侯爵の講釈と半精霊の少女
「誰だ!」
「どなたでしょう?」
見慣れない――人間の姿をしているが、明かに闇の気配を濃厚ににじませ、ただ佇んでいるだけなのに隙ひとつ見出せない青年を前に――咄嗟に護符を構えるセラヴィと、最初から本気で二刀流の刃を抜き放つルーク。
ルークの持つ剣は、片や父親であるエイルマー皇太子が昔使っていた業物であり、もう片方はジルから渡されたユニス法国の国宝である『聖剣フルクトゥアト・ネク・メルギトゥル』(=メルギトゥル)という、極めて強力な二振りであり、特に聖剣メルギトゥルは魔物や不浄の存在には圧倒的なアドバンテージを持つものだが、これを持ちながらもルークの胸中には不安しかなかった。
目の前にいる青年の実力がまったく底知れぬ上に、カラバ卿からお墨付きをいただいている筈のクロード流の構えを取っているルークを前にして、剣の達人が子供が棒切れを構えているのを眺め、「ダメダメ」と言いたげな目つきで、理外の青年は仮面から覗く口元に笑みを浮かべでいるからである。
いつでも全力を出せるつもりで、八双の構えを取るルークを前に、
「――ほう。構えだけは俺の剣技に似ているな……」
そう感慨を込めて呟いた青年の言葉――何ということもない一言一言が、途轍もないプレッシャーを伴っている。圧倒的な格の違いを感じさせる――に対して、とりあえず会話が可能な相手と見定めたルークが、時間稼ぎと情報の収集を兼ねて問い返す。
「“クロード流波瀧剣”をご存知なのですか?」
途端、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、目を瞬かす青年。
「……クロード流波瀧剣だぁ?! どこのどいつだ、そんな流派を作ったのは!?」
「? かつて滅びた西方の小国において、『剣聖王子』と謳われた人物が残した幻の剣技を、かつての弟子が王者の剣としていまに伝え、諸国において普及しているものですが……?」
カラバ卿から聞いた口伝をもとに、ルークがそう答えると、先ほどまでの緊張感が嘘のように、青年がなにかツボに入った様子で、仮面をかぶった顔を振り仰ぎ、片手で剥き出しの口元を押さえて、羞恥とも喜悦ともつかない口調で、
「くくくくくっ……王者の剣か。参ったな。弟子なんかいなかったんだが、散り散りになった近衛騎士あたりが遺したのか? どうりで似ていると……それにしても、まさか、国が滅び、記録が消えても、いまだに剣技だけが伝わっているとはな……」
自分に言い聞かせるように独り言ちる。
「『虎は死して皮を留め、人は死して名を残す』。剣士たるもの、おのれの名よりもその技が後世に伝わっていたことを誉れと思うべきと思うべきかと、某は愚考いたす、稀人侯爵殿」
無言で腕組みをして状況を眺めていたバルトロメイが、そんな彼に取りなすように語りかけた。
「「稀人侯爵?」」
旧知らしいバルトロメイとのやり取りに、ルークとセラヴィの怪訝な声があがる。
「左様。我が天壌無窮の姫君の第一の眷属にして、千古不磨たる真紅帝国の〈始祖吸血鬼〉たる稀人侯爵である」
「「「〈始祖吸血鬼〉!?!」」」
一般人であるエレン以外の、ルーク、セラヴィ、コッペリアの驚愕――喫驚仰天の声が、夜の帳に覆われた【闇の森】に響く。
普通ならこれだけ大騒ぎをするなら、〈闇大烏〉や〈影鰐〉、〈黒蛇王〉などの魔物が、音もなく襲って来るところだが、侯爵とバルトロメイが現れてからというもの、虫でさえ声を殺して静まり返っていた。
「うわ~~、ワタシも初めて見ましたよ。真祖よりもさらに上位の吸血鬼の王。実在していたとは驚きですね」
逸早く驚きから復帰したコッペリアが、早速、センサー類を総動員して情報収集にあたる。
「別に大したもんじゃない。本来は歴史に埋もれて消える筈だった残滓にして幽霊みたいなもの。そして、いまの俺は単なるココの管理人だからな」
自嘲するでもなく、事実を事実として淡々とした口調で自らの境遇を話す稀人侯爵。
「管理人? 【闇の森】のか?」
セラヴィの問い掛けに、即座に肩をすくめる。
「とんでもない。そんなことを口に出しただけでも不敬だとして滅ぼされるだろう。せいぜい中心部と、いま問題になっている『喪神の負の遺産』の観測がいいところだ」
