私の好きな人と転生の真実
「はあ。そうなんですか?」
「リアクション薄っ!?」
「と言われましても。私を蘇生してくださったのは緋雪様だと、〈不死王〉の件の際に明言されておりましたし――ああ、そういえばその節はお世話になりました――事実、私がこうして生きている以上、どうにかされたわけですわよね?」
「……いや、その通りだけどさ。もうちょっと……こう『ど、どういうことですの!?』とか『それなら私の存在の矛盾は?!』とか、オーバーリアクションで動揺するなり、自分自身の存在意義に疑問を抱いたりするもんじゃないの!?」
「えー……」
何をいまさら。
そもそもこの世界の女神様が目の前にいるわけなのですから、何でもありなのではないでしょうか? それに、元来私は細かいことにこだわるのが目一杯苦手なのですよね。
と言うことで、私は緋雪様に向かって親指を立てて他意がないことを伝えました。
「細かいことはいいんですよ。気にしませんから」
「気にしろよっ!! 君、一応この大陸では最高レベルの術者で、他国に対する影響力も半端ないんだから。そんなドンブリ勘定で人生送らないで欲しいんだけどなぁ!!」
「え~~……」
姑みたいに口うるさい緋雪様の相手をするのが、だんだんと面倒になってきました。
「――って。もしかして、まだアルコールが抜けていませんの緋雪様?」
「私は素面だっ!!」
「あー、はいはい(酔っ払いは皆そう言うのですよね~)。そうですわね、気になりわすわね~。蘇生ができない筈のブタクサ姫がどうやって蘇ったのか? いまいる私に異世界の記憶があるのはどうしてなのか? 疑問ですわ~。ついに真実が明かされるのですわね、緊張でドキドキしますわ」
「わざとらしいな、をい!?」
閉口しながらも、頑張って場を盛り上げたというのに、それでもまだ不満げな緋雪様。酒癖の悪い上司のお付き合いとか、こんな感じなのかも知れません。
「……なんだろうね。君、のほほ~んとした顔でその実、腹の底で毒吐いてない?」
「そんなことまったくございませんわっ」
本音と建て前を弁えているだけで、口に出している言葉にも嘘はございませんもの。後半は口に出さないだけで。
「う~~っ。な~~んか怪しいけど……まあいい」
「はあ……(チョロいですわね)」
「で、君としてはどう思っているんだい。さっきの話に戻るけど、私が蘇生できるには結構シビアな条件があって、①死後三十分以内でなければ無理。②原型を留めていなければ無理。③脳が破壊されていたら無理――ってところなんだけど、当時私が見つけた時には君は特売品の豚肉の塊りみたいに、どで~んと放置されていて、死後一時間以上経過していた。ついでに言えば脳細胞も半分近くが死滅して初期化された状態だった。つまり①と③に当てはまる状態で、本来蘇生できない……手の施しようがない状態だったわけだ。それなのになぜいま君がここにピンピンしていると思う?」
夜の夜中に自分の殺害現場でクイズですか? どんな罰ゲームなのでしょう……。
「え~と、①伝説の宇宙戦艦の初代艦長のように誤診だった(ただし後付け)。②王〇人が死亡を確認して、後から何とかしてくれた。③死を契機にして秘められていた謎のパワーが発動された。――こんなところでしょうか?」
「ふざけるな、こらーっ!!」
激昂する緋雪様ですけど、私的には結構本気で答えているのですけれどね。……ウケ狙いに走っているのは事実ですが。神様のメソッドなら何でもありではありませんの?
「――と、おっしゃられても。もう四年も前の出来事ですし、いまさら実は当時綺麗な川とお花畑の向こう側に行っていて、ちょっと駄目。まじやばかった……と明かされたところで、私としては『あらそうなのですか。死なずに済んでラッキーですわね♪』程度の感想しかありませんもの」
「軽っ! 軽すぎる! 四年も布石を敷いて、今日この日に劇的に真実を明かすために、ずっと頑張ってタイミングを計っていた私の忍従と期待と不安が根底から否定された!!」
何だか作中に伏線を張ったものの。いざ回収の段階になって、あまりにもいまさら過ぎて読者から一切顧みられなかった作者のような、愕然とした表情で頭を抱えられる緋雪様。
「はあ??? ……よくわかりませんが、お疲れさまでした」
今日はよく「はあ」を連発しているなぁ、と思いながら右手を上げて慰労する私。
「バイトみたいな無責任な慰めは余計にみじめになるからやめろ! 言っておくけどねっ。この世界には世界なりの摂理があって、特に命や魂、精神に関しては私だってそうそうご都合主義にホイホイ摂理を曲げるわけにはいかないんだよ! それやったら前任の蒼神のように世界の修正力に阻まれて頓挫……下手したら新たな『神殺し』が現れて、消されるかも知れないんだからね!!」
「……神様って万能無限にして不滅の存在なのではありませんの?」
なんとなく疑問に思ったことを尋ねてみました。
何だかこれまでの話を聞くと、『世界』が主体で『神様』はその従属者のようにも思えるのですが?
