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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第六章 神子姫 那輝[15歳]
222/337

村の変貌とジルの子守

「いや~っ、それにしても本当に綺麗になったねえ! いやもともと絶世の美少女だったけれど、いまはもう神々しいばかりの美貌だよ……って、あっ、巫女姫様(アレ)だから当然だね。エレンからの手紙で話を聞いた時には村中が吃驚(びっくり)仰天したものだけど、いまになってみると納得かな。それにしてもわずか三年で巫女姫様(アレ)ってのは凄いね! やっぱりあれかい、聖都に行って厳しい修行を積んだのかい?」


 やってくるなり鶴の一声で裏門を開けてくれたアンディに従って、現在私たちはぞろぞろと連れ立って村の通りを歩いているところです。

 いかにも怪しげな集団である私たち――具体的には純白の上質な亜麻布(リネン)の生地に金糸銀糸で縫い取りがしてある、ちょっとお高い(金貨七十枚)フード付きの外套を頭からすっぽりと被った謎のフード女(わたし)と、こんな田舎町では勿論都会でも滅多に見ない扇情的なミニスカメイド(コッペリア)と、出会った瞬間にいかなる者も死を覚悟するS級魔獣(マーヤ)。そして周囲に愛想を振り撒きながら歩く骸骨(青六)という、一般人から見れば百鬼夜行――であっても、声高に語りかける軽妙洒脱なアンディの明るい声と、当然という顔で親しげに接してくれている態度が相まって、目立つことは目立つものの普通であれば顔色を変えて警戒を促してしかるべき人々も、なんだか狐につままれたような表情で見送る珍妙かつ面白集団……といった程度の目立ち方に落ち着いているようです。当然それを狙ってのさきほどからのアンディの配慮でしょう。

 そういったなにげない思いやりを受けて、私は密かに頭を下げるのでした。


 そうして、当惑する通り沿いの店の人間や旅行者らしい人々の遠巻きに眺める視線を感じながら、およそ三年ぶりになる西の開拓村の家並みを、私は懐かしく眺めながらそぞろ歩きます。

 それにしても……。と、感心半分驚嘆半分ですっかり様変わりした村の様子に感嘆の声が漏れてしまいました。


 帰って見れば こはいかに? といった感じで、外から見た時も感じましたけれど、内に入ってみればより一層発展した村の情景がつぶさに見受けられます。もとの素朴で垢抜けない村とは一新され、以前は二~三軒しかなかった商店が軒を連ねるようになり、さらには露店の土産物屋や煉瓦造りの宿屋や冒険者ギルド支部まで看板がかかっています。もはや村というよりもちょっとした町ですわね。


 古い家はほとんどが取り壊されるか建て直されるかして、少なくともこのメインストリートには以前の面影はほとんどありません。

 とはいえ注意して横道をみれば、以前からの住人の家や懐かしい顔ぶれも散見でき、そんな皆さんは私に気付くと心得たもので、気軽に挨拶をしてくれるかたや、恭しく頭を下げてくださるかた、懐かしげに微笑んでくれるかたなど、始終和やかなムードで出迎えてくださってくれます。

 おそらくは新参の住人か外部からの旅行者の手前、大騒ぎをして私に迷惑がかからないようにしてくださっているのでしょう。実際、アンディも気を使って『巫女姫』という呼称は使わずに、昔ながらの『ジル』呼びですし、古参の住人である皆さんも『ジルちゃんおかえり』と親しげに挨拶してくれるのでした。


 あと、どうでもいいけど巫女姫情報の出所はやっぱりエレンだったのね、と思いながら私は曖昧に相槌を打ちます。

「……ええ、まあそのようなものですわ」

 いちいち説明するのも面倒というか、口外できる部分とできない部分の線引きが難しいので、どうしても奥歯に物が挟まったような返答になるのは、申し訳ありませんが致し方ありません。


 へ~、そうなんだ~、と軽く納得したアンディですが、途端にコッペリアが小ばかにした表情でこれを一笑に付すのでした。

「ふっ――。所詮は虚弱貧弱無知蒙昧な田舎者。教団が三顧の礼をもって迎え入れた巫女姫クララ様の偉大さをまったく理解していないとみえる」

「ちょ――コッペリア!」

 慌てて余計なことを口走りそうになるコッペリアを掣肘(せいちゅう)する私。

 ですが時既に遅く……。


「“巫女姫様”だって!?」

「やっぱりそうか!」

「すげぇっ!! すげーぞ、おい!」


 私たちの少し離れた背後を、さきほどまで裏口に(たむろ)していた少年たちが、興味津々たる様子で着いてきていたのですが、どうやら聞こえたみたいでコッペリアの不用意な一言で大盛り上がりに盛り上がってしまいました。

