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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第六章 神子姫 那輝[15歳]
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庵での出迎えと公子たちの追走曲

「立ち話もなんだから河岸(かし)を変えよう」


 という聖女スノウ様の提案で私たちは居場所を変えることにしました。


「わかりましたわ、聖女スノウ様」

 そう素直に従ったところ、なぜか微妙な表情になる聖女様。


「――ん~~、固い。固いなぁ。もっと気軽に友人か身内に対するように喋ってくれてもいいんだよ? というか喋ってほしいな~」


「はあ……ですが、ナンチャッテとはいえ一応私は聖女教団の巫女姫ですし、貴女様は教団の信仰の対象ですので、対外的な立場とかもございますから……」

「へっ、イワシの頭も信心ですからね。逆に言えば手前なんざそれくらいの有難味しかない――ほぎゃあああああああああああ!!!」


 困惑する私の心情を的確にフォローすべく(?)、焦げた表面をタオルで拭きながら戻ってきたコッペリアに、三度怒りの雷撃が降り注ぎます。


「「懲りないわね(ねぇ)」」

 いくら耐電製とはいえこうまで続けざまに落雷を受けてはさすがにノーダメージとは行かないのか、その場に突っ伏してぴくぴく動くだけのコッペリアを前に、思わず知らず私と聖女様の感想がハモります。


「……というか、なんでそう聖女様相手に喧嘩腰になっているわけ?」

 最前から疑問に思っていた疑問を口に出すと、コッペリアは「どっこいしょ」と再起動しながら殺意を込めた横目で聖女様を見据えながら答え間ます。

「んなもん決まっているじゃないですか。聖女(こいつ)さえいなければ、クララ様が次の聖女として世界を牛耳れるからですよ。目の前のこれさえ排除すればクララ様がナンバーワンのオンリーワンです。こんなチャンスは二度とありません!」


