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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第六章 神子姫 那輝[15歳]
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幕間 リーゼロッテ王女はかく語りき

 ――夏休みというものはなんと退屈なことであるか。


 日中は公務、夜は夜会や晩餐会、その合間を縫うようにして私用をこなしながら、シレント央国の第三王女リーゼロッテ・ユートリア・シレントは物憂げなため息をついた。


 他人が見れば十分に多忙で八面六臂に活躍をしていると思えるのだが、現在彼女が暮らすシレント央国王宮にある豪奢な空間――足首まで埋まりそうな絨毯や硝子のシャンデリア、付き従う数十人の美男美女の従者たち、さり気なく配置されている国宝級の美術品など、生まれた時から生活の一部と認識していれば別段有難味もないのと同様に、パーティにしても仕事にしても慣れ切った事柄はルーチンワークも同然である。


 ほとんど無意識のうちに膨大な書類の山を片付けながら(勿論だからといって手を抜いているわけではない)、リーゼロッテは日々積み重なっていく無為無聊(むいぶりょう)辟易(へきえき)していた。

 それから、ふと、ここにいない友人たちのことを思う。


 ――ジルが行方を(くら)ましてからそろそろ|三巡週ほどであるか。どうにもあ奴が居らぬと退屈で退屈で仕方がないのぅ。


 まあその前に一年ほど彼女が行方不明で、おまけに生死不明になってはいたが、あの時は心配の方が先だって退屈などとは考える暇もなかった。

 今回は事前に書置きもあったことでもあり、また原因もはっきりしているので、その手の心配をする必要がない分、逆に余裕があって『退屈』などと考えてしまうのだろう。


 ――じゃが水臭いのぉ。逃げるにしても一言、妾に相談してから行ってくれればいいものを。


 あの時のジルのテンパり具合から、そんな余裕がなかったのはわかってはいるが、それでも面白はない。ほとんど唯一の気の許せる同格同性の友人だと思っていたリーゼロッテとしては、内心忸怩たる思いがあるのもまた確かである。

 とはいえリーゼロッテの立場からして、父であるシレント公王(シレントはリビティウム皇国の中核をなす『央国』であると同時に、国王は『皇国公爵』でもあるため)にジルの行方を詰問をされれば――実際されたが知らないものは答えようがなかった――王女としての立場と、友人としての友情の板挟みになるのは確実である。


 あの聡明なジルのこと、咄嗟に自分を慮ってあえて具体的な遁走先を教えてくれなかったのだろうが……。


 ――それが水臭いというのじゃ! あの頑固者め。まったく、あ奴(ジル)は頭がいいくせに肝心の使い方を間違っておるぞっ!


 書類に目を通して、脇に控えるスーツ姿の女性秘書官に随時質問や確認をしながら、密かに憤慨するリーゼロッテ。

 ジルがもしも逃げる前に自分かヴィオラにでも恋の悩みを赤裸々に相談してくれたのなら、友人として例え相手がシレント公王だろうが、超帝国の〈神帝〉(ドミュナス)だろうが絶対に、口が裂けても秘密を喋らなかっただろう。同じ恋する乙女としてそれは当然のことだ。


 ――それほど妾が信用できんのか!? あ奴(ジル)には一度懇々と説教してやらねばならぬな! 恋する乙女の力を甘く見すぎじゃぞ。


 現在は交換留学生として遥かグラウィオール帝国へと五年間の留学中の恋人を思い出して、ジルのことと併せて思わず無意識のうちにため息が漏れていたらしい。


「――お疲れのようですね、王女様。本日は朝から働きづくめですので、一度手を休めてお茶などいかがでしょうか?」


 そう言われて「いや……ふ、む。そうであるな。気分転換にいただこう」咄嗟に断りかけ、どうにも気詰まりを感じていたリーゼロッテはお言葉に甘えることにした。

 実際、そろそろ息抜きが必要な時刻ではあったのだ。自分だけではなく部下の負担も考えて、ここらで小休止をしてもよいだろう。


 そんな風に思いながら、一礼をして颯爽と席を外した秘書官を見送ったリーゼロッテは、誰もいなくなった執務室で、

「う~~~~ん」

 と、両手を大きく上げて、誰はばかることなく伸びをした。


 握っていた羽根ペンをペン立てに立てて、視線を机の上から転ずれば、均質な板ガラスとレースのカーテン越しに燦々と輝く初夏の陽光(ひかり)が、執務室全体を明るく照らしているのが目に入ってきた。


