幕間 追い付いた帝国公子たち
お待たせしました。
連載を再開いたします。
ひょんなことから、【妖精の道】から弾き飛ばされたコッペリアと、思いがけずに合流できたルーク、セラヴィ、行商人の男、シャトン、べーレンズ商会の会頭のご令嬢であるエステルたち。
闇雲にジルのゆくえを探していた一同だが、あっさりとジルの居場所に関する手掛かりが転がり込んできたわけだが、〈真龍〉のゼクスを駆るルークとはいえ、さすがに現在地――【愚者の砂海】――から、一気に大陸を斜めに縦断するわけにも行かず(その場合は必然的に数多の第三国や、グラウィオール帝国と敵対する魔人国ドルミートなどとの領空侵犯をすることになる)。
やむなく一巡週をかけて【愚者の砂海】を横断し、吸血鬼が支配する国、新ユース大公国に赴き、顔なじみであった新ユース大公国の支配者であるヘル公女の助力を仰ぎ、
「貸しひとつである。ああ、ルーカス公子が身共に血を捧げてくれるか、将来的にジル殿ともども妻に迎えてくれるのなら、今後とも無条件に便宜を図るが」
「絶対にお断りよ!!」
エステルとの間にひと悶着あったものの、
「ほほほほほ、気の強い娘であるな。気に入った。望むのなら身共の眷属として、永遠の命を与えるぞ!」
莞爾と笑い飛ばして胸を張るヘル公女。
「ヘル公女には張る胸が無いですけどね」
ぼそっと水を差すコッペリア。
次の瞬間、コッペリアの体が無詠唱で王宮の外まで、壁を幾つも粉砕して弾き飛ばされた。
「――これだから貧乳は沸点が低いってーんですよ! やっぱ人間の器は胸の大きさで決まるんですよ! クララ様のおおらかさを見習えって……無理か、この断崖絶壁、無理やり底上げ胸が~~~~~~~~~っ!!!」
遥か彼方からコッペリアによる元気いっぱいの誹謗中傷が轟いたという。
そんな感じですったもんだの交渉の末に、一行は国内の『転移門』を使わせてもらって、一気にショートカットで東海岸の海側を抜けて、公海上を北上してグラウィオール帝国へと入ったのだった。
「うげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……おぷぅぅぅぅぅ……げえ~~~~~~~~~っ……」
その途端に、なぜかエステルが乗り物酔いを発病し、途中途中で休みを挟みながら、広大なグラウィオール帝国を縦断――このため、いきなり速度が半分以下になってしまったり、結果的にルークが帝国に戻っていることが各地からの伝令で帝都に伝わる遠因となったりした。
「なんでいままで普通にゼクスに乗っていられたのに、海に出た途端に乗り物酔いになるんだ……?」
簡易的に治癒術を施しながらセラヴィが首を捻る。
「精神的なものかも知れませんね。前に船に乗った時にも、エステルは酷い船酔いになりましたし」
ルークが思い出しながらそう合いの手を入れると、
「気分次第ですね。そーいう時には力を抜いて雲でも数えてれば、いつの間にか終わっているもんですよ」
コッペリアが役に立つようで、微妙にピント外れの助言をした。
そんな感じで――。
本来なら、そのまま帝国を素通りして【闇の森】へ直行したいところであったのだが、帝国の直系帝族と帝国屈指の富豪にして海運王であるべーレンズ伯爵のご令嬢のご帰還を歓迎する飛竜部隊が待ち構えていたことで、さすがに無視して素通りするわけにはいかず、五日ほど帝都で報告会という名の尋問を受けることになったルークとその他。
幸いにして現皇帝陛下と父であるエイルマー公爵(帝位継承権第一位の皇子)の口添えもあり、多少の注意と説諭を受けただけで解放された彼らであったが、
「久しぶりに帰ってきたんだから、ルウ君がなにをしていたのか聞きたいわ~」
という天然な母の願いを無下にするわけにもいかず、また仲間たちの歓待と休息を兼ねて、ルークは同じく実家に戻ったエステル以外の皆を引き連れて、帝都にある本宅に三日ほど滞在せざるを得なくなった。
「……まあ、帝都で物資や情報を仕入れておく必要もあるだろうからね」
そう自分を納得させるルークに、コッペリアが訳知り顔で同意する。
「そうっすね。世界規模での異変が起きているとすれば、そこには確実にクララ様がいるはずですし、逆になんにもなければ、まだ【闇の森】でのほほーんと暮らしているってことですからね。また行き違いにならないように、ここで情報を集めておいたほうが賢明ですね」
その言葉に無言で同意するルーク以外の全員。
「いやいや、その変な確信はおかしいよ! 僕の知る限り、ジルは誰よりもお淑やかで、平和を愛する真っ直ぐな心根の淑女ですよ!」
そんなルークの弁護に対して、
「それはそのとおりなんですけどねー」と、首を盛大に傾げるコッペリア。
