稀人の試練とその頃のジル
祝・第250話更新です!
「「「――はぁぁぁぁっ!! 半精霊??!」」」
ある程度知識のあるルーク、セラヴィ、コッペリアが一斉に素っ頓狂な声を張り上げて、疑念を多分に含んだ不躾な視線を、アンナリーナと紹介された半精霊の少女へ向ける。
決して褒められた行為ではないが、仮にこの場にジルがいても、おそらくは同様の反応を示したことだろう。
「……いや、どうして驚いているわけよ? 半妖精族がいるんだから、半精霊がいても、別に変じゃないでしょう」
この手のことに疎いエレンが、驚愕の表情を浮かべているコッペリアの袖を引っ張った。
「いや、思いっきり変なんですよ! 本来、原初の精霊が受肉をして劣化したのが妖精族や洞矮族などの精霊由来の種ですが、それだって精霊と子をなすなんて、猫と犬を交配させるくらい無理です。まして人間となんて、犬とウナギが子供を作るようなもので……すなわち絶対に不可能ってことになります」
「じゃああの子って……?」
話題の中心になっているというのに周りの騒ぎには一切関知せずに、子犬のように稀人侯爵にまとわりついて離れないアンナリーナ。
この気まぐれさ、マイペースさは確かに精霊の性質に近い。
「う~~む、アラースやコロルのような合成獣ではないですね。観測した限り、人間と精霊――どっちかつーと、風と水の複合精霊の魂に人の魄が宿り――両者の因子が結合して生まれた新種の生命体ですね。どうやって発生したのか、興味深いですね」
いまにもバラバラに解剖して調べたい……という目つきでアンナリーナを凝視するコッペリアであった。
ちなみに魂魄のうち『魂』はその生き物を形作る精気の源泉であり、『魄』は感情や欲望を生み出すもとになっているといわれている。
「劣化種ならともかく、これだけ高次元の生命体の誕生が地上であるわけがない。となると真紅帝国――いや、これまでの話の流れではカーディナルローゼ超帝国の別名だな? ――が関係しているのか?」
セラヴィの鋭い突込みに、
「“カーディナルローゼ超帝国”などと、地上の人間が便宜的につけた名称など、はなはだ不本意である! 不滅にして唯一不変、永遠無窮、神聖不可侵なる我らが真紅帝国に対する侮辱であり、姫様の寛容さによって救われていることを、ゆめゆめ地上の人間は肝に……」
眼窩の奥に燃えている鬼火をめらめらと燃やし、全身全霊で激昂するバルトロメイ。
((あ、なんか地雷踏んだっぽい))
その様子を眺めてルークとセラヴィが即座に口をつぐんだ。
「いや、あり得ないっていうけどさ、実際に目の前に存在するんだし、奇跡的な確率で生まれた可能性も――」
一方、納得できないエレンはコッペリアに食い下がる。
「だから無理なんです。エレン先輩の胸が明日の朝にクララ様並みのボリュームになるくらいの魔法か奇跡でも起こらないと。――はンっ」
「どういう意味よっ!」
肩をすくめて鼻で嗤うコッペリアの肩を掴んで、エレンはガクガクと前後に揺すって慷慨するのだった。
「あっ、すみません。よくよく考えるとワタシが間違っていました」
バルトロメイ以上に鬼気迫るエレンの形相を前に、コッペリアが殊勝な態度で前言を翻した。
「神の奇跡でも無理ですね。いや、ワタシこの間クララ様と一緒に聖女スノウ――聖女教団で崇める女神――に会ったんですけど、顔はまあ及第点として、胸に関してはエレン先輩と甲乙つけがたい大平原の崖っぷちでしたよ、はははははっ。つまり神の奇跡でも胸はどうしようもないということですねっ」
そのうえで確実に目に見える地雷を踏み抜いていく、ストロングスタイルを実行するのだった。
刹那、殺気とともにどこからともなく飛んできた大輪の花が咲き誇る真紅の薔薇が一輪、エレンとコッペリアの顔の間を通り過ぎて、近くにあった【闇の森】の頑丈極まりない大木を貫通していった。
「「「「「「…………」」」」」」
思わず押し黙る一同。
「――なに、いまの?」
アンナリーナだけが無邪気に、稀人侯爵の首に足を回して、肩車する格好で逆さにその顔を覗き込みながら尋ねる。
「魔眼を通してこちらの様子を――いや、それについては後だ。アンナリーナ、『喪神の負の遺産』にどんな変化があるんだ?」
とりあえず話を棚上げして(これ以上、胸の話題に触れるな、という無言のプレッシャーに屈したともいう)、早急な問題に話を戻す稀人侯爵。
バルトロメイも心なしか冷や汗を流しながら、盛んに首肯して続きを促す。
((((誤魔化した……))))
あからさまにいまの超常現象をなかったことにする、稀人侯爵とバルトロメイ。その気になれば一晩で一国を滅ぼすことも可能なふたりが目を逸らす相手って……。
