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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第六章 神子姫 那輝[15歳]
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ジルの危機とフィーアの咆哮

 両面宿儺(ベナーク公)が語るところの〈聖母〉と〈神子〉、さらには翻って《蒼き神》と《神帝(ドミュナス)》(聖女スノウ)様との関係を聞かせられた私たち。

 コッペリアが鼻息荒くアチャコさんを指さして言い放ちます。

「――聞きましたか、クララ様。あの女、邪神の寵愛どころかただのセフレで、おまけに用済みで捨てられた過去を、周りが知らないのをいいことに捏造(ねつぞう)して、さも正妻面で悦に入ってましたけど、クララ様のめちゃシコナイスボディとは比較にならない、あんなまな板胸の聖女にすら及ばないクソ雑魚の負け犬ってことですよね!」

 勝ったなガハハハッ! と、コッペリアが高笑いをした瞬間、無表情にアチャコさんが(心なしかコメカミのあたりに青筋が立っているような)『使徒の傷痕(クレドプラーガ)』を、スラッシュのように、私へ向かって打ち下ろしたのでした。


「――っ!?!」

「――クララ様っ!」

 咄嗟にコッペリアが割って入るよりも早く、灼熱の鉄棒を押し当てられたかのような痛みが右手の二の腕のあたり。そして、左足の太腿のあたりに(はし)り、あまりの痛みに――事前に覚悟を決めていたのならともかく、『傷痕』という事象が突如として与えられたため――ショックで心臓が止まりかけたほどです。


「が……?!!」

 宙を飛ぶ自分の右手を()()()()()()()、頭に浮かんだことはどうにもとりとめもなくつまらないことだけでした。


 ――右手がないと上手に料理ができなくなりそうね。

 ――そういえば、そろそろフィーア用のクッキーを補充しないと。

 ――コッペリアとエレンにも手伝ってもらって……。

 ――ついでにマフィンとかも作って、アラースとコロルの分も。

 ――ああ、早く帰らないと、みんながお腹を空かせて……。

 ――帰ったら…………。


 横倒しに倒れたところで、自分の左足が太腿のところから切断され、それでバランスを崩したのを、遅ればせながら理解しました。

 同時に猛烈な痛みと、出血性ショックの各種症状を知覚します。

 いまのところどうにか意識はありますが、この様子では数分としないうちに意識不明になるでしょう。


「クララ様ーーーっ!?」

 血相を変えたコッペリアが転がった私の腕を引っ掴んで、アチャコに背を向け盾になる形で、覆いかぶさるように縋り付きました。

「意識はありますか!? 出血がひどいです。とりあえずワタシのエーテル代替血液を静脈注射で補いますが、このペースでは心臓への負担が大きすぎます。意識をしっかりして、治癒術を施術してください!」

 慣れた手つきでテキパキと私の左手にテルフュージョン連結管を刺して、自分の左手に――ロケットパンチの接合部分をずらし――管を直結させるコッペリア。


 血液とは非なる紅い液体が流れ込むのを確認しながら、私の切断された手足を接合させ、甲斐甲斐しくポーションやら霊薬(アムリタ)やらを振りかけます。それに合わせて私も手探りで治癒術を施しますが、どうも思ったほど効果が出ないようです。

「くっ――! 〝傷を与える”という概念の影響で、治る傍から傷が再生され、逆に体力を消耗する結果となっている。概念兵器の効果が打ち消されるまで、治癒は不可能……それまでクララ様の体力気力が持つ確率は――」


「――邪魔だ」

 歯を軋ませるコッペリアの背中に向かって、こちらも切羽詰まったアチャコの『使徒の傷痕(クレドプラーガ)』が縦横に振るわれました。

「……いけない、逃げて、コッペ――」

 いくら頑丈なコッペリアといえど、問答無用で『傷を与え』られてはただでは済まないでしょう。

「そうはいきません。このコッペリア、『やるな』と言われると逆に何が何でも反対するのが大好きだからです」

 自分でも思いがけなく力にならない、秋の終わりのキリギリスのような声に対して、コッペリアが断固とした口調で、それはそれで説得力のある返答をしました。続けて、

「それに世界が滅ぶのはどーでもいいですが、クララ様の損失は看過できませんので、死なばもろともです。――これがホントの冥土(メイド)の道連れってやつですね」

 そう笑って言いながら不動の姿勢で、懸命に私の救命措置を継続するコッペリア。


 普段はおちゃらけているのに、土壇場で我が身を犠牲にすることを厭わないコッペリアの献身に、私の頬を痛みとは別の涙がこぼれ落ちました。

 ですが、案に反してとどめの痛みは襲ってこず、コッペリアもピンピンしたまま両膝を突いた姿勢で処置を続けています。


「…………?」

 なぜ? という疑問に答えて、アチャコがコッペリアの背中を見据えて舌打ちしました。

「――ちっ、生命体ではないのか」

 その呟きに、ハッと閃いて自分の体と床とを霞む目で必死に見比べ確認します。

 見たところ服にも床にも一切の傷痕はありません。『使徒の傷痕(クレドプラーガ)』の先端が描いた軌道から逆算すれば、どうしたってどちらにも余波が及んでいるはずですのに、傷ひとつないというのはおかしな話です。それはつまり――。


