アンジュとの面会と姉の手がかり
「すぐに面会の手はずを整えてください。念のためにルークにも同席していただくようにして……って、まだ《聖天使城》内に滞在していますわよね?」
ルークもルークで聖女の婚約者という名目を最大限に活用して、私の代わりにグラウィオール帝国本国からの使者や【闇の森】周辺諸国の代表者、何よりも聖女教団と連携して、連日息をつく暇もないほど忙しく働いて、私の負担を減らしてくれているのですから申し訳ありません。
「ええ、最近は銭ゲバ猫が連れてきた、亡き愚民の騎獣である火蜥蜴の世話を嬉々としてやることで、気晴らしになっているみたいですね」
多忙のために最近はあまり話す機会がないルークの現状について、コッペリアが即座にそらんじてくれました。
「そうなのですか。ドラゴンが本当に好きなのですわね、ルークは。騎獣としては〈真龍〉の方が、火蜥蜴よりもずっと速いでしょうに」
そう私が相槌を打つと、なぜかコッペリアが微妙な顔をして、黙って周囲を窺います。
「……なんでしょう。いまのクララ様の台詞は、踏んではいけない地雷を踏みまくったような。こう、ヘイト値を集めてしまったような……」
「???」
いつも通り意味不明の発言をするコッペリアはさておき、俄然気持ちに張り合いの出た私は、休憩を挟んで午後の仕事へと没頭するのでした。
◇
さて、面会の許可は出したもののなかなか審査が通らず、最終的に私が強権を発動――すなわち、
「テオドロス法王様(※聖女となった私の方が立場としては上なので、『聖下』という尊称は使わないようになりました)、私の昔馴染みと旧交を温め直したいと思っているのですが、担当者がいろいろと理由をあげつらっては、まったく聞く耳を持とうとしないのです。もしや私、聖女として軽んじられているのでしょうか?」
教団の最高指導者である(最近は「マジの聖女様がいるんだから、もういらねえんじゃね?」と存在を疑問視されることも多い)祖父テオドロス法王に泣きつくことでした。
「おお、儂の可愛いクララを泣かせるとは許せんの。担当者は断罪の上、逆さ十字架に磔にして――」
「いえ、そこまで本気で処罰しなくてもいいです。普通に横車を押して、大至急審査を通してくれればいいので」
激昂する祖父を宥め、どうにか面会の許可が下りたのが、申請書を確認してからニ巡週後のことです。
「宗教裁判ではないのですから、別にここまで大掛かりにしなくてもいいのですけれど……」
そして面会の日、大聖堂にずらりと勢ぞろいした賢人会のお歴々を筆頭に、ユニス法国内の高位貴族が頭を連ね、聖騎士や神官戦士が厳重な警護をする中でイベントが始まりました。
さすがにアンジェちゃん(さん)だけ名指しで特別扱いするわけにはいかないので、非常に面倒ながら名目上は『厳選された面会希望者への聖女様のお目通り』として、その他大勢のひとりという形で会見する形です。
私もこの日のために寝る間も惜しんで書類の山を整理し、どうにか時間を捻出して、会見に臨んだわけですから、どうでもいい――他国の王族や貴族、大商人などによる――下心満載の追従や称賛の挨拶など面倒なだけだったのですが、形式美に則らなければならないのがこの業界の辛いところです。
ちなみに豪奢な椅子に座る私の背後には侍女のエレンとコッペリアがついていて、足元にはフィーアが、左右にはテオドロス法王と秘書官さんが重厚な椅子に腰かけています。
ルークは賓客扱いでちょっと離れた席にいますけれど、思ったより元気そうで何よりでした。
「……ですが気のせいか、エレンが半分死にかけているような気がするのですけれど……?」
とりあえず王侯貴族による挨拶と交渉という名の攻防を終えて、残りはアンジェちゃん(さん)を含む一般からの面会希望者となり、周囲の空気も若干緩んでチラホラ退席する人も出てきたところで、いったん小休憩を挟むことになりました。