【闇の森】の恐ろしさに改めて畏怖するルークたちであった。
訊かれたアンナリーナは、両手を振り回したり、広げたり縮めたりを繰り返しながら稀人侯爵に答える。
「こう、ぐるぐる動いて、ぶわっとなったり、ぐいっとなったりしているよ~」
「なるほど……わからん。実際に現場に行くほうが手っ取り早いな」
頷いたのであの説明でもわかっているのかと感心した四人だが、やっぱりわかっていなかったらしい。稀人侯爵はあっさりと考えるのを放棄して、アンナリーナを肩車しながらその場で踵を返した。
「“現場に行く”って、そんな簡単に行き来できるものなのですか!? さきほどは途方もない時間がかかるようなことをおっしゃっておられましたが?」
さっさとこの場から『喪神の負の遺産』へ向かうような口ぶりの彼の背中に、ルークが慌てて声をかける。
「――ふん。神人の『転移術』だろう。あれなら距離は関係ない」
『転移魔法陣』や『転移門』のような儀式魔術や魔術装置を使わずに、生身で任意の地点へ瞬間移動できる『転移術』。
大陸を斜めに縦断して北方のユニス法国から、南東にあるユース大公国まで一瞬で移動するという、人間族には不可能な――ジルでさえ疑似的な瞬間移動しかできない上に、危険すぎると禁じ手にしているくらいである――リビティウム皇立学園のメイ理事長が行った文字通りの神技を、経験したことがあるセラヴィの鼻白んだ言いざまに、同じ経験者であるルーク、コッペリア、エレンが一様に納得した。
「いや、アレは姫様以下、使えるのは〈神人〉の方々のみだ。似たような術を使える魔将――超高位の魔物もいるが、俺などにはとうてい無理だな」
その推測に異議を唱えたのは稀人侯爵当人である。
「その代わり、アンナリーナが“妖精の道”、いや“精霊の道”を開いてくれるからな。より高次元に存在する“精霊の道”を使えば、【闇の森】の中心まででも三十分とかからずに踏破することができる」
「だったら僕たちも――」
「邪魔だ」
話を聞いて色めき立つルークの懇願の途中で、バッサリと稀人侯爵が一刀両断する。
「そう言われて諦められるものじゃないわ!」
「それは無理だな。俺はダメといわれると、なおさら逆らいたくなる性分でな」
「だったらその半精霊を解剖して、能力の秘密を解明するだけですね~♪♪♪」
口惜し気に唇を噛むルークとは対照的に、炎のような気迫を漲らせるエレン。にやにやと笑いながら数十枚の護符を投擲する構えを取るセラヴィ。そして、特大の虫取り網をエプロンのポケットから取り出すコッペリア。
不退転の覚悟を見せる四人を前に、しばし足を止めてその顔を値踏みするように一瞥した稀人侯爵の視線が、仮面越しにバルトロメイへと向けられ、心なしかニヤニヤと楽し気に傍観しているバルトロメイの助勢は望めないと悟り、
「なるほど……ならばお前たちにその覚悟に見合った実力があるのかどうか。なければ実力で叩きのめすのみだな。―—アンナリーナ、ちょっと離れていろ。少しだけ稽古をつけていく」
アンナリーナを頭の上へどかして、腰に佩いていた長剣をすらりと抜いた。
そして確固たる視線を、おもにひたむきな表情で二本の剣を構えるルークへと向けて、朗々と言い放つ。
「四人揃って掛かってこい。俺に一本でも入れたら認めてやろう。お前たちの覚悟と信念を。無様はさらすなよ! この俺――真紅帝国侯爵にして、かつてアシル・クロード・アミティアと呼ばれた男に、お前たちの全身全霊を見せてみろっ!」
「アシル・クロード・アミティア!? クロード流開祖の――!?!」
愕然とするルークに向かって、傍目にはゆっくりと無造作に――極限まで無駄と余分な力を省いた動きで――稀人侯爵が踏み出した。
と、思った瞬間には、完全にルークの間合いに入って、長剣を振り抜いていた。
「ルーカスっ!」
「――くっ……!?」
咄嗟に地面に紙吹雪のように投げられていたセラヴィの護符の何枚かが、地雷のように電撃を放ち稀人侯爵へ向かう。同時に身を翻したルークの双剣が、ギリギリのところで横薙ぎの一撃を受け止めた。
全身の力を振り絞るルークに対して、涼し気な表情の稀人―—否、クロードの一刀が片手で押し込まれる。
なおかつ、追撃の電撃をすべて空いているもう片手で圧し潰すのだった。
「どうしたどうした。俺は吸血鬼としての能力を使わずに、せいぜい二割程度の力しか出していないぞ? こんなものでは、到底アンジェリカの相手と認めるわけにはいかないな!!」