「違うよ。《神》という要素はいまだ未熟なこの世界にとって必要不可欠だけれど、それに付随する人格や個性はさほど重要視されない。つまるところ《神》と言うのはそう名付けられた概念と現象の具現化した存在であって、言うなれば《神》と書かれた着ぐるみに他ならない。ぶっちゃけ中の人が変わろうがどうでもいいんだよ」
「へ~~っ」
なんとなくこれまでの話で、『神』とは『神殺し』とはなんなのか、先ほどの緋雪様の腹心である〈黄金竜王〉が必要に私を敵視していたのかが、わかったような気がしました。
「――つまり私がその次代の神である『神殺し』に誤認されていた。ということですか?」
そう尋ねると、緋雪様は「勘のいい子供は好きだよ」と、首肯されてから「でも――」と続けます。
「あながち誤認と言うわけでもないよ。さっきも言ったけれど、君は四年前に完全に死んでいた。わかりやすく言えばこの時代、そして『シルティアーナ』という個人と世界との縁は切れていたんだ。私であっても手の施しようがない状態でね。ところがあり得ない奇跡が起こって……うちの演算が得意な部下によれば、確率的には五百億分の一! もはやゼロと見做してもいくらいだよっ」
なるほど。確かに隕石が頭に落ちる確率が十億分の一くらいですから、およそ通常であればあり得ない確率です。
「ですが『世の中に絶対というものは絶対にない』とも申しますし、案外身近に奇跡って落ちているものですわよ? 例えば『ドレイクの方程式』に当てはめて『運命の恋人に出会える確率』を計算すれば……」
【運命の恋人に出会える確率】
彼氏となりうる人数=人口×女性比0.495×その男性が自分が住んでいる生活圏いる確率×自分の好みの年齢層率×自分が好みな男性がいる確率
この世界の統計がないので、地球世界準拠として人口(約七十三億人)や男女比(0.501:0.495)で考えることにいたしましょう(ちなみに男性の割合が多いのは、本来自然界では男性は消耗品のため、生物学的に女性よりも多めに生まれる法則があるからです)。
彼氏となりうる人数=世界人口約7,300,000,000×女性比0.495×生活圏在住率(私の場合はせいぜい百万人として)0.0001×適齢期(14-24歳)率0.20×一定の生活水準率0.26×魅力的率0.05=122,136人。
さらに相手が私を気に入ってくれる率0.05×独身率0.5×破綻しない率0.1=2人
つまり、意中の相手に出会える確率は、2÷7,300,000,000=0.000000000027%
で、道を歩いていて運命の恋人に出会える確率は二兆七千億分の一、ということになります。
「ほら。案外、大した確率でもないではないですか」
「なにその例え!? つーか、あれだろ。君、自分が前世男だったかも知れないという懸念が払拭されたお陰でハイになってない?! そんなに嬉しかったわけ!? あの帝国の美少年と何のわだかまりなくお付き合いできるのが?! ぶっちゃけ後のことはどーでもいいとか思ってるだろう!!」
なかなか鋭いところを突いてくる緋雪様。さすが伊達に長生きはしていませんわね。
「だいたいあってますけど、もしかしてセラヴィ……黒髪の幼馴染のほうが本命だとかは思いませんの?」
「いや、『もしかして』と言っている時点で違うだろう?」
そう間髪入れずに否定をされて、私は苦笑をするしかありません。
「……そうですわね。違いますわね」
まあ私の好きな相手のことについては、恋のライバルを自認するエステルは勿論、リーゼロッテ様やヴィオラ、コッペリアでさえも気付いていた節がありますけれど、
「……当の本人がイマイチ気付いてくださらないところがもどかしいですし、恋って難しいですわね」
まあ私に色々と秘密や引け目があって、曖昧な態度を取っていたのも原因ではありますけれど、もうちょっと強引でもいいのに……と、ふしだらな欲望を抱いてしまう私は贅沢なのでしょう。
「……惚気か、クソ。こちとら昔から男運が悪くて、半分ストーカーか偏執狂みたいなのしか寄って来ないっていうのに……よござんしたね。あーんな顔と性格が良くて、権力も身分もある五百拍子くらい揃った相手と相思相愛で」
微妙に荒んだ表情で吐き捨てられる緋雪様。何か微妙にこの方の逆鱗に触れてしまったようです。
「あー、いえ、別にそういう部分を評価して好きになったわけでは……あ、勿論性格とかは含めてますけれど」
「じゃあとこが良かったの。一目見て運命のように恋が芽生えたわけ?」
はて? そう言われると返答に迷いますわね。
「いつから好きになっていたのかと言われましても……。ですがそのように一気に燃え上がった炎のように劇的な想いではなかったと思いますわ。例えるなら清流が流れて時間をかけて大河になったかのように、ただふと気が付けばいつでも私だけを見詰めてくださる直向きな眼差し、暖かな陽だまりのような思いが籠った雰囲気に包まれて、ゆっくりと時間をかけて……そして、いつの間にか私もずっとルークを好きになっていた感じです」
