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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第五章 クレールヒェン王女[15歳]
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老魔女の占いと悪魔の誘惑

いろいろと懐かしい人たちが登場します。

 春とはいえまだまだ肌寒さがひとしおのヴラウィオール帝国北部、【闇の森】(デネブラエ・ネムス)の只中にある粗末な庵にて。

 どこからどうみても魔女としか言いようがない、偏屈そうな黒衣の老婆が安楽椅子に腰かけながら鼻を鳴らした途端、慣れた様子でその傍らに蹲っていた虎ほどの体躯を誇る黒猫が、器用に肩から生えた触手でもって薪を何本か暖炉へくべた。


「……ったく。あのバカ弟子が、何年も庵を放置しときやがって。どっからか隙間風が吹き込んできて寒いなんてもんじゃないね」

 ぶつくさ不平をこぼしながら、丸テーブルの上に無造作な手つきでタロットカードを並べている。

 その配置を眺めていた老婆だが、軽く眉をしかめて吐き捨てた。

「――ふん『塔』ってことは。また面倒臭そうなことに首を突っ込んでいるみたいだね。でもって敵対者が『女教皇』『死神』そして『悪魔』ときたか。対して味方は『愚者』と『正義』『恋人』かい。ある意味あの盆暗お気楽娘にはぴったりだね」


 独り言のような老婆の占い結果を耳にして、巨大な黒猫が首を伸ばし、心配そうな眼差しをタロットの盤面に向ける。


「ふふん、おまけに『吊るされ男』はどっちつかず。このままじゃ、さすがにヤバいかも知れないね」

 そう口に出して、「ひっひっひっ!」と、いかにも愉しげに底意地の悪い含み笑いを漏らすのだった。


「――みゃあっ」

 さすがに不謹慎だとでも言いたげに、ひと声抗議する黒猫。

 それを受けて、老婆は笑いを収めて――にやにや嗤いはそのままで――ちらりと黒猫を一瞥してから、再びテーブルの上へ視線を戻して付け加える。


「ま、あのバカ弟子は何度も運命をひっくり返しているからねえ。そこが面白……興味深いんだけどね。それとそうそう悪いことばかりじゃないさ」

 言いつつトントンとタロットの一部を鷲の爪のようにひん曲がった指先で叩く。

「これを見ると正位置に審判のカードがあるからね。意味するところは『思いがけない出会い』『失せモノの発見』『死んだと思った人物との再会』ってところか。もしかすると、近いうちにブタクサがここに来るかもね」


 それを聞いた黒猫の透徹した瞳に喜びの色が浮かんだ。バットほどの太さがある尻尾が左右に揺れる。


「けけけっ、そうなったら徹底的に可愛がってやらないとねえ。とりあえずこの庵の建て直ししてもらおうかねえ。ああ、あとついでに魔術と一般教養以外にも、花嫁修業も必要だろうねえ。でもまあ、まずは俗世の垢を落としてからだね。とりあえず【闇の森】(デネブラエ・ネムス)の中心部まで徒歩で行かせて、《魔皇》の配下に半殺……揉んでもらえば丁度いいかね。――ああ、適当に理由をつければ丸と信じるだろうさ。アレは根本的に馬鹿だからね」

 

 素直に歓びを顕わにする殊勝なペットとは対照的に、老婆の『可愛がる』の方向性は非常に突き抜けているのだった。

 冗談とは思えない本気の口調を感じ取って、黒猫は悄然と肩を竦め、遥か北西の方向に顔を向けて、『ご愁傷様』とでも言いたげな、哀愁漂う咆哮を一声放った。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 やってきた変質者――いつかの商人さんの説明では(らち)が明かない。というわけで、私たちは彼の先導の元、ゾロゾロと連れ立って現場へと向かって歩いていました。

