両面宿儺との対決と神子と聖母の確執
一抱えほどもある攻城槌のような丸太(念のために私が『収納』していたものです。地球でいう世界共通語であるオタクさんのカバンの中身のように、〝万が一”に備えていろいろと詰め込んでいた甲斐がありました)全体に接触による伝導魔術で、『強化』と『硬化』『軽量化』『物理反射』などを施していたお陰か、私とコッペリアのふたりがかりでの突進でもやすやすと分厚い大和殿の閉じられていた扉――ざっと東大寺の正面扉を内側から閂で閉じていた規模ですわね――を粉砕し、
「よくぞ来たな、乃公が――ぐはっ!!!」
「「「「「ぎゃあああああああああああ!?!」」」」」
「「「「「うわあああああああああああっ!!」」」」」
「「「「「うそぉんんんんんんんんん?!?」」」」」
その勢いのまま、コッペリアと一緒に丸太を担いで建物の中へと猪突猛進する私たち。
「……いま、扉と一緒に何かを吹き飛ばしませんでしたか?」
内部が薄暗かったせいで、外から飛び込んだ一瞬、明暗の差で視界が途切れた僅かな間に、何かをまとめて跳ね飛ばしたような気がして首を巡らす私ですが、後ろで担いでいるコッペリアは朗らかな笑顔を浮かべて親指を立てました。
「杞憂ですよ、クララ様。ゴミくずかチリ紙、せいぜい鼻くそみたいなのが飛んで行っただけです」
そんなことよりも前をしっかり確認してください、と注意されて確かに敵地で気を抜くわけには行きませんわね、と気を取り直して全思考を魔術の維持と周囲への警戒へ充てます。
そのまま広い回廊を伝って二階へと上る私たち。
この大和殿は、外観は広々とした建物ですが出入り口は一カ所だけで(いま、壊しましたけれど)、内部は閑散としていて堂内は栄螺堂のような螺旋構造の回廊となっており(それも二重螺旋構造です)、丸太を担いだままでも楽に上に登れるようになっていました。
基本的に観音扉の出入り口から入って、螺旋回廊を登って逆側から降りてまた出入り口から出ていく構造のようです。
「変な造りの建物ですね。なんか意味があるんでしょうか?」
貴人の居住区とは思えない葬祭場か祭祀場のような雰囲気を前に、背後でコッペリアが首を捻ります。
「栄螺堂のような構造と、出入り口の位置関係からして、原始宗教的には母体回帰による生まれ直し――〝玄牝の門″を意味しているのではないかしら」
確か『女性から命が生まれるように万物は尽きることがない』というような意味だったと思います『玄牝』というのは。
「ははぁ、するともしかしてこの世界の得体のしれない生命体の産出拠点かも知れませんね、ここは」
納得するコッペリアとともに私は丸太を担いだまま螺旋回廊を登ります。
「……?」
ふと、この遺伝子構造にも似た建物の造りに既視感を覚え首を捻りつつ、回廊の壁や壁際に置かれた旧神時代の歴史を描いたのでしょう。天まで届くような巨大な塔の絵や、当時の祭具、聖典の類、蒼い……どこまでも蒼い光に包まれた《神》の前に平伏す六人の使徒(気のせいか数人に見覚えがあるような気もします)を描いたタペストリーを横目に、途中の妨害も罠もないまま、全力で上階を目指す私たち。
別に上階に手がかりがあると決まっているわけではないのですが、見た感じ最上階に大きな部屋があるようですので、まずはそこを最短距離で向かうことで、コッペリアとも無言の合意ができていました。
「――というか、いつまで丸太を担いでいなければならないのでしょう?」
丸太もう必要ないですわよね? 邪魔なだけですし、そもそも乙女が丸太もってどすこいやるのは、絵面的にどうかと思いますわよ。
私の不満を受けてコッペリアが、
「クララ様、それはフラグというものですよ」
まさにフラグを立てたところで、私たちは大和殿の三階にある二重螺旋回廊が合流する階へと到達しました。
淡い光を放つ直径二メルトほどのミラーボールのような照明のもと、目の前に広がっているのは空虚な――どこか物悲しい雰囲気の大伽藍と、竜とも人ともつかぬ雄々しい姿の蒼い神と、紅い……口元から牙を覗かせ、魔物の大軍を背後に邪悪な笑みを浮かべる女神との最終決戦を描いた巨大な宗教画だけです。
まあ、旧神を信奉する彼らにとっては、この構図が正解なのでしょう。どちらが正しいかではなく、どう信じるかの問題ですから、特段文句を言うつもりはありません。
他には螺鈿細工の椅子や机など家具一式も置いてありますが、回廊からの引き続いた展示物のように、一切の生活感がありませんでした。
とりあえず丸太を床に置いて、念のためにコッペリアとふたりで手分けをして、机の引き出しや飾り棚などをひっくり返しましたけれど、
