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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第六章 神子姫 那輝[15歳]
239/337

カーサス卿の婚約者と堕天の使徒

 全体がどこか女性的な【花椿宮殿】ラ・フルール・ド・カメリア

 手すりひとつとっても、植物の蔦を思わせる意匠で、そこに造花なのか本物なのかは不明ですが、色とりどりの華やかな大輪の花がそこかしこに咲いている……という工夫を凝らされた造形が眼前に広がっています。


 贅を凝らしてなおかつ優美さを前面に押し立てたこの場所。確かに綺麗ですが、そこに微妙な押しつけがましいくどさを感じるのは、私があまり派手な模様や花を好まない地味な性格なせいでしょうか?


 と、内心で辟易しながら、聖騎士(パラディン)ロベルト・カーサス卿に率いられた、侍従兵たち十名に前後を護衛され、どこへ向かっているのかは知りませんが、いくつもの華やかな建造物の間を縫うようにして、奥へ奥へと現在私とフィーアとは案内されています。


 ロベルト様は謹厳ながらも人間味が感じられるのですが、他の侍従兵はまるで機械仕掛けの人形のように――私の知る機械仕掛けの人形(コッペリア)は、人間以上にアレなので例外として――表情一つ変えず、まったく同じ姿勢、歩幅を崩す様子がありません。

 まあ、儀仗兵というものは滅多なことでは表情を崩さないよう訓練をされているものですが、それにしたってもうちょっと他国の兵士はその奥に隠された情熱やひたむきさ……そして、私に対する興味を向けるものですが、ここではまるで路傍の石のように私は無視されています。


 ……う~~ん、私ってやっぱり『巫女姫』という付加価値(ブランド)がないと、所詮はその程度のつまらない顔なのでしょうね。

 最近ちょっとだけですが、「もしかして、もしかすると、私ってとっても美人なのでは?」と、自惚れかけていましたけれど、やっぱりあれは周りのリップサービスだったのですわね。


 身の程を知って、思わず嘆息してフィーアをぎゅっと抱きしめる私。

 そんな私の居心地の悪さを感じ取ったのか、ロベルト様はちらりと振り返って、

「大事なお客様だ。失礼のないように」

 侍従兵の皆さんに一言釘を刺しました。


「「「「「「「「「「はっ! カーサス卿!」」」」」」」」」」


 これまた一斉に応じる侍従兵の皆さん。

 そこに絶対的な立場の違いを感じて、ふと私はロベルト様に問いかけました。


「――ロベルト様は皆様に絶大な信頼を得ているのですね。もしかしなくても、特別なお立場でいらっしゃるのですか?」


 不躾かとも思ったのですが、当のご本人は若干当惑した表情で、歩きながら再び私の方を振り返って、

「いえ、私は単なる騎士のひとりにしか過ぎません。ただ……まあ、先祖伝来の血筋と能力に恵まれたお陰で、分不相応にも〈聖騎士(パラディン)〉などという称号を、聖母様より賜っていますが、その名に相応しい働きができているとは思えませんし……いえ、聖母様のご期待に応えられるよう、日々精進するのみです」

 生真面目に答えられるロベルト様ですが、それを聞いた侍従兵の皆さんの雰囲気に、その言葉を否定する畏怖の念と、ごく僅かな嫉妬の感情がよぎりました。


「それに、カーサス家は百五十年前に神の勅命を受け、十万の精鋭を率いてなお、神敵である魔人の軍団相手に壊滅的な敗北を喫したという屈辱の歴史がありますので、いまだに汚れた家門を嫌う人間は多いですからね。到底、人の上に立てる器ではありませんよ、私は」

 そう付け加えられて自嘲するロベルト様。


 ソレに関しては侍従兵たちも微妙な表情で、肯定とも否定ともつかない表情で無言を貫いています。

「部外者が軽々しく口を挟む問題ではないと思いますけれど、ロベルト様は立派な騎士様だと思いますわ。それに困っている私に声をかけて、真っ先に助けてくださったのですから、貴方はとても良い人だと思いますわ」


 そう忌憚のない感想を笑顔とともにロベルト様に届けると、ロベルト様は最初は戸惑った表情を浮かべていましたが、最後にはひどく驚いた表情で、プイと前を向いて無言で再び歩き始めました。

 心なしか耳が赤いような気がするのですが、もしかして照れているのでしょうか……?


