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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第六章 神子姫 那輝[15歳]
230/337

終わりの場所と始まりの場所

 草木も眠る丑三つ時ですが、相変わらず周囲のボルテージはとどまるところを知らず、宴もたけなわとなって各自が隠し芸や自慢の喉を披露しながら、台所から運んできたお酒の樽から直接飲んだり、ふらりと出かけたかと思えば巨大な魔物を狩ってきて、その場で丸焼きにして食べるなどといった酒池肉林のていをなして参りました。


 そんな中、絡み酒(?)らしい緋雪様が、豪快に床に胡坐をかいて、グビグビと葡萄酒の瓶をラッパ飲みしながら、対面の床に正座させられた私へとコンコンと説教をかましてくださいます。

 いいのかなぁ、伝説の聖女様がこんな百年の恋も冷めるような格好で……?


 と、思いつつもハイハイと適当に酔っ払いのお相手をする私でした。

「い~かい、力ある者は常に謙虚でなければならないんだよっ」

「そうですわねえ」

「『長者の万灯より貧者の一灯』っていうけど、心が籠っていればそこの上下関係はないのさ」

「まったくですわ」

「聖女だとか〈神帝〉(ドミュナス)様だとか言われているけど、私だってただの人間なんだからさ。間違いも犯すし、できることよりできないことが多いわけであって」


 ああ、やはり。薄々予想していましたけれど、聖女スノウ様=緋雪様=〈神帝〉(ドミュナス)陛下だったわけですのね。


「……というか、人間だったのですか?」

 思わずそう尋ねると、「そーだよ」と、あっさりとした肯定が返ってきました。

「でも、いま現在は神様なわけですわよね?」

「そーだね。蒼神……以前にこの世界を管理していた神がむかついたのでぶち殺したら、自動的に次の神としての役目を、この世界から押し付けられたわけだね」


 そう重ねて尋ねると、これまたあっさりと渋い表情での首肯が戻ってまいります。

 というか、世に名高い〈神魔聖戦(フィーニス・ジハード)〉って、そんな『カッとしてついやった。反省はしていない』というようなノリで行われた行為だったのですか……? そして、それで殺される前任の神様って……。


「そもそも神様ってなんですの? というかこの世界って私の知る地球世界と隣接した異世界かパラレルワールドではないのですか?」

「異世界ではあるけど、地球世界とは世界線が分離したまったくの別物だねぇ」


 酒の肴のチーズを爪楊枝でつまみながら、そうおっしゃって肩をすくめる緋雪様。


「……すみません。不勉強かつ愚鈍な私にもわかるように説明していただけないでしょうか?」


 何かもの凄い重大なことを聞かされている気がして、私は改めて居住まいを正してお願いをしました。


「ん~~? 説明って言われても概念的な部分は現状の言葉にするこはできないから、相当に適当な例え話になるけれど……」

「それでもいいのでお願いいたします!」

「ふーん、まあ秘密でも何でもないから別にいいけどさ」


 そう言いつつピーナッツを炒めた皿に手を伸ばして、ポリポリと噛み砕きながら、緋雪様は両手で葡萄酒の瓶とおつまみの乗った皿を掴んだまま不意に腰を上げました。


「――ちょっと酔ったので、酔い覚ましがてら少し歩こうか? 夜風に当たりながら話そう」


 突発的な行動に目を白黒させる私でしたが、他の皆さんも気付いているはずなのに、師匠(レジーナ)も含めて何も言わないところを見ると、酔っ払いの無意味な行動に思えて、或いは何か深い意味のある行為なのかも知れません。

 そう考えて続いて立ち上がった私に気付いて、フィーア(仔犬サイズ)が尻尾を振りながら足元へと走り寄ってきました。


 置いていくように言われるかとも思ったのですが、気にした風もなくフラフラとドレスの裾を揺らして外へと向かう緋雪様。

 多分、大目に見るということなのでしょう。と、勝手に判断した私はフィーアを抱きかかえて、その小さな背中を追いかけます。


 庵を出て星明りの下、虫と夜行性の鳥の声を聴きながら森の中を歩く私たち。

 大陸最大の難所にして魔物の巣窟と言われる【闇の森(テネブラエ・ネムス)】。

 場所が場所だけに蛍の代わりに〈鬼火〉が漂っていたり、両翼を広げたら四メルトほどもある〈大鴉(レイブン)〉が飛んでいたり、カタカタと顎を鳴らして野良のスケルトンだか、寝ぼけた〈撒かれた者(スパルトイ)〉だかが木々の間をウロウロしていて、ちょっとだけ薄気味が悪いですけれど、緋雪様がいるお陰かこちらには近寄ってこようとはしません。


 のんびりと酒瓶を抱えて歩く彼女の一歩後に続いて、フィーアを抱えて歩みを進める私。

 幸い私は夜目が利きますし、魔力波動(バイブレーション)をイルカのエコロケーションのように四方八方に放つことで、その反響によってレーダーのように数百メルト圏内にあるものを把握できるので問題ありません。ましてここは私の庭のような場所ですから、目を閉じても歩くことができます。


 また、フィーアも夜行性の魔物ですからこの程度の闇は昼間も同然。

 ということで特に不便はなく、夜の森をすいすいと散歩できます。


 それは緋雪様も同じようで、まったく躊躇なく藪を避けたり、足元のデコボコを跨いだりしているところを見ると、私たちと同じかそれ以上に夜目が利くのでしょう。ふと、ちらりと振り返った彼女の瞳が金色に輝いている気がいたしました。


 ――目の錯覚かしら?


