事件の調査と手紙の行方
「えーと、次に『仮称・聖王国』への移民希望者ですが、人間族の他にも獣人族、洞矮族、吸血鬼、巨人族その他亜人種、それと言うまでもなく妖精族と黒妖精族が血眼になって名乗りをあげています」
エレンからの報告に、その場にいた全員が「ああ、まあそうなるわね」と諦観混じりの納得をしました。
「なにしろあそこには地上では消滅した世界樹の森があるのですからね。妖精族や黒妖精族にとっては、失われた神が戻ってきたようなものでしょうから、それは当然でしょうね」
同意しながら私は超帝国から世界樹の苗木(と言っても全長百メルトくらいありましたけれど)が下賜された経緯を思い出しました。
『真紅帝国では裏庭に竹藪並みに生えて邪魔だから、欲しけりゃいくらでもあげるけど?』
という「ありがたみがないですわね~」という緋雪様のご厚意で、例の『喪神の負の遺産』があった跡地へ移植したのですが、たちまち根付いていまではスカイツリーに匹敵する高さへと成長しています。
最終的には標高五~六十キルメルトに達するそうですから、そうなればもはや軌道エレベーターも同然でしょう。日照権とか大丈夫かしら?
「ですが、亜人種を人間族と同等に扱うことに関して反対の声も多く、特に聖女教団内部からの反発が強いですね」
「認めたくない奴は関わらなきゃいいんですよ。別にお前らがいなくても問題ない――どころか、わざわざ火種を持ち込む必要なんてないんですから。リスクも負わずに甘い汁だけ吸おうとする連中なんて百害あって一利なしです」
コッペリアが身も蓋もない口調で反対派を一刀両断して、
「その点、同じ人間族でも『クララ様ファンクラブ』の会員なんざ、クララ様が女王様になって治める国と聞いて、即座に『犬と呼んでください!』と人間捨てましたからね」
ついでに聞きたくない情報を開示しました。
「せめて人間としての尊厳までは捨てないで欲しいのですけれど……ですが、確かに前半はその通りね。基本方針はそれで行くことにして、もうちょっと婉曲に……きちんと法整備をして明示するようにしましょう」
「なるほど。馬鹿には理解できないように、高度に難解な文言と文法で煙に巻くのですね。わかります」
うんうんとコッペリアが頷いたところで、私の感知領域に見知った反応が引っかかりました。
「あら……?」
「うぉん!」
「――ちわ~」
フィーアが私の膝の上で吼えるのとほぼ同時に、執務机がカーペットに落とす影の中から、いつもの格好をして、リュックサックを背負ったシャトンが湧き出るように現れました。
一瞬警戒したコッペリアとエレン、ラナですが、現われたのがシャトンだと知ってホッと肩の力を抜きます。
「聖女サマ。ご依頼のダニエル・オリヴァー殺人事件の詳細について、シレントまで行って確認してきたにゃ」
あれから一巡週も経たないうちに、調査を依頼していたシャトンが現地まで行って戻ってきました……のはいいですが、こうして警戒厳重なはずの《聖天使城》の最上階にある聖女専用のフロアに忍び込まれるのですから、ザルもいいところの警備だと実証されたも同然で、私としては微妙なところですわね(私は空間魔術と精霊魔術で即座に感知しましたけれど)。
「衛兵の調査では、同業者による怨恨もしくは物取りの犯行という見解で調査が終了していますにゃ。理由としては室内がひっくり返したかのように荒らされていて、ダニエル・オリヴァーにも執拗な暴行がなされた形跡があり、金品のみならず顧客や奴隷の名簿や資料などが洗いざらい強奪されていたからというものにゃ」
立て板に水で捲し立てるシャトンの話を神妙な表情で聞き入る私、コッペリア、エレン、そしてラナ。特にラナは生き別れの姉の手がかりが掴めそうだと聞いて、期待と不安を隠せないでいるようでした。
「屋敷内には護衛や使用人、保護されていた子供たちなどがいたはずですが、目撃者や手がかりなどは一切ないのですか?」
私の問いかけにシャトンは左右色違いの目を細めて意味ありげに笑います。
「ちょうど屋敷内にはダニエル・オリヴァー以外には誰もいなかったようで、衛兵らの見解では、事件と前後して『正義の輝き』といういわくつきの冒険者グループがシレントから消えていることから、こいつらの仕業とみているようにゃ。ちなみに、こいつらは裏で殺人、強盗、強姦なんでもござれと噂されるクズ集団で、冒険者ギルドでも明確な証拠がないため除籍できないでいた問題グループにゃ」
「『正義の輝き』なんて御大層な名前を付けていて、やっていることは正反対なんて恥ずかしくないのかしら⁉」
「ははは、エレン先輩。正義なんて誰もが掲げられるお題目ですよ。戦争でも勝てば正義……要するに力ある者が正義ってことで、逆に言えば力なき正義なんざ負け犬の遠吠えですよ」
憤慨するエレンに対して、コッペリアが失笑混じりに言い放ちます。
怒りの矛先がやや脱線しがちになったのを感じて、私はフィーアのお腹のあたりを撫でながらシャトンに確認をしました。
「つまり、その『正義の輝き』という冒険者グループが実行犯ということですか?」