 ですがまあ、とりあえずいまはアンディとの旧交を温め直すのに腐心するため、そちらに関しては棚上げです。


 そのアンディはといえば、怪訝な表情で私とコッペリアとを見比べ、

「クララ様……? それって先代の巫女姫様の名前じゃないの?」

「ふっ。先代も二代もないわ虚弱貧弱田舎者。“巫女姫”といえば三十年前から一貫して――途中で偽者が取って代わりはしたものの――ここにおられるクララ様と相場が……ホゲッ!」

 余計なことを暴露しまくるコッペリアの頭をアイアンクローで掴んで、一回転半させる力技で黙らせる私。


「おほほほほほっ、お気になさらないでください。名前なんて便宜上のものですので!」

 というか一から十まで説明すると面倒ですし、私の場合は呼称などコロコロ変わるので気にしないことにしています。

「いや、でも……てゆーか、いま首がぐるっと回っていまも後ろを向いているんだけど……?」

「気になさらないでください! 些細なことですわ。そもそも宇宙に行かずにほとんど海戦オンリーだった宇宙空母とか、ほぼワンクール変身を拒否したタイトルだけ魔法少女とか、大王になっても王子と呼ばれる超人がいるわけなので、名称なんて細かいことはどーでもいいんですよ。はい、このお話はお終いですわ!!」


 何やらブツブツと微妙に納得がいかない様子のアンディですが、この話題はツッコミどころ満載過ぎて、喋れば喋るほどボロがでると判断をして、私は強引に打ち切りました。

 あと、アンディの抱いている嬰児はコッペリアの一回転半が面白かったのか、「うおおおおっ、後ろ向きで見えねえ~っ!」と、大騒ぎしている様子にきゃっきゃっと笑って大うけにウケています。


「そ、それよりも……アンディはいまは何をなされているのですか? 農家ですの? それとも何か商売でも始められたのですか?」

 確か以前にチャドとともに農家の三男だか四男なので、実家は継げないと話していた覚えがありますが(ま、チャドは後家さんに婿入りしたみたいなのでそちらの懸念はないでしょうが)、そうなると家庭を築くにあたっての生活基盤が懸念されます。


「ああ、五組も泊まれば一杯になる慎ましい宿屋だけど、カレン……妻とふたりで村で宿屋を始めたんだ。『憩いの我が家亭』って名前のね」

「まあっ! では一国一城の主ですわね。素敵ですわ」

「ありがとう。これもジルのお陰だよ」


 はにかんで我が子をあやしながらそんなことを口にするアンディですが、そこでの藪から棒の身に覚えのないお礼を受けて、私は面食らってしまいました。


「は? いえ、お礼を言われても、その……私は三年も居なくて、商売のこともご結婚もお子さんがいたことも、いまこの瞬間まで知らなかったわけですけど?」

「それでもジルのお陰さ!」思いがけない強い口調で断定をするアンディ。「この三年間、一度も凶作にみまわれなかったのも、魔物の被害がなかったのも、こうして村が発展したのもその結果、僕が村を離れずに宿屋を始められてカレンに出会えたのもみなジルのお陰だよ」


 だからそれは村人皆さんの努力の成果であり、アンディの頑張りがあったからですわ……と、反論しようとしたところ、コッペリアにつんつんと肩を叩かれて、

「クララ様クララ様。こんなパンフレットがありましたよ」

 振り返った私の双眸へ『帝国観光名所・二代目巫女姫ゆかりの聖なる村』とデカデカと書かれたページが飛び込んできました。


「……なんですの、これっ!?」

 思わずコッペリアから旅行パンフを引っ手繰ぐるように受け取って、目を皿のようにして書かれている内容に目を走らせます。


「ああ、それってベーレンズ商会が帝都を中心に発行している旅行ガイドみたいだね。お陰でこんな辺境の村にまで観光客がわんさと来るようになって、人口も倍に増えたしそれに伴って様々な需要も増えて村全体が毎日お祭り騒ぎみたいな感じになっているんだよ。で、ウチみたいな場末の宿でも、お陰さまで連日満員御礼だからね。まさにジル様様ってところなんだよ」


 言われてみれば確かに、交通の便については『コンスルの町まで《転移門(テレポーター)》もしくはベーレンズ商会の快適な船便で七~十日。そこから西へ一日で行ける聖地巡礼!』とありますけれど、なんでここが『聖なる村』で、ここに来ることが『聖地巡礼』になるわけですの!?! ここって忌むべき【闇の森(テネブラエ・ネムス)】の近傍ですわよね!?


