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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第六章 神子姫 那輝[15歳]
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蒼天の封都と花椿の宮殿

お待たせしました( TДT)ゴメンヨー

 碁盤の目のように整備された通りを軽快に疾走する、《聖騎士(パラディン)》ロベルト・カーサス様の手配により、疾く用意していただいた獣車――馬ではなくて、翼のない陸上型の小型ドラゴンである走騎竜(ランドドラグ)――が牽く箱馬車(ブルームス)

 獣車の周りには、警備のため駆け付けたロベルト様配下の騎士様方とその従者の皆さんが、鞍と鐙をつけた走騎竜(ランドドラグ)に騎乗して付き従っています。


 六十メルトほども幅がある土瀝青(アスファルト)で固められた大通りは機械で均されたように平坦で、箱馬車(ブルームス)も相当に上等なサスペンションが設置されているのか、それなりの速度で走っているのにビックリするほど音も振動もありません。

 それに加えて瞠目すべきは、そうした先進的な技術ばかりでなく、馬車の窓から垣間見える平和そうな人々の暮らしにあるでしょう。

 なにしろ見渡す限り物乞いひとり、ゴミひとつすら落ちていないのですから。一般市民の平均レベルでも、相当に豊かで文化的な生活をしているのが推測できるというものです。


 道の両側に延々と(いらか)を連ねる建物は、石と混凝土(コンクリート)の二階三階建てのしっかりした造りで一見すると無機質に見えますが、その屋根は大半が大陸には珍しい青い(かわら)で覆われていますので、町全体を俯瞰するとまるで静かな湖面のようにも見えることでしょう。


「――瓦屋根が使われていますが、この辺りは雨が多いのでしょうか?」

 気になってそう同乗されているロベルト様に聞いてみたところ、

「ええ、多すぎるということはありませんが、雨期になると長雨が降ることが決まっています(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)ので、それに備えて瓦屋根を設えるのが習わしですね」

 油断なく外の警戒をしていた鋼鉄を思わせる鈍色の瞳が私の方へ巡らされ、存外穏やかな――宗教組織の説教者(プリ―チャー)を思わせる強弱を意識した声音の――口調で、そう噛んで含めるように説明してくださいました。


 まるで誰かが天候を操作しているかのような、含みを持たせた言い方に引っかかるものを感じましたけれど、性急にアレもコレも矢継ぎ早に質問を投げかけるのも不自然――なにより、知らずに失言をしたり、逆に与えるべきでない私の情報を渡して警戒される結果になるかも知れませんので、「そうなのですか」と軽く流しながら、なるべく無難な相槌を打つように努めます。


「それにしても綺麗な街並みですわね。区割りも等間隔に機能的で、なおかつ無機質にならないように公園なども多くて、それになんといっても水が豊富ですわ」


 通常、大陸の都市はその起源を都市国家としている関係からか、まず支配者の象徴である王宮や寺院を中心に同心円のように形造られるのが普通ですが、この街は長安や平安京のように、四角四面を心掛けて非常に効率的に都市計画が練られているようでした。

 ただ住人にとっては便利でしょうけれど、あまりにも同じような家並みが続きますので、外から来た人間は迷子になりそうですが……もっとも、【封都インキュナブラ】という名の通り、外部から人が訪れることなど滅多にないのでしょうけれど。


「お褒めに預かり恐悦至極でございます。なんと申しましても、この都は百四十七年前に〈聖母〉アチャコ様が残された神の神通力(おちから)をお借りして、まったくのゼロから生み出した理想郷(シャンパラ)。ゆえに〈滅亡の刻〉以前に不浄なる大地に存在したという、飢えも争いも外敵も天災とやらもない、まさに王道楽土に他なりませんので」


 誇らしげにそう封都のありさまと自らの信奉する神の威を得々と語るロベルト様。

 街の人口が増加して農場や畑の収穫が追い付かなくなった際には、即座に〈聖母〉様と〈神子〉様が食料を分け与えてくださり、さらには一晩で農場と畑の規模を倍にしてくださったこと。重篤な病気のみならず、ちょっとした怪我であっても〈神子〉様に祈りを捧げることで、即座に病気も怪我も癒してくださること。そのため、この国では寿命以外での非業の死というものは滅多にないこと。


