開拓村の椿事と門前の騒ぎ
クリスマスということで更新です。
さて、現在私は久しぶりに頭からすっぽりとフード付きの外套を被って西の開拓村へ続く道を歩いているところです。
夏ということで日差しは強くて湿度もあるので、あまり厚着はしたくなかったのですが、現在お尋ね者――もとい。お忍びで帰省している身としては、あまり目立つのは得策ではないので、やむなくの変装です。なんだか扮装もやっていることも昔と変わらないような気もしますけれど……。
ちなみに同伴者はコッペリアと師匠の使い魔であるマーヤ。それと、荷物持ちとしてコッペリアの作った〈撒かれた者〉の一体で、“青の陸號”と呼ばれる、なぜか青い鳥の羽を飾っている鳥撃ち帽を被った歩く骸骨が着いて来ています(水竜の牙から六番目に作ったのでその名称だそうですが)。
荷物持ちとはいっても実際のところ、私自身の持つ空間収納魔術の『収納』は、ちょっとした倉庫街くらいの容量がありますし、手持ちの『収納バック』やコッペリアのエプロンにも四次……亜空間ポケットがあるので、この面子では運搬役などは必要ないのですが、今後、私もコッペリアも忙しくなり、村へ使いにいけなくなった場合、手隙の〈撒かれた者〉にお使いを頼むかも知れないので、事前にコッペリアのことと併せて紹介しておこうかと思っての配慮です。
「とはいえ、挨拶なしに行ったら絶対に魔物の襲来だと思われますから、仕方ないわね……」
当然のような顔で〈撒かれた者〉を引き連れて練り歩くコッペリアを振り返って、私は最初にどう説明したものかと嘆息しました。
基本的に個性がない魔術的なロボットのはずの〈撒かれた者〉“青の陸號”ですが、途端、『申し訳ない』とでもいうような態度で、帽子を脱いで肋骨の辺りに当てて、ぺこぺこと恐縮した態度で私へ向かって頭を下げます。
「こいつら最近なんか変なんですよね~」
その様子に小首を傾げる製作者。
「普通の〈撒かれた者〉なら三日も経てば魔力が尽きて塵に還る筈なのに、一巡週(七日)を過ぎても元気溌剌ですし、たまにサボっている奴とか仕事の分担を決めるのにジャンケンしたり、ヒョロい骨を骨太な骨が助けたりとか、ワタシが指示しない行動や個性が垣間見えるんですよねえ」
微妙に納得がいかない表情のコッペリア。
「前半の魔力が尽きないのは【闇の森】に偏在する魔力の影響ではないかしら。前に数十人の死体を放置したところ、半日もしないでゾンビになった実例がありますから」
「ほほう。さすがはクララ様。すでに人体実験はお済でしたか」
「いえ、別に私が殺害したわけでも、実験したわけでもないのですけれど」
変な誤解をされては困るので、そこはきっちりと否定しておきます。
「なるほど。巫女姫たるクララ様にそのような後暗い過去があっては、御威光に瑕疵がつくというもの。なかったということですね。了解しました! あと、その侍女であるワタシにも当然、殺人の過去はないということで水に流しましょうっ」
「ドサクサ紛れに変な冤罪と、自身の過去の捏造をするのはどうかと思いますわよ!」
思わず抗議する私の肩を、隣を歩くマーヤが『まあまあ、落ち着いて。喧嘩しないの』と、優しく諭すようにポンポンとその触手で叩いて落ち着かせてくれました。
「――ふう。大丈夫よ、マーヤ。いつもこの調子なんだから」
呼吸を整えた私は、お礼の意味を込めてマーヤの天鵞絨のような毛を、背筋に沿って撫でててあげます。
途端、ゴロゴロと気持ち良さそうに目を細めて喉を鳴らすマーヤ。
そんな私たちの様子を興味深げに眺めていたかと思うと、次に鳥の声に耳を澄ませるような風流な仕草を見せる青の陸號(面倒なので、以降は“青六”と呼ぶことにします)。
それを目の当たりにしてやはり腑に落ちない顔のコッペリア。
「う~~ん、魔力の件はいいとして。問題はこの無駄な行動なんですよねー。ワタシのポリシーとしては、創作物はすべて同一の性能を十全に発揮してこそ。量産品ならなおさらです。ここまで無軌道で奔放だと失敗作と言わざるを得ませんが。原因がわからないのが何とも……」
無軌道で奔放なので失敗作って、それって思いっきりブーメランの発言じゃないかしら?
