ふたりのブタクサ姫と聖王女の出番
本年最後の投稿になります。
今年一年、拙作を読んでいただきありがとうございました。
「――とまあそんなわけで、連合軍っていうかメンシツ聖王国軍六千はほぼ全滅で潰走。指揮官のケンドラート伯爵も副将のバレンスエラ子爵も揃って討ち死に。虎の子の飛竜六頭も自慢の魔術師隊と治癒術師隊もまとめてお陀仏だにゃ」
場所を移して、再び聖女専用フロアにある貴賓室で、当人の希望により水牛の乳を温めたものをカップで舐めながら、シャトンがまるで見てきたように詳細に語る戦絵巻に、その場に集まった面々が思わず息を呑んで聞き入ってしまいました。
静まり返った室内に、まずはリーゼロッテ王女の嘆息が響きます。
「それはまた……自業自得とはいえ、いささかやりすぎであるな。いかに戦であれ、どこかに落としどころを設けないと、このままでは泥沼じゃぞ。面子を潰されたメンシツ聖王国――いやことに寄れば、グラウィオール帝国本国が今度こそ本腰を入れるのではないか? のうルーカス殿下」
水を向けられたルーク――属国とはいえ帝国の名を背負った正規軍六千名と、飛竜六頭を含む竜騎士が揃って全滅したという話に茫然自失の様子でしたが――は、それでハッと夢から覚めたような顔になり、すぐに言われた言葉の意味を推し量って深刻な表情になりました。
「それが事実だとすると、確かに反発は必至でしょうね。特に飛竜を含めた竜騎士が全滅したというのは、帝国にとって看過できない重大事のはずです。斃された飛竜や将校の遺体はどのように取り扱われたのかわかりますか?」
「町から離れたところにでっかい穴を掘って、死体は町民が手分けをして荷車に乗せてまとめて埋め、飛竜と走騎竜は解体して皮は防具なんかの素材に、肉は食料になったにゃ。おおかた今頃はブタクサ姫たちの血となり肉となり脂肪になっている頃合いにゃ」
途端にダニエルが頭を抱えます。
「最悪だなそりゃ。貴族も雑兵もまとめて荷車に乗せて、穴掘って廃棄か。ただでさえプライドの高い貴族……特に特権意識が高いメンシツ聖王国の遺族が聞いたら、激昂どころじゃねーぞ。おまけに野生種ならともかく、帝国の象徴である飛竜と走騎竜を勝手に食うとか、正面から喧嘩を吹っ掛けられたも同然だ!」
有名なアーサー王伝説に出てくるランスロットの逸話を例に出すまでもなく、この世界においても騎士や貴族にとって荷車に乗るというのは最大の侮辱を示す行為に他なりません。
おまけに身分に関係なく生ゴミのように遺棄するとは、侮辱の上に侮辱を重ねられたも同然でしょう。というか、そんな雑な処理では、まず間違いなく霊魂が怨霊と化したり、魔力の強い魔術師や治癒術師ならば、遺体が魔物化して最悪動く死体の群れが発生したりする危険があります。
「まともな聖職者や知識人でしたら、そのあたりの可能性を真っ先に心配するものと思うのですけれど、誰も止める人はいなかったのですか!?!」
私の懸念に対して、シャトンがクッキーを頬張りながらあっけらかんと首を横に振りました。
「貴族も聖女教団の神官もまとめてガルバ市から放逐されたにゃ。いま現在、ガルバ市はシルティアーナ姫を信奉する市民の有志によって運営されているにゃ」
「「「なんとまぁ……!」」」
市民が革命を起こして貴族や神官といった特権階級を排斥し、勝手に都市を占有した。あり得ざる話を聞いて、絶句する王侯貴族の代表者であるルーク、リーゼロッテ王女、ダニエル。
「つーか疑問なんですけど、『シルティアーナ姫』とやらは、仄聞するところではあのイライザの娘で、世間的にはトンチキ・ボンクラ・アホダラ・ノータリン・出来損ないで豚面、足の臭いバケモノ令嬢と有名な――」
「そこまで酷くはないですわよっ!」
「ワタシたちとも皇華祭で遭遇した、世にも不細工な動甲冑を着込んだアレの中身ですよね? あんなすっとこどっこいのおたんちんに、そんな求心力があるんですか?」
コッペリアの素朴な疑問に――途中、たまらず声を張り上げてしまいましたけれど――エレンとラナも思い出して頷いているのを見て、密かに傷つく私がいました。
「いや、それがですね~」
普段は眠そうに半分とろーんと閉じている色違いの両目を開いて、シャトンが「よくぞ聞いてくれました!」と言わんばかりの勢いで、意気込んでそれについて説明を始めます。
「いまオーランシュ近郊ではブタクサ姫の株が爆上がりなんですにゃ。曰く『愚鈍だという評価をものともせず、来るべき日のために臥薪嘗胆。聡明で美しい真の姿を隠して艱難辛苦に堪え、ついに努力を実らせた麗しき蘭花の娘、護国の守護女神、オーランシュの姫将軍、その名はシルティアーナ姫!』と、悲劇から逆転ざまぁをした見事な美談に仕上がってますにゃ」