「それはそうですよ、ジル様。なんであたしが貴族なんですか~⁉ 侍女の修行と同時に貴族教育とか、本気で勘弁してくださいよぉ……!」
お茶を運んできたエレンが、珍しく泣き言を放ちます。かなり鬱憤がたまっているようですわね。
「――仕方ないじゃないですか。クララ様はいまや聖女で将来の超大国の女王様……となれば、どこの馬の骨かわからない田舎娘を侍女に据えておくわけにはいかない。けれどクララ様はエレン先輩を放逐するつもりはない。そこで発想を転換して、エレン先輩を貴族に持ち上げれば万事解決となったわけですから」
同じくお茶の支度をしながら、コッペリアがエレンを宥めすかします。
なお、正確には貴族に叙爵されたのは、エレンの父である西の開拓村の村長さんで、名目としては『開拓民として目覚ましい功績をあげたことによる』功績が認められ、グラウィオール帝国准男爵位を賜りました。
さらにこれはオフレコですが、ルーク経由で聞いた話によれば、近々【闇の森】に隣接する広大な開拓地はすべてエイルマー殿下の領地となり、その陪臣貴族としてクリスティ女史は伯爵に、村長さんは最終的に子爵まで特進させる予定でいるとのことですので、エレンにも子爵令嬢としての教育が施されている……という訳でした。
「まあワタシ個人の意見としては、馬には馬の驢馬には驢馬の利点があるわけですから、わざわざ驢馬を馬に改造する必要はないと思うのですが」
「誰がロバよ!」
いつも通りのシニカルな調子で肩をすくめるコッペリアに、やにわに精彩を取り戻したエレンが噛み付きます。
そうして一般の――と言っても身元が確かな上級市民階級に限られていますが――市民との面会が意外とサクサクと進み(顔を上げて私の顔を見た瞬間に、絶句するか「アへぇ」という顔で失神する者が続出したため)、いよいよアンジェラ・オリヴァーさんとの面談となりました。
おそらくは夫であろうお堅い会計士のような男性を伴ってやってきたアンジェは、すでに三十代後半のキリリとしたキャリアウーマン然とした女性となっていて、さすがに当時の面影はほとんど残っていません。
「――面を上げよ」
平伏していたふたりに議事を司る神官が声をかけると、うやうやしく顔を上げたアンジュが私と背後に侍るコッペリアを見て、一瞬だけ泣きそうな顔になりました。
「巫女姫――失礼いたしました。聖女様にはご多忙の中、私如きのために貴重なお時間を割いていただきましたこと、謹んで心より感謝いたします」
それから威儀を正してはじめた前口上を片手で制して、私の方から感慨を込めて話しかけます。
「久しぶりですわね、アンジュちゃん。お元気そうで何よりですわ。その後、お体の方はお健やかでいらっしゃいますか?」
「は……はいっ。お陰様でいまでは娘も生まれ、親子三人でつつがなく暮らしております」
「それは何よりですわ……ところで、ダン――お父様はご壮健でいらっしゃいますか?」
『親子三人』というところにふと気がかりを覚えてそう尋ねると、アンジュの表情に影が差しました。
「父は……四月ほど前に何者かに襲われて黄泉へ旅立ちました」
半ば予想はしていましたけれど、寿命や病ではなく思いがけないお亡くなりになった原因に、思わず私は絶句してしまいました。
「――っ! それは……」
「仕方がありません。私たちは亡八――人の恨みを買うのは覚悟の上ですから」
本心なのか強がりなのか淡々とそう口に出すアンジュ。
そこでふと、何かを思い出した顔で、
「そういえば父から生前、聖女様に『よろしく』と。それと『例の姉の行方が掴めました』という伝言を預かっていますが……」
何のことやら、と言いたげなあやふやな表情を浮かべているアンジュとは対照的に、その瞬間、私の全身に戦慄が走りました。
「……ラナの……ラナちゃんのお姉さんの行方を掴んでいたのですか、ダンは!??」
 