 そんな、いかにも不器用そうなロベルト様の態度や言動を顧みながら、私は『なるほど。典型的な天才+努力型ですわね』と、内心で腑に落ちたものです。


 個人としての資質と能力が高すぎるせいで、要求する水準が無意識にきつくなって、指揮官や指導者には向かないという――自己評価が高いか低いか違いがありますが――本質はセラヴィタイプなのでしょう。


 自分を基準にするために、他人が『できない』ということが――なぜこんな事も出来ないんだろう?+なぜこいつらは出来るようになるまで努力しないんだろう?――と、本心から理解できずに、素で無茶振りをする相手には上司にはなって欲しくないですし、完璧すぎて人間的なお付き合いも難しい……といったところでしょうね。


 天才とは得てしてバランスを欠いているものですが、ロベルト様の場合は考えが杓子定規で、常に『完璧』を目指して、そこからのマイナスでしか自分も他者も評価できないのでしょう。

 私のような凡人は、できないことはできないと割り切って、自分にできること、できそうなことだけやっているので、ある意味気楽なんですが……と、以前、ルークやセラヴィたちと雑談していた際に、私の思うところを口に出したのですが、なぜかルークたちには微苦笑された上――


「いいえ、完璧な存在はいます。いまワタシの目の前に! すなわち人知を超えた魔力に知性と教養! 直視することすら憚れる神の如き美貌とスタイル! 〈巫女姫〉という名に恥じない……そうあれと願った人々の願いを過不足なくかなえてくれる、底なしの慈愛の心と神秘性! それでいながら底抜けの天然ボケ!! これで人格に非の打ちどころがなければ取り付く島がないってもんです。いいですかクララ様。完璧なんてのは、それで完結しているということなんです。つまり発展性がないです。その点、どっか抜けているくらいの方がいいですよ。クララ様の場合は、抜けているからこそ完璧と言えるのです!」

 コッペリアが私を称して褒めているんだか貶しているんだかわからない評価を下し、

「お前の『できない』ってのは、『できる人間がいるなら自分もできるし、誰もできないなら無理』っていう、脳筋理論だろうが! んでもって、実際に他人ができることは、ほとんどできるとか……あらゆるカテゴリーからも外れているお前に『天才』扱いされても、嫌味にしかならないだろうが!!」

 全力で否定したセラヴィの言葉を思い出しました。


 なんにしても、他人と違うことをするのは容易いのですが、他人の間に居場所を作るのは、意外と難しいということですわね。


 それはともかく、こうして魔力波動(バイブレーション)と挙動を観察した限りでは、聖騎士(パラディン)であるロベルト様が、魔力・身体能力ともに飛び抜けていますが、侍従兵の皆さんは、それなりに魔力は高いものの、技量の面ではいささか心許ない……ぶっちゃけ上位下位の冒険者であれば、軽く捻れるレベルに思えます。

 最初に会ったロベルト様が抜きん出ていたせいで、全体のレベルも相当に高いかと勘違いしてしまいましたが、どうも思ったよりも上下の格差が顕著なようです。この国は。


(まあ、百年以上、隔離された社会にいたので当然かも知れませんけれど……)


 反面、ガラパゴス的に特異な進化を遂げている技術や魔術もあるかも知れないなぁ……とも思えますけれど、さすがにどこの誰とも知らない私の目の付くところには軽々しく置いていないようです。


「――あの、カーサス卿。それはさておき、私はいまどちらに向かっているのでしょうか?」

 気づまりから、とりあえず唯一の顔見知りであり、こういった質問にも生真面目に答えてくれるであろう、ロベルト様に尋ねてみました。


「ああ失礼。段取りが悪く、説明が遅れて申し訳ございません。なにしろ『外』から化け物以外の、正式な客人が現れるなど初めての事でしたので、上層部も混乱しているようでして。まずは侍中(じちゅう)――他国でいうところの宰相に当たる御方です――であるヘルベルト・ヤン・ネポムク・ベナーク公が直々に大和殿(だいわでん)にて面会をされるとのことです」

