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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第六章 神子姫 那輝[15歳]
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鈴蘭の姫君と牢獄からの脱出

 外からノックされるような音がしましたので、返事をしたものかどうか逡巡しましたが、この期に及んで罠ではないと――仮に罠だとしても、事態の進展がないことには打つ手がありませんので――そう判断をして、

「――はい」

 と、返事をしました。


 すると二拍ほどの間を置いて、壁の向こうから誰何(すいか)の声がかけられます。

『ジル……いえ、巫女姫ですか?』

 向こう側から聞こえた声は、銀鈴のような涼やかな少女の声ですが、

師匠(レジーナ)ですか……?」

 壁越しでくぐもって聞こえるせいでしょうか、一瞬、レジーナの声に聞こえました。

『…………。無事のようですね。まずは重畳。鍵穴に火薬を詰めて鍵を壊して扉を開けます。まあ、鍵穴に詰められる程度の火薬なので、そう大した衝撃じゃないと思うけど、念のために離れていなっ……さい』

 高貴さと淑やかさを兼ね備えた少女の口調が、妙に自然な流れで伝法になったかと思うと、コホン、と咳ばらいが聞こえ、再び貴人らしい慎まし気な語調に戻りました。


「はあ……?」

 状況と相手の素性がまったくわかりませんけれど、なんとなく体が本能的に逆らってはいけないと感じたのか、無意識のうちに声のする反対側の壁ギリギリまで退避し、なおかつベッドを横にしてバリケードのようにして万一に備えます。


「大丈夫」とも「準備ができました」とも答えない内に、壁越しに火薬に点火した臭いがした――と思った瞬間、爆発音とともに、目測で十セルメルトはある分厚い岩でできた壁が真っ二つに折れて、さらに衝撃で、ふたつになって吹っ飛んできた扉のなれの果てが、私の左右の壁に砲弾のような勢いでぶつかってバウンドしました。


 どこが『大した衝撃じゃない』のよ!!


 そう文句を言う前に、火薬の煙と粉塵がもうもうと立ち込める向こう側から、うんざりとした声が響いてきます。

「アンタ、どんな火薬を携帯してるわけ? アンタの『収納バッグ』に入っていた火薬を使ったんだけど、危うくアタシ……いえ、わたくしまで吹っ飛ぶところだったじゃないかい! ……吹っ飛ぶところでしたわ」

 えー、私が非難されるのってお門違いじゃないかしら? 私の方が危うく事故に巻き込まれて死ぬところだったんですけれど!? と若干不満に思いながら口元に手を当てて煙を吸わないようにして様子を窺っていると、

「――ほら! さっさと逃げるわよ」

 向こうから細い手が伸びてきて、私の手を掴んでバリケードの外へ引っ張ります。


「えと、あの……?」

「遅いっ。状況把握が遅すぎる! 前後の事情がわからないということを考慮に入れても、この態度は無能の一言に尽きるわ! 前にも教えたし、知ってるだろう――でしょう。【罪人の塔】ペッカートル・トゥッリスに自動修復機能があることを。ならば即座にこの部屋から脱出する程度の知恵も回らないわけ!? このボケ!」

 なんで初対面で、いきなり頭ごなしにボケだの無能だのと言われなければならないのでしょうか?

 理不尽さに釈然としないものを感じますが、確かにいまは――。

「〝馬鹿の考え休みに似たり”だ。この場にとどまって、変態オヤジに犯されたくなければ、余計なことを考えずに、とっとと行動しな――さい!」

「……はい」

 即応すべき時でしょうね。


 か細い腕に引っ張られるまま、牢獄から出た私は、絹でできているらしい独特の光沢のある白を基調としたドレスを纏った、背後から見る限り私より二歳ほど年下の、独特の白銀色をした長い髪の少女に先導されるまま、石造りの回廊を走ってどこかへ向かいます。


『どこへ向かっているんですか?』

 とか聞いたが最後、

『どこまで間抜けなんですか。普通、牢獄から脱獄した場合、追っ手のかからない場所へ逃避するのに決まっているでしょう。それともその程度の判断力すらない、どうしようもない低能なのですか?』

 思いっきり罵倒三昧されそうな予感というよりも確信がありましたので、余計な口は挟まずに廊下を走り抜けます。

 とはいえ――。


「……見張りのひとりもいないのですね?」

 もしかして目前の少女が何かしたのかとの、含みを持たせた私の感想に、少女が「――フン」と、鼻で嗤う気配がしました。

「ここの連中は言われたこと以外、自発的に何かをするという気概がないからね。アンタを『牢屋に入れておけ』と命令されたら、それだけで監視の必要性や脱獄の可能性なんぞ、考えるアタマがないのよ。この世に絶対なんてものはないのに、現状に満足して考えを放棄した無知怠慢、な~にが理想郷なものだか。一皮剥けば奴隷の平和――餌と寝床を貰って、言われたことだけすれば事足りる――人が人であるための尊厳や向上心、知恵の欠如につながって堕落するだけってことよね。見るに堪えない醜態さね。ま、それを従容と享受している上が馬鹿なんだろうけど、とうてい『神子』だの『聖母』だのと尊重できる相手じゃないね――わね」

