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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
最終章 シルティアーナ[16歳]
282/337

幕間 ブタクサ姫の出陣と聖王国軍の潰走(後編)

「「「「「やったーーっ!!!」」」」」

 爆音とともに吹き上がった炎と煙を前にして喝采を放つ兵士たち。


 無邪気に喜ぶ彼らとは対照的に、ケンドラート伯爵の頬に汗が一筋垂れた。

(……手ごたえが浅い……)

 そう直感したケンドラート伯爵。


 そしてそれを証明するかのように、土煙の向こう側から規則的な金属音とともに、多少の汚れや煤はあるものの無傷の動甲冑が現われ、まるで無人の野を行くが如く迷いのない足取りで、自軍に迫って来るまるで子供の頃に見た悪夢のような光景を前にして、

「「「「「ひっ!?!?」」」」」

 連合軍兵士たちの間から戦慄とともに、軒並み声にならない驚愕と恐怖の叫びが湧き起こる。


(ひる)むなっ。多少頑丈だろうが敵は単騎のみ! 囲んでしまえばどうということはない。魔術師隊、前線の兵士に雷撃に対する防御魔術を施せ! それと可能であれば敵を弱体化させるのだ! 治癒術師隊は兵たちの精神の安定に努めよ!」


 すかさず鼓舞する部隊長の指示に従って、魔術師隊から強化効果(バフ)を伴う魔術が、動甲冑の進行上に位置する兵士たちへと飛び、同様に弱化効果(デバブ)を持つ魔術が迫りくる動甲冑へと放たれた。


「――駄目です、抵抗(レジスト)されました! 材質か、あるいは何らかの刻印魔術か、詳細は不明ですが、あの甲冑は魔術に対して恐ろしく強固な魔術抵抗を有しているようです!」

 全力を振り絞ったのだろう、魔術媒介である魔術杖(スタッフ)に取りすがるようにして、フラフラになりながらそう結果を伝える魔術師の言葉に歯噛みをする部隊長たちであったが、その間にも『肉体強化(ブースト)』や『堅牢(ブロック)』といった強化効果(バフ)に加え、精神の安定を促す『異常回復(コモンキュア)』(初級回復術)を併用されたことで恐慌状態を脱して、闘争心を取り戻した兵士たちが、

「「「「「うらーーーっ‼‼」」」」」

 直進してくる動甲冑を迎え撃つべく、各自剣や槍を手に怒涛の勢いで殺到する。


 最初のインパクトが大きかったせいか、巨人のような巨大な甲冑に見えたソレだが、案外中身は小柄なのか、冷静な目で観察してみれば横幅はともかく、身の丈は大の大人程度のものであった。

 当然のように、押し寄せる人波に飲み込まれる動甲冑。

 動きが止まったところへ、戦意に燃える兵士たちの攻撃が、ガンガン、ドンドンと四方八方から動甲冑に叩き込まれる音が響き渡る。


「……物理攻撃にもかなりの耐性があるようだな」


 素人丸出しの動きで手足を振り回して応戦する動甲冑――ただし相当の膂力があるのか、触れただけでも大の男が木っ端のように吹き飛ばされる――の様子を、魔術師長が展開してくれた『遠目(ズーム)』の魔術で眺めながら、ケンドラート伯爵が幾分か落ち着いた声で吟味した。


「左様ですな。しかしながら先ほどと違って、攻撃を重ねられた部分に着実に傷や凹凸(おうとつ)が散見できますので、このまま手を休めることなく波状攻撃を加えれば、ほどなく攻撃の蓄積で鎧を破壊、もしくは疲弊して動けなくなるでしょう」

 同じく『遠目(ズーム)』で確認しながらバレンスエラ子爵が安堵の吐息を放つ。


「……油断は禁物だ。あからさま過ぎる。アレは囮で本命は他にいる可能性が高いであろう。騎士隊はいつでも動けるようにしておけ」

 内心で同意しながらも、先遣隊が全滅したのを目の当たりにした時点で、すでに負け戦――これ以上の戦闘継続は不可能と内心で判断し、後退のタイミングを計りながらそう指示を飛ばすケンドラート伯爵。

