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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第六章 神子姫 那輝[15歳]
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白霧の試練と森の管理者

「だけどまあ、やっぱ皇子(おうじ)様が思い人か~。お似合いだとは思うけどさー。順当過ぎてつまらんなー」

 勝手なことを言ってため息をつかれる緋雪様。

「……一発逆転で、司祭のほうも可能性はあるかと思ってたんだけどねぇ。どこが悪かったの?」


 面白がっているな、この人。と、嘆息しながらも、一応は相手は目上の存在ですので質問にお応えします。


「なぜと言われましても、気が付いたら好きになっていただけですわ。セラヴィのことも確かに意識してなかったかと問われれば〝(いな)”ですが、波長が合わなかったというか……ああ。セラヴィは自分の足で歩いていけるタイプの人間で、本質的には人を引っ張り導く側ですけれど、ルークは私と同じ歩幅で寄り添って一緒に道を探してくれる人ですから。そこに惹かれたのだと思います」

 ま、ぐいぐいと引っ張ってくれる人に甘えたい気持ちもありますけれど……。

「ん~~っ。よくよく考えると、なんでルークなのか自分でも謎ですわね。いまのは後付けの理由なような気も致しますし……ルークに知り合っていなければセラヴィの手を取っていたと思いますわ。では、なぜルークなのかと言われると、彼が『ルーカス・レオンハルト・アベル』という存在だったから。という理由しか自分の中に見出せません」


 そう正直な心情を吐露したところ、深夜の闇の中でも緋雪様が「うわ~~」と、羞恥に染まった表情を浮かべているのがわかりました。


「?」

「いや……娘が語る、彼氏との惚気話を聞かせられた母親の心境ってこんなものかと思って」


 別に惚気たつもりはないのですが。

 そう言うより先に、緋雪様の視線が森の一角――特に闇が(おり)のように色濃く(こご)っている場所――へと視線を送ると、まるでそれが合図になっていたかのように、雲の切れ目から月光が差してきて、その場にひとりの剣士を浮かび上がらせました。


「…………」

 いつからその場にいたのか、赤い鎧に緋色のマントを羽織り、腰に長剣を佩いた長身の青年(?)が、無言で佇んでいます。疑問形になったのは、面貌を覆う形で怪異な鬼面をかぶっているからですが、体の形や佇まいから、二十歳前後と見られます。

 夜の夜中に森の中で出会えば、大抵の女性なら悲鳴を上げるか気絶するかの格好ですが、生憎と私はこの手の(やから)には慣れていますし、なにより相手に敵意も殺気もないこと(もっともこの相手はそうした『意』を消すなど造作もない達人級だろうと、無造作な足運びで即座に直感いたしました)、なにより緋雪様が親し気に、

「やあ。どうだい、身内としてはなかなか面映ゆい告白だっただろう?」

 と、片手を上げて挨拶をされていることから、

「緋雪様のご身内の方ですか?」

 そう判断いたしました。


「ん~……まあ、私の眷属(けんぞく)かな。紹介するよ。天涯がこの【闇の森(テネブラエ・ネムス)】の守護者だとすれば、彼は管理者に当たる。名前は――」

 なぜか仮面から覗く相手の目を窺うようにして、小考してから、

「とりあえず『侯爵(マーキス)』って呼んでくれればいいよ」

 なぜか名称ではなくて肩書で紹介されました。


「はあ……?」ちょっと肩透かしをされた気分でそう相槌を打ってから、私は改めて侯爵(マーキス)に向き直り、とりあえずカーテシーをして、「このような身なりでご挨拶することをお許しくださいませ。私は魔女レジーナの弟子、ジルと申します」

 そう初対面の挨拶をしました。

 まあ私に関しては色々と肩書もあるのですが、この場所でなおかつ私という人間を端的に表す言葉はこれしかないでしょう。


「……ああ」

 しばし……何か逡巡? 葛藤? した後、侯爵(マーキス)は、そう錆び付いたような口調で、短く応じました。


 ――口数がとても少ないのね。喋るのが得手ではないのかしら?

 そう思いましたけれど、初対面で殿方に不躾な質問をするわけにも参りませんので、私は改めて緋雪様へと向き直ります。


「あの?」

「ん?」

「今日この場へ私を連れ出されたのは、私の蘇生と記憶に関する説明のためなのでしょうか?」


 それでしたら、別に河岸を変えるほどのことでもないと思うのですが。


「おっ、鋭いね。勿論それだけじゃあないよ。実はこの【闇の森(テネブラエ・ネムス)】って場所は、私の以前の神を名乗る男が、いったん世界のレイヤーを白紙に戻そうとした、その痕跡なんだ。それを一から浄化するためにこういう形になったわけ」

「元の形へは戻せなかったのですか?」

「情報が完全に初期化されていたからねぇ。まあ、似て非なるものは作れるけれど、例えば親しい人が亡くなって、それに似た粗雑な複製品がその人の人生を乗っ取ったとしたら、亡くなった人にも、家族知り合い、そして作られた当人にも幸せとは言えないだろう? さっきも言ったけど、魂の根本までは私も手出しができないからね」


