堕天使との戦いと封鎖世界への疑問
「〝光れ剣閃よ、我が前の敵を切り裂け”――〝光速瞬斬裂断”」
「〝優艶なる光よ、不浄なる穢れを打ち払え”――〝浄化の秘蹟×10”」
恐れげもなく羽化(?)したばかりの〈堕天使〉へ立ち向かうカーサス卿。握られた双つの剣が縦横無尽に翻り、そのあまりの剣閃の速さに、私の目にはまるでレーザーのような光の筋が奔ったようにしか見えませんでした。
こと動体視力に関しては、私の場合、至近距離から放たれたマスケット銃の弾でも視認して反応できるのですが、コレは見てから躱すのは無理だと即座に理解できました。同じ双剣使いのルークよりも、剣速に限ってはレベルが二つくらいは上に見えます。
まあ、ルーク(とその剣の師匠であるカラバ卿)の剣技(『クロード流波朧剣』という流派らしいですが)は、基本的に後の先で相手の剣を受け流したりカウンターを取ったりするのを得意としているのに対して、カーサス卿の剣技は先の先――超攻撃特化の剣のようですから、性質の違いもあるでしょうけれど。
ともかくも――、
『PYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAH!』
一瞬で体のあちこちが切り裂かれ、さらには翼の一本は切り飛ばされて、鳥類に似た悲鳴を発する〈堕天使〉。
そこへ追撃で私の浄化術が四方八方から降り注ぎ、『PYH!?!』苦悶の表情で悲鳴をあげる〈堕天使〉の全身と、ついでに術の余波で穴が開く、宮殿の床や壁。
「――ほう。多重詠唱で同時に十発の浄化術を叩き込むとは、恐れ入りますね」
軽く感心した表情で、私がアレンジした浄化術の手腕を賛美されるカーサス卿。
まあ、浄化術に関しては『星華の宝冠』によって増幅されている恩恵もありますけれど。
無論のこと、カーサス卿は巻き込まれるようなことはなく〈堕天使〉を中間に挟んで私と反対側の通路まで下がっています。
まあ巻き込まれても生身の人間なら、浄化されてもどうということはありません。生身の人間なら……と、私はなぜか穴の開いた壁や床を横目に見ながら胸の中で付け加えました。
ともかくも、〈堕天使〉の傷口を見る限り、穴は開いても血は出ないようです。
というか、削れた部分を見ても灰色の混凝土のような質感の骨と筋肉ですし、既存のどの生物や魔物とも違って、そもそも生き物として構造をなしていないように見受けられます。
ちなみに、あえて『浄化の光炎』ではなく、なぜ浄化術の中位の技を使ったのかと言えば、もしかすると摂り込まれた女性の一部でも残っているのではないか……と、あえかな期待を抱いての処置でした。
そのため多方面から削ってみたのですが、やはり完全に〈堕天使〉に一体化してしまっているようで、目の前でひとりの命を救えなかった哀しみに、胸が痛くなります。
『PIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII!!』
そんな私の感慨などなにするものぞと、これで私とカーサス卿を敵と見定めたらしい〈堕天使〉が怒りの声を上げると、削れていた部分や傷が盛り上がり、見る見る間に修復されました。
同時に大きく口を開いた〈堕天使〉の顔が私の正面を向くと同時に、何らかの目に見えない攻撃が放たれた気配を感じて、咄嗟に飛び退きます。
「〝水流よ凄烈なる流れもてすべてを阻め”――〝水障壁”」
躱しながら同時に、私が一番得意な水系統の障壁を床から天井まで張り巡らせましたけれど、鋼鉄すら切断する超高圧の水のカーテンが、炭酸の泡が弾けるように『シュワシュワー』という小気味よい音とともに、一発で四散してしまいました。
もっとも相手の攻撃もこれで無効化できたようなので、お互いに相殺に近いでしょう。
「圧縮された超音波に魔力が上乗せされている感じですわね……」