 エウフェーミアも付いてきたかったのですが、さすがに危険だということで競技場で待機となりました。

 その際に、責任者としてオーランシュ家の執事(バトラー)をしているレグルスが呼ばれたため、

「あら、お久しぶりですわね、レグ……えーと、いまはエミールでしたわね?」

「あ、はい。ご無沙汰しております、マイ・プリンセス」

 と、段取りをすっ飛ばした挨拶となってしまったのはご愛嬌です。


「お姉さま、エミールとお知り合いですか?」

 怪訝な表情のエウフェーミア。


「ええ、まあ。個人的に“巫女姫”としての私との古い友人のようなものですわね」

「友人など畏れ多い! 私にとって貴女様は恩人であり、まさに女神でございます!!」

 と、エキサイトするレグルスを宥めて。あとそんな彼の姿はよほど珍しいのか、エウフェーミアが呆気にとられていましたので、これ幸いにと押し付けて、

「とりあえず思い出話は後にして、ちょっと用事を済ませてきますわ」

「……わかりました。では、後ほど」


 謹厳な面持ちで頷くレグルスに後を任せて、私たちは警備の人間に囲まれながら、悠々とその場を後にしたのでした。


「で、どこにいくのですか?」

 泰然と前を歩くメイ理事長に確認したところ、

「あんたとさっきの執事が落ち合う予定だったところ。――図書棟のところよ」

 そう答えが返ってきて、思わず振り返ってこちらに向かって深々と頭を下げているレグルスをマジマジと凝視してしまいました。


 と、振り返りながら歩く私を危ぶんでか、ルークがさり気なく私の手を取ってエスコートしてくれます。

「危ないですよ、ジル」

「――ありがとうございます」

 お姫様になった気持ちで(体操着とブルマだけれど)、姿勢を戻して会釈をしました。


「どういたしまして。ところで、さきほどのオーランシュ家の筆頭執事についてですが、ジルは彼の事をその……」

 なぜか歯切れ悪く、もどかしげにレグルスの話題を口に出しかけたところで、

「「ハクションっ!!」」

 突然に前触れもなくクシャミをするルークともう一名。

「――くしょん!」

 途端、なぜか猛烈な寒気を感じて、私もまた我慢しきれずクシャミを放ってしまいました。


「だ、大丈夫ですか、ジル? 僕も突然に鼻の奥がムズムズしてクシャミが止まらなくなりましたけれど、もしかすると風邪が流行っているのかも知れませんね」

「うむ。ワタシもさっきルーカス殿下と同時にクシャミがでました。流行性感冒(インフルエンザ)の可能性もありますね」


 心配するルークと鼻をこすって同意するコッペリア。


「あんた人間じゃないのに風邪とか引くわけ? そういえばこの間蚊に刺されたとか言って二の腕掻いてたけど」

 私の後について歩いてきたエレンが、同じく侍りながら訳知り顔で頷くコッペリアにツッコミを入れます。


「当然ですよ。ワタシは完璧な人造人間(オートマトン)ですよ。病気に罹ったり蚊にも食われることで体内でワクチンを合成することも可能。ついでに不眠不休でベタ塗りやトーン貼りもできます!」

 ドヤ顔で自慢するコッペリア。

「「「「「へー……」」」」」

 思わず感嘆する私、エレン、ルーク、ヴィオラ、リーゼロッテ様の一同。


 聞く限り確かに凄い、驚嘆すべき高性能なのですが、

「……どれだけ高スペックでも、中身が残念だといろいろと台無しよね」

 そう、思わず口に出して慨嘆する私ですが、肝心のコッペリアときたら、

「はっはっはっ、クララ様にだけは言われたくはありませんねー」

 軽くスルーをして、逆に相打ちを狙ってきます。

「そんなことないわよ!」

「「「「…………」」」」

 当然、一蹴したのですが、なぜか他の面子が率先して異を唱えてくれなかったのが、非常に不本意でした。


「よし、ここから先はあたしら以外は入れないように規制をしておいて! 事前に人払いの結界は張ってあるわよね? よし、オッケー」 


 そんなわけで十五分ほど歩いた先。

 メイ理事長の指示に従って、警備員が散らばり、虎模様の呪的紙テープによって一帯に結界が張られた図書棟群へと到着した私たち。


 どういう基準で選ばれたのかは不明ですけれど、私たち五人――そういえば先ほどからセラヴィの姿が見えませんけど、買い食いでもしてるのでしょうか?――と、メイ理事長、黒髪の商人さんとがテープを潜って足を踏み入れる許可をいただきました。

 で、さらに目標であった第二図書塔の裏へ回ると、そこはまるでドラゴンが暴れまわったかのような凄惨な有様と化していました。


「うえーっ、これ直すのにどんだけ手間と予算がかかると思ってんのよォ」

 