 そんな短絡的な……。

 と、思って聖女様の表情を窺えば、「(ヾノ・∀・`)ナイナイ」と案の定否定されました。


「まあいいけどさ。あと“聖女様”とか“スノウ様”とか他人行儀な言い方はやめて、私のことは“緋雪(ひゆき)”って呼んでもらえれば嬉しいねぇ」

 そう親指で自分を指さす聖女スノウ――いえ、

「緋雪様ですか?」


 その途端、おっ! という顔で目を見張る緋雪様。


「“ヒユキ”じゃなくてきちんと“緋雪”って発音で呼ばれたのは久々だねぇ! やっぱ、君ってあっちの世界の知識持ちでしょう?」


 さらりと問題――いえ、爆弾発言をする緋雪様。


「『あっちの世界』って、もしや――!?」

「なんでもいいからさっさと立ち話はやめたらどうだい!? つーか、あたしゃ、こーんな町からさっさと帰りたいんだけどねえ!」


 意気込んで尋ねようとした私の機先を制する形で、レジーナが苛立たしげに話を遮ります。

 イライラと爪先が何度も地面を叩いています。これは本気で不機嫌な前兆ですわね。


「す、すみません。急いで買い物を済ませて戻ります!」


 〈黄金竜王(ナーガ・ラージャ)〉の雷霆も怖いですが、私にとってはレジーナの雷はもっと怖い存在です。

 慌てて踵を返して雑貨屋さんへ入る私の背中へ、妖精王(オベロン)である『天空の雪(ウラノス・キオーン)』様の穏やかな声が追いかけてこられました。


「ああ、そんなに急がなくても大丈夫ですよ。帰りは私が“妖精の道”を拓きますので、さほど苦労せずに帰れると思いますよ」

「――ふん。便利なもんだね」


 来るまでの苦労を思い出してか嫌味ったらしい表情で鼻を鳴らすレジーナに対して、取り成すような〈獣皇〉と呼ばれた隻眼の女性の声がかかります。

「そう言うな。【闇の森】に“妖精の道”を通せる妖精族(エルフ)など、この地上には三人とおらぬのだぞ」

「それも森の主人(あるじ)の許可あってのことですけれどね」


 思わせぶりなウラノス様の目配せに、緋雪様は無言で肩を竦められるだけでした。


 ◇


 そのようなわけでレジーナに急き立てられ、手早く買い物を終えた私たち。


 詳しいこともお聞きできないまま、目についたお醤油やお味噌、ソースに調味料などを買い込んだ私は、後ろ髪を引かれる思いでこの場を後にしました。


 で、早速、ウラノス様の先導で“妖精の道”を通って小一時間ほどで、新築したばかりの我が家……レジーナの庵へ到着いたしました。

 一日離れていただけですが、懐かしさを感じる庵を目の前にして、ほっと安堵の息を吐いたところで、

「……おや、ひとりはぐれたようですね?」

 振り返られたウラノス様の言葉に、慌てて前後の顔ぶれを確認します。


 ①ウラノス様 ②マーヤ+レジーナ(背中に騎乗している) ③私+フィーア(両手で抱っこしている) ④コッペリア(不在) ⑤緋雪様 ⑥獣皇


「コッペリア!?」

「木偶人形はどうしたんだい?」


 愕然とする私と、どーでもいい口調でコッペリアのすぐ後ろにいた筈の緋雪様に確認するレジーナ。


「“妖精の道”に入った瞬間、弾かれたみたいにどこかに飛んでいった」

 途方に暮れた表情で上を指さす緋雪様。


「ふむ……どうやら森の精霊と相性が悪すぎたようですね」

 困ったな、という顔で秀麗な顔を曇らせるウラノス様。


「あの、その場合コッペリアの行方は?」

「さて? 森の外なのは確実ですが、遥か彼方の町か、はたまた大海の真ん中か、場合によっては火山の火口という可能性も……」

「――ふん。あの木偶人形に関しちゃ、どこに行ったところでケロリと帰ってくるだろうさ。心配するだけ損ってもんだよ」


 悪態をつくレジーナの言葉に顔を見合わせる私を除いた三人ですが、

「確かに。コッペリアなら溶岩の海の中から親指立てて帰ってきますわね」


『I'll be back』と、雄々しく溶岩を撥ね退けて戻ってくるその姿が目に浮かぶようですわ。


「そ、そーなんだ。全幅の信頼を寄せているんだねぇ」


 微妙に引きつった顔で相槌を打つ緋雪様以下、多彩な面々。


「信頼というか……」

 心配しても仕方ないものを心配するだけ無駄というものですが、コッペリアに関しては詳細に説明すればするほどウソ臭くなるので、言葉を濁して曖昧に笑ってスルーします。


「とりあえず――」

 私は先頭に立って新築した庵の玄関の鍵を開けて、いまここにいらした皆様を振り返り、カーテシーをしながら改めて歓迎の挨拶を送ります。

「――ようこそいらっしゃいました、皆様。心より歓迎いたしますわ」


 ◆◇◆◇


「親方っ、空から変態メイドが墜ちてきたにゃ!」


 轟音とともに天空から落下してきて街道沿いにクレーターを作った謎の物体。

 その正体を確認するため、臨時に編成された商隊(キャラバン)から、ひとり先行して物見に出ていた白猫の獣人族(ゾアン)シャトンが、微妙にくすんでボロになった見覚えのあるミニスカメイドを連れて戻ってきた。


「おや、央都で何度か見かけた糸目商人ではないですか。奇遇ですね」


 見た目の割にピンピンしながら「やっ」と、片手を上げて挨拶するコッペリア。


「あ~、アンタは確かジル嬢ちゃんのメイドの……」

「コッペリアです。特別に『コッペリアさん』と呼ぶ許可を与えましょう」

「はあ、んでそのコッペリアさんが、なんでまたこんな地の果て――【愚者の砂海ストゥルティ・ワースティタース】の玄関口にいるわけで?」


 そう言って見渡す限り砂の海が続く地平線を指し示す黒髪の行商人。

 ただ辛うじてその背中側には街道とオアシスを中心にしたそこそこ大きめの宿場町があり、その手前に商隊(キャラバン)の幌馬車(牽いているのは馬ではなく『騎甲虫(スカラベ)』と呼ばれる巨大なフンコロガシであったが)が十台ほど停まっていた。