「状況的には限りなく黒で……ですが、連中のその後の足取りが忽然と消えていますにゃ」
「おおかた黒幕に始末されたんでしょう。三下の末路なんてそんなもんです」
鼻を鳴らすコッペリア。シャトンは肯定も否定もせずに、無言でニヤニヤとアルカイックスマイルを浮かべています。
「……では、現状ではダン――いえ、ダニエル・オリヴァー氏が追跡調査の末発見したという、ラナのお姉さんに関する手がかりは断たれた、ということですね?」
そう私が確認をとると、張り詰めていた緊張の糸が切れた様子で、ラナが安堵とも失望ともとれぬ吐息を漏らしました。
おおかた唯一の身内の安否が――すでにお亡くなりになっているという可能性も決して低くはありません――『確定して欲しいけれど欲しくない』といった、中途半端な気持ちなのでしょう。
「そうですにゃ。ただダニエル・オリヴァーは殺される一月ほど前から、秘密裏に屋敷内の奴隷たちや使用人、護衛まで避難させていたようですにゃ。ダニエル・オリヴァーも裏社会に精通した男にゃ。それがたかだか悪徳冒険者ごときに、そこまで覚悟するというのもおかしな話ですにゃ」
なるほどシャトンの理屈ももっともです。ダンがその気になれば逃げることも、より精強な護衛たちを雇うことも可能であったはずなのですから。
「そのダニエルさんって、裏社会にも顔が利くんですよね? それが最初から手に負えないと観念するくらいヤバい相手となると……さっき名前が出てきた『正義の輝き』ってのも――」
エレンが周囲をはばかるような態度で声を落として、シャトンへ確認しました。
「十中八九本命から目を逸らすための囮。スケープゴートってやつですにゃ。おおかた今頃は全員仲良く地獄巡りをしている塩梅じゃないですかにゃ」
軽いシャトンの返答に反して、執務室に重い沈黙が落ちます。
エレンとラナは漠然とした恐怖を覚えているだけのようですが、視線を交差させた私とシャトン、そしてコッペリアが弾き出した答えは共に同じものでした。
『間違いなく国家権力が絡んでいる。それもシレント央国の首都シレントで証拠ひとつ残さず、それなりの名士を抹消できる規模と秘匿性を持った国が』
こうなるとそう簡単に動きが取れません。シレントの事件ということで、仮にリーゼロッテ王女に助力を願っても、彼女が知らないだけで事によるとシレント央国が事件に関わっているかも知れません。その場合、今度はリーゼロッテ王女の身柄が危険ということで本末転倒ですし、あるいは私が知らないだけで、今回の件にユニス法国の暗部が暗躍した可能性もあります。いずれにしてもどの藪を突いても確実に蛇が出てくるでしょう。
「……せめて蛇の種類がわかっていれば、対策も立てられるのですけれど」
嘆息しつつ期待を込めてシャトンへ視線を送ったのですが、
「目星はついているけど、さすがにこの短時間では確定するのは無理にゃ」
軽く肩をすくめて首を横に振られました。
「――というか、聖女サマはまず相手を叩き潰すことを前提に考えてるのがおかしいにゃ。考えてみて欲しいにゃ。必要なのはダニエル・オリヴァーが入手した情報の確保ではないですかにゃ?」
「あ――!」
言われてみればその通りですわね。
「クララ様は基本的に『敵がいたらまず倒す』がモットーの武闘派の聖女ですから」
したり顔で勝手な講釈をたれるコッペリア。
そんな矛盾をはらんだ聖女がいてたまりますか! と文句を言いたいところですが、直前の自分の言動や発想を鑑みて、さすがに自制せざるを得ませんでした。
その間にもシャトンの説明は続きます。
「で、親方のルートでいろいろ調べた結果、ダニエル・オリヴァーが別名義で生前にここ、ユニス法国の首都テラメエリタへ手紙を送っていたのがわかったにゃ。ただし宛名は不明にゃ」
「普通に考えればアンジェちゃん宛だけれど、あの様子では心当たりはなさそうね」
過日の面談の様子を思い出して私がそう口に出すと、エレンが私の方を見ながら、
「ジル様宛に送ったってことはありませんか?」
そう聞かれましたけれど、基本的に私宛の手紙って私本人が直接見る機会ってほとんどないのですよね。それこそ国家元首からの手紙でもない限り。
「クララ様宛の手紙やファンレターの類は手分けして開封をして、現金が入っているものにはワタシがクララ様の一筆を代筆した礼状を書いて送ってますけど、それ以外は焚きつけに使っています」
「「なんてことをしているのですか(してんのよ)‼」」
我ながらいい仕事している! という清々しいまでにわだかまりのない顔で言い放ったコッペリアに、思わず私とエレンとの怒号が重なりました。
それでは仮にダンからの手紙があったとしても、内容も確認しないで灰になった公算が高いということでしょう!?
「まあまあ、さすがに直接聖女様に送るなんて無茶はしてないと思うにゃ。それにもともとダニエル・オリヴァーはこの町の出身にゃ。信頼できる相手に渡るようにしたと考えるのが自然にゃ」
「――あっ……!」
そう仲裁するシャトンの何気ない言葉に、私の脳裏で三十年前にこの町で出会ったひとりの女性の面影がよみがえりました。