「大和殿?」


 私の疑問に、ロベルト様は「これはしたり。またもや説明不足でしたな」と、苦笑いされて広大な宮殿の中でもとりわけ巨大かつ煌びやかな花の形を模したような建物を指さしました。


「あれがここ【花椿宮殿】ラ・フルール・ド・カメリアの中心である大和殿です。基本的に大和殿を中心に左右対称に他の離宮や角楼と呼ばれる楼閣が配置されております」


 さらに続けて各建物の名前や役割を説明してくださいましたけれど、この中心部の広大な地所に関しては、ほぼ〈聖母〉様と〈神子〉様のためだけに存在するということがわかりました。

 実際、大和殿の左前にある一回り小さな(それでも他国の城がすっぽりと二三個入りそうな)宮殿は、太廟といって〈聖母〉様の夫神であり〈神子〉様の父神でもある『蒼き神』を祭る場所であり、また右前にある社稷壇と呼ばれる建物には〈聖域(サンクチュアリ)〉が祭られ、さらに地下に『魂の浄室』が存在するとのこと。

 また、大和殿もこちらからは見えませんが二列構造になっていて、いま見ている『前朝』は〈神子〉様が執政や式典を行う場所であり、後方に控える『後寝』は〈神子〉様と〈聖母〉様がお住まいになるプライベートな場所であるそうです。


「世俗のことに関しましては、麗しき〈聖母〉様や尊き〈神子〉様のお手を煩わす前に、まずはベナーク公に拝謁賜る必要がございますので」

「なるほど。道理ですわね」


 同意しながらも、〝三人寄れば公界(くがい)”と言いますけど、楽園のようなこの国でも他国と同じように、政治や派閥も発生するのねー、としみじみ思いました。


「ベナーク公は少々クセの強い方ですが、〈聖母〉様や〈神子〉様に対する忠誠は他の追随を許さず、その忠義を認められて、百五十年以上侍中の地位に置かれておりますので」


 うわ~。百五十年も宰相の地位に君臨しているとか、ほとんど妖怪変化の域に達していますわね。

 おまけにこの実直を絵に描いたようなロベルト様が「クセが強い」と、遠回しに偏屈だと認める相手ですから、さぞやヒネくれた(ロクでもない)性格をしているのでしょう。


 まあ、さすがにいきなり〈聖母〉や〈神子〉には会えるとは思っていませんでしたけれど、いろいろと面倒臭いですわね~、とそんなことを考えながら、案内される私たちが向かう通路の先から、年齢10代後半から20代前半と思える、色とりどりの着物? 古風漢服? ボタンの類が一切ない、諸島列島……というか、地球世界における古代中華圏の衣装に似た女官服を着た一団が向かってきました。

 靴も革靴ではなくていわゆる布製の、確か花盆底靴とかいうハイヒールを履いています。


(さすがに纏足(てんそく)ではないみたいだけれど……)


 なんらかの魔術処置を行っているのか、皆さん足のサイズと足首が細いのが目につきます。

 ほぼ私とタメを張れるくらいの足首の細さですわね(自慢みたいですが、同じようなサイズの女性と比べ、私は首・手首・腰・足首といった部分の細さでは他の追随を許さない華奢な造作をしています)。

(ちょっとバランスが悪いですわね……)

 足首の細さだけが目立つ彼女たちのスタイルを一瞥して、そう内心で首を傾げた私ですが、このあたりは民族的な美意識の差なのでしょうと、割り切って通り過ぎる彼女たちに黙礼をして、その場を後にしようとしたのですが――。


「あら、ロベルト! 戻っていたのね、おかえりなさい」

 そのうちのひとり。一団の中央にいた十七~十九歳くらいだと思える、薄紫色の女官服を着た黒髪の若い娘さんが、私たち――というかロベルト様に向かって笑いかけました。

 癖のない黒髪に、すっと通った鼻梁(びりょう)、赤いルージュを塗った唇。やや冷たく無機質な印象はありますが、人目を引く美貌であるのは確かです。


「エリカか……どうした?」

 事務的なロベルト様の言葉に、エリカと呼ばれた彼女は唇を尖らせます。

 ここで私は気が付いたのですが、彼女たちは一様に各々額のところにインドの女性が付けているビンディのような、青い輝石を埋め込んでいるのでした。


「どうしたかじゃないわよ! アナタったらいつも仕事だって言って、宮殿の外に出て帰ってこないんですもの……それとも、何か用事がなければ会わなくてもいいわけ?」

「いや、そんなことはないけれど……」

 嬉しそうなエリカとは対照的に、歯切れ悪く答えるロベルト様。

「だったらいいじゃないの。それより聞いたわよ。また堕天使を捕縛したんですってね? さすがは名門カーサス家の嫡男ね。ねえ、久しぶりに表通りにある『カーリタース』で食事をしない?」