「そうかしら? 私は律儀で風流を解する青六に好感を覚えるほどですけれど」
その私の言葉に『同感』という感じで、マーヤも大きく頷きました。
「そうですかぁ!? う~ん、まあ『律儀で風流を解する』部分は、もしかすると作成時に知らずワタシの個性が転写されたかも知れませんね。魔術生物ってのは生まれながらにある程度自我ありますが、そういった一般常識や記憶は製作者のソレに依存するものですからね」
どうにか自分で納得できる理由をひねり出したらしいコッペリアですが、その答えに釈然としない私を支持するかのように、コッペリアの背後――死角に回った青六は、『ナイナイ』という感じで手を振って、おまけにドヤ顔しているコッペリアに向かって中指を立てています。
後ろ後ろ! って感じですけれど、う~~~ん。これってどう判断したらいいのかしら……?
この微妙な性格の悪さと茶目っ気はどちらかと言えば……と、思案したところで、非常に嫌な想像が湧いてきて、背中にぶわっと嫌な汗が流れました。
現在、〈撒かれた者〉たちが働いている現場って、もとの庵から五百メルトほど離れた場所ですけれど、もともとあの辺りってレジーナの縄張りである《呪圏》の範囲内ですわよね? そして、レジーナの十八番は“使役魔術”と“感応魔術”(いずれも『空』系統の上位魔術)で、箒とかの無生物であってもまるで生きているかのように自由自在に操るというもの。
(……ということは、まさか!?)
思わず振り返った先では、青六が鼻歌でも口遊むかのように暢気に腰骨の後ろで手を組んで、ぶらぶらと青空を仰ぎ見て歩いていました。
さて、そんな感じで道中問題もなく、昔取った杵柄で道を間違えることもなく、また現在は精霊魔術が使えるお陰で、背丈よりも茂っていた草にお願いして道を作ってもらい、昔なら片道四~五時間かかっていたところを、ほんの三時間半ほどで西の開拓村へと到着することができました。うん。ここにくると時間と距離に関する感覚が広がるわね。
「懐かしいわ~っ。ちょっと村が大きくなったかしら? あら、畑にはちゃんと肥料が撒かれているし、あっちはクローバーが植えてあって、こっちは豆ね。ちゃんとノーフォーク農法を実践しているのね」
村全体が二周りほど大きくなったでしょうか。周囲の堀と水路と防護柵も立派になって、村の正面玄関である丸太で出来ていた出入り口も立派な石造りになっていて、あら……十人以上荷物や騎鳥を持った人たちが列を成しているけれど、もしかして訪問客かしら。ずいぶんと発展したのね。
それと見渡せば畑も広がって、かつては痩せこけていた土にも養分が行き渡り、植えられている玉蜀黍もたっぷりと実がなっておいしそうです。
私がきっかけだけ与えてその後はろくに確認できなかった農地の改革ですが、さすがはプロの農家の皆さん。その後、試行錯誤を繰り返してそれはもう見事な野菜や陸稲が実る畑を作られた。その成果を目の当たりにして、私は感無量となりました。
「――帰ってきた甲斐がありましたわ。ぜひ皆さんにご挨拶をしていかなければ」
気持ちを切り替え、私は勇躍弾む足取りで西の開拓村の正門へと向かいます。
門の所にはいつものように、門番役でアンディとチャドが立っていることでしょう。数年ぶりになる私の事がわかるかしら? でも、身分証明書代わりにマーヤに着いてきて貰ったんですもの、最初は吃驚するかも知れないけれど、すぐに私だってわかるに違いないわ。
と、ワクワクする気持ちと、ちょっとだけ悪戯っぽい気持ちで小躍りしながら、気持ちは凱旋気分で私は正門に並ぶ列へと近づいて行くのでした。
◇ ◇ ◇
一時間後、正門とはずいぶんと離れた場所にある寂れた裏口にて。
「――は!? け、けっこん……って、あの、もしや殺人現場に落ちていてルミノール反応で光る」
「クララ様、それは血痕です。この場合は結婚――マリッジのことかと思うのですが?」
ショックのあまり私がボケてコッペリアに冷静なツッコミを入れられるという嫌な展開になってしまいました。
それはさておき、聞き逃せない言葉に、思わず私は被っていたフードを跳ね上げて、直立不動でその場に立っていた門番――アンディでもチャドでもない新顔の少年に顔を近づけ、詳しく話を聞こうとした途端――。
「ぐはあああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!」
心臓を押さえて……それなのに至福の表情で、その場に昏倒する少年。
「――え、なに!?!」