「お淑やかなくせに向こう見ずで、ついでに困難の方が勝手にやってくるというか」と、おとがいに手を当てて分析するセラヴィ。
「アレは台風の目みたいなもんじゃないの! 本人はのほほーんとしているくせに、周りが常に暴風雨に見舞われて、迷惑なんてもんじゃないわ!!」憤然とエステル。
「上手いこと言いますなー。確かにそんな感じですわ」快活に笑う行商人。
「そのくせ素敵に無敵なもので、心配するだけ無駄ということですにゃ」と、締め括るシャトン。
全幅の信頼というべきか、変な認識で固まっている一同の言葉に、微妙に納得できるものを感じて、ルークは黙りこくるのだった。
その後、幸いにして、いまのところ大陸を震撼させるような騒ぎは起きていないという言質を、父であるエイルマー公爵から得たルークは、このまま【闇の森】へ向かうという方針を一同に伝え、同意を得た。
で、どうにか三日目に母カロリーナへの説明と説得が終わり、いざルークが出発の支度を終えところで、
「次はジルちゃんとの結婚式かしら? それとも、いきなり孫を連れて戻ってきたりして……うふふふっ」
と、一歳になった妹アンジェリーナを抱いて見送りに来たカロリーナが、意味ありげに微笑む。
これが本気だから困ったものである。
隣でニヤニヤしている父、帝国公爵にして第一帝位継承者であるエイルマーは、
「そうだね。楽しみだねー」
確信犯的に同意を示していたが、両親のフリーダムさには慣れているルークは、義務的に家族に別れの挨拶をして、広大な公爵邸(というか城)の庭で悠々と翼を休めていた、〈真龍〉の成龍であるゼクスの背中に備え付けられた、騎乗用の鞍や荷物を確認して(このあたりは、屋敷で飛竜を飼育しているだけあってお手の物である)、具合の悪いところや足りないものがないのを確認してから、いざ【闇の森】へと向って飛ぶように、ゼクスに指示を飛ばすのだった。
なお、帝都に着いた時と違って、今回は同行する人数が二名ほど減っている。
諸般の事情でエステルと謎の行商人のふたりが帝都に残る選択をしたのだった。
エステルのほうは言うまでもなく、仮にも伯爵家のご令嬢が無軌道に行動することを由としなかった父であるべーレンズ伯爵の意向で、帝都の町屋敷に半ば無理やり監禁される形で、外出禁止令が発動され、一方、謎の行商人である黒髪の青年は、
「せっかくなので帝都で商売してきますわー。え? 逃げる? はははははははっ、ナンノコトヤラ。――じゃ、シャトン。後はよろぴく~!」
行き先が【闇の森】にあるレジーナの庵であり、そこに伝説の聖女スノウや森の守護神である〈黄金竜王〉や〈精霊王〉に〈獣皇〉までも勢揃いしていると聞いてから、あからさまに行くのを渋っていた行商人が直前でイチ抜けした。
「逃げるのはいいですけど、親方、これって出張手当や特別手当の対象ですにゃ?」
「勿論、前向きに検討させていただきます」
「絶対に払わないつもりですにゃ!?」
そんなわけで結局のところ、ルーク、セラヴィ、コッペリア、シャトンの四人となった一行は、朝方に帝都を出発して、帝都から西の開拓村への『転移門』を併用して、昼頃にようやく【闇の森】へと到着することとなった。
長かった旅の終わりにホッと安堵しながら、ルークは新しく建て直されたというレジーナの庵の上空を、ゼクスで旋回して、煙突から煙が出ているのを確認し、確実に誰かがいることに胸を撫で下ろしながら、同行している一同を振り返って注意をする。
「どうやら大丈夫のようですね。とはいえ直接、庵の傍に下りるわけにはいかないので、ちょっと離れた場所に下りて、少し森の中を歩きますから注意してください」
以前――といっても四年も前に、父であるエイルマーの飛竜に便乗して一度――訪れた時の記憶をもとに、森からちょっと離れた草原へ龍首を巡らせるルーク。
うろ覚えながら、他に〈真龍〉の成龍が下りられそうな場所もなかったので、ゼクスにお願いをして森からやや離れた場所にあった草原へと着地をするのだった。
「これが噂に名高い魔境【闇の森】か」
感慨深げに視界一杯を占める鬱蒼とした森を見据えるセラヴィ。
「さっきの掘っ立て小屋を目指すにゃ? ここからどう行くのかわかるのかにゃ?」
シャトンの当然の疑問に、ルークも若干心もとなそうにコッペリアの方を向く。
「来たのはもう四年も前ですし、庵の場所も変わったようですので……」
「お任せくださいっ。この万能メイドコッペリアが最短ルートで、庵の場所までご案内いたします!」
そう胸を叩くコッペリアの自信満々な態度には不安しかなかった。
「とりあえずこっちですね」
「そっちは森と正反対だろうが!」
案の定、まったく反対側を指さして先導を始めるコッペリアに、セラヴィが待ったをかける。
