今後の相談と消えた友の行方
「ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってください。【闇の森】全域って、途轍もない面積がありますわよ! そんな飴玉をくださるようなノリで渡されても手に余りますっ」
私のポケットには大きすぎるなんてものではありません‼
「いいじゃないですか、くれるって言うんだったらもらっておけば」
とりあえずもらっとけ精神を発揮するコッペリア以外の全員が――バルトロメイや侯爵も含めて――唖然呆然としている中、事の張本人である緋雪様は悪びれることなくいけしゃあしゃあと言ってのけられました。
「そう言われてもねぇ……君の二代目聖女就任と【闇の森】の浄化に伴う所有権の譲渡については、もう主要国の上層部には《神帝》の名で伝えてあるし、大陸三大宗教の天上紅蓮教と聖女教団、獣人族の巫女には神託という形で告げてあるから、いまさら撤回は無理だよ?」
「なっ――!!?」
なんてことされるのですか、この御方は⁉
迅速果断と言うべきか、はたまた勇み足が過ぎると言うべきか……緋雪様、思い立ったが吉日で、こらえ性というものがありませんわ。絶対に一人っ子か末っ子に違いありません!
「……というか聖女教団はともかく、天上紅蓮教と獣人族の聖霊信仰にまで影響を及ぼせるのですわね?」
ふと思った私の疑問に、緋雪様が「そりゃそうだよ」と打てば響く感じで、当然のように答えられました。
「ぶっちゃけ天上紅蓮教の教皇も真紅帝国の傘下だし、ついでに聖霊信仰で崇められている聖霊の元締めが、そこにいる空穂だからね。ツーカーなんてもんじゃないよ」
小さな顎で指した先では、くだんの九尾の女性が艶然と口元を長扇で隠して笑っていました。
えっ……!!? ということは、つまり――。
「じゃあ宗教観対立とか、全部出来レースだったのですか⁉」
「バランスの問題だよ。表立っていくつかの勢力がけん制し合うことで、調和と安定を図るのは、いつの時代どんな場所でも有効だからねぇ」
う~~っ……。理屈は分かりますがなんか釈然としませんわね。
なおこの会話の間、ルークとエレンは情報量の多さに頭を抱え、レジーナと天涯様は苦虫を嚙み潰したような仏頂面で沈黙を守り、命都様はニコニコと楽し気に私たちの様子を眺め、九尾の女性――空穂様――は寄席で面白い見世物を見ているかのように傍観を貫き、黒耀様は相変わらず無言のまま立ち続けています。
そしてセラヴィはといえば――。
「どこに行くのだ、司祭殿?」
その場で踵を返して、ひとり森の方へ向かうのを見とがめたバルトロメイが声をかけます。
「おおかたブルって小便漏らしたんじゃないですか~。そーいうのは聞かないのがマナーってもんなのに、気が利かない骨ですねえ」
コッペリアが、はぁ、やれやれ……と言いたげな口調で、忠告めかして茶化しました。
「――ここにいると頭と心の整理がつかない。ちょっとひとりになって頭を冷やしてくる」
ぶっきらぼうに答えて歩みを進めるセラヴィ。
「そうか。大丈夫だとは思うが魔獣の類が周囲に残っているかも知れないので、何かあったら合図を送れ、すぐに駆け付ける」
侯爵もそう注意を促し――それに対して、セラヴィは何も言わずにひらひらと片手で持った護符を振って答えました。いざとなれば護符で合図を送るから大丈夫という意思表示でしょう。
「――セラヴィっ」
ふと、去っていくその背中があまりにも小さく儚く寂し気に見え、私は発作的にセラヴィを呼び止めていました。
「なんだ?」
肩越しに振り返った一見していつもと変わらぬ愛想のない表情に、私は内心でほっと安堵しながら……続く言葉を考えていなかったことに気づいて、若干狼狽えながら、
「いえ、あまり思い詰めないでくださいね」
結局、当たり障りのない気休めを伝えるしかできませんでした。
「……ああ」
どこか空虚な愛想笑いを浮かべて、セラヴィは軽く手を振ってこの場を去っていきます。
――そうして、思いがけずにこれが【闇の森】でセラヴィを見た最後の姿になったのでした……。
「じゃあ気を取り直して今後の【闇の森】――というか、もう君の領土だけど――の去就についてだけど、いちおう領地の要所に真紅帝国の〈十二魔将軍〉と呼ばれる超強力な配下を配置しておいたので、ドサクサ紛れの他国の火事場泥棒的な軍事的侵攻は防げるはず」
そう緋雪様が心強くも請け負われました――もっともその直後に、
「……まあ連中は加減を知らないので、敵対した国が壊滅する危険の方が高いけど……」
と遠い目で自信なさげに呟いたのが、それ以上の不安要素ではありましたが。
なお、後から知ったのですが、この時点ですでに【闇の森】が超帝国の管理から外れ、魔獣の脅威も格段に下がったと知った野心的な他国――隣接する自由主義を標榜する中小国――が、『安全確認のための威力偵察』の名目で軍(主に国境守備隊)を派遣し、それはもう手痛い反撃を受けて潰走したとか、返す刀で首都が吹っ飛んだとか……。
さらにはリビティウム皇国とグラウィオール帝国を筆頭に、クレス自由同盟を代表する獣人族の有力氏族、妖精族並びに黒妖精族を代表して妖精王・妖精女王の連名、洞矮族の国インフラマラエ王国、さらには非公式にですが吸血鬼の国ユース大公国やロスマリー湖の竜人族などが逸早く支持を表明したため、日和見していたその他の国は、しばし静観の構えを取らざるを得なくなったとのことでした。
「まあ、いつまでも保護はできないけど、二、三年くらいはカバーするので、その間に領地をどうするか――他国に割譲するのもよし、併合するもよし、無論建国するのも大いに結構――決めといてね」
「……ここまでお膳立てされたら断れないではないですか~~っ」
その場に屈み込んで頭を抱える私の肩を、コッペリアがうきうきした調子で叩きます。
「クララ様、クララ様。国名は『聖クララ王国』と『大クララ聖王国』とどっちがいいですか?」
「だから建国する前提で話を進めないでください! そもそも土地だけあっても、何もない状態なのですわよ! 私と貴女とで館を建てた要領でインフラを整備していたら、街ひとつ作るのに五年はかかりますわよっ」
「ハンドメイドで五年でできるのかい……」
私の叫びになぜか緋雪様がドン引きした表情を浮かべました。
この方に引かれるのは、私としては果てしなく不本意なのですけれど!
「それに国というのは人が居なければ成り立たないでしょう。好き好んで元【闇の森】に住みたがるような酔狂な人間なんて――あ痛っ!」
「酔狂な変人で悪かったね!」
すかさずレジーナの長杖による一撃が私の頭に加えられました。
一方、私の言い分を聞いていたコッペリアは不敵な笑いを浮かべて、
「ふふふふふふふっ、お忘れですかクララ様。この大陸中にはクララ様のためなら地の果てまでお供する、ファンクラブ員百万がいることを」
「あああああああああっ‼ そういえばそんなのもありましたわね!」
いままで洒落や冗談かと思って聞き流していたのですが、まさかここにきて伏線になって回収されるとは思いもよりませんでした。




