魔女の瞑想とフィーアの帰還
バルトロメイと和気藹藹と談笑しながら【闇の森】の小道と言うのもはばかられる、木々の間を先頭に立って歩いていたコッペリアだが、
『たすけて、コッペえもん!』
「え~~、どうしたんだい。クララ様く~ん」
ふと、ジルの情けない助力を乞う声が聞こえたような気がして、反射的に虚空に向かって答えていた。
またコッペリアの奇行が始まった……という目で見られるのも無視して、
「……空耳でしょうかね? それとも知り合いの声を真似して獲物を招き寄せる魔物の仕業かも知れませんね」
口に出してから小首を傾げるコッペリア。
その言葉を肯定するかのように、歩く五人組――バルトロメイ、コッペリア、シャトン、ルーク、セラヴィ――の列に向かって、ひっきりなしに木の上から、藪の中から、土の中から襲い掛かる気配が不意にした……かと思うと、バルトロメイの超巨大斧槍が、目にも留まらぬ速さで翻り、次の瞬間、潰れたヒキガエルのように、大の大人を一飲みできる巨体の魔獣が、地面や巨木の幹へと叩き潰されて無惨な染みと化していた。
「うえ、いまのはBランク魔獣のマンティコアだぞ……」
「こっちで唐竹割にされているのは、Aランクのサイクロプスのようですね」
「勿体ないですにゃ、精力剤になる二角獣が角ごと粉々ですにゃ」
鎧袖一触でバルトロメイによって地面に落ちた熟柿と化す魔物たちの姿に、セラヴィ、ルーク、シャトンとも、驚嘆から一周回って見世物小屋で出し物を眺める客と化していた。
「――はあ~。Aランクの魔物とか、単体でも本来なら国に二十人といないA級冒険者が五人がかりで、どうにか斃せる相手なんですけどね」
ゴミクズみたいに粉砕される、人里に出てくれば大都市でも壊滅させられる危険のある魔物たちの姿に、ルークが苦笑いでコメントする。
その瞬間にも、上空から飛来した飛竜と同格の大禿鷹が細切れにされた。
「森に入った瞬間から、普通ならお目にかかれないAランク、Bランクの魔物のバーゲンセールだからな。話には聞いちゃいたが、さすがは【闇の森】といったところか」
「いきなりクライマックスですにゃ。例えるなら、キスとかしないで最初から本ば――」
ルークの慨嘆を受けて、セラヴィが嘆息をして、シャトンが訳知り顔で通俗的な感想を口に出しかけたところで、先頭のバルトロメイが歩みを止めた。
「むう。魔女殿の庵が見えてきたが……」
【闇の森】特有の黒い幹にドラゴンの鱗のような頑丈な樹皮で覆われた木立の向こう側に、思いがけずに日当たりの良い空間が拓け、いまだ新築の香りのするそこそこ大きな二階建ての屋敷が目の前に見えた。
ぐるりと巡らされた魔物除けの塀の中には、屋敷の他に井戸や納屋、花壇にちょっとした菜園も散見できる。
およそこんな場所に似つかわしくない。まして高名な『闇の森の魔女』の住処とは思えない長閑な光景であるが、家庭菜園で鍬を振るっているのが、一見してスケルトンの〈撒かれた者〉であるところに、そこはかとなく非日常が散見できた。
「おーっ、元気にやっていましたか、お前ら!」
〈撒かれた者〉の生みの親であるコッペリアが手を振ると、作業をしていた〈撒かれた者〉たちがギョッとして(骨でも表情がわかるものである)手を止め、そそくさと集まって何やら円陣を組んで、「カタカタ」と密談を始めた……と思ったら、すぐに話はまとまったらしい。
見た目にこやかに横に並んでコッペリアに向かって手を振る〈撒かれた者〉たち。
見るからに面従腹背というか、独裁国家の搾取される国民のような反応だった。
「……お前、実は嫌われているんじゃないのか?」
その胡散臭い態度にセラヴィがコッペリアに疑いの目を向ける。
「んなわきゃないでしょう。〈スパルトイ〉はワタシに絶対の服従を誓っているんですから、たとえドラゴン相手でも砕け散るまで立ち向かいます!」
そう豪語するコッペリアの背後で、〈撒かれた者〉が一斉に『ナイナイ』と手を振っていた。
「「「う~~む……」」」
何とも言い難い表情で、ルーク、セラヴィ、シャトンが唸る。
「それはともかく、普段なら煙突から煙が昇っているはずであるが、今日に限っては嫌に静かであるな」
一方、バルトロメイは屋敷の森閑とした雰囲気に不審を抱いたらしい、〈撒かれた者〉の中でも特に個性が強い、青い羽根を付けた鳥撃ち帽を被った一体――青六と呼ばれるそれに視線を向けた。
視線で促された青六は、即座に身振り手振りを交えて、カタカタと顎を鳴らして説明を始める。
髑髏同士の共通言語かシンパシーでもあるのか、「ふむふむ」と頷きながらバルトロメイは耳を貸す。
「……ジル殿はまだ不在であるか。魔女殿は在宅であるが、一両日前から瞑想を行っているゆえ、誰も邪魔をしない様に言い含められている……とな」
「「「「瞑想?!」」」」
なんでこんな時に⁉
バルトロメイが直訳してくれた説明を聞いたこの場の全員が疑問に思いつつ、とりあえずメイドと身内の気安さで、コッペリアとルークが先に立って敷地内に入り、そのまま玄関をそっと開けた。
「グランドマスター、超有能メイドのコッペリアです。戻りました~」
「太祖様、ルーカスです。ご壮健でしょうか?」
途端に、地鳴りのようなレジーナの高鼾が耳朶を震わせる。
視線を騒音の発生源であるレジーナの寝室へ向けると、扉の前でレジーナの使い魔であるSランク魔獣〈黒暴猫〉のマーヤが、香箱座りの姿勢のまま、『邪魔をするな』とばかりに、鋭い目つきでふたりを一瞥した。
これは無理やり起こしたり、そもそも寝室に入るのも無理だろう。
そう即座に判断したコッペリアとルークは首をすくめて、
「「……失礼しました~」」
小声で謝罪しながら、音を立てないように扉を閉めた。
「駄目か?」
その様子を背後から窺っていたセラヴィの問い掛けに、苦渋の表情で頷くルーク。
「困ったですにゃ。せっかくここまできたのに手掛かりがないとか」
やれやれ、とシャトンが肩をすくめたその時――。
「ん? ずいぶんと小さく消耗しているが、この気配は……?」
バルトロメイが結界の外にある藪に視線を向けるのと同時に、ガサガサと不躾な音がして、すわまた魔物の襲撃か⁉ と思って各自が戦闘態勢になったところへ、
「「「「「フィーア(殿であるか)!?!」」」」」
仔犬姿のフィーアが、ボロボロに傷つき疲れ切った姿でヨロヨロと姿をあらわしたのだった。