 ついには『神子』と『聖母』へも舌鋒の矛先を向ける少女。

 この容赦のなさは、本気で相手を選びませんわね、と内心思いながら、

「はあ……」

 私は自分が罵倒叱責されているわけではありませんが、なんとなく首を縮めてそう相槌を打ちました。


 ほどなく見つけた階段をひたすら降りると、下の方に行くにしたがって日の光が強くなっていきます。

 五分ほど下りた先にちょっとしたホールがあり、その先に木製の観音開きの扉があり、その隙間から日の光が入っているようでした。


「ほら、でかい図体しているんだから、さっさと開けて。(かんぬき)は外してあるから」

 さっさとしろとばかり顎で指示されて、私は言われるままに扉に両手をかけて開きました。

 案外、軽い軋みとともに扉は開かれ、暗闇に慣れた私の目にまばゆい陽光……かどうかはわかりませんが、光の差す中庭らしいところに出た私ですが――。

「「――あっ」」

「――あ?」

 さすがに施設の出口には番兵がいたらしく、暇そうに地面に座り込んで将棋のようなゲームをしていた二人組の番兵が、無造作に外に出てきた私を見て、ポカンと揃って口を開けていました。


「ま、待て!」「ど、どうやって……」

「――失礼いたします。先を急ぎますので」

 慌てて脇に置いてあった槍を掴んで立ち上がったひとりと、いまだ状況が掴めずに呆然としているひとり。

 とりあえず私は向けられた槍の穂先を掴んで、もう片方の手で(けい)(とお)します。

 魔術や神通力の類ではない、純粋な技術としての発勁(はっけい)ですから、【罪人の塔】ペッカートル・トゥッリスの影響下でも無理なく発揮され、

「があああああああっ!?!」

 槍を通して伝わった振動が、番兵の全身を震わせます。

 思わず槍を手放した相手の隙をついて、そのまま関節を取って組み敷きました。

「よっ――と」

 騒がれると面倒なので、そのまま足刀で意識を刈り取ります。


「き、貴様、奇怪な術を!?」

 その間に我に返ったらしいもうひとりの番兵が死角から槍を突き出してきましたが、位置取りがわかっているのでこうくるのは予想していました。

 躱しざま相手の懐へ飛び込みます。

 槍は確かにリーチで優りますが、小回りが利かない分、半端な訓練をした素人が握っては邪魔になるだけです。引き戻そうとした番兵の手を取って――魔力で強化しない限り、大の男の腕力には勝てない(こともないですが……)ので――その勢いを利用して、くるりと一回転させるように地面に叩きつけました。


 なにがなんだかわからないという顔をしている番兵。

 力と直線的な技は鍛えられても、先人が創意工夫を凝らした投げ技や組技、発勁などは、苦労して覚えようという発想がなかったのでしょう。


 ともあれ地面に落ちて呻く彼の頸動脈を絞めて、こちらも意識を失わせたところで、

「ま~ったく、外に番兵がいることくらい考えなかったのかね。つくづく鈍感馬鹿だね~。ここの神子にしろ、聖母にしろ、アンタにしても、確かに持っている力は凄いけど、それを効率よく使うためのしっかりした判断力に欠けるというか、それとも力を持つと間抜けになるのかねぇ……なるのかしらねぇ」

 いささかうんざりしたような愚痴と共に、私の後に続いて十三歳ほどと思える、サファイアブルーの瞳に白銀の髪をした、聡明そうな顔立ちの姫君が、私が閉じ込められていた塔から続いて出てきました。


 日の光に照らされたその姿は、後姿から半ば予想していた、この封都インキュナブラ――いえ、それ以前の霧の中でも、ちらりちらりと影のように現れては先導をしてくれた相手。

 そしてヴァルファングⅦ世陛下の絵にも描かれていた愛娘。

 すなわち――。


「(若き日の)オリアーナ女帝陛下……?」

 太祖女帝とも呼ばれるグラウィオール帝国中興の祖にして、ルークの遥かな直系の祖にあたる、偉大な女帝の若き日の姿、『鈴蘭の姫君』と謳われた当時の姿そのものでした。

書籍版『ブタクサ姫9』11月22日(金)発売中です。

挿絵(By みてみん)


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あわせて『あたしメリーさん。いま異世界にいるの……』

『[連載版]婚約破棄は侍女にダメ出しされた模様』

もよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[良い点] 絶体絶命と思えた場の助け手は意外な相手でした。 しかし……時間の流れなどが異なるこの封都インキュナブラにあっても、若き日の『鈴蘭の姫君』が登場するなんて。しかも確りとレジーナとしての意識も…
[一言] おや?フィーアが居ない(゜ω゜)?
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