「蒼き神の寵児である〈神子〉様の大いなる慈悲と庇護がある限り、この国は安泰ですからね。人々は常に〈神子〉様に感謝を捧げ、なんの不安も憂いもなく日々を謳歌しているのですよ」


 その言葉を裏付けるかのように、道行く人々は皆ゆったりと平和そうで、見たところ護身用の短剣ひとつ持っている人はいませんでした。


 ただ、気のせいか妙に活気がないようにも感じます。

 人通りも多くて、道行く人々も満ち足りた様子で、生活も豊かそうなのですが、どことなく活力がない……少なくとも私にはそう思えました。

 それともう一つ気になったのが、商店や酒場、食事処の数の少なさ、彩りのなさです。

 通常であればそうした施設は軒を連ねて競争をするものですが、ここでは何平方メルトに一軒といった割合で、規則的に配置されている形になっていて、特に看板やのぼりを立てたり客引きをするわけでもなく、まるで植物のようにその場に存在しているのですから、知らない者は通り過ぎて行ってしまうことでしょう。


 さきほどロベルト様は、この国には『飢えも争いも外敵も天災』もないとおっしゃっていましたけれど、確実に『衣』『食』『住』ついでに『安全』と『健康』も保証された生活。それはそれで素晴らしいものでしょうが、他人(ひと)から与えられた生活や他人任せの安全が、人々の間から活力を奪っているような、そんな気がいたします。


 そう思えるのは、この街に漂う気だるい厭世的な雰囲気が、かつて訪れた【夜の国ノックス・テッリトーリウム】こと、吸血鬼の真祖トゥルー・ヴァンパイアである吸血公女に支配されていたユース大公国と、そこで吸血鬼の(エサ)として庇護される代わりに、安全な暮らしと特権を享受していた若者たちの怠惰と欺瞞を、どこか彷彿とさせる雰囲気だったからかも知れません。


『ホホホホホッ。人間など羊よりも従順なもの。我らは別に強制しておるわけではありませんよ。僅かばかりの血の代償に安穏な暮らしを分け与えているだけ。だが、人間など所詮はラクな方に転がって行くばかりの下種な生き物ですからねえ』

『ねえ巫女姫殿、誘惑を征する最も確実な方法を知っていらっしゃいますか? それは誘惑に屈することですわよ』

『青いですわねぇ……世の中には善人とか悪人とかがいるわけではないですわ。場合によって善人になったり悪人になったりするだけですの』

『我らの行いを偽善とお思いですか? ですが最悪の環境にあっては、善人ぶる偽善者のほうが、公然たる罪人よりもまだましなのではありませぬか?』


 それと同時にかの吸血公女の嘲笑混じりの言葉が、私の胸中にまざまざと蘇ります。

 実際のところ、文明が発達するとそれに合わせて人の知能や意識も向上する……などという考えは、文化や科学が永久に発達するだろうという科学者の幻想に過ぎないとも言われています。

 事実、地球世界における検証では、高度に発達した文明においては、人々の知能の平均値は低下するというデータがあるそうです。

 つまり、文明が発達すればするほど、特定の一部に対して能力が特化する代わりに、全体としては知能のレベルが下がって退化するというのが、人間という種族の姿だとか。


 闘争や暴力、まして戦争を肯定する気持ちなど欠片もありませんが、それでも、明日はきっと良いことがあると信じて、歯を食いしばって直向きに生きる人々と、恵まれた環境に安住して何も考えずに、ただ与えられた餌を求めるだけの、怠惰と無気力に囚われた楽園の住人。

 果たして本当の幸せってどこにあるのでしょうか?


 それからふと、ここに来る直前に出会ったヴァルファングⅦ世陛下を思い出しました。

 誰もいない場所でたった一人。孤独にキャンバスに向き合うその背中。そこには哀惜も諦観もない。泰然自若たる〈自分〉だけがあったように思えます。

 多くの人々にとっては孤独であることは不幸なことですが、世間や他者の存在はあの方にとっては雑音であり夾雑物にしか過ぎないと、短いやり取りですがそう感じました。

 であるならば、あの小さな箱庭こそが彼の御方にとっての満ち足りた環境なのでしょう。


 そう、突き詰めれば幸せの形なんて、本来は人それぞれです。あるいは完全無欠な幸せの形などないのかも知れません。ただ形のないそんな幻想を求めて、天と地の間を漂泊するのが人なのではないでしょうか。


