広場の交渉と因縁の展開
「その節はお世話になりました、デュラン様」
「いやいや、こちらこそ。野郎ばっかりで潤いのない旅の間中、モニカ嬢をはじめとしたエレノアちゃん、ライカさんなど麗しい花々に囲まれて、至極快適な旅を楽しむことができました。――おっと、そちらの妖精族の彼女もなんと麗しい。このような路地裏に咲いた一輪の百合の花のようですね。よろしければ私とお付き合いしませんか?」
モニカの堅苦しい挨拶にも気を悪くした風もなく、隊商を率いる商人――デュランJrというそうです――快活な笑みとウインクをモニカさんと護衛役のエレノア、ライカ、そしてプリュイへと送りました。
一応、同行していたブルーノとジェシーもこの場にいるのですが、眼中にないのか本気で覚えていないのか、女性以外はどうでもいい調子で愛想を振りまいています。
「デュラン、あんたまた見境なく女を口説いているのかい? 玄関先でソレをやられると、鬱陶しくてかなわないから他でやっておくれ。まったく、美人と見ればどこだろうと誰だろうが関係なしなんだからねぇ……それでなんど修羅場になったと思ってるんだい?」
あまりの調子の良さに絶句している一同を尻目に、カウンターで店番をしていた宿の女将さんらしい中年女性が、はた迷惑な表情で「シッシッ」と手を振って、野良犬を追い払うようにデュランを外へ追い立てます。
「ふっ、好きになれば時と場所など関係ないですよ、ミセス。即座に自分の素直な気持ちをぶつけてこそ真実の愛というもの。姑息な駆け引きや婉曲な迂回などという遊び感覚で行う恋愛など、純粋な愛に対する冒涜といっても過言ではないですね」
「あんたその調子で何人の娘を泣かせてると思っているんだい? どうせこの街だけじゃなくて、行く先々で出合頭に女を食いまくっているんだろう? ――娘さんたちも騙されるんじゃないよ」
自信満々で己のポリシーを口に出すデュランを冷めた目で見据えながら、女将さんが女性陣に警戒を促していました。
私はといえば、見るからに父親似のデュランの中に、血筋なのか薫陶を受けたのかはわかりませんが、確実にマーサさんを感じて、なんだか嬉しくなってしまいました(他の女性陣は思いっきり白い目をへらへら笑っているデュランにぶつけていますが)。
そのようなわけで、場所を変えてテラメエリタの中央広場。
噴水の中央には大理石で彫られた三メルトほどの『聖王女クレールヒェン』の像が立っていて、観光客だか市民だかはわかりませんが、通行人が途切れることなく噴水に硬貨を投げ入れては、何やらお祈りを捧げています。
女性が多いところを見ると恋愛成就とかのお願いでしょうか? 残念ながらそれは私の管轄外なのですが……。
「……似てませんね」
と、彫像を一瞥したモニカが冷然と感想を口にしたのを皮切りに、ブルーノ、ジェシー、エレノア、ライカ、プリュイ、復活したアシミが次々と酷評しだしました。
「……ぜんぜん違うじゃねーか」
「……この手の作品は、普通は美化されるものだと思うのだが」
「……再現する腕がなかったんじゃないの? これなら自惚れ鏡を抜きにしても、私でも勝てる気がするし」
「……コッペリアがいたら『こんな不細工な像ぶっ壊しましょう』と言って実行したところだな」
「……これはひどい」
「……業腹だが、これに比べれば酒太りのビア樽どもの造る作品の方が万倍マシだな」
結構、高名な芸術家に制作を依頼したはずなのですが散々な評価です。
「おや、そうなのですか? これも街の皆は像とはいえ神々しいまでの美しさと讃えられているのですが、実物の〈聖王女〉様は噂にたがわぬ美しさということですか」
手痛い評価にも拘らず逆に嬉しそうに相好を崩すデュラン。
「嬉しそうですね……?」
訝し気なモニカの疑問に、よくぞ聞いてくれましたとばかり理由を口にするのでした。
「死んだお袋が生前よく言っていたのですよ。『女なら誰でも「本気を出してお洒落すれば自分が一番綺麗」って自負があるものだけど、どんな自惚屋を連れてきても巫女姫様を前にしては敗北を認めざるを得ない絶対的な存在』であり、己の美貌に自負のあったお袋でさえも『テラメエリタの街にいる限り、どうあっても自分は二馬身くらい差を付けられて二番』と、常々口に出していたものですから」
相対的に死んだお母様の評価も上がるという理屈なのでしょう。
「「「「「「「いや、その脳内評価は絶対に間違っています(いる)」」」」」」」
思わず反射的に……といった風情で一斉に否定した皆ですが、気を良くしたデュランは浮かれた足取りで近くの果実水売りの露店へと向かい、こちらの話が聞こえていないようでした。
やがてブルーノにも手を借りて、全員分の果実水を手渡したデュランを中心に、広場の隅に移動して煉瓦造りの花壇の縁に腰かける私たち。
「それでモニカ嬢、こんな大人数でやってこられたのはただ単に俺と逢引するため……ではないのでしょう? 何か用事が?」
葡萄(多分、葡萄酒を造るために絞った葡萄の残り滓)を水で割ったらしい果実水を左手で口に運びながら、暗に何か仕事の依頼かと水を向けてくるデュランに対して、揃えた膝の上に果実水の入った木製のコップを置いた姿勢でモニカが前置きなしに答えます。
「それではずばりお聞きしますが、デュラン様のお父様から預かったであろう手紙について――」
「――っ――」
一瞬だけ動揺を見せたデュランですが、次の瞬間には軽薄な雰囲気と口調を取り戻して、
「親父? いや~、残念ながらうちのお袋の口癖は『あんたは神様の子供だよ』でしたからねえ。知ってますか? 娼館とかで私生児を生した女は、『父親は神様だ』っていうのが決まり文句みたいなものでして、ま、俺もご多分に漏れずで――まあ、商売上それだと外聞が悪いので、〝デュランJr〟なんぞと、いかにも由緒ありそうな名前を名乗っていますが」
残念ながらお門違いですね、と肩をすくめながら、ちらりとこの場からの脱出経路を値踏みしたのを、私とジェシー、エレノア、ライカ、プリュイ、アシミが察して、素早く目配せを交差させます。普通なら逃げられない陣形ですが――
「……ふむ」
それはデュランも承知の上でしょう。それでも諦めた様子もなく、ちらりと隣に座るモニカ――見るからに荒事には素人な――の白い喉元をちらり見て、利き手である右手をさりげなく腰の後ろへと回しました。
ナイフの達人なら一瞬で相手の頸動脈を掻っ切れる位置関係をことさらに誇示して、無言のまま人質を盾に優位に立ち廻ろうとするデュラン。
何の変哲もない広場の片隅で緊張感が極限まで高まるのを感じながら、私は既視感を覚えて、
「マーサさんとダンも似たようなことをしましたわね。親子って似るのかしら?」
思わずそう感慨とともに口に出していました。
「……女?」
怪訝な顔をするデュランの前で、私はかけていた『幻影』の魔術を解いて、ちょっとだけ顔が見えるようにフードをずらします。
「なああああああああああああああああああああっ!?! ま、ま、まさか、まさか……〈聖王女〉様⁉」
「しーーーーーーっ」
愕然とするデュランに「内緒ですわ」と口止めするのと同時に、デュランの背後に回していた手からナイフ……ではなくて、葉巻の入った煙草ケースがこぼれ落ちました。
「……この状況でハッタリか……」
感心したようにジェシーが苦笑いします。
 