「あー、よくみると『協賛・聖女教団テオドロス法王』とありますから、ここを足がかりに帝国にも布教するつもりなんじゃないんですかね、あの法王(ハゲ)

 邪推するコッペリアですけど、実際にありそうで否定し切れませんわ。


「名物『巫女姫が聖別した結界杭』、『巫女姫が好んだ牧場のミルク』、『巫女姫に蹴りを入れたニワトリの産んだ新鮮卵』……この名物はどうかと思うのですけど」

「いやー、そのあたりは村でもどうかという意見があるんだけど、それを目当てにくるお客さんも多いし、実際に売れているのも確かだから強くも言えないし、僕もこの子……エルシィの山羊乳をジャネットさんの牧場から分けてもらっている関係もあってねえ」

 うしろめたい表情で頭を下げるアンディですけれど、別にアンディが悪いわけではないでしょう。強いてあげれば、商業主義に毒された聖女教団と、無責任な煽り文句を並べているベーレンズ商会が元凶と言えるかも知れません。


「つーか、クララ様。ここって『百五十年前に《神帝》様がおめしになった旧都にあった店の焼肉鉄板。太祖女帝様が最初に新都を一望した展望台に並ぶ新帝国三大がっかり名所』とも書かれているので、イロモノ扱いの気もしますけどねえ」

 パンフレットの一文を指差すコッペリア。

 気のせいでしょうか。途端、【闇の森(テネブラエ・ネムス)】の方角から盛大なクシャミのユニゾンが響いてきたような気がして、はっとした表情でマーヤが首を巡らせました。

 

「そのパンフの記事って絶対に監修したのはエステルよね!? 悪意を感じるわ!」

 咄嗟に浮かんだ黒幕の正体に、私は憤りをぶつけるのでした。


「――そうそうそれはそれとして、僕のことよりもジルたちはまたなんでこんな時期に急に帰ってきたんだい?」

 雲行きが怪しくなってきたのを感じてか、アンディがさらりと話題を変えてくれました。


「え? えーと、夏休みになったので帰省しただけです。ええ、それだけです。それで森の庵に顔を出したところ、いつの間にか師匠(レジーナ)も戻っていて、それから連日不眠不休で……洒落抜きで働かされていたんですが、いろいろと足りない資材や食材が出てきたので補充するという目的で息抜きに来た、というのが本音の部分ですわね。もっとも、ここまで村が様変わりしているとは思いませんでしたので、商店の目星もつきませんけれど」

「へーっ、“森の賢者”様もお帰りになられてたんだねえ。嬉しいな。ああ、あと昔からの商店もまだ健在だから誰かに案内させるよ」


 途端、背後の少年たちが先を争うように、

「はいはいっ! オレオレっ、オレが巫女姫様を案内する!」

 と、振り込め詐欺並の勢いで捲くし立てるのでした。


「ん~~、じゃあ、ジャンケンで決めること。五回勝負で恨みっこなし、いいね?」

 適当にいなすアンディの提案に乗って、道端でジャンケンを始める少年たち。


「ああ、あと雑貨屋の女将さんも相変わらずだから、後で顔を出すと喜ぶと思うよ」

「ふっ、挨拶があるならクララ様の元へ足を運ぶのが道り……もぎゃ!」

 偉そうに言い放つコッペリアの口と手足をマーヤと青六が阿吽の呼吸で塞ぎました。

 そして素早い目配せに従って、私もこれ見よがしに大きく頷いて、

「そ、そうですわね。ちょうど料理をするのに調味料や小麦粉などが心許なかったので、後ほど顔を出させていただきますわ」

 そう同意を示します。


 幸いそのあたりのドタバタはアンディに気付かれなかったようで、

「きっと女将さんも喜ぶよ」

 と、もともと柔和な草食系の顔をさらに優しげに綻ばせます。


「それにしても、もしかしてまだジルが賢者様の食事の支度をしているのかい?」

 お姫様じゃないの? 隣にメイドがいるんじゃないの? と、言いたげな視線を私と拘束を逃れたコッペリアに交互に向けるのでした。


「――ふっ。無論ワタシは料理にかけても“鉄人”と呼ばれた万能メイド。炊事などお手の物なのですが」


 いや、鉄人(それ)って褒め言葉ではなくてただの事実の追認なのではないかしら? と、思いつつコッペリアの後に続く言葉を引き取って私が口に出しました。


「いまのところコッペリアは掃除と洗濯、料理と風呂焚きは私、水汲みは交互に行っています。師匠(レジーナ)曰く『行往座臥(ぎょうじゅうざが)、料理を作るのも修業の一環。手を抜くんじゃないよアンポンタン』だそうです」

