侍女頭モニカの到着とキャラバンの若大将
三十年前のダニエル・オリヴァー(ダン)の恋人というか、愛人というか、情婦というか、微妙な関係であった――けれどもダンのために平然と命まで賭けた女性――踊り子のマーサさんの現在の行方についての調査ですが、当時勤めていた『歌劇場・夜光蝶』は疾うの昔に廃業されていましたし、そもそもマーサさんは元流民ですから教団名簿に市民として記載がされておらず、正攻法で所在を掴むのはほぼ不可能……ということで、難航することが予想されましたが、意外なほどあっさりと現在の所在が判明しました。
ただしある意味予想を裏切る形で……。
「十二年前に亡くなっていて、第三管区外れにある共同墓地に埋葬されたのが確認できました。なお死因は寝取られた亭主の女房たち(複数)が徒党を組んでの報復――裏路地で滅多刺しにされたそうです。ま、三人までは道連れにしたようですが」
有り余る演算能力を駆使して、教団に死蔵してあった過去三十年分の資料を一時間と経たないうちに読み取ったコッペリアからの報告に、各国からの陳情書や要望書の整理をしていた私は、思わず頭を抱えてため息を漏らしてしまいました。
「……それはまた……お気の毒様と哀悼の意を表すべきか、彼女らしい最期と感心すべきか、悩みどころですわね……」
まあ、少なくとも最後の最後まで奔放に生きたマーサさんらしい、太く短い生き様で悔いはなかったでしょう。
とりあえず暫し黙祷したあと、私は改めて嘆息しました。
「ですが、そうなるとダンが手紙を送った相手が誰か、またもや振り出しに戻ったわけですわね」
そうなると再度シャトンに調査を依頼するか、現在所用で聖都を離れているブルーノやジェシー達が戻り次第、お願いをして地道に足で探索してもらうかしかないかと悩んでいたのですが、ほどなく予想だにしない人物によってその問題はあっさりと解決することになったのでした。
「ジュリアお嬢様――いえ、聖女様。シレントでの引継ぎが終わりましたので、遅ればせながらまかり越しました」
折り目正しく一礼をする私の侍女頭であるモニカを前にして、私は彼女の背後に直立するブルーノ、ジェシー、エレノア、ライカともども楽にするように促しつつ、仕事の傍ら気になっていた事案についてただします。
「ご苦労様でした。シレントの『ルタンドゥテⅢ号店』の方はつつがなく営業できそうですか?」
「はい、エミリアが店長代理として店を回していますし、問題があっても事務的なことはカーティス様が、荒事にはノーマン隊長が対処に当たっており、いまのところ問題はないかと」
にこりともしないいつも通りのモニカの調子に、私はホッと安堵の吐息を漏らしました。
「そうですか。連日の雑務でさすがに私もキャパがいっぱいで、周囲で補佐してくれる人手が足りないところでしたので、侍女頭としてモニカに新顔の侍女たちの指導をしてもらえば助かりますわ」
「? 新顔の侍女というと、教団が推薦した良家の子女や元巫女見習い(能力が足りなくてドロップアウトした)でございますよね? それならば私などが指導するまでもなく、よほどしっかりと基礎はできていると思うのですが?」
私の切実な願いに怪訝な表情をするモニカ。コッペリアはともかくとして、現在私の周囲を固めている侍女は、モニカ(元旅籠の娘)、エレン(元開拓村の村長の娘)、ラナ(売られた元奴隷)という元をただせば素人軍団の付け焼刃もいいところですので、素性の確かな良家の子女に比べれば、所作や気品がどうしても劣る……と密かに悩んでいたのは、私もなんとなく察してはいたところです。そこへ私が正統派の侍女たちへの指導をお願いしたので面食らったのでしょう。
「確かに優等生ではあるのですよ、彼女たちも。ただ、なんというか……修羅場を潜り抜けていないせいか、予想外のアドリブに対応できないというか、ぶっちゃけ脆弱なように思えますの。あ、あくまで精神的にという意味ですわよ」
「あ~、いかにも箱入りって感じですもんね、あの人たち」
新たに配属されてきた侍女たちとは隔意はないにしても、距離感が掴めないでヤキモキしているように見えたエレンが、我が意を得たりという感じで同意しました。
「そうですわね。そういった後天的な環境から得られた性質もあるでしょうけれど、基本的に皆さん繊細で受け身なので、リーダーシップを発揮できる人材が必要だと思っていましたの」
私が率先してもただの命令になってしまい自主性を伸ばすことになりませんから、その点、エレンやラナの教育を通じてノウハウを持っていて、なおかつ私とも気心の知れたモニカが来てくれたのはまさに渡りに船でした。
「なるほど、承知しました」
心なしか満ち足りた表情で一礼をするモニカ。それから何気ない調子で付け加えます。
「しかし、そうなりますと元からお嬢様に仕えていた侍女たちは、逆説的に『図太くて、逆境にも負けずに殺しても死なない』と思われている、ということですね」
「「「「「「「「…………」」」」」」」」
「……なぜ一斉にワタシを見るのか、理解不能なのですが?」
モニカの言葉を全身全霊で体現しているような侍女に、反射的に室内にいた全員の視線が集中してしまいました。