 うららかな陽気に誘われて、思わず欠伸が漏れそうになる。

「……平和じゃのぉ。平和すぎて欠伸が出るわ」


 もともと緯度が高いリビティウムは夏の真っ盛りでも過ごし易い。

 うだるような暑さなど年に一度か二度ある程度で、夏らしい夏などあっという間に過ぎるのが常である。

 そんなわけで毎年この時期は他国から避暑のために訪れる者たちが増えるのに対して、リビティウムに住む貴族や上流階級の者などは逆に迎夏として、南部地方やデア=アミティア連合王国、もしくはグラウィオール帝国へ赴くことをステータスとしているほどであった。


「――そういえば、昨年は調査学習も兼ねてクワルツ湖へ行ってエライ目に遭遇したのぉ」


 なにしろアンデットの大群は襲ってくるわ、伝説のクワルツ湖の主ガスは現れるわ、とどめに国すら亡ぼす災厄級の存在である〈不死王〉(ノーライフキング)まで復活したのじゃからなあ……。

 いまでも思い出すと背筋が寒くなる脅威の連続であり、危機また危機の綱渡り(タイトロープ)だった。


「よく生きて戻れたものじゃわ」と、安堵する反面、『あれは愉しかった。退屈な王宮では一生涯味わえんギリギリの緊迫感を間近に感じたのじゃからな』とも、不謹慎ながら思うのだった。


 まるっきり自分が英雄譚か物語の登場人物になった気分だった。

 もっともどう考えても主役はジルで、自分は脇役でしかなかったのだが、まあアレと比べられたら誰しも見劣りするのは仕方がないだろう。


 我知らず苦笑するリーゼロッテ。

 大陸四大国のひとつリビティウム皇国の枢軸国であるシレント央国の王女にして、アイリスの王女とも呼ばれる誉れ高い彼女。

 己惚れるわけではないが、それなりに自分の才知や美貌には自信のあった彼女が、嫉妬する気も起きないほどの類い稀なる、超絶美貌と才能を併せ持つ――レベルどころか次元が違い過ぎて、もはや笑うしかない――二代目巫女姫であるジル。

 偶然とはいえ彼女と知遇を得たのは、自分の人生における最大の椿事(ちんじ)……或いは幸運であっただろう。


 あのままであれば自分は世間知らずのただの井の中の蛙であり、たかが知れている容姿や才能、血筋を鼻に掛けた鼻持ちならない人間になっていたかも知れない。

 そこまで行かないにしても、さぞかし面白みのない無味無乾燥な人生を送らざるを得なかっただろうし、

またそのことに疑問すら抱かなかっただろう。


 嗚呼、だがジルたちと知り合ったあの日から、どれだけ毎日が驚きと新鮮さの連続であり、どれほど日常が光り輝いたことであろうか……!!

