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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
最終章 シルティアーナ[16歳]
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オーランシュのお家騒動とジルの決意

「つまり要約すると、本来はラナと姉妹一緒に養子に出す予定だった『ルナ』という当時十一歳の少女を、ダニエル・オリヴァー氏の腹心だと思っていた部下が裏切って、勝手にふたりを奴隷として個別に売りさばき、関連する情報も握りつぶしていた。そのためダニエル・オリヴァー氏は事実関係を把握していなかった……というのが一点目」


 モニカがいつもの淡々とした眼差しで、テーブルを囲んでソファに座った一同を――位置的に私(ついでに膝の上にいるフィーア)、コッペリア、エレン、(モニカ)、ラナ、シャトン、エレノア、ライカ、大根(……えっ、大根⁉)の順で――ぐるりと見回し、理路整然たる口調で手紙の内容を要約してくれました。


(――え、いや、なんで大根が当然のような顔で私の隣に腕と足を組んで座っているわけ!?!)


 それはそれとして、隣のソファに座った大根が、二股に分かれた腕(?)と足(?)を組んで、深刻な表情でうんうん頷いている様子に、私は密かに混乱をきたしていたのでした。


(どうして誰も大根が同席していることに違和感を抱いていないの⁉ 私、何か聞き逃しとかあったかしら……?)


 ひとりで煩悶する私を置いて、モニカの説明は続きます。

「次にその部下は何者かによって殺害されていた。これは二年前、奇しくもジュリアお嬢様がシレントへ留学されて、ラナの姉の行方を追ってダニエル・オリヴァー氏の元を訪れたあとの話ですね。当初は対立する組織の仕業とみなしていたようですが、ここで武力闘争に発展していた場合、ドサクサ紛れにダニエル・オリヴァー氏とその関係者一同を始末するシナリオができていた、というのが二点目」


 すると大根がソファの上に立ち上がって、私がテーブルの上に広げておいたダンの手紙の一節を指さしました。

 一同の視線が自然とそこに――大根にではありません。手紙の一文に――集まります。


 当時、血みどろの抗争が勃発する寸前に、どうにもキナ臭い……作為的な動きを、長年裏社会で培われた嗅覚で感じ取ったダンが、血気にはやる部下を宥めて、どうにか矛を収めたお陰で当時は命拾いした――と、つづられていた場所です。

 まさに当意即妙という表情で頷くモニカ。


「そうです。そうして、シレントの裏組織すら歯牙にもかけない途轍(とてつ)もない虎の尾を踏みかけている危機感を前にして、ダニエル・オリヴァー氏はさらに先に進むか何事も見ないふりをするかの二者択一に迫られ、人知れず苦悩しながら『逆に言えば、俺は〝敵〟の触れられたくない急所に手をかけた状態なのだろう。ならばいまこそ巫女姫様に借りを――私の命よりも大事なアンジュを助けていただいた借りを返す時だろう』越えてはならない一線を越えたわけでございます」

「……そこまでして欲しかったわけではありませんのに……」


 ダンの凄愴(せいそう)な覚悟を知って、私は思わず後悔とやるせなさが混じった吐息を漏らしてしまいました。

「まっ、それが男としてのけじめってやつさ。馬鹿な男のこだわりだけれど、あたしはこの手の馬鹿は好きだけど嫌いだね」

 ライカがほろ苦い笑みを浮かべて私を慰める……というよりも自分に言い聞かせるようにそう口にします。


「どーいうこと?」

 言っている意味がわからず首を傾げるエレノア。

「あたしが好きなこの手の義理堅い馬鹿(オトコ)は、どいつもこいつもさっさとくたばっちまいやがる。だから嫌いなのさ」

 さばさばしたライカの物言いに、付き合いの長い同性であるエレノアは思うところがあったのか、ああ……と納得した顔で口を(つぐ)みました。


 同時に大根も満足げに頷いて、再び私の隣のソファに腰(?)を下ろします。

 ……全員が当然という顔で無視している中、私は大根の頭の葉っぱを掴んで「なんですか、これぇ!?」と、振り回して絶叫したいのを堪えてモニカへ視線で話の続きを促します。


「はい。そして三点目、おそらくはこれがダニエル・オリヴァー氏を死に追いやった真相。四年前にある特徴に該当する少女が裏――いえ、闇のルートでかき集められた。それはすなわち①十一歳前後の女子であること。②北方系の人間族(ヒューム)であること。③瞳はグリーンで髪は淡紅色の金髪であること――」

 その瞬間、全員の視線が私の父親譲りのエメラルド色の瞳と、〈初源的人間(ドリーカドモン)〉であった実母から受け継いだトランスルーセントな光沢をもつ、特徴的なピンクゴールドの髪へと集まりました。