私は慌てて咳ばらいをして話をはぐらかします。
「コホン。――ブルーノにジェシー、エレノア、ライカも道中の護衛ありがとうございました。道中問題はありませんでしたか?」
「ええ、現在シレントからテラメエリタへ向かう街道はちょっとしたお祭り騒ぎで、機を見るに敏な商人たちが隊商を組んで行き来しているので、野犬一匹すら近寄りませんから気楽なもんでしたよ」
苦笑するジェシー。
新国家景気とも言うべきでしょうか。【闇の森】跡に造られる予定の国で一旗揚げようと、現在、大陸中から人が集まっているので、聖都とその周辺は史上まれにみる人ごみと好景気を記録しているとか。
ですが、いまはまだ秋口なので問題ありませんが、もう一月もするとこの辺りは雪が降りだしますので、そうなったらことによると凍死者や餓死者が大量発生する可能性もあります。
そのあたりを考慮して、多少前倒しをして【闇の森】の一部を開放するのも手でしょう。
幸いにして緋雪様のご厚意で、領内には複数の『転移門』が設置してありますから移動は楽ですし、また事前に洞矮族の国インフラマラエ王国に問い合わせたところ、中原のゴタゴタの際に私がアイデアを出して一時大量に作製した、戦災避難者のための仮設住宅がまだ大量に残っているそうですので、一括して買い上げてもいいでしょう。
そんなことを考えていると、ブルーノが何やら意味ありげな笑みをモニカに向けて、
「そういや、俺たちが便乗した隊商の若大将が、モニカさんを旅の間ずっと口説いていたっけ」
途端に色めき立つエレンとエレノアさんの艶聞大好き女子ふたり。
「えっ、なに本当なのブルーノ⁉ モニカさんにも春が来たの! モニカさん、お付き合いしないんですか?」
「そうそう、そうなのよ! 旅の間中、甲斐甲斐しく『喉乾きませんか?』とか『お疲れのようでしたら小休止を取りますが?』とか、いちいちモニカさんに聞いてさ。別れ際に連絡先を書いたメモまで渡していて結構本気だったと思うんだけど、モニカさんほとんど無視してもったいない。あの年で小なりといえ隊商を組める商人で、見た目もちょっとエキゾチックな風貌のいい男だったのに」
目と声をキラめかせ、口角泡を飛ばす勢いのふたりと、聞き耳を立てる周囲の好奇の目に辟易した様子で、モニカさんが嘆息しました。
「あんなものは商売上の駆け引きですよ。私がお嬢様――〈聖女〉クレールヒェン様の関係者と知って、友誼を通じようという商人の手管に過ぎません。本気にする方がどうかしています」
ドライなモニカさんの反応に急激に盛り下がる室内の女性陣。
う~~ん、モニカさんは自分を過小評価していますけれど、実のところモニカさんに縁談の申し込みって結構きているのですよね。中にはそこそこな身分の貴族家の御曹司もいますので、モニカさんがその気であれば、こちらも身分の釣り合いを取るためにグラウィオール帝国なり、ユニス法国なりの貴族へ養子縁組という話も水面下で進んでいたりするのですが(なにしろこの世界では、結婚適齢期ギリギリですので)、ま、おいおい本人の意思を確認することにしましょう。
「そーいや、あの若大将いろいろと吹いてたよなー。死んだ母親が踊り子で、若い頃にお忍びで娼館にきたクララと昵懇の仲になったとか、知り合いの命の恩人だとか、胡散臭いことをペラペラ――」
苦笑いしながらブルーノが何気なく口に出した四方山話に、思わず私は手に持っていたペンを取り落としてしまいました。
「っっっ――‼ モニカっ、その隊商の連絡先のメモはまだ持っていますか⁉」
思わず立ち上がってそう性急に尋ねた私の勢いに、若干面食らった様子のモニカですが、すぐに冷静さを取り戻してポケットから丁寧に折り畳まれたメモを取り出しました。
「はい。隊商の定宿ですが、モルテン通りにある『終わらぬセイレーン亭』だそうです」
◇
「おや、誰かと思ったらモニカさん――と皆さんではないですか! 嬉しいなぁ、本当に訪ねてきてくれるなんて」
本通りからは離れているものの、落ち着いた佇まいの宿屋『終わらぬセイレーン亭』。
フロントからの呼び出しを受けてやってきた二十代後半くらいの青年を一目目にして、私は思わずフードの下で大きく目を見開いてしまいました。
マーサさん譲りの薄いオリーブ色の肌をした青年は、傷こそないもののその黒髪といい顔立ちといい、若い頃のダンとほぼ瓜二つといってもいいほど酷似していたからです。
何の説明もなくても彼の素性について疑う余地はひとつもありませんでした。
そしてダニエル・オリヴァーが誰を信頼して手紙を託したのか、この時点でほぼ確信したのでした。
◇ ◆ ◇
同時刻。こっそりと外出したジルの身代わりとして、執務室で書類に(偽)サインをしていたコッペリアは、一枚の陳情書を前にして真剣な表情で大鉈を切った。
「魚人族や翼人族など、種族的に下着が丸見えなのが常態な連中にいかようにしてパンツが見えないようにさせるか? なら逆転の発想で、クララ様王国の国民は全員、パンツを穿かないことにしましょう。すなわちパンツを穿かなければパンツを見られる事が無い。護身完成!」
その途端、安全装置代わりに隣で監視していたエレンが、持っていた箒の柄で思いっきりコッペリアの頭を容赦なく叩いた。