 ――『なんでも切れる剣』とか、鞘に収まらず下手すればそのまま落下して、さらには地面をどこまでも斬って回収不能になります。そのあたりに概念兵器の使い勝手の悪さがあって……。


 同時に先ほどのコッペリアの台詞が脳裏によみがえりました。

 そう、そうです! あの『使徒の傷痕(クレドプラーガ)』が無作為に『傷を与える』のなら、むき出しで持っている段階で、そこいらじゅうが無尽蔵に傷だらけになっているはずです。それがないということは制限があるということ。そして先ほどのアチャコの台詞から類推される結論は……!!


「コッペ……あの鞭は、生きた生身の部分にしか傷を……与えられな……それに、対象を目視しないと……効果が……遮蔽を……布一枚でも防げるはず……」

「!! ――了解しましたっ」

 私の意を()んだコッペリアが、エプロンドレスの亜空間ポケットから、先ほど中庭でアフタヌーンティーを飲んだ時に使った純白のテーブルクロスを出して、カーテンのように私の全身をすっぽり隠す形で広げます。

 同時に二本の竜の牙を放り投げて、その場に〈撒かれた者(スパルトイ)〉を生み出し、テーブルクロスを持つように命令しました。

 これで『使徒の傷痕(クレドプラーガ)』の攻撃は防げるはず。


「――フ……『氷結(フリーズ)』」

 とりあえず出血を止めるために、手足の断面を凍らせて、ついでに無理やり接合させます。

「……まずいですね。バイタルが危険値へ迫っています」

 ひと段落ついたところで緊張の糸が切れたのか、憔悴したコッペリアの声が徐々に遠くなってくるのを知覚しながら、私は必死に意識を繋ぎとめようと目と耳に神経を集中して、周囲の情報からこの絶体絶命の状況を打破する方策を探ります。


 いまのところ両面宿儺はニマニマと嗤いながら、私たちの危機を傍観しているだけのようです。

 一方、テーブルクロス一枚で必殺の攻撃が無効化されたアチャコ(さすがに問答無用で手足を斬り飛ばされて『さん』づけする気にはなりせん)は、私たちの小細工に激昂した様子で、

「おのれ、小癪な! ならば我が力の神髄を見せてやろう!」

使徒の傷痕(クレドプラーガ)』を利き手側ではない左手に持ち替えて、代わりに儀式用らしい短剣と首からぶら下げるタイプのペンタクルを取り出しました。

「《風の精霊王(ヴェントレークス)》! 《地の精霊王(フムスレークス)》! 我が意に従えっ!」

 風の象徴である短剣と地の象徴であるペンタクルを媒介にして、即座にその場に四大精霊王のうちの二柱を顕現させるアチャコ。


 さすがは神聖妖精族(サンクトゥスエルフ)だけのことはあります。私の知る限り〈妖精王(オベロン)〉様と〈妖精女王(ティターニア)〉様のふたりがかりで、一柱が限度でしたのに、単身で同時に二柱とは……。

 ですがあまりにも行動が近視眼的ですわ。いくら我が子(の亡骸(なきがら))を人質に取られているとはいえ、私なら敵の敵は味方と考えて密かに協調路線を模索するところですが、そういった考えは一切ないようです(ひょっとして先ほどのコッペリアの言いたい放題を根に持ってのことかもしれませんけれど)。


「……これは、さすがに厳しいですね」

 神には及ばないまでも準じる精霊王二柱を前にして、コッペリアの口から珍しく悲観的な言葉が発せられました。

「貴女だけ……逃げてもいいの……よ?」

 答えのわかっている私からの誘いに、コッペリアは晴れ晴れとした顔で答えます。

「〝豚は豚連れ牛は牛連れ”って言うではないですか。最後までお供しますよ、クララ様」

「……ブタとか言わないで……」

「――クララ様、意外と余裕ありますね。そんなにブタが嫌いなんですか? ブタに親でも殺されたんですか?」


 呆れたようなコッペリアの軽口に答えようとして、私は意識が急速に霞んでいくのを自覚しました。

 いま眠りについたら多分、もう目覚められない。

 そう頭の隅で思いつつ、急速な睡魔にあらがえきれず、眠りに落ちる寸前、どこからかフィーアの遠吠えが聞こえた気がしました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 絶体絶命のジル。 冒頭で暗殺されたことを除くと、部位欠損を伴うような重症を負ったことはなかったと思いますが、そのまま放置されれば死ぬしかなかったでしょう。 そんな中、いつもはおちゃらけてい…
[一言] アチャコェ…稀人侯爵にみじん切りにされそう…。
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