「ったく、建物の豪華さの割にシケてますね。金目のものも何にもないです。せっかく来たのに肩透かしですから、丸太振り回して手当たり次第にぶっ壊していきますか、クララ様?」
当てが外れたという口調で不満顔のコッペリア。
「それ押し込み強盗に入って盗むものがなかったので、八つ当たりで火をつけていく極悪人の台詞ですわよ!」
そう咎める私に対してコッペリアが不本意そうに反駁します。
「丸太担いで強行突入した段階で、ほぼ押し込み強盗だと思いますけど?」
「丸太は自衛のための手段ですわ。扉の向こうに、どんな恐ろしい相手が待ち構えていたかわかったものではありませんでしたもの」
いわば、鬼が出るか蛇が出るかわからない藪を棒でつつくような用心です。
そういえば男性が先を譲るレディファーストの本来の目的は、扉の向こうに女性を飛び込ませて男性の安全を確保したり、いざという時の盾にするために前を歩かせたもの……という説がありますが、だったら女性は女性で防御を固めないとやってられません。
「そうなんですか? クララ様は愛とか正義とかその場のノリで、世のため人のため、自己犠牲を厭わない、ノーガードの究極のドMだと思っていたので、正直その考えは意表を突かれましたね。ちなみにワタシ自身は、クララ様以外の他人のために働いたら負けだと思っています」
「……あなたとは一度腹蔵なく話し合って、きっちりとケリをつけたほうがよさそうね」
コッペリアの私に対する評価と価値観にはいろいろと問題があるようですので、折を見てじっくりと腰を据えて意見の擦り合わせする必要性を痛感したのでした。
「クララ様。前から思っているんですが、女子同士の会話はもっとふわっとしたもんですよ? 結論を出さずに『そうよねー』『わかるわー』と共感だけしとくもんです」
なってませんね~、と言いたげな口調で即座にダメ出しをするコッペリア。
「敵地で、命かかった状況で、途方に暮れて今後の方針を聞いて、『わかります』だけ言われてどうなるのよ!?」
爆発寸前の時限爆弾を前にして、「赤と青、どっちのコードを切れば!?」と迷うところで、「ヤバいっすね~」だけ傍らで共感する相棒なんて願い下げですわ!
「いや、クララ様なら……クララ様なら、ドラゴンがブレスをぶっ放す直前でも、『あらら、困ったわね~』だけで済ませられるはず!」
「変な期待と信頼を寄せないでください!!」
自信をもって言い切ったコッペリアを窘めていたその時、伽藍の反対側の回廊から数十人……ことによれば百人以上の衛兵だか騎士だかの集団が、殺気立った雰囲気で足音も荒く上ってきました。
完全武装ですけれど、心なしか暴走したトラックにでも薙ぎ倒された直後のように、ボロボロに煤けた風情なのが気になります。
「あら、ちゃんと職務に忠実な方々もいらっしゃったのね……心なしか人身事故の被害者が、ひき逃げ犯人を前にした時のような、憤懣やるかたない殺気を放っていますけれど」
「そーですねー」
妙に空々しいコッペリアの相槌を合図にしたかのように、
「両手両足を突いて傾聴せよ! 神聖なる奥の院を汚せし大逆の徒どもよ。汝らの罪は七度生まれ変わっても雪ぐことはできぬ! 忠孝仁愛を旨とする乃公の忍耐も消え失せた。なかんずく乃公の寵愛を授ける誉れを台無しにし、結果、神子様や聖母様の逆鱗に触れ、乃公をこのような姿に変えた汝に対する憤りと怒りがいかばかりか、傾聴せよっ!」
一同の中から現れた派手派手しい長袍の男性――というかまだ少年の面影を残した私と同年配の青年が、傲岸不遜な口調と態度で前に出てきて頭ごなしに命令しました。
「……誰ですか、いきなり出てきて土下座しろとかいう、この見るからに薄っぺらい馬鹿は?」
コッペリアが不快気な態度を隠さずに(まあ、いまだかつて本性を隠したことはありませんけれど)、傲岸不遜の青年を一瞥して吐き捨てました。
「――さあ……?」
見覚えはありませんけれど、口調と態度が著しくベナーク公に似ていますので、もしかすると親族かも……と、推測した私でしたが、当の本人がまるで舞台の主役のような大仰な仕草と、自己陶酔っぽい語り口で名乗りを上げました。自己顕示欲の塊みたいな相手です。
「頭が高い! 平伏せよ! 侍中ヘルベルト・ヤン・ネポムク・ベナークとは仮の姿。乃公こそは世界最古にして最高なるイーオン聖王国を統べる至上なる大教皇ウェルナー・バーニであるぞ!」
え゛!? もしかして、この癇癪が強そうな青年がベナーク公の中の人ですの?!