 そんな私の戸惑いなど関係なく、再び前を向いた緋雪様はのんびりとした口調で、先ほどの話の続きを始めます。

「まず先に言っておくけど『世界』というものは一つじゃないし、無数に存在する。あと確かに輪廻転生――リーインカネーションは存在するよ。私が保証する」

「――はあ……。」


 そこらへんはおおよそ予想通りの答えですが、それならなぜ『異世界転生などあり得ない』という話になるのでしょうか? 十分にあり得そうなお話だと思うのですが。


「死んだはずの人間とまったく同じ魔力波動(バイブレーション)と、本質とも言うべき〈魂魄(アニマ)〉を備えた人間と出会ったことも一度や二度じゃないからねぇ」

 まあ、同じ本質を持っていたからと言っても、生まれ変わった以上はもう別人だけど……と、付け加えたその小さな背中が随分と寂しげに見えたのは、果たして私の感傷によるものでしょうか。


「だけどそれはこの世界の中で完結している話だよ。異世界から〈魂魄(アニマ)〉が転生するなんてことは不可能なんだ」

 背中しか見えないですけれど、なぜかほろ苦い笑みを浮かべていることが手に取るようにわかる、そんな声音でした。


「……なぜでしょうか? 昼間お会いした雑貨屋の彼女は異世界――それも私が知る世界の道具を召喚して商品として置いていましたわよね? ならば魂も何らかの形でこの世界に迷い込むこともあるのではないでしょうか?」

「モノと魂とは別物だよ」

 そう言いながら手近な木の葉っぱを千切って、クルクルと抓んで回す緋雪様。

「こうして目の前にあるものは、実のところ目に見える範囲だけに留まるものじゃない。もっと多次元に跨って存在するんだよ。……う~~んと、言うなれば絵画用ソフトを用いて描かれたイラストみたいなものかな。それだけを見れば一枚絵のようだけれど、実際には下絵を描いて、さらに幾層にもレイヤーを重ねて重ねて、そうして最終的に一枚の作品として目に入ってくる。この説明でわかる?」


「はあ、なんとなくは……」

 まあこの世界にはPCもフォト〇ョップもありませんけれど、知識としては理解しています。


「それは重畳。でもって生き物の魂魄ってものは、そのレイヤーの深奥……最下層に位置するこの世界の根幹に密接に絡み付いたいわば土台に当たる。記憶や能力や人格なんてものは、この上に重ねられた表層上のレイヤーにしか過ぎない。でもって異世界召喚ってのは、いわばインターネット回線を使って他の人がアップロードした画像をダウンロードするようなもので、あくまで表面的な一枚絵としてのデータしかない。もっと深い階層(レイヤー)にある魂や本質には届かないのさ」

「つまり、見かけだけの粗悪なコピーというわけですか?」

「言い方は悪いけどそういうことだね。詳細なデータはその作者の持っているパソコンの中にしか存在しない。この場合は世界がパソコンで、作者は〈神〉ってことになるかな? もっとも私は途中から引き継いだ二代目絵師だけど」

 軽く肩をすくめてうそぶくように続けられます。

「何しろ前の作者が錯乱して、この世界を失敗作とみなして次々とレイヤーを消し始めちゃったからねぇ。あのままだったら綺麗さっぱり最深部まで消されかねなかったもので、危機感を抱いたこの〈世界〉が緊急避難的に呼び込んだのが私ってわけさ。だから私には唯一この世界とは独立したスタンドアローン的な立ち位置が約束されているし、同時にこの世界のレイヤーをいじる権限も与えられている……ま、つまるところ便利屋みたいなものさ」


 そう気軽におっしゃいますけれど、それはつまり逆説的に世界の根幹たる〈魂魄(アニマ)〉に干渉しない限り、およそこの世界においては物質的・霊的な次元であれば好き勝手に力を行使できるということで、そうした存在を呼称するとなればやはり〈神〉――いえ、〈女神〉と呼ぶ他にはないように思えます。


