閑話 コッペリアの大根強化計画
ふと思いついて一気に書きました。
「ヒョーヒョーヒョー!!」
頭は狒々、胴体部分はアライグマ、さらに虎の手足を持ち、尾は大蛇という全長五メルトはありそうな合成獣が鳥のトラツグミのような気味の悪い咆哮を放ちながら、獲物と見定めた相手に向かって脇目も振らずに駆けだした。
大きく開けられた口からはダラダラと涎がしたたり落ちている。
象ですら軽く貪り食えそうな凶獣を前にして、絶体絶命かと思われた――その時、白い閃光か彗星のように、一直線に繰り出された大根の飛び蹴りが、合成獣の横っ面をしたたかに殴り飛ばす。
思いがけない攻撃にたたらを踏んだ合成獣。
そこへ追撃とばかり身長三メルトで全身が筋肉の塊のようなマッチョな牛面鬼が、合成獣の胴部目掛けて斧を叩き込む。
「ヒョーヒョーッ!?」
ぱっくりと開いた胴体の傷から血飛沫があがり、苦悶の咆哮を放った合成獣が足を止め、牛面鬼に向かって人の腕の太さほどもある大蛇の尻尾を伸ばす。
明らかに毒牙を持った大蛇の尻尾が牛面鬼に噛みつく寸前、割って入った身長二メルトを超える豚鬼が、全身すっぽりと隠す形でまとっていた緑色の葉脈が浮かんだマントでこれを払い飛ばし、同時にカウンターで持っていた鉄剣でもって大蛇の頭部を切り飛ばした。
悲鳴をあげながら飛び退いて二頭から距離を置く合成獣。
と同時に大きく開かれた喉の奥から、バチバチという電撃の火花が散り、ほんのわずかな予兆から瞬時に電撃が二頭目掛けて放たれた。
牛面鬼も豚鬼も魔術攻撃の手段は所有していないのが一般的である。
棒立ちのまま直撃するか――と思われた刹那、両者の間に一・五メルトほどの小柄な……そしてやたら丸っこい影が立ち塞がって、手にしたステッキを軽く振った。
すると背後の牛面鬼と豚鬼を守る形で半円形の魔術障壁が展開され、見事に電撃を遮断するのだった。
それをなしたシルクハットに燕尾服、ステッキを手にした直立したダンディな巨大卵――ハンプティダンプティが、伊達な仕草でシルクハットの位置を直して、余裕綽々に合成獣に向かって一礼をする。
小馬鹿にされた……と理解したわけではないだろうが、合成獣は怒りの咆哮とともにハンプティダンプティに向かってジャンプしながら前脚の爪を繰り出した。
魔術障壁は張れても物理攻撃には文字通り卵のように脆いハンプティダンプティだが、慄くこともなく軽く肩をすくめてみせるだけである。
「はっ!」
その信頼に応えるように、全身にやたらヌメヌメした灰色の全身鎧をまとったブルーノが入れ替わるようにハンプティダンプティの前に立ち、鋼のナイフよりも硬く鋭く力強い合成獣の前脚による連撃を受け止めた。
「ヒョーヒョーッ?!?」
合成獣はいくら爪をふるっても傷ひとつ付かない。それどころか押し返される不可解な感触に、明らかに狼狽する。
「うおっ、すげえ! ホントに全然痛くないし、衝撃も感じねーっ!」
ブルーノの歓喜の声を打ち消そうと、やたらめったら爪をふるう合成獣。
焦りが集中を乱したのだろう。
お留守になっていた後ろ脚へ、地面を割って飛び出してきた直径〇・五メルトほどもある、口の部分だけ白く他はこげ茶色のワームが齧りついた。
一口で腿肉をざっくりとえぐられた合成獣が、苦悶の叫びを発する。
そこへ飛び跳ねるようにやってきた、一抱えはありそうな巾着袋の中から、真っ白いスライムが飛び出してきて、合成獣の顔面に張り付いた。
完全に呼吸を塞がれのたうち回る合成獣。
なんとか前脚でスライムを引き剥がそうとするが、そうはさせじとどこからともなく放たれた暗緑色の鞭が右前脚に絡みつき、意外な膂力と強靭さでこれを拘束する。