「『喪神の負の遺産』……?」
次々に飛び出す情報量の多さに、ルークが不得要領な表情で首を傾げる。
「【闇の森】――否、この大陸にあって唯一不可侵の領域。かつて姫……〈神帝〉様によって滅ぼされた旧神の力が遺された場所だ。これがあるからこそ【闇の森】は封鎖され、また他に比べて強大な魔物が発生する原因ともなっている特異点だ」
「!!! もしかして、そこにジル様がいるんじゃ!?」
女の勘か。はたまた親友を案じる友情の成果か。瞬時にそうあたりをつけたエレンの詰問に、ルークとセラヴィも遅ればせながらその可能性に気付いて、
「「あっ!」」
と声を荒げた。
霊能力者や魔術師の勘ならともかく、一般人であるエレンの『女の勘』に端から懐疑的なコッペリアだけは、
「根拠のない直感なんかで〈始祖吸血鬼〉相手に喧嘩腰になるなんて、アホですか、エレン先輩」
呆れた態度でエレンを窘めた。
「……あんたにだけはアホとか言われたくないわねぇ。だいたいこれは勘じゃなくて確信よ!」
言われたエレンは逆切れをして、コッペリアにオラつく。
「だからその根拠を聞いているんですよ。だいたいエレン先輩、ワタシよりも情報収集能力や結論を出せる自信やソースがあるんですか? あるんだったら喋ってください、はいどーぞ」
「ぐぬぬぬぬ……」
上から目線のコッペリアの理論武装に対して、言い返せずに歯噛みをするエレン。
「「…………」」
一方、バルトロメイと稀人侯爵は神妙な表情で顔を見合わせていた。
「――もしかして、エレン嬢の勘が当たっているのでは?」
重ねてのルークの質問に、無言のまま曖昧に片頬を吊り上げる稀人侯爵。
「アタリ、か」
それで確信を抱いたセラヴィが断定をする。
「わかったところでお前たち程度の実力ではたどり着けん。付け加えると〈真龍〉は、〈黄金龍王〉の縄張りである【闇の森】には、おぞ気を震って入って来られんぞ」
観念したのか、稀人侯爵は言外に肯定しつつも、いまにも飛び出しそうなルークたちを掣肘する。
反射的にエレンとルークの視線が助けを求めてバルトロメイに向けられたが、
「忸怩たる思いながら、制約のある我が身では時間が足らぬ」
汗顔の至り……とでも言いたげな口調で首を横に振られた。
「ったく、いざとなると使えねー骨ですねえ」
言いたい放題のコッペリアの嫌味に対しても、返す言葉がないとばかり無言を貫くバルトロメイ。
もはや打つ手はないのか……と思われた瞬間、見た目十四、十五歳ほどの――幻想的な雰囲気を纏い、水色がかった白髪で、妖精族のように尖った耳をし(妖精族に比べて若干、短い)――水色の瞳をした少女が、空中から染み出すように現れた。
「たいへんたいへん。マロードさま。封都の動きが急に活発になってきたよ!」
そう見た目に比べてやや幼い口調で捲し立てる少女。
「なっ、なんですか、コレは!? 妖精族でもない、精霊……でもない。ワタシのバンクにも登録されていない、新種の珍獣ですか!?!」
唖然とするコッペリアの言葉の通り、簡素なワンピースを着て、一見して妖精族か半妖精族に見える少女だが、妖精族にはあり得ない透明な翅が背中から生えて、当然のように空中を飛び回っていた。
「アンナリーナ。精霊を母に人間を父に持ち、『喪神の負の遺産』内部で生まれた半精霊だ」
コッペリアの疑問に対して、稀人侯爵が緊張感を漲らせた声で、そう端的に答えた。
ジル「稀人卿ですけれど、ぶっきら棒なわりに私に好意的ですわよね?」
緋雪「ほほう、惚れられたかなぁ?」
ジル「いえ、そういう目つきではなくて、もっとこう庇護するような……家族愛的な感じなんですよね」
緋雪「ほ~~~っ」
ジル「まさか生き別れのお兄様とかではないですわよね? 仮面をかぶってますし」
緋雪「ははははははっ、キャ○バル兄さんだねぇ」
ジル「そんなわけないですわよねー。あはははっ」
稀人「――へっくしょん!」
(明日も更新予定です。夜になると思いますが→4/19 すみませんPCの調子が悪いのと、浜松らんちゅうの青仔が亡くなったショックで、もうちょっとかかります)