アンジェリカって誰ですか?! と、疑問を差し挟む隙も無く、刃同士で鍔迫り合いの形になっているというのに、いきなり圧力が消え、ぐにゃりとクロードの長剣が飴のように曲がって、自分の双剣をからめとられたかのような錯覚を覚えるルーク。
「一度離れろ、ルーカス!」
「だ……駄目だ! 手応えがない……実力差がありすぎて、完全に手玉に取られて、離れられない!」
ルークでも単純に直線的な動きであれば、勢いを逸らしたり、相手の重心や力点をずらして受け流したりすることは可能である。だが、正面から全力で鍔迫り合いの状態で、相手の力を完全に消してしまうとなると、どれだけ実力差があるのかルークには想像もできなかった。
理論的には力とベクトルを逸らし受け流すのと同じ理屈だが、相手の力とタイミングを常に先読みをして、先手を取って下手な動きをできないようにしているのだ。
剣術の極限にはそういった神妙なる技――神の妙なる御技があるとは聞いていたが、およそルークには想像もできない境地であった。
まさに流水のような体術に朧のように実態を掴ませない剣技。『波朧剣』とはよくぞ名付けたものである。
ここで下手に距離を置いたり、苦し紛れの剣を振ったりしたらその瞬間にバッサリやられる。
それがわかっているからこそ、ルークは全身に脂汗を流しながら、へっぴり腰でこの体勢を維持するしかなかった。
みっともない格好だが、これ以上、力任せに押し返そうとすると、スルッと抜けられそうな――確信に近い――嫌な予感があるからだ。
必死で反撃の方法を模索するルークに向かって、涼しい顔のクロードが淡々と語りかける。
「どうだ? クロード流の基本にして奥義の味は? お前はまだまだ無駄な動きが多すぎる。まずはこれを覚えろ。そうでなければ、先には進めないぞ」
「…………」
明らかに手を抜いているクロードの率直な物言いに、ルークは憤慨するよりもクロード流波朧剣――紛れもなくその開祖にあたる人物に教えを受けているその事実に、眩暈がするほどの感動に満たされるのだった。
一方、助力や牽制をしようにも、雷撃すら躱し片手で無効にするクロード相手に攻めあぐねていたセラヴィの目の端に、エレンとコッペリアが顔を向かい合わせて作戦を練っている様子が目に入った。
「真正面からではとてもついていけませんね。ここは弱点を攻めましょう」
コッペリアの提案にエレンが首をひねる。
「弱点なんてあるの、アレ?」
「なけりゃ作ればいいんですよ。降参したフリからの不意打ち。あの半精霊を捕まえてからの人質。背後からの金●蹴りなど」
「そんな上手くいくかしら?」
「大丈夫です。ワタシの実験――もとい研究によれば、男が金●を破裂手前まで蹴られた痛みは、対拷問訓練を受けたプロの諜報機関員が、はばかりなくのたうち回り、号泣しながら助けを求めるほどで、ぶっちゃけペンチで抜いた歯の痕にフッ酸を振りかけた痛みに準ずるほどですから(※なお歯の痕にフッ酸は、激痛のあまり大半が即死する)」
「なるほど、いけそうね……」
うなずき合う女子ふたり(?)の会話を小耳に挟みながら、セラヴィは男にしかわからない痛みを想像して、思わず反射的に内股になって腰と気勢をドン引きさせるのだった。
◇ ◆ ◇
「こうなったからには強行突破あるのみですわ!」
「出たわね、脳筋理論が」
どうやって警備の目をくぐって社稷壇に潜入するかについて、屈み込んで花壇の陰に隠れて討議していた私とオリアーナ皇女様でしたけれど、時間もないことですし手駒も少ないということで、私が出した結論はシンプルなものです。
「というか、あんた御子に能力を封じられたはずだけど、もう回復したわけ?」
呆れたようなオリアーナ皇女様に指摘され、改めて『収納』してあった『光翼の神杖』を取り出しました。
ふむ、『収納』は普通に使えますわね。
ついで魔術杖の先端を近くの地面に向けて、最低限の威力で魔術を発動してみました。
「“氷獄よその腕を広げ等しく凍土と化せ”――“氷結”」
途端、凍り付く地面。
「このくらいなら問題はない……と。では、“大地と天空の神々よ、いまこそその軛をもって戒めとなれ!”――“月落し”」
社稷壇の屋根に向けて『月落し』を放ちましたけれど、これは発動できずに術になる前に霧散しました。
「……もう一回、『凍る世界』くらいの大技を試してみるべきかしら?」
そう独り言ちた瞬間、屈み込んだ姿勢のままオリアーナ皇女様に拳で殴られました。
「阿呆、ボケナス! あんた、なんて術を考えなしに使おうとしてるわけ!?」
猛烈な勢いでののしられましたけれど、〈御子〉アマデウスによって施された封印の効果がどの程度あるのか、確認するには実際に術を使って試すしかないと思うのですが?