 腰に手を当て、ぐるりと被害を見渡して渋い表情を浮かべるメイ理事長。

 ざっと見た限り、暴風でもあったかのように捲れ上がった芝生と地面。人の背丈ほどもある岩が軒並み薙ぎ払われ、一抱えも二抱えもある大樹が広範囲に渡ってへし折れてるという無残な有様を露呈しています。

 煉瓦造りの建物も大半にヒビが入り、中には半壊しているものすらありました。


「最小限の被害で留められると思ったからこそ、アンタに下手人の拘束を依頼したんじゃないの!?」


 そんな理事長の怒りの矛先を受けて、

「も、申し訳ございませんわ、理事長先生。まさかあの者があの状態から私の束縛を逃れるとは、正直想像もできませんでした。これは私の失態でございます、反省しておりますわ」

「……あの、いちいち私の声音を真似て、クネクネしないでいただけますか、商人さん?」

 この期に及んで体操服とブルマのまま、両手を胸元に添える仕草で「いやんいやん」と、鼻から抜ける嬌声をあげてぶりっ子(遺物級死語)ぶる、どう見ても変態にしか見えない黒髪糸目の商人さん。


 さすがに目に余るため、やんわりと物申す私ですが、さすがは変態。この程度の抗議では毛ほども動じません。


「反省だけなら誰でもできるっていうの」

 あと、ついでにメイ理事長もピクリともせず自然に受け答えしています。

 もしかして慣れているのでしょうか?


「ああ、その通りですわ。こんな、こんな……不甲斐ない姿を晒す事になるなんて、お恥ずかしいですわ。ああ、いたたまれません。穴があったら入りたい心境でございます」

「いや、居た堪れないのは私のほうなのですが。というか、もしかして私って傍から見るとこんな痛いタイプなのでしょうか?」


 よよよ……と、ハンカチを取り出して涙を拭く真似をする、もっこりブルマの商人さんを前に、自らのアイデンティティーが揺らぎまくる私でした。


「ああ、なんて恐ろしいのでしょうっ」

「私としては商人さんの物真似と、それを前にしても平然とされているメイ理事長の方が恐ろしいですわ。……あの、いい加減私ばかりツッコミばかりで疲れるのですが」

「普段は徹底してボケ役ですからねえ」


 しみじみとした口調で慙愧(ざんき)に堪えない、とばかりに肩を竦めるコッペリア。


「つーか、アンタ。コレを見てもっと憤慨すべきじゃないの?!」

 この期に及んで私の真似をしたまま身を震わせる商人さんを指さすエレン。

「こんな扮装はジル……じゃなくて、『クララ様に対する侮辱ですね。よろしい、ならば戦争だーっ!』と、普段なら吼える場面だと思うけど?」


 そういえば珍しく静かにしてるわね。


「エレン先輩はワタシという人造人間(オートマトン)を誤解していますねえ」

 『やれやれ、これだから無知な人間は』口調で言い聞かせるコッペリア。

「……なんか腹立つわねぇ~」


「のう。つまるところあれは、ジルの関係者であるか?」

 と、リーゼロッテ様に袖を引かれて確認を受けます。言うまでもなく『あれ』というのは、ブルマを履いた変態の事です。


「……えーと、関係者というか、師匠(レジーナ)の友人というか、なんというか……言葉に詰まりますわね」

「「なるほど、つまり関係者ということ(じゃな)(だね)。納得した」」


 なぜか私のアヤフヤな説明で納得するヴィオラとリーゼロッテ様。解せません。というか、イロモノ枠は皆さん私の関係者だと頭から疑ってかかられてませんか!?


