、こちらも森の妖精にふさわしい外見をした妖精族のプリュイと黒妖精族のノワさんが、顔を見合わせて心底不思議そうに首を捻りました。
「……美容の維持とか、何か努力が必要なのか?」
「さあ? 私も朝、顔を洗う程度しかしてませんので」
その他愛ない雑談を聞いて、心なしか女性兵士や女性騎士の表情に、イラっとした苛立ち? やっかみ? のような感情の色がよぎったような気がします。
「この絶対的な容姿に加えて才知、血統、知性、教養、権力、財力、人徳を併せ持つ、天が完璧な依怙贔屓で二物三物どころか、全部載せしたような大陸の最高峰に位置する、神にも等しいクララ様を、どこのどいつが自称して騙れるのか――」
『まあ、三十年前にひとりだけ身の程知らずの馬鹿がいましたが』
ここでこっそりとコッペリアが早口で付け足したのを、多分私だけが聞き取れました。
「だいたいにおいてクララ様の名を騙る……否、疑うことすら不敬どころではないですよ。そこんとこわかっているんですかね、下っ端が。《聖天使城》では、馬の絵を見てクララ様が『みなの者、これは鹿であるな』と言えば、『はい、鹿でございます!』と即座に追従するのが当然でありっ」
「……それはそれで組織として問題あるのではないかしら?」
思わず疑問を呈した私の独り言に答える形で、このウエストバティ市へ到着する直前でフィーアに乗って合流したエレンがこっそりと耳打ちします。
「そーいうバカなことを調子に乗ってやっていたので不審に思われて、影武者なのがバレたんですよ」
ああなるほど。とはいえ想定していた不測の事態の中では、まだしも無関係の方々に迷惑をかけなかった分、マシな理由ですわね……と、私は密かに安堵しました。
コッペリアのハッタリを受けて、とっくにキャパシティがオーバーしている娘子軍の方々に向けて、さらにコッペリアの独演会は続きます。
「さらに偉業の数々といったら枚挙にいとまがなく、例えば(以下、数十分身振り手振りを交えた演説が続く)――というわけで、まさに聖女! 女神の化身もかくやという素晴らしい御方なのです。かように天下唯一、絶対無比なるクララ様を表面だけとも言えど真似ができるというなら見てみたいものです。ましてや、このクララ様ご本人を前にして、正面からイカサマ師扱いするというならやってもらおうじゃないですか! ほれっ、ほれほれ!」
そう啖呵を切るコッペリアを前に、
「「「う……ううう……うう……」」」
ものすご~~く混乱した表情で、私と背後の屋敷――現在、独立勢力として台頭してきている『シルティアーナ姫派』が仮の本拠地としている、オーランシュ辺境伯領西部にある元代官屋敷――とを見比べて、頭を抱える門番と女性騎士たち。
言うまでもないことですが、本来リビティウム皇国には女性を騎士や兵士として登用する制度はありません。『カトレア娘子軍』と銘打ってはいるものの、公式には彼女たちはシルティアーナ姫が次期オーランシュ王国の王位継承者(女王)として挙兵したのに合わせて、義勇兵として馳せ参じた民間人です。冒険者などで実戦経験のある者もいるでしょうが、これまでのやり取りを見る限りはっきりと言えば烏合の衆としか思えません。
当然、騎士としての経験などなく、職権による判断や責任の所在についても曖昧なまま、この場を任されているため、想定にない事態に直面して右往左往するだけ……というお粗末さを露呈しています。
当然、それを逃すコッペリアではなく、ここが攻め時とばかりグイグイと恫喝――いえ、強気の姿勢を崩しません。
「そのあたりの責任を取れるのですか、どーなんですか? 下手すれば破門宣告を受けて、大陸中が敵に回りますよ。それでもいいと、そう明言できるんだったらいいですよ。――クララ様、聞く耳を持たずに追い返されたと各国の首脳陣に根回ししましょう!」
「ちょ――ちょっとお待ちください! う、上の者に再度確認して参りますので!!」
顔色がすでに土色になっていた女性騎士が、その場から逃げるように屋敷の玄関へと走っていきました。
◇ ◆ ◇
「……三日後に責任者と面会ですか。うちの親方なら『時は金なり』って言うとかで、即座に動くんですけど、つくづく腰が重いですにゃ~」
市内にあるホテルの一室で、木製の椅子に腰かけたシャトンが先ほどの顛末を思い出して、やれやれとばかり嘆息しました。
なお、現在集まっている面子は、私とエレン、ラナ、コッペリア、シャトン、プリュイ、ノワさん(ついでにフィーアと大根)の七名です。
敵対国の帝孫であるルークは、さすがに軽々とオーランシュ王国へ足を踏み入れるわけにもいかないため、合流したゼクスとお付きにブルーノを連れて、帝都へ戻って状況確認と今後の方針を帝国の上層部と協議するため、しばらく別行動を取ることになりました。
まあバルトロメイに頼んで、現在【闇の森】にある『転移門』を使えるようにしてありますので(あくまで私の関係者のみですが)、ゼクスの翼と合わせれば片道一巡週もあればたどり着けるでしょう。
「この期に及んで舐めてるんですよ! 潰しましょう、クララ様っ」
ソファに座る私の背後に控えているコッペリアが、胸の前に両拳を持ち上げて断固として言い放ちます。
「ま、確かに。『責任者』と言っても誰と言わない時点でお茶を濁されている気はするわね~」
エレンも微妙に腹に据えかねているのか、コッペリアを窘めることなくそう不満をこぼしました。
「というか、だれが責任者か決めかねているような印象を受けましたけれど」
先ほどの門前でのドタバタ騒ぎを思い出して、私があてずっぽうでそう口に出すと、シャトンが「そうかもですにゃ」と頷き、懐から大福帳のような帳面を取り出してその根拠を話し始めます。
シャトンが調べたところ『カトレア娘子軍』を自称する彼女たちの総数は二百人ほどで、その他の義勇兵が二千五百から三千人程度の小勢力――というか、ぶっちゃけ大勢力に相手にされなかった負け組が集まっただけの烏合の衆――が、一発逆転の大博打に出た結果、まさかの勝利で賭けには勝った……もののそれで有り金を全部はたいて素寒貧になった各勢力の主だった者たちが、既得権益を奪おうと大義も名分も放り投げて殴り合いをはじめ、そのため唯一の独立勢力であるシルティアーナ姫直属の『カトレア娘子軍』は身動きも取れず、このウエストバティ市にとどまって傍観……というか、今後の進退を決めかねてにっちもさっちもいかなくなっているという、まあよくある話と言えば話でありました。
「それに合わせてオーランシュの王位簒奪を狙う腹違いの兄弟たちと、適当な建前で介入しようとする外部勢力の問題もあるでしょう。いまのところどの勢力も、冬季を前に動きが取れないのが唯一の救いですわね。無論、水面下では動いているでしょうから、春になれば一斉にこれら問題が萌芽して、酸鼻極まる状態になるでしょうね」
オーランシュの先行きを考えると眩暈しかおきませんわ。
ちなみに諸外国を含めた外部勢力の目論見は、一言でいえば『この機会にオーランシュを骨の髄までしゃぶりつくす』であり、聖女教団の基本姿勢は『オーランシュが疲弊したところで、一番高値で買ってくれるところに手を差し伸べる』ですので、つくづく救われない話です。