 おそらくは大陸中を探し回っても同じ色彩を持つ人間はいないであろう独特の組み合わせですが、似たような特徴を持った、なおかつ当時の私と同じ年齢の少女が、謎のルートによって密かに集められていたことに、この場の全員が偶然ではない何らかの意図や作為、因果関係を読み取ったのは明らかです。


「――おそらくは集められた少女たちのひとりがラナの姉なのでしょう。そしてその最後の足取りから考えられる、その背後に控えていたのがオーランシュ王国――リビティウム皇国オーランシュ辺境伯領ということです」

 最後にモニカがそう締めくくったところで、

「「オーランシュかぁ……」」

 奇しくも私の内心を代弁したかのように、憂鬱な口調でシャトンとエレノア、ふたりの猫の獣人族(ゾアン)がため息をつきました。


「……何か問題でも?」

 モニカさんの問いかけに、エレノアは「あそこは昔、いろいろあってね」と曖昧に言葉を濁し、シャトンは「ん~~~~」と考え込むような姿勢(ポーズ)を示しましたので、ピンときた私は紅茶をたしなみながら世間話のように忖度します。


「新王国での『よろず商会』の商業権は優先的に発行いたしますし、場合によっては御用達商人として便宜をはかることにやぶさかではございませんが?」

 途端、頭の上のネコ耳をピンと機嫌よく立てるシャトン。

「にゃはははははっ、さすがは聖女サマにゃ、太っ腹にゃ!」


 太っ腹とか言わないでください。


「それでは特別にお教えいたしますにゃ。これはオフレコなのですが、いまオーランシュ(あそこ)はヤバいですにゃ」

 他には――大根以外――誰も部外者はいないというのに、わざとらしく声を潜めてシャトンが手持ちの情報(ネタ)を開陳し始めました。


「ヤバい……って?」

 当然のエレンの疑問にシャトンは手酌で空になったカップに紅茶を継ぎ足し、喉を潤してから勿体ぶって答えます。

「一言でいうなら爆発寸前の火薬庫ですにゃ。いままで水面下で行われていた息子たちの後継者争いが露骨になって、ちょっとした内戦状態がきたというか……」


「つまりはお家騒動ってわけ?」

 エレノアの率直な感想に、「平たく言えばそうにゃ」とシャトンが首肯しました。


「なんで兄弟で戦ってんの?」

「おおかた氷室に置いてあったプリンが食べられたからとかの、つまんねー理由ですよ」

 素朴なエレンの疑問に、コッペリアがどうでもいい口調で適当な憶測を返します。


「あながち冗談でもないかもね。王侯貴族なんてどこも同じで、つまんない理由をあげつらっては身内同士相争う。ろくなもんじゃない」


 一応はその王侯貴族に準じる立場である、アミティア共和国議会議長の孫娘(共和国なのであくまで身分は平民ですが)ライカが鼻白んだ調子で吐き捨てました。


「まあ真相はどうかわかりませんけど、事の発端は、当主であるオーランシュ辺境伯が半年前に『亜人解放戦線(テロリスト)』の襲撃を受け、以来療養を名目に雲隠れをした――すでに死んでいるとか、拉致監禁されているという噂もありますが――ことで、これまで有耶無耶になっていた後継者問題がにわかに深刻に、明瞭にしなきゃならない蓋然性を帯びたことに尽きる……というのが名目ですにゃ」


「ああ、そういえばオーランシュ辺境伯は、明確に後継者を指名していなかったですからね」

 私には関係ないことですのであまり気にしていませんでしたが、こうなると面倒ですわね……と思いながら相槌を打ちました。

 併せて大根も隣で深刻な表情で改めて腕組みをしてうんうん頷いています。


「それにしてもたかだか(・・・・)権威だとか名声だとか財産だとか、そんなつまらないもの(・・・・・・・)を巡って兄弟姉妹で争うなんて馬鹿げていますわね」

 続けて嘆息すると、この場の全員が苦笑する気配がしました。


「それを『たかだか』とか『つまらないもの』と切って捨てられるところが、ジュリアお嬢様ならではですね」

 呆れたようにも、または誇らしげにモニカが一同を代表してそうコメントします。


「そうでしょうか? ですが、いずれにしてもすべての符合がオーランシュへ向かっている以上、私も行動を起こすべきでしょうね」

 そう改めて決意を口にしたところで、ふと緋雪様の言葉が脳裏によみがえりました。


「やあやあ、おめでとう。自分自身とレジーナの正体を知ったことで、長かった自分探しの旅もようやく終わったってところかな?」


 いえ、違いますわね。帰る場所(寄る辺)のない旅路は漂泊と同じです。そして私の原点であり故郷であるのは間違いなくオーランシュです。ならばすべての問題を清算するためにも私は故郷へ戻ってこの旅路にけじめを付けなくてはならないのです。