 と、その瞬間、角砂糖に群がる蟻のように動甲冑を囲んでいた兵士たちが、短い悲鳴を上げて吹き飛ばされた。


「ぐあっ⁉」

「ががががーーっ‼」

「し、痺れ――」


 同時に動甲冑の手にする三叉戟(さんさげき)から広範囲に雷が飛ぶ。


「ちっ、足掻きよる! 網を放てっ!」

 これまでの様子から人間というよりも猛獣や魔物を相手にしているのに近い、と判断したケンドラート伯爵の指示に従って金属製の投網が投げられ、動甲冑を搦め捕る。

 同時に網がアースの役目を果たして雷撃が霧散するのだった。

 網から逃れようとジタバタと無様に慌てる動甲冑の有様を眺めて、ここが勝負の決め時とケンドラート伯爵は即座に決断をし、手にした走騎竜(ランドドラグ)の手綱を力一杯引っ張りつつ、従者に合図を送って先祖伝来の突撃槍(ランス)を受け取る。


「絶好の機会だ。騎馬・騎竜隊はこのまま一気に押し込むぞ! 総員、我に続けっ‼‼」

 突撃槍(ランス)を掲げて口上を発するや否や、弾けるように飛び出したケンドラート伯爵。


 大将に遅れじと周囲の騎竜、騎馬の騎士たちも突撃槍(ランス)を手に、網の中でバタバタと暴れる――当初に比べてかなりみすぼらしく汚れへこみ、おかしなところからも蒸気も漏れている――動甲冑目掛けて、見事な楔形陣形(パンツァーカイル)を作って全力の突進をかます。


「死にたくなければどけーーーっ!」

 殺気だった騎士団の怒声を受けて、進路上にいた兵士たちがワラワラと血相を変えて逃げるのを横目に見ながら、あっという間に彼我の距離をゼロにしたケンドラート伯爵の手から、愛用の突撃槍(ランス)が動甲冑目掛けて放たれた。


 ガンッ!


 鈍い音を立てて動甲冑の(かぶと)が大きくへこむ。

 一撃離脱でその場を離れたケンドラート伯爵に続いて、バレンスエラ子爵が……さらに続く騎士たちが、半ば棒立ちになった動甲冑の全身へ突撃槍(ランス)を矢継ぎ早に叩き込む。


 全騎が駆け抜けたその後には、走騎竜(ランドドラグ)の速度と質量、力の逃げようがない斜め上からの攻撃を続けざまに受け――半ば蹂躙である――さしもの動甲冑もボロボロに砕け、全身にヒビが入っている姿をさらして棒立ちになっていた。

 動力部分も破損したのか、ダラダラと血のように水銀のような循環液が漏れ、噴き出す水蒸気も止まった動甲冑(ソレ)を見て、ケンドラート伯爵は部隊の再編成をしつつ、撤収の指示を口に出しかけた――ところで、いつの間にかガルバ市を囲む城壁の上に、ずらりと見覚えのある黒装束の連中が陣取って、自軍に向けて弓を向けているのに気づいた。


黒妖精族(ダークエルフ)……」

 バレンスエラ子爵が呻くように呟く。

 なぜあそこに? という疑問以上に、明らかに自分たちを狙っている矢の射程内に、確実に誘導されていたことに気づいた戦慄が、その一言の大部分を占めていた。


「――っっっ!」

 それはケンドラート伯爵も同様であった。動甲冑の相手をするのに夢中になるあまり、主力部隊のほとんどがガルバ市へかなり近いところまで接近していたことに、いまさらながら気が付いたのだ。

 いや、通常であれば矢が届く距離ではないのだが、黒妖精族(ダークエルフ)の矢に限っては通常の倍の距離を飛んで、なおかつ途轍もない命中率を誇ることを誰よりも知っているのは彼ら自身であった。


(どうする――⁉)