その鞭の出どころを見れば、全長十メルトはありそうな、ゆらゆらと揺れる木か草に酷似した『奇妙な植物』と呼ばれるモンスターが立っていた。
無論、スライムによって視界が塞がれている合成獣には確認しようもないが、そこは本能でか、拘束する力に逆らわずにその方角へと突進しようとした……ところへ、ダイオウイカほどもある巨大イカが空を飛んできて、逆に合成獣に体当たりを敢行し、そのまま十本の足を使って全身と残った手足に絡みつく。
酸欠と拘束によってもんどりうって倒れる合成獣。そこへブルーノを含めたモンスター軍団が殺到し、全員でボコボコにタコ殴りするのだった。
「よ~し、とどめです!」
合成獣が虫の息になったところへ、コッペリアの声が響き渡り、慌ててその場から退避しようと、全員が身を翻して駆けだした途中で、投げ込まれた爆発物が一発で巨体を粉々に吹き飛ばす。
「ぶねー! おい、もうちょっとで巻き込まれるところだったぞ!!」
若干逃げ遅れていたが、全身のブヨブヨアーマーのお陰で怪我ひとつ負わなかったブルーノがコッペリアに食って掛かる。
もっともコッペリアはどこ吹く風で、
「どうですか、クララ様。ワタシの研究の成果! 古代の文献をもとにダイコンの最適な相棒を再現しました!」
最初から最後まで唖然呆然として突っ立っていたジルに、ドヤ顔で言い放った。
「ええと……どういう意味なのか、徹頭徹尾理解できないのですけど。というか、どこが大根の相棒なわけですの……?」
予想外に淡白なジルの反応に、コッペリアは不可解そうに小首を傾げる。
「おや、ご存じありませんか?」
「……このモンスター軍団のどこがどういう関係で大根に関わるのでしょう?」
本気で頭を悩ますジルであった。
「ふむ……。では、改めてご紹介しましょう」
ずらりと並んだモンスター軍団(含むブルーノ)を前に、コッペリアが一匹ずつ紹介と解説を始める。
「まずはご存じダイコンのキンタ~!」
「……これを『キンタ』と呼ばないでいただきたいのですけど……」
雄々しく仁王立ちする大根を前にジルが呻く。
それを無視して次にマッチョ牛面鬼へと手をやるコッペリア。
「筋肉牛面鬼。略して牛筋!」
続いて緑のコートをまとった豚鬼。
「特殊強化キャベツにくるまった豚肉。ロールキャベツ!」
紳士なハンプティダンプティが、作法にのっとりジルへと一礼をする。
「見ての通り、卵ォ~!」
灰色のぬめぬめした全身鎧をまとったブルーノを適当に一瞥して、
「童貞の友、コンニャクです」
「どういうことだ、おい! 新しいコンセプトの鎧の実験じゃなかったのか!?」
「はッ――! 童貞臭い野猿の使い道なんざ、他にありません」
ブルーノ当人の抗議を鼻で嗤い飛ばすコッペリア。
さらに続けざまに、
「最強の練り物、チクワ!」
「スライムを強化して生み出した、名付けてもち巾着~っ!」
「陸上でも平気な海藻の植物モンスター、コンブ!」
「同じく海から進化した軟体生物、イカゲソ!!」
「そしてトリを飾るのは、ワタシの新型爆弾。――ということで、十人合わせて……名付けて『おでん汁勇士』だ~~っ!」
それに合わせてポーズをきめる十匹(含むブルーノとコッペリア)。
「どうですか、クララ様。完璧な布陣でしょう! というか、今後もメンバーを増やしていく――あれ? クララ様、どこに? って、なんでさっさと帰るんですか!? ちょっと、クララ様! 褒めてくれないんですか!?!」
必死に追いすがるコッペリアを無視して、ジルはさっさとその場を後にするのだった。
なお、計画は頓挫した『おでん汁勇士』だが、その後も人知れず正義のために戦っていたとかいないとか……。
 