「クララ様っ、ストップ! ストップです! 耐性のない下等生物である田舎者が、クララ様の麗しい素顔を直視したら死にます。つーか、こいつ心臓が止まっているので電気的除細動を行いつつ、心臓マッサージを行いますね。本当はワタシのこの機能は拷問用なんですけどねえ」
コッペリアに止められて慌てて私はフードを被り直して俯きます。
その間に自前のAEDで人事不省の状態になった彼を蘇生させるコッペリアと、ぐたりと弛緩した少年の体を引き摺って楽な姿勢にさせる青六。そして、慣れた調子で触手で心臓マッサージを行うマーヤがいました。
本当なら私もお手伝いするべきでしょうが、現在、意識不明の少年――まだあどけなさが残る赤毛でソバカスのたぶん私と同い年くらいの彼――が、先ほど軽い口調で答えた内容が、私の脳内で何度も何度もリピートして、そこまで気が回りません。
『ああ、アンディ先輩は一昨年、村のカレンちゃんと祝言を上げて。チャドの野郎は北の村の未亡人と番になりやしたけど』――という信じがたい台詞。
あと、どうでもいいことですがアンディとチャドに対する温度差が、そのまま互いの人徳を物語っているようで、ちょっぴりチャドに同情してしまいました。
茫然と裏門の前に突っ立っている私と、慌てている門番の少年たち。
ちなみにこうなった経緯というのは他でもなく、私たちの不注意によるものです。
さきほど私たちが正門へと向かったところ、ちょっとしたパニックになり――村人だけならともかく、外部の人間が天災級魔獣の〈黒暴猫〉であるマーヤと、歩く人骨にしか見えない〈撒かれた者〉の青六を見たら、それはパニックになるのも当然ですわね。
普段の慣れと浮かれ過ぎてそんな当然のことも失念していました。
なお、同行しているコッペリアも、
「〈撒かれた者〉の一体くらいで大げさですね。ワタシが以前いたクワルツ湖の研究所近辺の町では、満月で大潮になった日に〈撒かれた者〉とか改造人間とか改造魔獣とかを連れて、買い物に歩きましたけど別段騒ぎになったことなどないですね。まあ、もっとも、あの辺の町の店舗はなぜか人がいない無人店舗ばかりでしたけど」
それ多分、満月の晩に現れる魔物の群れとして忌避されていただけだと思いますわ――という認識で、問題があると理解していなかったので、騒ぎになるまで指摘する人間がどこにもいなかったのです。
そんなわけで我に返った私は騒ぎを避けるために、裏門からこそこそと入村することになったのですが、ここでも問題が発生しました。
この裏門の番兵をしていた村の若い衆は、どうも最近になって帝国の他の土地から移住してきたり、離散した北の開拓村から流れてきた人たちの子供(丸太の隙間から透かし見える感じだと、だいたい十二歳から十五歳くらいの若年層)らしく、私の事を誰もわからないらしく、
「三年前まで村にちょくちょく顔を出していた森の魔女の弟子ですけれど」
と、説明しても頑なに門扉を閉ざしたまま中へ入れてくれようとしません。
仕方がないのでフードを下ろして説明しようとしたところ、門の外で押し問答をしていた相手である一番年長の少年がごらんの有様ですし、お互いににっちもさっちも行かない状況になってしまいました。
「お、おい。どうする……?」
「誰かわかる大人を連れて来いよ」
「相談役のクレートさんなら」
「あの人、一年前に王都からきた会計士だろう。わかんねーよ」
「チャドは――」
「半年前に『白樺の村』へ移住したろうっ」
何やら裏門の後ろで相談していた少年たちですが、どうやら方針が決まったらしく、
「いまからわかる大人を連れて来る。それまでじっとしていろ! あとジャンの兄貴は無事なんだろうな?」
そう精一杯虚勢を張って恫喝しているボーイソプラノが問いかけます。
『ジャンの兄貴』というのは、私の素顔を直視して倒れた失礼な少年のことでしょう。ちらりとコッペリアに目配せすれば、
「呼吸もバイタルも正常値に戻りました。脳障害等が起きる確率は五パーセント以下です」
「――ええ、眠っているだけなのですぐに起きると思いますわよ」
そう答えると、ほっとした気配が門扉の後ろから漂ってきました。
「ところで。三年前に比べるとずいぶんと村が発展して人も増えたようですが、何かあったのですか?」
ほんのわずかに弛緩した空気を逃さずに、私はふと気になった……という感じで雑談を振ってみました。少しでも相手の胸襟を開かせるのと、純粋に気になったその両方の気持ちからの質問です。
すると倒れているジャンに続いて年長組らしい十三歳ほどの少年が、小ばかにしたような、同時に誇らしげな口調で、
「なんだ知らないのか? 全部巫女姫様のお陰なんだぞ!」
「へー……」
私、何かしたかしら?