ついでに水障壁が弾ける直前の反応で、大体の相手の手の内は知れました。
ただ不可解なのは、傷を修復したり魔力を込めた攻撃を放ったりした後でも、相手の総合魔力や質量に変動がないことです。
いえ、傷を負った直後や術を放った直後には、それなりの消耗が感じ取れるのですが、即座にどこからか補充される感じなのですよね。
「いくら攻撃してもノーダメージなのでしょうか?」
「完全に消滅させるか、中枢核に当たる部分を破壊しない限り不滅ですので、通常は多人数で囲んで浄化術を雨あられと放つのですが、宮殿内でこれだけの騒ぎが起きているのにも拘らず、まだ増援が来ないということは、どうやら我々ふたりで斃せという神意のようですね」
念のためにカーサス卿に確認してみれば、神妙な顔つきでそういった答えが返ってきました。
「中枢になる部分があるのですか……ならばやりようは幾らでもありますわね」
「ほう? 言っておきますが中枢核は常に動いているので、場所を特定するのは至難の業ですが……?」
「そうでしょうね。そのくらいは想定の内です」
これがかつて戦った〈不死の王〉のように、半ば物質界と形成界とに跨って存在していて、ほぼ完全な不死だとか不死身だとかであればお手上げですが、一箇所でも弱点があるとなれば攻撃方法は無数に存在するも同然です。
というか、案外安易な弱点ね、というのが私の忌憚のない感想でした。
大体において世間では魔女は自分の命をカードに封じ込めて、どこかに隠して不死身になっているという俗説もあるくらいですので――私はできませんけど、レジーナであればあるいは……と思えます――そのくらいは想定内といったところです。
「……とはいえ、よそ様の宮殿を放火したり、あまり派手に破壊したりするわけにもいきませんから、攻撃力重視の術を使うわけにはいきませんわね」
思案するその間にも〈堕天使〉の攻撃は続きます。
超音波砲に加えて、背中の翼を羽ばたかせると、抜け落ちた羽根が無数の鋭い刃になって私とカーサス卿に襲い掛かってきました。
それを躱したり、魔術で相殺したりしながら方針を定め――秒で決めた私。
「――とりあえず凍らせます!」
そうカーサス卿に前置きをして、愛用の魔術杖を構えるや、私の使える氷系統の最上級魔術を放ちました。
「“水は氷に。熱の根源たる振動は虚無へと変換せよ”――〝凍る世界”」
刹那、〈堕天使〉を中心にしてこの空間が、限りなく絶対零度に近い温度まで下がります。
「おおっ!」
驚愕に目を剥くカーサス卿の目の前で、凍り付いた〈堕天使〉がゆらゆらと自重で揺れ……その衝撃で、さらさらと砂の像が崩れるように崩壊して、程なく中枢核もなにもなく跡形もなくその場から消え失せました。
「……やはり、構造的にはナノマシンの集合体に近いようでしたわね」
そう思えたので単純な『氷結』では効果がないだろうと思い、原子核そのものに作用する『凍る世界』を選択したのですが、どうやら正解だったみたいです。
「凄まじいものですね。下級とはいえ〈堕天使〉を一撃で葬るとは、外の世界の……まして女性の身でありながら、端倪すべからざるとはこのことですね」
剣を鞘に納めながらそう手放しの賛辞を送ってくださるカーサス卿。
「いえいえ、カーサス卿の剣技には驚きましたわ。それよりも、いまので下級なのですか?」
「ええ、その力に応じて第一級から第九級までありますが、私の見たところ第二級といったところでした」
もっともほとんどの〈堕天使〉が下級で、中級から上級はここ百年で十体ほどが確認され、神子様の力で駆逐されており、最上級の第九級に至っては伝説とされていますが、と付け加えられます。
そんな話をしているところへ、バタバタと遠くから複数の武装した集団が駆けてくる足音が響いてきました。