「ああ、その、すまない。今日はこれから公務で賓客(ゲスト)を連れて、ベナーク公との面談があるので、予定が組めないんだ」

 矢継ぎ早のエリカからの要請に、困ったようにロベルト様がちらりと私の方を向いて、それで初めて気が付いたのか、エリカ嬢が私の方を向いて、(なぜか)軽く息を飲んで目を剥きました。


「――だ、誰!?」

「重大な客人だ。非常にデリケートな問題なので、ここで彼女と会ったことは他に漏らさないようにお願いしたいのだが? もしも漏れた場合には、まずは君らを疑わずにはいられないのでね」

 最後の台詞はエリカ嬢を筆頭にした女官全員に対する警告です。

 慌てて首を縦に振る女官たち。

 そんな中、ただひとりエリカ嬢だけは私に敵意混じりの視線を向けながら、

賓客(ゲスト)……ただそれだけの関係よね、ロベルト?」

 そう念を押すように尋ねます。


「? 当然だろう。公務以外の何があると言うんだ……?」


 ロベルト様の言葉に、満足そうに頷いたエリカ嬢は、もう興味はないとばかり私から目を逸らすと、満足そうににっこりと笑って、手を振りながらその場から立ち去るのでした。

「いってらっしゃい、ロベルト。今度、友達へアナタのことを紹介したいわ」

「……ああ、わかった」

 明らかに気乗りしない表情で、それでも取って付けた笑顔で応じるロベルト様。


「そういえばあと三体、堕天使を倒せば歴代史上に並ぶ快挙よね。そうなればお父様もお喜びになるし、私たちの婚約に文句を言っている外野の雑音も問題にならないわ。頑張ってね」

「――ああ」

 付け加えられたその言葉に、ロベルト様は無感動に応じられました。


 彼女たちの姿が通路の向こうに見えなくなったところで、

「あの――」

「いまのはエリカ・ラディスラヴァ・ベニーシェク。ベニーシェク伯爵家のご令嬢で、私の婚約者――ということになっています」

 尋ねかけた私の機先を制して、どことなく他人事のように説明を加えるロベルト様。

「この婚約は〈聖母〉様直々に決められたもので、魔力や能力、血統、適性などから私の世代では最適と認められているもので、エリカもそれを誇りにしているようです」


 その片方の当事者であるロベルト様が、どことなく気乗りしないように感じるのは、先ほど口にされたカーサス家の汚名――エリカ嬢の言葉の端々にも、そのことがネックになって婚約が進んでいないようなニュアンスがありましたし――のためでしょうか、それとも個人的に含むものがあるのでしょうか? なんとなくですが、私には後者のように思えました。


「さあ、まだ余裕はありますがベナーク公は時間に厳しい方ですので、早めに大和殿へ向かいましょう」

 気を取り直したロベルト様が、疾く私たちを急かした――まさにその瞬間、不意に後方から振動が伝わってきました。

 流麗な柱や壁がビリビリと揺れています。


 さらには多数の女性の絹を裂くような悲鳴がこだまして聞こえてきました。

「きゃああああああああああああああああああ」

「怪物!!」

「いや~~っ、堕天使よ!」

「社稷壇の封印を破って出てきたわ!!」

 その悲鳴の中に、先ほど別れたエリカ嬢のものがあるのを耳にしたロベルト様が、腰に佩いた剣に手をやって、

「すまん、任せる!」

 そう侍従兵へ告げるや否や踵を返して、猛然と来た道を戻っていきます。


「あ、待ってください。私もご一緒します!」

 慌てて私もその背中を追いかけますが、侍従兵は不測の事態に判断がつかないようで、呆然とその場に立ち竦んでるだけでした。

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