機先を制せられたコッペリアは、「はあ……ヤレヤレ」という感じで鼻で嗤いながら、
「ふっ、これだから愚民は浅はかだというのですよ。こっちに進めば西の開拓村があるはずです。そして、いま村にはエレン先輩が戻っている筈。先輩に案内させればいいだけの話です」
他力本願も甚だしい話であった。
「お前、マッピング機能が付随しているって前に豪語してなかったか?」
ジト目でのセラヴィの追及にもどこ吹く風で、
「ここの森って磁場や空間がコロコロ変わる上に、地形自体もちょくちょく変わるので確実に記録するのは無理なんですよね~。おまけにギルド判定でAランクの魔物もホイホイ出てきますし。その点、エレン先輩がいれば、グランドマスターの使い魔であるSランクの魔獣が、案内してくれるから安心なんですよ」
案外、説得力のある言い訳を口にする。
そうまで言われてはしかたがない。面倒だが、ここから西の開拓村に戻るしかないか。
さすがに〈真龍〉で乗り付けたら騒ぎになるだろうから、歩いていくしかないだろう。
そう全員が覚悟を決めたところで、不意にゼクスが警戒の唸り声をあげた。
「「「「???」」」」
途端――。
「ぬう。そこにいるのはジル殿の侍女である自動人形ではないか!! おかしな気配を感じて出てみれば、合縁奇縁とはまさにこのこと! 息災であったのであるか?!」
巨大な戦斧を肩に担いだ、身長二メルトを優に越える、まるで鉄板の塊のような黒の超重量級甲冑をまとった死霊騎士バルトロメイが、散歩の途中のような気軽な口調と足取りでコッペリアに向かって声をかけてきた。
「「「デ、デ、死霊騎士ォ!?!」」」
「おー、いいところに来ましたね」
騒然となるルーク、セラヴィ、シャトンとは対照的に、コッペリアは気楽な感じでバルトロメイに向かって行って、片手をあげて挨拶をする。
それに応じて気さくに片手をあげるバルトロメイ。
そんなふたり(二体?)の打ち解けた様子に、事情を知らない三人がお互いに顔を見合わせる。
「あの、コッペリア……さん? そちらの死霊騎士……殿とはお知り合いなのですか?」
ギルド判定でSSランクの魔物扱いされている〈真龍〉であるゼクスが、明らかにこの死霊騎士を目の当たりにして、委縮しているのを見てとったルークが言葉を選びながら尋ねる。
「ああ、コレはクララ様の自称守護騎士であるバルトロメイです。――で、こっちはグラウィオール帝国の現皇帝の孫であるルーカス殿下と、愚民とおまけの商人です」
そう簡単に説明をして、ついでのようにルーク、セラヴィ、シャトンの順で紹介をした。
「ほほう。貴殿らがそうであるか! ジル殿からたびたび話は聞いているのである! 我こそは天壌無窮たる永遠にして、名にし負う真紅帝国の栄えある宮殿騎士、バルトロメイである!!」
威風堂々と名乗りを上げるバルトロメイ。
グラウィオール帝国の帝孫と聞けば、多少なりとも意識するものだろうが、あくまで『ジルの友人』という括りで全員を一括して捉えているらしい。
「ちょうどよかったので、ここから庵まで連れて行ってくれませんか?」
「容易いことである。とはいえいま庵には魔女殿とマーヤ殿しかおらぬが」
「他の連中やクララ様はどうしたんですか?」
「他というと姫と宰相……いや、聖女様や〈黄金竜王〉様や〈精霊王〉殿であるか? さすがに翌日には帰ったのである。ジル殿は聖女様のいいつけで、あの日から出かけていてまだ戻っていないのである」
さらりと告げられた事実に、色めき立つルーク。
「ど、どこへ!? ジルはどこへ行ったのですか?」
「さて? 詳しいことは魔女殿が知っているとは思うのであるが、少なくとも【闇の森】からは出ていない筈である」
腹芸なのか、本当に知らないのか、軽く肩をすくめて曖昧に答えるバルトロメイ。
いずれにしてもレジーナのところへ行かないことには、状況が掴めないと判断した一同は、踵を返して【闇の森】へ向かうバルトロメイの後に続いて、ゾロゾロと歩みを進めるのだった。
「そーいや、青六を筆頭とした〈撒かれた者〉たちは、まだ動いているのですか?」
「うむ。元気に最近は自給自足で畑仕事をしたり、物々交換をしたりして、西の開拓村と独自に交流しているようである」
「フリーダム過ぎますね。そんな命令は欠片も与えていないというのに」
「うむ。侍女殿がいなくなってから、特にのびのびと生活を謳歌しているようであるな」
コッペリアとバルトロメイの他愛ない世間話を聞きながら、きっと嫌な上司がいなくなって、その間に羽を伸ばしているんだろうなぁ、と期せずして同じ感想を抱く一同であった。
週一くらいを目安に、ラストへ向けて更新いたします。