「〝日陰の豆も時が来れば爆ぜる〟ですね」
「そう……ですわね」
ついこの間までオーランシュの恥、『リビティウム皇国のブタクサ姫』と嘲笑と侮蔑の代名詞していた世間の掌返しに、どうせだったら私がシルティアーナをやめる前にそうしてほしかったわね、とか。ちょっとボタンの掛け違いがなければ、それって本来私が受けるはずの称賛だったのかしら? とかグルグルと思いながら、モニカの感想におざなりな相槌を返す私でした。
「そんなわけで、シルティアーナ姫を虐げていた三人のお妃と異母兄弟姉妹は一転して悪玉に転落して、ガルバ市からも這う這うの体で放逐されたにゃ。喝采を叫んだ民衆の勢いはとどまることを知らず、一番の元凶と言われる正妻のシモネッタ妃に復讐をしろ! 捕まえてギロチンにかけろ! と大盛り上がりで、次々に義勇兵が集まっているにゃ。ついでにシルティアーナ姫を守る女ばかりの親衛隊『カトレアの娘子軍』っていうのも結成されて、こちらも続々と規模を広げているにゃ」
「「「「へぇーーーーっ」」」」
素直に感心するエレン、ラナ、プリュイ、ノワさん。
リビティウムでは女性騎士を登用している国はありませんし、魔術師や治癒術を使う巫女ならともかく、一般には冒険者の女戦士や女剣士を下に見る機運が高いです(というか同性である大部分の保守的な女性が「女が家庭にも入らず戦うなんて、頭のおかしい、血に餓えた変人」と陰で悪し様に罵っている状況です)。
ですが、以前に皇華祭でエステルのチームでプレイされた皆さんのように、ある程度の富裕層や騎士階級の子女にも、女性として騎士や戦士を志す新進気鋭の乙女たちがいるように、潜在的にはそれなりの希望者がいた……それが今回の騒ぎで表面化したということなのかも知れません。
とはいえ――。
「う~~ん……。復讐とか報復とか恨み骨髄とか、あまり前向きな動機とは思えませんわね。そんな理由で騒乱を起こすなど、やっていることはオーランシュの問題児たちと本質は変わらないような気がしますけれど……」
少なくとも私はとっくに過ぎたことなので気にしていませんが。
「はンっ。〝ロバが旅に出たところで馬になって帰ってくるわけではない(※『人間旅に出ると自分では一回りも二回りも成長した気になるが、他人から見ればまったく変わらない』という意味の諺)〟と言いますからね。なんぼ取り繕っても、ブタクサブタクサ言われていた下衆な人間の本質なんざ変わりませんよ――って、どうしたんですかクララ様、突然立ち上がってタコ踊りを始めて?」
鼻で嗤うコッペリアに反射的に蹴りを入れそうになって、私は思わずその場で徒手空拳での演武をして誤魔化しました。
「い、いえ、なんでもありませんわ。それよりも今後の展望がずいぶんと混沌としてきたのですけれど、どう予想されますかリーゼロッテ様?」
一通り型をなぞったところで席へ戻った私の気持ちを切り替えての問いかけに、リーゼロッテ王女が軽く目を閉じて小考をしたのち、私とルークとを交互に見据えながら複雑な表情で口を開きました。
「状況が流動的で何とも言えないところであるな。この件に関してグラウィオール帝国の報復があるのか、オーランシュを実効支配しているシモネッタ妃と独立勢力となったシルティアーナ姫の動向、放逐されたパッツィー妃やエロイーズ殿の思惑……いずれにしても、シレント央国の意向としてはグラウィオール帝国との全面戦争はもとより、国内の内戦状態など絶対に避けたいというのが切実な願いである」
「そーは言ってもここまでのっぴきならなくなっては、矛を収めずに終わらせるってのは難しいでしょう」
ダニエルの忸怩たる口調での合の手を受けて、ルークも深く頷きながら私の顔を真正面から見詰めて言い切ります。
「確かに。それができるとすれば第三者の仲介……理想としては超帝国《神帝》様の鶴の一声があれば収まるでしょうが、地上の事にはよほどのことがない限り介入されない御方だけに、それは慮外する……となれば、それを可能とできる人材で残るは〈聖女〉くらいでしょうね」
「つまりジル殿が動く時が、事態が大きく動く時という訳であるな」
どこか痛快そうな表情で、最後にそう結論付けるリーゼロッテ王女。
私的にはこの問題はいろいろと因縁深くて、すでに気疲れしているのですが……。
そうため息をついた私ですが、案の定ほどなくして騒動の渦中へ飛び込むことになったのでした。