「【愚者の砂海ストゥルティ・ワースティタース】……ということは、けっこう振出しの方に戻ったわけですね。あのクソチビ聖女のせいで、ふゎっきん・ゆー!」


 忌々しげに吐き捨てるコッペリアの愚痴に、シャトンは「ほへ?」と首を傾げ、行商人は凝然と顔を強張らせた。

「せ、聖女!?」

「そう、あの『ヒユキ』とか名乗っていた、平たい胸の聖女を自認するチビです」


 コッペリアの何げない一言に、ぐらりと一瞬立ちくらみを起こす行商人。


「「???」」

 怪訝な表情をするシャトンとコッペリア。


 どうにか踏み止まった行商人は、普段のヘラヘラした態度が嘘のような真剣な表情で、

「その名をみだりに口に出したらあかん! 絶対にあかん!! 今後一切口に出さんように! 本気で消されるで!!」

 口角泡を飛ばす勢いでふたりに言い含めた。


「「はあ……?」」

 なにこのオッサン? という顔で白けた視線を送るのだが、当の本人は蒼白になって身を震わせ、「うわ、ょぅl゛ょこゎぃ!」と譫言のように唱えるのみである。


 と、そんな騒ぎが聞こえたのか、砂漠の民風の口元が見えるだけで全身をすっぽり覆った衣装を着た数人が、幌馬車から顔を覗かせた。


「何の騒ぎですか?」

「さっき落ちてきたものの正体はわかったのか?」

「もう、ルウ君危ないから外に出ない方がいいわよ!」

 

 その三人組の視線が、どうみても砂漠では異彩を放っているコッペリアへと集中する。

 途端、「「「あああああああああああッ!!!!」」」と、三人が一斉に人差指を向けて驚愕の叫びを張り上げた。


「なんですか、人を指さして失礼な――」


 憤慨するコッペリアに向かって、ひとりが牡鹿のような軽やかな動きで幌馬車から飛び降りて向かう。

 やや遅れてもうひとり。続いて小柄なひとりが飛び降りかけて、数人の手によって取り押さえられた。


「ちょっと! 放しなさいよ、ルウ君が――!!」

「そちらは専門の護衛が付いておりますのでご安心ください、お嬢様」


 ジタバタ暴れたせいで着ている上衣が脱げて、中身の小柄な少女――実際はもう十五歳なのだが、残念ながら烏賊(イカ)っ腹の幼女体型は変わっていない――エステルが咆えるも、慣れた様子でテキパキと拘束される。

 その間にバラバラと訓練された集団が他の幌馬車からこぼれるように現れて、先頭の人物に合流した。


「コッペリアさん!」

 敵意はないと示すかのように被っていたフードを払って、素顔を覗かせるルーク。


「おや? 若大将ではないですか? 奇遇ですね。そっちは……なんだ、愚民か」


 遅れて追いすがる相手もフードが脱げて、見慣れた黒髪の司祭の顔があらわになった。


「どうしてここに!? もしかして、ジルもこの近くにいるのですか!?!」


 コッペリアのところに着くと同時に息せき切って尋ねるルーク。


「いえ、いません」


 素気(すげ)ないコッペリアの返事に、目に見えて落胆するルークと、「やっぱりか」と肩を竦めるセラヴィ。


「ほんの少し前までは同じ町にいたんですけど、敵の陰謀で生き別れとなりました」

 くっ、と口惜しげに顔をしかめるコッペリア。


「敵? 誰かとまた戦っているのか、ジルの奴は?」


 何をやってるんだ、アイツは……と、呟くセラヴィ。


「敵というか、聖女スノウ様と一緒にいるらしいですにゃ」

「聖女は敵です! 今頃はクララ様も、くそ聖女相手に『ふゎっきん・ゆー!』と中指立てて憤っているところでしょう! すぐに【闇の森(テネブラエ・ネムス)】にあるワタシお手製の庵に戻ってお助けせねばっ!」


 シャトンの補足にコッペリアが決然とした表情で宣言をして、セラヴィを困惑させるのだった。


「【闇の森(テネブラエ・ネムス)】!? 聖女スノウと一緒?! どーいう状況だ!?!」


 一方、ルークの方はいろいろと心当たりがあるようで、目から鱗の表情で頭を抱える。


「あああっ、そうか! そういうことだったのか!! それでエレンたちが急に里帰りするとかいって別行動を取ったのか~~っ!」


 そんなふたりの狂乱を前に、

「おや? もしかしてマズイことを喋ってしまったのでは? 口の堅いワタシとしたことが失態でしたね」

 今更ながらに失言を自覚するコッペリアであった。


 何はともあれ、これをもってジルの逃亡と潜伏先が、事の元凶ふたりに暴露されたのである。


「まあ、帰りの足も必要なので、この際こまけーことに拘っていてもしかたないですね」


 一向に懲りない人造人間(オートマトン)であった。

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