明確に言葉に出したのは初めてですけれど、そう自分の思いを言葉にした刹那、ふわりと胸の内から暖かな想いがたぎって、そのまま風に乗ってこの大地のどこかにいるであろうルークの元まで届いたような、そんな気がしました。
「……う~~っ。乙女がいる。もういっそ結婚したら? 仲人は私がなってあげるから」
「さすがにそれは極端ですわ~」
(ヾノ・∀・`)ナイナイ とばかり私は地団太を踏む緋雪様を押さえます。
「せめてあと二~三年経って、双方の御両親や師匠など、お世話になった方々の了承を得ませんと」
「すでに秒読み段階!?」
「子供は五人は欲しいですわね」
「そして家族計画まで覚悟完了っ!?!」
愕然とする緋雪様の態度に、ふと不安を抱いて確認を取りました。
「……あの。普通に家族を持てるのでしょうか、私って?」
「普通かどうかはわかんないけど、子供は作れるんじゃない。おかしなのは中身だけで生物機能は通常の女性と変わらないわけだから」
微妙に棘のある言い方ですけれど、どうやら問題ないようです。
「それを聞いて安心いたしました。――あと、どう中身がおかしいのかわかりませんけれど、それが子孫に悪影響を及ぼす可能性はございますの?」
「知らん」
間髪入れずに無責任な答えが返ってきました。
「え~~~っ」
「だから、さっきも言いかけたけれど、君って本来この世にあり得ない存在なの! 四年前に君の遺体を見つけた時に、とりあえずダメもとで蘇生術を施術したけれど案の定効果がなかった。残る方法は私の血を分け与えて再生させるしかなかったけれど、それですら確率は低いし脳細胞がアレな状態になっていたので、万が一成功しても本能で動く吸けつ――あ、いや怪物になる可能性の方が高かった」
「はあ、で、血を輸血してくださったわけで……自覚がありませんでしたけれど、もしかして私って怪物でしたの?」
「ある意味そうかもね。可能性としては五分五分だったけれど、まずは私の血を分け与えることで肉体の再生を図った。――で、ここでレジーナが同時進行で君の本質。魂とか、精神とか、肉体とかの修復を行うことにした」
「そんなことが可能ですの?」
この方つい先ほど、その領域には神ですら手出しができないとかおっしゃってませんでしたかしら?
「私は不可能だと思ったんだけれど、条件が整っていたのでレジーナも実験の意味合いを兼ねて物は試しでやってみた」
「なにげに私の死体が玩ばれていたわけですのね。……ところで、精神の修復なんてどんな方法で行うものなのでしょうか?」
ちょっと想像もつきません。
「……ふむ。そもそもレジーナの得意とする魔術ってなんだっけ?」
「使役魔術と感応魔術ですわ」
「そう。この場合感応魔術の応用となった」
「???」
「つまり壊れたHDDからサルベージできる限りのデータを抜き出して、外付けのHDDへ移植後、データの欠落部分をそちらのPCのデータで補完し、修復したHDDへと再度移植し直したってわけ。これを人と人との感応魔術で行ったんだね」
大したものだよ、彼女は彼女で天才だね。と、どや顔で締め括られた緋雪様ですが。ちょっと待ってくださいな。
「……えーと、壊れたHDDが当時の私として、施術している師匠にそんな余裕があるわけがありませんし、マーヤは魔獣ですからそもそもの規格が違うとして、そうなると外付けのHDDと欠落部分を補ったデータのコピー元は――?」
「うん。私だね」
あっさりと首肯される緋雪様。
「つまり。私の異世界の知識や男子高校生だったという自覚の源泉は……?」
「ははははははははははははははははははっ! なんか変な具合に混線していたみたいだね~。私、高校には行かずに憧れていただけなんだけどねぇ」
笑って誤魔化される緋雪様ですが。笑い事ではありませんわ! 命を助けていただいたことには素直に感謝いたしますが、結局のところ諸悪の根源もこの方とレジーナということになるのではないかしら?
「とにかくも私の血と記憶の一部を受け継いだ君は私の娘も同然。さらには短命である〈初源的人間〉の因子を持ちながら、私の血の影響か、それとも別な要因が働いたのか、あらゆる短所が打ち消され、もの凄く高度かつ完璧なバランスで成り立った、いわば超人類。それが君ってわけさ!」
そうきっぱりと言い切る緋雪様に向かって、知らず私は半眼で、
「……ふゎっきん・ゆー!」
と、中指立てて憤りをあらわにするのでした。
もしかすると計算が間違っているかも(;^ω^)
あと、伏線は4年以上前から(作者が)仕込んでいたのですが、皆さん覚えておられるでしょうか。不安だ。
次回より、物語が佳境に向けて一気に進みます。アクションシーンが面倒臭いですが。
それと『吸血姫』の読者の方にはご存知の〇人も出ます。