 ある程度の被害を覚悟してこのままガルバ市へ突撃するか、この場で回頭をして一目散に撤退するか……⁉

 煩悶するケンドラート伯爵を嘲笑うかのように、城壁の上に見慣れた片眼鏡(モノクル)をかけた紳士が進み出てきた。


「貴様っ、エグモント・バイアー! クルトゥーラ冒険者ギルド長の貴様がなぜそこにいる⁈ これはどういうことだ⁉」

 傲然としたケンドラート伯爵の問いかけに、エグモントはニヤニヤとした嗤いを絶やさずに、慇懃な態度で応じる。

「なぜも何も、御覧の通り我が愛するリビティウム皇国を護るために、我が敬愛する正統なオーランシュ王国の後継者の命に従い、義と忠によって馳せ参じたというわけですよ、グラウィオール帝国の走狗にして侵略者であるイグナーツ・ケンドラート伯爵」


 売国奴が何をいまさら……と喚きたいのを堪えて、ケンドラート伯爵は忌々し気に吼える。

「正統なオーランシュ王国の後継者だと⁉ 貴様、ライムンド……第一王子に付いたのか(この蝙蝠が)!」

 その問いかけに失笑するエグモント。

「まさか! あのような腑抜けに誰が従うものですか。今頃は他の兄弟と揃って城の一室で震えていることでしょう」

「……ならば央都にいるトンマーゾ第二王子側か?」

「あははははっ、あのような阿呆を担ぎ上げてどうなるというのです? ケンドラート伯爵、この混乱が起きて我々オーランシュ王国の民が知ったのは、六人いる王子の誰も次の王位を継ぐに値する器ではない……誰を立てても、大国グラウィオール帝国に飲み込まれるだけ、ということですよ」


「…………」

 敵味方誰が聞いても反論のしようのない事実の羅列に、ケンドラート伯爵は黙り込み、同時に「こやつ何を言うつもりだ?」と思考を巡らせるのだった。


 エグモントはまるで舞台上の役者のように、大仰な仕草で朗々と歌うように続ける。

「だが、天は我らを見捨てなかった! そう、誰もが忘れていた御方が、長き雌伏の時を経てついに表舞台に立つ時が来たのです! 誰よりもリビティウム皇国正統の血を受け継ぎ、もっともコルラード・シモン王に愛された寵児! カトレアの遺児にして現〈聖女〉とも血のつながりのある王女――すなわちシルティアーナ・エディス・アグネーゼ姫、その方です‼」


 そう堂々と宣言されたケンドラート伯爵だが、咄嗟に誰のことかピンとこずに首を捻った。


「……シルティアーナ? ブタクサ姫だと……⁇」

 傍から漏れ聞こえる唖然としたバレンスエラ子爵の言葉に、ようやくその存在を思い出した――そこへ、ガラガラと崩れ落ちる金属音がして、反射的に音のする方を見てみれば、辛うじて立っていた動甲冑が完全にバラバラになった様子が目に入った。


「見よ! あれこそが我らが主君! 無敵の戦女神にして姫将軍シルティアーナ様である‼」

 と、それに合わせて、エグモントの興奮した叫びが最高潮に達する。


 慇懃に一礼をするエグモントと黒妖精族(ダークエルフ)たち。

「あの娘が、ブタクサ姫だと……?」

 崩れた動甲冑の下から現れたのは、年のころなら十五歳ほどの水色のドレスを着た娘であった。

 素直で癖のない朱色がかった金髪と、しっとり潤んだような碧眼、磁器のように滑らかで白い肌。たおやかな姿態。整った顔立ちをしているが、どこか俗世を離れた中性的な雰囲気をまとった怜悧な美貌。


『この世のものとは思えないほど愚鈍で醜いブタクサ姫』


 そのような風聞とはまったく異なるその姿に、連合軍の兵士、騎士たちに困惑が広がる。

 そんな相手の戸惑いなど知ったことではないとばかり、シルティアーナ姫と呼ばれた乙女は無表情に、それだけは傷ひとつない三叉戟(さんさげき)を騎馬・騎竜隊へと巡らせたのだ。