 それは恐らくもうひとりの親友であるサフィラス王国の王女(王子?)、ヴィオラ・イグナシオ・サフィラスも同じ気持ちの筈である。


「つまらんのぉ、いっそルーカス公子やセラヴィ司祭のように、ヴィオラと示し合わせてジルを探しに行こうかのぉ」

「……そんなことをされては困ります」


 思わず口を突いて出た言葉に反応しながら、お茶を持った秘書官が戻ってきた。遅れて先に開けた扉にノックをする彼女。


「なんじゃ、王女の独り言を盗み聞きしとったのか? とんだ不忠義者よのぉ」

 リーゼロッテはわざとらしく芝居がかった仕草で首を横に振る。


「たまたま戻ってきたところで聞こえてきただけですわ。それよりも――」

 手馴れた仕草で芳香を放つ紅茶をリーゼロッテの前に置きながら、秘書官は真面目な顔で懸念を口に出す。

「まさか本気ではないでしょうね? 公務や今後の予定をほっぽり出して巫女姫様を探しに行くなど」


 ブルネットの髪を結い上げた、二十代前半のいかにもデキる女然とした秘書官の射竦めるような視線を前に、

「そうしたいのは山々じゃが、さすがに妾がそうほいほい出歩くのは世間が許さんじゃろう?」

 世間以前にお主が許しそうにないがのぉ……と、悪びれることなく軽く肩を竦めながら紅茶に手を延ばすリーゼロッテ。


「良くも悪くも妾は凡人――ま、ジルと比べての話ではあるので世間の基準とは大きく乖離しているとは思うが」

 リーゼロッテが自分を『凡人』と卑下した瞬間、「そんな訳がございません!」と反射的に反駁しかけた秘書官を手で制して、すかさずジルを引き合いに出す。

 さすがに俗世を超越した巫女姫を比較対象にされては、秘書官の彼女も口ごもらずにはいられないようだ。


「――であるからして、ああまで好き勝手やってなおかつ最終的に帳尻を合わせるような曲芸は妾にはできんわ」

 それに加えてまったくの天然無垢に、「世界は美しい。生きるのは素晴らしい」と人々の善良さを無自覚に信じて、発散することで周囲の人間にも伝染させるジルの人徳を、良くも悪くもスレた自分が真似しようとしても真似できるものではない。


 そんなリーゼロッテの独白じみたボヤきに、

「それを聞いて安心しました。実はそのうち本気で言い出すのではないかと内心冷や冷やしておりましたので」

 あからさまに胸を撫で下ろす仕草をしてみせる秘書官。


「ふん。まあジルも頭が冷えれば戻ってくるじゃろう」

「確か帝国の帝孫殿下と法国の司祭に同時に告白されたのでしたのですよね? ゴシップ紙の記事で面白おかしく書かれていましたし、どちらが勝つかトトカルチョも行われているようですが」

「他人の恋路を肴に、また随分と暇な連中もいたものじゃなあ……! これは案外、逃げて正解だったかも知れんな」


 自分の知らない下々の間で変な盛り上がりをしているのを知って、リーゼロッテは盛大に顔をしかめた。


「いまのところ予想では帝孫殿下が勝つのが六割で、司祭が勝つのが二割、どっちもフラれろが二割といったところですけど、ちなみに王女様はどのように予想されますか?」


 気休めを兼ねてか珍しく秘書官が興味津々たる口調でリーゼロッテに尋ねてきた。


「そんなものはジルの気持ち次第じゃろう」


 当然と言えば当然の回答に、どことなく気勢を削がれた表情になる秘書官。

 ゴシップ紙に目を通していることといい、彼女の意外な側面を垣間見て――『この年まで独身の仕事人間かと思えば、こやつでも色ごとには興味があるのじゃなあ』と、いさささか失礼な感想を抱き――内心ほくそ笑みながら、リーゼロッテは紅茶で喉を潤しつつ続ける。


「傍から見ていれば一目瞭然であるが、そもそもルーカス公子とセラヴィ司祭のジルに対する好きは、好きの種類が違うのじゃ。そしてそれはジルにも同じことが言える」

「ほう。そうなのですか……? 具体的にはどのように」

「それを言ったら恋の答えを口に出すのも同様であろう。当人たちのおらんところで、そんな無粋な真似はできんわ」


 けんもほろろにはぐらかされて、不満そうな表情をする秘書官の百面相を面白く観察しながら、

「まあ聡明なあの連中のことだ。なんとなくは察しておるとは思うが、肝心な部分で臆病になって結果がこのザマじゃ」

 ため息をついてカップをソーサに置く。

 