「つーか、ワタシの観測機があっちのクララ様モドキも『魔力量、魔力波動、霊気、霊光とも一致する=同一人物である』と、結論を出しているのでツッコミ辛いんですよ」

「あんたの目が腐ってるんじゃない!?!」

「……いやーっ、私も自己診断プログラムを走らせたんですけど、どこにも異常がないんですよね。どうしましょう?」

「『どうしましょう?』じゃないわよ。なんでこんな一目瞭然の事実を前に悩むわけ!?」


 はっはっはっ、と他人事のように笑うコッペリアの両肩を掴んで、激しく前後に揺さぶるエレン。

 そんなふたりの様子に、

「ほほほほほっ。私の変装術は完璧なのよ♪ 見た目のみならず、魔術的測定や科学的観測まで瓜二つ。完全に偽装できるわよン」

 商人さんは小指を立てて、艶めかしい品を作り嬌声を放ちました。


 自信たっぷりの商人さんと、「うおおおっ、区別がつかねえ!」と思い悩むコッペリアを前に、

「――ルークぅ……。私の実態って、他人から見たらあんな風なのでしょうか? あれならまだブタクサ姫って言われた方がマシなのですけど……」 

 思わず手を握ってくれたままのルークに縋り付きます。


「いやいやいやいや! そんなわけありません。ジルは誰よりも素敵な、僕の最愛のお姫様ですから!!」

「つーか、ジルはたまに誰が見ても一目瞭然の事実を前に疑問を抱くのォ」

「まあ、変に自信たっぷりなのもジルらしいくはないですけどね」


 明言してくれるルークと、顔を見合わせるリーゼロッテ様、ヴィオラ。

 心なしかルークとはお互いに、ドサクサ紛れに大事な告白をしたような気もしますけれど……。


「本当ですか!? 嬉しいっ!」

「……あの、ドサクサ紛れに僕の手を取るのは止めてもらえませんか? いま大事なところだったんですけど」

 私を押しのけて両手を取った商人さんを、心底迷惑そうに見据えるルーク。


 と、私たちに背中を向けて、その場に屈み込んでひとしきりその場の魔力波動(バイブレーション)などを検証していたメイ理事長ですが、

「う~~ん、わかんないわね。この反応だと、いきなりこの場にSランク以上の魔物が現れて、ひと暴れして煙のように霧散したって感じね」

 どうにも釈然としない表情で振り返りました。


「召喚術ってわけでもなさそうだし。どんな奴だったの相手は? あんたが取り逃がすくらいなんだから、そこいらの二流じゃなかったんでしょう?」


 問われた商人さんは、悄然と肩を落として一言。

「――妖精族(エルフ)の女でしたわ」


妖精族(エルフ)? ジン……いえ、半闇妖精族(ハーフダークエルフ)の男性ではなくてですか?」


 予想外の答えに思わず口を挟んでしまいました。

 どういうことでしょう? 見間違いか、もしくは別に敵対する妖精族(エルフ)がいるということでしょうか?


 困惑する私たち以上に、メイ理事長は不審の表情を浮かべて問い掛けます。


妖精族(エルフ)ぅ? 超帝国本土にいる高位妖精族(ハイエルフ)が集団で掛かってきたならともかく、地上にいるただの妖精族(エルフ)にあんたが後れを取ったっていうの!?」

「ただの妖精族(エルフ)、というのは違いますわね。達人(アデプト)級の魔術を行使して、なおかつ蒼……邪神の神器を使いこなすのですから」


 通常の妖精族(エルフ)は魔術を邪術(ソーサリィ)と言って毛嫌いするのが普通です。

 その魔術を達人(アデプト)と言わしめるほど極めて、なおかつ邪神の神器をも使いこなすとなれば、それは確かにただ者ではないでしょう。


「……それが本当なら、由々しきことね。下手をすればあたしらと同等、神人級かも知れないわ」

 さすがに緊張した面持ちで呟くメイ理事長。


 そんな彼女に対して、へらへら笑いを一瞬だけ収めた商人さんが近寄って行き、「つーか、あれは・チャ・の姐さんでしたわ」その耳元に何やら囁きました。


「!!??」

 刹那、これまで見たことがないほどの衝撃を受けて凍り付いたメイ理事長。

 触れたらそのまま粉々に壊れんばかりの理事長の様相に、思わず私たちも息を殺してその場に留まるばかりです。


 どれほど時間が経ったでしょうか。

「そんな馬鹿な……」

 心の奥底から振り絞らんばかりの声をメイ理事長はこぼしました。

「アイツは死んだはず……」


 ◆ ◇ ◆ ◇


「――なっ!?」


 アレクに案内されたいまは使っていない学園の厩舎の一室。

 あちこち隙間の開いた壁や天井から差し込む薄闇の中、待ち構えていた半闇妖精族(ハーフダークエルフ)の男が瞬く間に姿を変えるのを目の当たりにして、セラヴィは言葉もなく絶句するのだった。