「しまったっ!!!」

 城壁の弓兵とシルティアーナ姫。完全に挟撃された形になっていることに気づいたケンドラート伯爵が臍をかんだ瞬間、手にした三叉戟(さんさげき)からほとばしる雷光を全身にまとったシルティアーナ姫が、まさに電光石火の勢いで、突撃の勢いを失くし、さらにはこの気温で無理をしたため、完全に息が上がった走騎竜(ランドドラグ)と、それを駆る騎士目掛けて踊り込んできた。


「「「「「ぐあああああああああああああああああああっ!?!」」」」」

 そうして先ほどの意趣返しとばかり、シルティアーナ姫による一方的な反撃が始まったのだった。


 先ほどよりも鋭さを増した三叉戟が翻るたびに、強靭な外皮に覆われているはずの走騎竜(ランドドラグ)の巨体がほぼ一刀両断に断ち切られ、そのついでというように、金属鎧を着た騎士たちが枯草のようにまとめて刈り取られる。

 それを生した当人は眉一つ動かさず、紫電を放ちながらまるで瞬間移動をするかのように――体にまとった雷撃の斥力によって――弾けるような跳躍を繰り返しては、瞬く間に連合軍の騎士や兵士たちを屠るのだった。


「くっ――退避っ。各自クルトゥーラまで退避するぞ! 歩兵と騎馬隊は魔術師隊と治癒術師隊を守りつつ後退しろ。騎竜隊はこの場にとどまって応戦する。一カ所に留まるな! 動き回れ‼」

 ここに至って圧倒的な不利を悟ったケンドラート伯爵が矢継ぎ早に指示を飛ばす――が。


「「「「「ぐああああああああああああああああああああああああああ」」」」」

「背後から矢が、矢が――!?!」

「城壁に向かって盾を向けろ!」

「バカな、そんなことをしたら今度はブタクサ姫に――ぎゃああああああああっ⁉」


 それと同時に城壁の上に陣取っている黒妖精族(ダークエルフ)たちが一斉に矢を放ってきた。

 対抗しようとすると今度はシルティアーナ姫が背後を取って、兵たちをまとめて薙ぎ取る。

 前後どちらにも対応することができなくなり混乱する連合軍。


 と――。

「降伏する! 俺はグラウィオール帝国の貴族だ、身代金として相応の価値があるぞ」

 バレンスエラ子爵が持っていた突撃槍(ランス)と腰の剣を地面に捨てて両手を上げた。


 副将格のバレンスエラ子爵の降伏の姿勢を見て、彼の陪臣や子飼いの部下、目端の効く騎士たちが櫛の歯が抜けるように、次々に武器を捨てて丸腰になった。

 だが、それを前にしてもシルティアーナ姫はまったく躊躇することなく、その他大勢と同じように彼らにも平等に刃を向けるのだった。


「そ、そんな――俺を人質にすれば金貨五百……いや、一千枚は――」

 命乞いの言葉を言い切ることなくバレンスエラ子爵の首が飛ぶ。


 ここに至ってもシルティアーナ姫のガラス玉のような碧色の瞳に感情の色は見えない。だがそれは冷淡でも傲慢でもなく超然――ただ当然のように他者を見下ろし、その存在価値も命も歯牙かけないがゆえとケンドラート伯爵には思えた。

 あるいは『姫君』という言葉で人々が最初に思い浮かべるのは、こういった目をした相手かも知れない。


「……いずれにしても、ここが儂の死地というわけか」

 時流を見誤ったか、と自嘲しながらケンドラート伯爵は最後の抵抗をすべく武器を構え、その時を待つのだった。

12/29 加筆しました。


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挿絵(By みてみん)

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もよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[良い点] 前話は感想が多かったのに……、皆様年末で忙しいのでしょうか? それでは読ませて頂きます。 つい最近まで、暴飲暴食であった偽シルティアーナ姫ですが、壊れた動甲冑の中から現れたのは、怜悧な雰…
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