「……どうやら宮殿騎士が到着したようですね」
「説明するのが大変そうですわね」
手加減したつもりですが、〈堕天使〉が暴れたお陰であちこち壊れて、優美な庭園も無残な有様になっている周囲を見回して、思わず私がため息をついたところ、
「その点につきましては問題ありません。宮殿内はすべて神子様と聖母様の掌も同然ですので、今回の事態も把握され、連絡が通っている筈ですので」
自信をもって断言されました。
「……そうなのですか(……つまり、いまの事も不測の事態ではないということ?)」
「それに壊れた場所や庭も、時間が経過すれば自然と修復されるよう、蒼神様の奇跡が宿っておりますので」
「へえ、ドレスなどに付与魔術で修復を織り込むのは聞いたことがありますけれど、これほど大きな宮殿そのものに作用するなんて常識では考えられませんわね」
まるで先ほどの〈堕天使〉のようね。
そう続く言葉は飲み込みました。
フィーアが本来の姿に戻れないのも、そのあたりに理由がありそうですわね……と考えたところで、ふと私はいま目に見えない怪物の口の中にすっぽり入っているような、そんな予感を覚えたところで、どうやら先に安全な場所に逃がした女官たちに気が付いたらしい宮殿騎士たちが、彼女たちを保護している様子が遠目に窺えます。
と、宮殿騎士の手を借りて廊下に出てきたカーサス卿の婚約者であるエリカ嬢が、私たちの視線に気付いたのか、こちらに顔を向けて私とカーサス卿を交互に見比べるような眼差しを向けてきたかと思うと、
「魔女よ! その女が〈堕天使〉の封印を解いたのよ! 災いを運んできた魔女だわ!!」
一転して般若のような表情になって、いきなり私を指さしてあたり一杯に響き渡るような金切り声で絶叫しました。
「……は?」
思わず呆然とする私。
エリカ嬢の勢いに押される形で、他の女官たちも身を寄せ合って怯える様子を見せます。
え、ええっ、あの、貴女方、さっき私が救助したのですけど……?
「その女を捕まえて! ロベルト、貴方騙されているのよ!」
有無を言わせないエリカ嬢の糾弾を受けて、宮殿騎士たちが険しい表情で反射的に腰の剣に手をかけ、私に注目をすると――
「「「「ほう……!」」」」」
なぜか一瞬、弛緩したところを、
「ほら、魔性よ! あの女の魔性に取り込まれたらお終いよ!」
エリカ嬢に発破をかけられて、夢から醒めたような面持ちで一斉に武器を構えました。
「――いや、待て。何を言っているんだ、エリカ!?」
さすがにカーサス卿が見かねて割って入りましたけれど、その途端にさらに眦を吊り上げたエリカ嬢が、
「――っっっ!?! 私は見たわ! その女が近づいた影響で封印が解けたのを!」
一方的に言い放つ舌鋒の勢いを前に、見るからに無骨で口下手そうな彼では不利は否めません。
「……このままでは埒が明かない。とりあえず、彼女の身柄は私が責任をもって預かるので、当初の予定通り大和殿に行き、ベナーク公の沙汰を仰ぐということでどうだろう?」
「――ふむ。確かに」
「だったら、私も行くわ!」
カーサス卿の折衷案に宮殿騎士が頷くのと同時に、エリカ嬢が同行を申し出ました。
ため息をついて「……仕方ない」と折れるカーサス卿。
なんだか面倒なことになりそうね……と、当事者不在で進んでいく事態を前に、漠然と思いながら、私はフィーアを抱いたままカーサス卿に続いて、ついでに周囲を宮殿騎士たちに警戒されながら歩みを進めるのでした。
※8/20 フリガナ修正しました。
面と向かっての悪意にさらされ、混乱しているジル。
普段ならコッペリアなりセラヴィなりが対抗してくれるのですが、ここでジルの弱点(意味もなく他人を貶める人間がいるとは思えない)が出てしまいました。
※とりあえず、内容が短くても週に一回ぐらいの更新を目指します……。