 そうレジーナの口真似をしたところ、アンディは他人事だと思って「はははっ」と快活に笑い、

「賢者様らしいな。よっぽどジルの料理を楽しみにしてたんだろうね」

 そんな思いがけないことを口にしました。


「……そうでしょうか?」

「僕にはそう思えるけどね。あの偏屈な賢者様が率先して口に入るものを作らせるってのは相当相手を信頼していないと無理だろうし、そもそもいまジルに聞くまで賢者様が森に帰っていたなんて村の誰も……村長でも知らないと思うよ。もしかすると村の馬鹿騒ぎを嫌って、今度こそ完全に隠遁するつもりでいたのかも知れない。けど、こうしてジルを通じて再び村との繋がりを示してくれた。ジルが帰ってきてくれてよほど嬉しかったんじゃないのかな」

「そう……なのかしら?」


 思わずレジーナの使い魔(ファミリア)であるマーヤに向かって視線を向けてみたところ。

「…………」

 マーヤは、『それは秘密です』とでも言うように、口元に人差し指を当てるかのように触手を当て、無言でウインクをするのでした。


 と、その瞬間、アンディの抱いていた赤ちゃん(エルシィ)が突如火がついたように泣き出しました。


「うわわわわわっ、ど、どうしたんだい、エルシィ!? おしめかな? それともミルク?」

 狼狽えるアンディと、それ以上に混乱してどうすればいいのかわからずその場に石になる私。

 マーヤも困惑した表情で触手を無意味にくねらせていますし、青六に至っては怪しい踊りを踊っています。


 ただひとり平然としていたコッペリアが雄雄しく前に進み出て、

「ちょっと拝見。――おしめは……濡れていないので、お腹がすいたようですね。ミルクはお持ちですか?」

 おくるみを受け取って、片膝を突いて慣れた手つきでオムツの状態を確認して、そうアンディへと尋ねました。


「あ、ああ。出かけるときに荷物に哺乳瓶と山羊の乳を……いま鞄から出すので、そのままあやしていてくれないかな?」

 慌てて荷物――肩掛け式の鞄を地面に置いて漁るアンディ。

「わかりました。乳は人肌に温めた方がいいので、すぐには飲ませないでしばらく温めていてください。大丈夫、いまは泣き止んでいます――べろべろ、ばあ~っ」


 適切なコッペリアの指示に従って、素焼きでできた哺乳瓶の準備をするいかにも新米パパといった風情のアンディですが、それにしてもコッペリアの態度は堂に入ったもので、非常に手馴れた様子で効率的ですが、さりとて機械的というのでもない、いうなれば何人もの子供を育てたベテラン乳母のような貫禄がありました。


「なんだか慣れていますわね、コッペリア?」

「ええ、そりゃもう。ワタシがこの手で育てた人型生物はざっと千六百八十七体ですので」

「……ええと、それって錬金術で作った人造生命体のことですわよね?」

「まあそうですね。時には人型の方が効果的なことがありましたので。思い出しますね~、一時期対冒険者用に作った『ばぶばぶ(シールド)』『ばぶばぶ(スピア)』、群れを成して襲い掛かる『はいはい・よちよち爆弾(ボム)』。歴戦の冒険者も面白いように引っかかって、また仮に突破しても精神に取り返しのつかないダメージを……」

 何やら武勇伝を語るコッペリアですが、まさかその名称から想像される……こう、古代エジプト人を猫シールドや猫投石器で攻め落としたペルシャ軍のような、非道な兵器なんて事はないでしょうね!?


「それはともかく、まだー? 手際悪いわね無知蒙昧な田舎愚民」

「申し訳ない。なかなか慣れなくて……」


 悪戦苦闘しているアンディを見かねて――ただ単に非効率的なことを目の前で成されていることに我慢がならないのでしょう――赤ん坊を抱えたまま立ち上がったコッペリアが、

「まどるっこしい! ワタシがやるので荷物をそこへ! あ、クララ様、ちょっとの間、嬰児の世話をお願いします」

 そう言って、なんということでしょう。ぐずついているその子――エルシィちゃん――を私へと差し出したのです!!


「――えっ!?! いやいや、無理無理。首も座っていない赤ちゃんなんて触ったこともありませんわ!」

 一歳くらいである程度身動きもできる赤ん坊ならともかく、こんな力加減を間違えたら壊れそうな赤ん坊なんて無理っ。まだ時限爆弾抱きかかえていたほうがましです!