「……それだけの力をもっていらっしゃるのに、なぜもっと好き勝手に振る舞われないのですか?」

「いや、結構好き勝手に生きてるけど」

「――いえ、そういう意味ではなくて。もっとこう偉ぶるとか、君臨するとか……」

「一応君臨はしているよ。統治はしないけど」

「なぜですの?」

「面倒くさいから」


 あっけらかんとした答えでした。


「私は好きに生きるので、他も好きにすればいいのさ。ほらジャン・ジャック・ルソーの言葉で有名なのがあるだろう」


 ジャン・ジャック・ルソー? 十八世紀のフランス人で哲学者であり、作家であり、政治思想家であり、教育思想家でり、あとついでに……。


「『胸の貧相な女は男になりそこねた女である』でしたかしら?」


 巨乳大好きなオッパイ星人であったことでも有名な人物ですわね。


「喧嘩売ってるのか、ゴラっ!?!」

 振り返って激高される緋雪様。

 あら、これではなかったのですわね。そうなると……。


「ほら、あるだろう。人生について語った名言が!」

「『感情的にも感覚的にも、私は胸のない人に女を見ることは決してできなかった』ですわね」

「嫌味か、こら!! 『生きるとは呼吸することではない。行動することだ』ってことで、他人の行動まで阻害することはしたくないって言いたかったのに! つーか、グサグサと言葉のナイフで私の胸を切り裂く君って、実は私が百年前に殺した盲人の生まれ変わりなんじゃないの!?」

「漱石の『夢十夜』ですか。なかなか渋いですわね。というか、身に覚えがございますの?」

「んなわきゃないだろう! つーか、君の前世はアン――」


 何か口走りかけた緋雪様ですが、なぜか突然に憑き物が落ちたような表情で悄然と肩を落とし、それからどこか懐かしいような、哀惜を感じる眼差しで私の顔を眺めていたかと思うと、深々と嘆息されてまた前を向かれました。


「あの? なんでしょう? 何かすごーく思わせぶりだったのですけれど。私の前世って何か問題でもあるのでしょうか?」


 というか異世界転生でも、TSでもないのですわよね?


「……別に問題はないさ。さっきも言ったようにこの世界の〈魂魄(アニマ)〉はこの世界内でしか循環――輪廻転生(リーインカネーション)は行われない。実際、君の前身というか前世もこの世界の人間で女の子だよ。だいたい百五十年ほど前に革命に巻き込まれて、夭折(ようせつ)した西方にあった中小国の王女様だね」

「そうなのですか?」


 何しろ前世――記憶にないことですので、そう言われても占い師に『貴女は前世で異国のお姫様でした』と言われた程度の感慨しか湧きませんが。


「そうだよ。〈魂魄(アニマ)〉には付随して〈(カルマ)〉がセットになっていることが多いからね。君の場合は『お姫様』で『若くして非業の死を遂げる』という状況に陥りやすいんだよ」

「はあ……でも、私まだ生きていますけれど?」


 まさかこれから殺されるのでしょうか? 真っ暗闇の森の中で、この場所まで連れ出されて。

 

 思わず警戒をしてフィーアを抱く手に力を込めます。

 そうした私の不安も何のその、すたこらさっさと森の一角へと歩みを進めた緋雪様は、

「このあたりか。ああ、もうボロボロだねぇ……」

 ちょっとだけ段差のある崖のような場所から下を見下ろして、そう小さく呟かれました。


 何か目的のものがあったのでしょうか? そういえばこの辺りは前の庵からさほど離れてはいませんでしたけれど、なぜか薄気味悪く思われた私は足を運んだことのない場所ですわね。


 なぜこのあたりを無意識に忌避していたのか、考え込む私の方を振り返った緋雪様は、小さな指先で崖下を指して、

「確かにいまは生きているけど、前に死んだことがあっただろう? あの場所で」

 言われて卒然と理解した私は弾かれたように緋雪様の隣へと足を進め、そうして月明かりの下、辛うじてそれを判別することができたのでした。


 ばらばらになった木製の板と辛うじて原型をとどめている車輪……かつて、シルティアーナであった私が乗っていた馬車の残骸を。


「私とレジーナが見つけた時にはまだ原型を残していたんだけれどね。けど、まあ、あの時の君は確実に死んでいた。聖女(わたし)であっても手の施しようのない状態だったのは確かだね」


 声もなく凝然とかつて私が命を落としたその場所を見据える隣で、緋雪様が淡々と言葉を重ねられるのでした。

パンナポルタにてブタクサ姫4コマ漫画掲載中です。

あと、4月21日発売の漫画版の詳細は活動報告をぜひ。


基本的に十七世紀頃までは女性の胸はつつましいほうが良いとされていました。

その後、ルターの宗教改革などを経て、巨乳主義へと転向したわけですが(本文に出てきたルソーなど、お前貧乳に親でも殺されたのか!? というほど極端ですが)、そうした中にあっても貧乳を愛した男たちはいたようで、十九世紀フランスのルイ・ブーイレという人物は、

「乳房が貧弱だからといって何だというのだ、僕は好きだ。胸が平らな方が心には近い」

と、熱く語っています。


なお、本文の補足で緋雪がジルと直接関わらないようにしていたのは、〈業〉の影響を考えてのことです。

前世で彼女とかかわった直後にジル(の前世の姫君)が亡くなったことを踏まえて、接触しないように控えていたわけです。

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