「巫女姫様が手ずから作物と土地に祝福を与えてくれたお陰でこのあたりは不作知らずだし。転移門を設置してくれたり、道路の整備や水路の灌漑もぜーんぶ巫女姫様が率先して指導してくれた。だからこの村はこんなに豊かなんだ!」
多分、普段から大人たちが発言しているのを聞いて、子供たちも我が事のように自慢げに喋っているのでしょう。
「…………」
それを聞いた巫女姫その人である私の胸になんともいえない複雑な思いが去来します。
私はそんなたいしたことはしていないですし、この豊穣と発展は村人自身の努力と忍耐の成果だとしか私には思えません。
それでも、そう思ってくれる人たちがいる。忘れずにそう誇ってくれる。そんな村の皆さんの心遣いが嬉しくて、暖かくて……万感の思いを前に、胸が詰まった私はそっと、フードの下で瞼にたまった涙を指先で拭いました。
「――ジルっ! 久しぶりだね。大きくなって、まあ……!」
と、そこへ聞き慣れた声とともに、息せき切って朴訥な容姿をした長身の男性が走って来るのが、壁の隙間から見えました。
はっとして見れば、
「アンディさんっ、お久しぶ――」
三年たってさらに落ち着いた――さしずめ大地にどっしりと根を下ろした大木――のようになったアンディが、以前に比べて小ざっぱりした身なりでやってきます。
で、それはいいのですが、両手でおくるみを抱きかかえ、そこから本当にちっちゃなモミジのような手が覗き、「ばぶー」という甘えたような声も聞こえてきます。
「生後3ヶ月ほどの嬰児ですね。女児で九十九パーセントの確率で成年男性との親子関係が認められます」
つまり結婚→奥様妊娠→奥様出産→旦那子育て→家庭円満(←イマココ)の状況な訳ですわよね。
冷静なコッペリアの分析を聞きながら、この三年あまりでの状況の変化に頭を抱える私。
「そんな……っ。三年前は『友人としてはいい人だと思うけど結婚相手としては物足りない』アンディと、『近隣の村中で結婚したくない男ナンバーワン』の異名を馳せていたチャドが、ともに結婚して幸せな家庭を築いているなんて!」
「? よくわかりませんが、一般的にはいいことなんじゃないですか? 普段のクララ様なら諸手を揚げて祝福すると思うのですけれど?」
ええ、慶事だということは理解しています。理性では、理解していたのですが……。
「独身最後の砦が! どうせいまでもモテない状態でいるのに違いないから、同じ傷を舐めあおうと思っていたのに、あのアンディとチャドが私程度の悩みを一足飛びに飛び越えたファーストペンギンになるなんてっ!!」
ちなみに『ファーストペンギン』というのは、数多の群れの中から、どんな危険があるかも知れない海へ、魚を求めて最初に飛びこむ勇気あるペンギンのことで、デッドラインの目安ともなっています。
「……多分、慣れない恋愛ごと、まして三角関係のプレッシャーの影響なのでしょうけど、現在のクララ様の思考が珍しく後ろ向きで、共倒れを願った状態にまで錯乱していることだけはわかりました」
眩暈がする私の隣でコッペリアが訳知り顔で頷き、青六が『やれやれ』という風に両手を上げて肩を竦めるジェスチャーをしていました。
12/25 誤字脱字の修正を行いました。
12/26 ちょっと修正しました。