 だというのに――。

「そりゃいいや、せっかくだからエルシィを抱いてやってくれないかな? そうすれば将来、ジルみたいな美人になれるかも知れないしね」

「いや、遺伝子的にそれは無……ごほあああああッ!!!」

 素早くコッペリアの頭に三回転半捻りを加えます。


「そう言われても……母親でもない、子育ての経験もない私が触って万が一があれば」

「大丈夫大丈夫。ウチの子は人見知りもしないし、僕に似て結構丈夫だからね。それにちょっと事情があって、いま妻は子育てできないので、仕事の傍らいまは僕がご近所さんの手を借りて子育てをしている状態だしね」

「事情とおっしゃると……?」

「大方、女房の尻に敷かれてるんですよ」


 片手で首の位置を直しながら思っても聞けないことを直截に聞くのはいつものコッペリアです。


「はっきり言うなぁ」

 苦笑するアンディですが、どこかその横顔に影があるように感じました。


「ま、とにかく。――パスです」

 これ以上押し問答をするのも時間の無駄とばかり、半ば放り投げるようにしてエルシィちゃんを渡してくるコッペリア。反射的に受け取った赤ちゃんは、これまで感じたことのない温かさと柔らかな……本当に小さな小さな命でした。


「ふわ~~~っ!?」

 母性本能とかそーいうものが私に装備されているのかは不明ですが、今現在は余計なことは考えられず、テンパッた状態でおっかなびっくり、それはもう他人が見たら無様な及び腰で赤ん坊を抱きかかえるのが精一杯です。


「クララ様、全身に余分な力が入り過ぎですよ。もっと手を抜かないと疲れますよ~。あと横抱きよりも縦抱きのほうがお互いに楽ですよ?」

「縦抱きなんて首がぐらついて危ないし、落っことしそうで嫌っ」

 コッペリアの気楽なアドバイスに全力で拒否の姿勢を貫きます。


「三ヶ月ですし、おくるみでおひなまきにしているので首は大丈夫だとは思うんですけどねえ」

「いやぁ、でも最初はあんなものだよ。僕も最初の二時間でヘロヘロになったからね」


 経験者の余裕で自分たちだけ安全地帯から傍観の姿勢を崩さないコッペリアとアンディに軽く殺意が湧きました。

 そんな感じで体感時間では二時間ほど、実際には十分ほどで人肌に温めた哺乳瓶の準備が終わったところで、エルシィちゃんを父親であるアンディへ返して、ようやく私は心労から解放されました。


「やあありがとうありがとう。エルシィ、ちゃんとお姉ちゃんたちにお礼を言っておこうね」

 ニコニコ顔で我が子にミルクを飲ませながら語りかけるアンディ。大変そうですが幸せそうでもあります。


 でも、そうなるとさきほど一瞬だけ垣間見せた憂い顔が気になりだしました。

 なので思い切って口に出して聞いてみることにしました。


「――あの。大変失礼な質問かも知れませんが、エルシィちゃんのお母様は?」

「あ……ああ。その……」途端にさきほどの憂いがアンディの横顔全体を覆い、しばし言葉を選んでから、「産後の肥立ちが悪くてね。ずっと寝込んでいるんだ」


「――っっっっ!?!? 水臭いですわっ、なぜそれを先に言ってくださらないのですか! いまから治癒のために奥様のところへお伺いします。すぐに案内してください!!」

「え……え…あ……ああああっ!!」


 私の剣幕にしばし唖然としていたアンディですが、言われた意味が理解できたのでしょう。慌ててエルシィちゃんを抱きかかえたまま、

「こっちだよ! 頼むよ、ジルっ」

 荷物の鞄を置きっ放しで通りの向こう側へと小走りに向かうのでした。

 この反応を見る限り奥さんの具合の事を私へ遠慮して言わなかったわけではなく、ただ単にうっかりしていただけのようです。


 まあ、私も治癒術を使えることをずっと黙っていたので仕方ないかとも思いますけど、仮にも『巫女姫』とわかっていてこれとか、しっかりしたかと思いましたけれど、やはりアンディはアンディなようですわね。

 そう嘆息しながら追い駆ける私とともに、気の利くマーヤが鞄に散乱したままの荷物を詰めて、触手で持って併走してくれます。

 その背後をコッペリアが「ただ働きですか~?」と不満を言いつつ、青六を伴ってチンタラ着いてくるのでした。

もう一話で一区切りですので、引き続き近日中に更新予定です。


12/28 誤字訂正しました。

12/29 再度、ご指摘があり修正しました。

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