「そんなものですか?」

「そんなものじゃ。まったく……ジルも悪いが、それ以上にそもそも惚れた女を繋ぎとめておけない男どもが不甲斐なさ過ぎじゃわ!」


 憤慨するリーゼロッテの様子を眺めて、『そういえば~』と、彼女の恋愛事情を思い出す秘書官の女性であった。


「そういえば王女様も熱烈な恋愛の末に、伯爵子であるセドリック様との仲を認めていただいたのでしたね」


 八歳であったリーゼロッテに対してそろそろ婚約者でも……という話しが宮中ででた当時、当人が断固として三歳年上の伯爵家の嫡男を指名したのは有名な逸話である。

 第三王女とはいえ現国王と正室である王妃の直系。兄が王太子という血筋の彼女が、たかだか配下のしかも特に目立つこともない伯爵家程度の家柄の相手と婚約するなど、普通であれば考えられない暴挙であった。


 だが、周囲の反対と説得にも関わらず、当人の強い希望と兄である王太子の後押しもあって、その後紆余曲折の末にふたりの関係は認められたのだ。


 ――そういう彼女であるから、今回の三角関係も歯がゆく思えるのは致し方ないかも知れない。


 そんな彼女の思いを見て取って、リーゼロッテは「くくくっ」と小気味よさげに笑う。


「どうも勘違いされておるようじゃが、別に妾は当時セディをそれほど猛烈に慕っておったわけではないぞ。単に他の婚約者候補が箸にも棒にもかからぬボンクラばかりだったので、兄上の友人で顔見知りでもあったセディの名を挙げただけじゃ。妾としてはあり得ない要求に対して父上たちが妥協をして、もうちょっとマシな相手を選べれば儲けもの……程度の考えじゃたのじゃがなあ」


 まさか本当に婚約者に認められるとは思わんかったぞ、と続けたリーゼロッテの百年の恋も冷めるような暴露に、さすがに唖然とする秘書官。

 茫然としつつも咎めるような眼差しに、さすがにぶっちゃけ過ぎたと思ったのか、取り繕うように続けるリーゼロッテ。


「いや、いまでは最上の婚約者だと思うておるぞ。ほれ、(ことわざ)にも“亭主と牛は手近なところから探せ”とも言うじゃろう?」

「それを言うなら“女房と牛は手近なところから探せ”です」


 深々とため息をつきながら、この話は金輪際誰にも――特に婚約者であるセドリック様には――喋れないな、と心に刻みつける秘書官の彼女であった。


「似たようなものじゃ。やれやれ、小休止のつもりがいつの間にか本格的にだらけてしもうたのぉ。続きを始めるとするか――」


 いつの間にやら空っぽになっていたカップを置いて、先ほどまでの饒舌を反省するかのように、リーゼロッテは表情を改め、凛と背筋を伸ばして羽根ペンに手を伸ばす。


「ルーカス公子とセラヴィは一時休戦をしてジルの足跡を追っておるようじゃが、ご苦労なことじゃ」

 そのためにわざわざエステルがスポンサーになって、商隊(キャラバン)まで組んだようであるが、ま、彼女の思惑はジルのいないところでルーカス公子と親密になることじゃろうなぁ。無駄なことを……と、いささか哀れに思いながら慨嘆する。


「というか、ジルがどこにいるかなどぞの侍女の動きを見ていれば一目瞭然であろうに……」

 まったく、これだから気の利かない男は……と嘆息しんがら、はるか彼方【闇の森(テネブラエ・ネムス)】の方角へ視線を投げるリーゼロッテ。


「ま、いい薬じゃ。せいぜい男共はお互いに頭を冷やすが良いさ」

 その間にジルも結論をだせるであろう。友人としてそう全幅の信頼を寄せる彼女であった。


「ま、どこでものほほ~~んと、能天気に生きておることであろう」

 そう結論付けるリーゼロッテであった。


 そのジルが平身低頭、土下座する羽目になっているとは知る由もなかった。

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