 言われてみれば納得できるお話です。

 私が理解したのを確認して、緋雪様が続けられます。


「そんなわけで自然の成り行きに任せている。開拓したければ開拓すればいいし、冒険者が探検したけれりゃ探検すればいい。ただ国家が介入して強引に領土とするのはマズい。バランスが崩れるからね」

「なんのバランスですの?」

(そう)……いや、『喪神(そうしん)の負の遺産』ってところかな」


 そう口に出された緋雪様の眼差しが鋭くなり、心なしか侯爵(マーキス)も警戒を強くしたように感じられました。


「正直、放置しておきたかったんだけれど、どーやらそうも行かないみたいでさ。いまだに蔓延(はびこ)る旧神崇拝者の残党……。てっきり先細りで、もはや大した力はないかと思ってたんだけれど、どうもこれがキナ臭い。特にいままで不明だったトップが、どうも私とも馴染みのある相手――死んだはずの人間だったので、アレが裏で糸を引いているとなると、これは油断ができないと判断しているんだ」

「それは……緋雪様でも手を焼くレベルということでしょうか?」

「昔なら結構いい勝負だったかな? いまの私ならまず負けないけど、相手がどんなからめ手を使ってくるのかわからないから、直接対決は避けるように周りから言われているんだよねぇ……。そもそも彼女――アチャコが、なんで生き返ったのか不明だし」


 ため息をつきながら、やれやれと肩をすくめられる緋雪様。

 なんとなくそうではないかと疑っていましたけれど、この方、かなりの武闘派ですわね。戦えないことが残念……という感情がありありと伺えます。


「で、ここからが本題なのだけれど。そのあたりの情報を確認するために、君に『喪神(そうしん)の負の遺産』の中身を確認してもらいたいんだ」

「はあ? えぇと、なぜ私なのでしょうか……?」

「まあそうなるだろうね。まず一点――」

 うんうん頷きながら人差し指を立てられる緋雪様。

「まあ、可愛らしい指ですわね」

「この状況で、どこに注目しているんだ、君は!?」

「――ぶっ」


 不意に横合いから聞こえてきた吹き出し声に、その方向を見れば、

「失礼……続けてください――」

 侯爵(マーキス)が居住まいを正して、そう澄まし顔で話を促しました。

 この方もこの方で、意外とお茶目なところがあるのかも知れませんわね。


「えーと、どこまで話したっけ?」

「私が『喪神(そうしん)の負の遺産』の中身を確認しなければならない、理由その一ですわ」

「ああそうか。まず一点。『喪神(そうしん)の負の遺産』って言っても実際に形があるものじゃないんだ。奴が世界を初期化しようとした際に『虚霧』という霧状の空間で、世界を文字通り白紙化したんだけれど、その一部……中心部に当たる部分の浄化がどうしてもできなくてね。残っているんだ。で、ここにアクセスすると、いまは存在しない過去の情報や物品が手に入ることがある」

「なるほど、それでその『アチャコ』さんの情報を入手するというわけですか。ですが……」

 それは私ではなくて、もっとその方を良く知る方のほうがよろしいのでは? という質問を口に出す前に、

「第二点。ここにアクセスできるのは、私かそれに近しい存在でなければならない。他の者だと、せいぜい三十秒。それを越えるとたとえ〈黄金竜王(ナーガラージャ)〉であっても分解される。で、君は私の血を分け、記憶を一部複写した存在なので、高確率でアクセスできると睨んでいる」

「ははぁ……」

 でもあくまで可能性が高いレベルですわよね。

「私が直接行けばいいんだろうけど、いまの私では『虚霧』の残滓のほうが耐えられない。私という存在に上書きされるので無意味……というのが第三点だね」

「なるほど。総合的に考えて私以上の適任者がいないというわけですか……」

「そういうこと。で、悪いんだけど、その『虚霧』にアクセスできる日にちが決まっていてね。ちょうど今日の明け方になる。急な話で悪いんだけれど、これを逃すと次の月まで待たないとならないから――」

「わかりましたわ。では、参りましょう」

「――って。即決!? いや、言っておいてなんだけど、もうちょっと考えたら?」

「はあ……」とりあえず二秒ほど考えました。「問題ありません」

「軽っ!」

「えー、だって困ってらっしゃるんですよね? 知り合いが困っていたのなら助けるのが普通ですわ。まして緋雪様は命の恩人で身内も同然。……まあ、さすがに『お母さま』とは呼べないですので、『お姉さま』とお呼びしたいですけれど?」

「「っっっ!?!」」


 そんな私の何気ない一言に、なぜか緋雪様と侯爵(マーキス)が目に見えて動揺しました。


「?」

「――ん。わかった、では今後は私のことは『お姉さま』と呼んでくれていいよ」

 懐かし気に、そして面映ゆげにそう口に出された緋雪様。

「はい。では、今後ともよろしくお願いいたします、お姉さま」

 私もそれに合わせてカーテシーで改めて膝を曲げてご挨拶いたしました。


「…………」

 そんな私たちを感慨深げに見詰める侯爵(マーキス)のお顔が、仮面越しにですが泣き笑いのように見えたのは、私の気のせいだったのでしょうか。

調子が悪いので、ちょっと短めです。

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