 褐色の肌は洗い流されたかのように白く、中途半端に尖っていた耳は大きく天を突くように尖り、漆黒の髪は煌めく金色の髪へ、錆色の瞳は宝石のようなエメラルド色に。そしてなにより、男のものだった骨格と筋肉が組み変わり、まろやかな曲線を描き出した。

 幻術や目くらましの類いではない、明確に肉体構造が変わっての“変身”である。

 だがこれほど軽やかで完全な変貌など見たことも聞いたこともない。


「ふふふ、この本来の姿でないと完全に傷を消さないわね」


 ほんの数秒で変身を終えた彼――いや、彼女は婀娜(あだ)な仕草で嫣然(えんぜん)と笑った。


「エ……妖精族(エルフ)? いや、高位妖精族(ハイエルフ)……? さっきまで気配も魔力も完全に半闇妖精族(ハーフダークエルフ)そのものだった筈だのに?!」

 思わず漏れたセラヴィの声が疑問形になってしまったのは、目の前にいる妖精族(エルフ)の存在感と魔力が、通常の妖精族(エルフ)とは桁外れであるからだ。

 ジルの馴染だという、いつもルタンドゥテにたむろしている妖精族(エルフ)の二人組とはまったく違う。例えるならいくら似ていても、猫と虎とを見間違えるわけがない。それくらい生物としてのレベル差が歴然と存在している。


「ふっ。我が神の神器はその“存在”すら変貌させる。あの姿で会った時は、確かに私は半闇妖精族(ハーフダークエルフ)の男であったわ」


 完全に気を飲まれて立ち竦むセラヴィと、その背後で自らに向かって恭しく跪拝するアレクに向かって、猫がネズミを弄ぶような笑みを向けるその女。


「覚えておきなさい。私は妖精族(エルフ)高位妖精族(ハイエルフ)などというありきたりなモノではないわ」

 この時代、地上からは消えた伝説の存在である高位妖精族(ハイエルフ)をして、『ありきたり』と見下す彼女。

「私こそが妖精族(エルフ)の唯一の神祖である〈神聖妖精族(サンクトゥスエルフ)〉。超越者にして真なる蒼き神の妻であった者。今の世では〈6=5〉(アデプタス・メジャー)と呼ばれるわ」


 そう傲然と言い放った彼女は、声もなく戦慄くセラヴィに向け右手を差し出す。

 指先まで白くて細い手だが、死闘のあとを物語るかのように、いまは細かな糸で切れたような傷が幾つも走っていた。


「私はすべての肯定者。お前のことは聞いているわ、セラヴィ・ロウ司祭」

 いっそ優しげに囁く彼女。

「悔しいのでしょう。生れ落ちた身分に」


 その瞬間、セラヴィの脳裏に甦ったのは、なにげない日常で赤裸々に知らしめられる侮蔑の言葉である。

『愚民っ、いざとなったらクララ様の肉壁になるのよ!』


「知っているわよ、虐げられた怒りを」

『クララ様の飼っているお犬様の小腹が空いたらしいので、いますぐ購買でコロッケパン買いにパシってこいや!』


「欲しいのでしょう、あの巫女姫と呼ばれる小娘が?」

『クララ様を邪まな目で見るな、愚民。減るわ!』


「いまのままではお前の想いは決して届かない。けれど私の手を取れば、この世にある財も身分も権勢も思いのままよ。どんな望みも叶う。さあ、私の手を取るがいいわ。ともに手を携えて真の自由を得ましょう」


 その恐ろしく魅力的な誘惑を前に、煩悶するセラヴィの視界の中で、白と赤に染まった右手が段々と存在感を増して大きくなっていくのだった。

セラヴィが転んだらだいたいコッペリアのせい(´・ω・`)

ちなみに『神聖妖精族』は、妖精族の弱点である卑金属に触れないなどの欠点を克服しています。

なお、現在この世界には『神聖妖精族』は彼女しか存在しません。

『神聖妖精族』、はたして何者か!?(`・д´・ ;)

……あ、あと前作『吸血姫は薔薇色の夢をみる』もよろしくお願いいたします(棒)

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