 ですがここにあるのは、与えられた幸せの形を享受してそれを良しとする退廃の都です。

 そう思って眺めてみれば、青で統一された色鮮やかなこの街も、どこか色褪せてうっすらと埃が堆積しているように思えるのでした。



 大通りはそれなりに混雑をしていましたが、先導の騎士様たちと車体にはためく青地に十文字の星が描かれた――なんでも〈神子〉様直轄を示す象徴なのだとか――旗のお陰で獣車は一度も止まることなく快調に大通りを進み、やがて壮麗かつ異様なほど整った宮殿が聳え立つ〈聖域(サンクチュアリ)〉へと到着しました。


「あれが〈聖域(サンクチュアリ)〉ですか? あの宮殿は青ではないのですね……?」


 申し訳程度に青い石造りの塔が何本か立っているのが見受けられますが、本体である宮殿そのものは白亜を基調とした、一見して大輪の花のような優美で、どこか女性的な建造物です。


「もともとは〈聖母〉アチャコ様が拝領した宮殿であったそうです。この封都の中心であり、唯一〈滅亡の刻〉以前より、いまも(のこ)された大いなる神の遺産、その名も【花椿宮殿】ラ・フルール・ド・カメリアと申します」


「これはこれは……カーサス卿。政務総長猊下より連絡は承っております。このままお進みください」

「お役目ご苦労様。どうやら問題ないようですね」

 宮殿を正面から眺められる正門らしい門の前で馬車が一旦止まると、近衛兵らしいあまり実用性がありそうには見えない銀色の胸鎧(ブレストプレート)に、青いサーコートをまとった門番らしい男性が駆け寄ってきて、気さくにロベルト様に先に進むように促しました。


 随分と無警戒ですわね。この〈聖域(サンクチュアリ)〉にしたところでも、聖女教団の本拠地〈聖天使城(サンタンジェロ)〉のように、堀や壁によって完全に外部とされた構造ではなく、【花椿宮殿】ラ・フルール・ド・カメリアの名に従うように、見事な椿の生垣によってぐるりと区切られているだけで、他から出入りしようと思えば子供でも入れそうな無防備さです。

 もっとも、この国の人間に関しては、〈聖母〉や〈神子〉に危害はおろか害意を抱くことすらないでしょうから、恐れ多くて無断侵入など考えもしないのでしょう。

 

 再び動き出した獣車の両側には、花咲き乱れる花壇が幾重にも続いていて、それはそれは見事なものです。

 興味深げに窓越しに花々を愛でるフィーアを膝の上に抱えながら、私はふと気になって先ほど門番の方が口に出されていた『政務総長』なる役職の人物について、ロベルト様に尋ねてみました。


「この国の行政を取り仕切る最高指導者ですので、かつて存在した役職でいえば宰相といったところでしょうか」

「つまり、〈神子〉様〈聖母〉様を国主、国母と考えるなら国のナンバーⅡですわね」


 他国であれば国王はほとんどお飾りで、実質的にはナンバーⅠといったところが定石なのですが、さて、この国ではどうなのかしら?


 程なくして獣車は【花椿宮殿】ラ・フルール・ド・カメリアの正面玄関へと到着し、ロベルト様の先導のもと、私とフィーアは宮殿の中へ足を踏み入れました。


「――?」

 その途端、誰かに間近で観察されたかのような、粘りつくような視線を感じて、思わず足を止めて周囲を見回します。


「どうかされましたか?」


 私の様子に不信を覚えたロベルト様に聞かれましたけれど、特に誰かが隠れている気配も魔力波動(バイブレーション)もありません。そもそも私よりはるかに気配に敏いフィーアが「?」と、怪訝な顔をしているのですから、おそらくは気のせいでしょう。


「いえ、申し訳ございません。物珍しさのあまり、ついつい見入ってしまいましたわ。無作法をお詫び申し上げます」

 そう謝罪をして改めてロベルト様に付き従って歩みを進める私。

 この時の私は失念していたのです。相手が妖精族(エルフ)の最高位である《神聖(サンクトゥス)妖精族(エルフ)》であるのならば、あらゆる精霊が相手の支配下にあり、まだまだ未熟な私の精霊術など及びもつかないということに。

来週には続きを更新します。

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