「まあ、いまの手応えでは中級魔術の半分くらいは使えそうな感じですわね。浄化術や治癒術は不明ですけど」
時間の経過とともに封印が弱まっている……というか、封印―—いえ、〈御子〉アマデウスの能力自体が妙に不安定な感触を覚えます。直接対面した時には圧倒的な魔力の差に気が飲み込まれていましたが、改めて考えてみれば魔力自体は凄まじかったですが、魔術の運用方法や効率化とかは考えない、まるで初心者のようなアンバランスな魔術の使い方です。
矛盾を感じながらも私はとりあえず、以前に訪れた洞矮族の国で、特注で作ってもらった金属製の棒手裏剣を取り出しました。
「なによ、それ?」
「見ての通り暗器ですわ。ただしこれ丸ごとまじりっけなしの金剛鉄ですが」
なるべく丈夫で不純物がない物質となると、金剛鉄か神剛鉄のどちらかになりますが、使い捨てになることを考えれば、神剛鉄でできている虹貨一枚で帝都に邸宅が買える神剛鉄よりも、まだしも洞矮族の国で普及していて、手頃な金剛鉄のほうがマシでしょう。
「これ一応中級魔術に分類されますけれど、単純な破壊力なら『対城・対軍』用の魔術に匹敵するのですよね。ただしコントロールできないので、どこに飛ぶか不明なので、禁じ手にしているのですが、ここなら問題はないでしょう」
一応、言い訳させていただきますと、コントロールができないのは私の力不足ではありません。無重力合金ならともかく、地上の物質では、どれだけ均質に作ってもバランスに問題がある上に、空気などの影響でどうしても真っ直ぐに飛ばせないからです。
「ちょっと待った! またあんた行き当たりばったりでよくわからない術を使うつもり!?」
止めにかかるオリアーナ皇女様を無視して、両手で拝むように挟んだ棒手裏剣に、私が考案した瞬間移動……劣化版である術を施します。
「“万物よ。疾風を超え、雷光を超え、天の階へと至れ”―—亜光速弾“神威”」
その瞬間、光速の99.999%まで加速された金剛鉄製の棒手裏剣が社稷壇に向かって放たれ、乾燥重量で〇・五キルグーラに満たないそれが、加速によって数万倍の見かけの質量を伴い、巨大な建物を正面から、まるでアルミ缶を潰すように破壊したのでした(もっとも発射の瞬間にほぼ溶解し、速度も大幅に減衰していますが)。
「……やはり標的が狂ったようですわね。屋根を吹き飛ばすつもりだったのですけれど」
ものの見事に縦横のうち横幅がほぼゼロにプレスされた社稷壇を眺めながら、私は苦笑いをしながらその場に立ち上がりました。
よくよく見ると建物の本体は地下にあったようで、黒々とした穴が開いているのが遠目にも確認できます。
フィーアとの魔術経路も健在である手応えもありますので、おそらくは地下にいるのでしょう。
「ちょっと予想外でしたけれど、余計な手間を省けたと思えば、人間万事塞翁が馬ですわ。枝葉末節を気にしても仕方ありませんわね」
そう納得したところへ、
「どこが枝葉末節だい。悠揚迫らざる態度の使いどころが間違っているよ、このド阿呆っ!」
オリアーナ皇女様の飛び蹴りが、もろに背中へ炸裂したのでした。
ちなみに痛みについては個人差や主観的なものが多いので、一概に数値とかでは測れません(「del」などという痛みの単位は存在ません)が、実際にショック死もしくは自殺したほうがマシな万国共通の痛みは、「歯にフッ素」>>>「群発頭痛」>>「睾丸破裂」≧「尿道結石」などがございます。