 私の不退転の決意を悟ったのか、モニカも文句を言いあぐねて黙りこくってしまいました。

 他の皆は言わずもがな……という雰囲気で、協力するのにやぶさかではないという不敵な笑みを浮かべて、ついでに大根も『任せておけ』と言いたげなジェスチャーで胸を叩きました。


 皆の優しさに甘えている自覚はあるものの、思わず私の胸の内がジンとしたところで、プリュイがおずおずとした口調で――。

「ところで、ジル。先ほどから気になっていたのだが、その隣のソレはなんだ? 木霊(こだま)の一種だとは思うのだが……?」

 途端、堰を切ったように、エレン、プリュイ、ラナ、エレノア、ライカが口々に疑問を放ちます。

「あたしもすご~~く聞きたかったけど、ジル様が平然としているから黙っていたんですけど、なんですかソレ?」

「聖女サマの権威の象徴として、新種のモンスターを侍らせているのかと思っていたにゃ」

「ニンジン……?」

「こんな白くてでっかくて、まして手足が生えていて動く人参はないわよっ。――いや、私も変て言ったら変なのかと口出していなかったんですけど、なんでこの場に当然のようにいるわけ⁉ もの凄く変よ!」

「ジルの隣に堂々と座っていて、ジルも言及しなかったからな。あえて無視していたが、話の間中気になって、正直気もそぞろだったぞ」

 モニカも同感なのか、無言で頷いています。


 え、ちょっと待ってください。

 全員の証言を加味すると、つまりは誰も知らないうちにこの場に交じっていた……ということになります、この大根は!

 いえ、いまだにコレについて言及していない、一番犯人に疑わしい人物がいました。


「……ワタシは関知していませんよ、クララ様」

 思わず私が疑いの目で見据えた先で、軽く首を横に振るコッペリア。大根を凝視しながら、「こんな訳の分からないもの」と付け加えます。


「じゃあこの大根はなんなんですの~~~~~~~~っ!?!」

 発作的に私は大根の葉っぱを掴んで、振り回しながら絶叫していました。

 その姿勢でも偉そうに腕と足組みをする大根。


「ダイコン?」と瞬きをするエレン。

「ダイコンですか」と納得するモニカ。

「ダイコン……ワタシのデータベースにもないので記録、と。さすがはクララ様、博識ですね」と感心するコッペリア。

「ダイコンというのか」と興味深げなプリュイ。

「やっぱ聖女サマの管轄ですかにゃ?」と残ったコンポートを貪りながらシャトン。

「ダイコーン」と無邪気な笑みを放つラナ。

「ダイコンだってさ」と肩をすくめるエレノア。

「ダイコンねえ」と呆れたように口にするライカ。

 気のせいか、もの凄い勢いで私の管轄にされた気がします。


 なお、後日判明したところでは、【闇の森(テネブラエ・ネムス)】の家庭菜園で、その昔私が魔力をあてながら品種改良をしていたマンドラドラとハツカダイコン(っぽい根菜)の掛け合わせが、なぜかこんな風に育ったということで、師匠(レジーナ)が餞別代りに(明らかに嫌味と当てつけを込めて)私の荷物の中に紛れ込ませていたというのが真相でした。

 この世界には白い大根はないので(赤や黒の人参っぽくて食感は(カブ)のようなものなら一部で栽培されています)、ある意味革命的なことなのかも知れませんけれど……。


「――ちなみにグランド・マスターからクララ様宛の手紙によると、名前は異世界語で五番目の家族を示す〝キンタ〟だそうです。ワタシもそう呼んだ方がいいですか、クララ様?」

絶対(ぜーったい)に呼びません! 大根で十分ですわ‼」

 コッペリアの確認に全力で否定したのは言うまでもありません。

※第五をスペイン語でキンタといいます。


ブタクサ姫第12巻 11月24日(火)間もなく発売予定です。

挿絵(By みてみん)

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あわせて『あたしメリーさん。いま異世界にいるの……』

『[連載版]婚約破棄は侍女にダメ出しされた模様』

もよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[良い点] 深刻な内容を語り合う場であるはずが、一見すると単なる女子会になっていた。 と思ったら、ジルの隣に謎の大根が!? (笑) ジル同様に気になるところですが、不思議と誰も言及しない。 会議は進む…
[一言] キンタ瞬いた!
[一言] >名前は異世界語で五番目の家族を示す〝キンタ〟 なんて大冒険をしそうな名前なんだ!?
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