唖然とする私に向かってコッペリアが補足情報を伝えてくれました。
「クララ様クララ様、イーオン聖王国っていえば正史からは抹消されていますけれど、元は大陸を実効的に支配していた大国ですよ」
「へ~、グラウィオール帝国よりも格上だったのですか?」
「ええ……というか、帝国自体が遡ればイーオン聖王国の属国から独立した歴史があります」
コッペリアの説明が聞こえたのか、心なしか大教皇ウェルナーがドヤ顔を浮かべました。
「大英帝国が名をとどろかす前の神聖ローマ帝国みたいなものかしら……?」
地球世界の知識をもとにそう連想をする私ですが、だとすれば――。
「立場的には大教皇ウェルナーがルークの上位互換になるわけですか……?」
納得できない結論を前に、コッペリアが同感という顔で頷きました。
「まあ、イーオン聖王国を実質潰した最後の大教皇ウェルナーといえば、バカで無能で好色だったと有名ですからね。一目見ればわかるでしょう」
「そうよね。いきなり上から目線で女の子に土下座を強要するとか、聖職者以前の人間としての倫理観を疑うものですものね」
嘆息する私に合わせてコッペリアが私見を口にします。
「あれですよ大方、コイツの見た目や金や権力で靡かない、それどころか虫唾が走るほど嫌っていた真っ当な感性の相手がいて、思いあまった結果、錯乱して品行下劣な本性をさらけ出して、せめて一発やらせてくれと土下座した……とかの黒歴史があって、その代償行動として女を土下座させて悦にふける趣味にでも目覚めたんじゃないんですかね? いわばブーメランですね。気持ち悪いですね~」
コッペリアの言いたい放題を前にして、大教皇ウェルナーの顔が怒りで真っ赤に燃え上がっていました。わなわなと震える全身から発せられる憤怒の魔力波動が床、床や壁、天井で共鳴して、ズズズズズズッ――という地鳴りとなり、大和殿の巨大な建物が震えます。
いまにも落ちてきそうなほど揺れる照明を見上げながら、私はため息をついてコッペリアを窘めるのでした。
「コッペリア、人の見かけや印象で憶測を語るのはやめなさい」
刹那、大教皇ウェルナーが言語にならない怒号を金切り声で喚くのと同時に、ひときわ巨大な振動が大和殿を巨大地震のように揺らし、同時に周囲の兵士たちが引き寄せられるようにして大教皇ウェルナーのもとへと殺到し、ひとつの生き物のように融合しだしました。
「……ほら、コッペリアが挑発するから、また面倒臭い展開になってきましたわよ」
「いや、いまのはクララ様が最後の一押しをしたと思いますけど」
お互いに罪の擦り付け合いをする私とコッペリアの目の前で、広大な伽藍内部でさえ窮屈に感じられるサイズの二つの顔――片方はベナーク公で、もう片方は大教皇ウェルナー――を持ち、六本の腕にそれぞれ十字型の剣を構えた巨人……さしずめ両面宿儺といった見た目の鬼神が、怒りに燃える眼差しで私とコッペリアを睥睨するのでした。
「「殺ス殺ス殺ス殺ス! 貴様ラ、壊レルマデ犯シマクッテ殺シテヤルッ!!!」」
猛り狂う両面宿儺を前にして、その蛮声と叫びの内容に不快感を覚えた私とコッペリアは、阿吽の呼吸で足元の丸太を拾い直すと、魔力で強化するや否や、ふたりがかりで全力で丸太を両面宿儺の股間目掛けて投擲したのでした。
◇
声にならない絶叫を放って、股間を押さえて頽れる両面宿儺に向かって、お代わりの丸太を振り回して人間離れした腕力とスピードで殴り掛かり、ラッシュで圧倒するジルとコッペリア。
融合された聖騎士の技量でもって、股間を押さえている両手以外の四手を使い、どうにかそれを技で受け流している両面宿儺の不利な状況を眺めながら――普通、これって逆の立場じゃないかしら? と思いながら――アチャコが苦々しい口調でアマデウスに語り掛ける。
「アレを大和殿で戦わせる必要はないでしょう。アレに万が一のことがあれば……」
気づかわし気に大和殿三階の様子を眺め、気もそぞろなアチャコに対して、アマデウスは微かに笑みを浮かべて、
「現在の不安定な状況では、鬼神クラスの生命創造には大和殿の儀式場を使うのが最善でした。それに別に問題はないでしょう。あそこにあるのはただの残り滓。私という存在へと霊的な昇華を果たす前の原点にしか過ぎません。なぜそれほど気にかける必要があるのですか、我が母よ?」
優し気にそう言い聞かせるのだった。
「…………」
無言のまま目の前のアマデウスと、大和殿内の幻像とを見比べていたアチャコであったが、
「……たとえいかなる姿であろうと、我が子を想うのは母としての本能。アマデウス、例えば私が死んだらあなたはどう思いますか?」
どこかすがるような問いかけを発する。
「哀しみましょう、心より。我が母よ。貴女がそう望むのなら」
淡々とそう答えるアマデウスを前にして、もどかし気な……あるいは苛立たし気な表情になったアチャコは、
「お前は――っ……!」
感情的に何かをぶつけかけ、寸前のところで押しとどめた。
そうしてアマデウスから視線を外して、何も言わずにこの場を後にしたのだった。
7/19 脱字修正しました。
×一度腹蔵なく話し合って、きっちとケリをつけたほうが→一度腹蔵なく話し合って、きっちりとケリをつけたほうが




