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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第五章 クレールヒェン王女[15歳]
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幕間 セラヴィと運命の交差点

「「「「「きゃーーーっ♪♪♪」」」」」


 すぐ傍らから巻き起こった少女たちの嬌声とも歓声ともつかない甘い叫び声。

 思わずその騒ぎの大本をたどれば、一般講義棟の間を縫うようにして走る煉瓦道を、見慣れた制服姿の男女が肩を並べて、仲睦まじく歩いている光景が目に飛び込んできた。


 爽やかな微風に髪をそよがせ、麗らかな陽光を弾き返しながら歩くふたり――。


 片や淡い金髪に空のように澄んだ蒼い双眸をした凛々しくも甘い顔だちをした白皙の貴公子。

 片や世にも稀なピンクゴールドの長い髪に翡翠色の瞳をした、儚げな女神……あるいは天使とも賞すべき絶世の美姫。


 まるで一幅の絵のように鮮烈ありながらも微笑ましいその光景を前に、意味のない悲鳴をあげては興奮して、二階の窓から身を乗り出さんばかりに鈴なりになっている女子生徒たち。


 リボンやスカーフの色からして、今季入園した新入生だろう。

 騒ぎが伝播してさらに盛り上がり過ぎた数人が、幸せ一杯の表情のままその場に崩れ落ちる――ところを、同じ講義を履修している先輩たちが素早く動いて対応した。


「救護班! また免疫のない生徒が倒れたので保健室へ連絡っ。いまのところショック死した生徒はいないようだが、お二方の通られたルート上を洗い出せ。進路上でうっかり出会い頭に直視、そのまま大事に至っている生徒がいる可能性がある。今日の当番は大至急気付け薬(アンモニア)を持って見回り! あと念のため、マニュアルに従って会長へも口頭で知らせて指示を仰げっ」

「会長って生徒会『銀の紋章アージェント・レイブル』の会長ですか?」

「馬鹿だなぁ。会長って言えば『神聖クララ様公認ファンクラブ』のコッペリア会長に決まっているだろう。この『マニュアル・愚民どもがクララ様を迂闊に裸眼で見た際の注意事項』の筆者でもあるんだ。あとで百回は読み直しておけ! あと会長ならスカイフィッシュ並にその辺を走ってるから、適当な生徒に聞いて目撃証言を参考にしろ!」

「うっす! 了解です」


 先輩たちは手馴れた様子で廊下から担架を持ってきて、テキパキと流れ作業で昇天している後輩たちを保健室へ運び出す。さらには『クララ様*命』と書かれた腕章をつけた男子生徒と、『ルーク様#ハアハア』と書かれた団扇を持った女子生徒が、機敏な動きで講義室から各地へと飛び出していった。


「……慣れたものだなぁ」

 半ば感心、半ば呆れながらそうひとりごちる。


 認識阻害なしで本来の魅力を垂れ流しに見せ……魅せているジル(自覚なし)と、もともとの優男っぷりに加えてこの一年の成長と放浪で深みを増したルーカスの(二重の意味で)天然超絶美形カップル。

 自分も含めてあのふたりが学園に復帰してから二月ほどだが、それからの騒ぎを思い出して――特に復帰直後は半ば暴動になり、やむなく俺たちは個別に特別教室で補習を受けさせられたほどである――俺はため息をついた。


 良くて茫然自失、運が悪ければ文字通り心臓麻痺か脳溢血であの世(ポックリ)逝き……ま、大抵学園の治癒術師か、それで手に負えなければジルが蘇生させるので、いまのところ大事にはなっていないが、少なくない数の生徒が、お花畑で死んだ親族に手招くされた経験を踏んで、いつの間にやら対応の仕方を経験則から学び(基本視線を外して正面から見ない)、慣れない相手に対するアフターケアまでできるようになっているのだ。慣れとは恐ろしいものである。


 嫌な慣れだな、とは思うけど。


 それにしても絵になるふたりだと思う。見た目もそうだがけれど、家柄、血統、能力、性格……あらゆる面で申し分のない、まさに空想の中の理想の王子様と姫君とはかくあるべきの姿だ。


「“比翼の鳥”に“連理の枝”或いは“真なる人間”か」

 無意識にそんな感想が出る。


『比翼の鳥』は雌雄それぞれが目が一つ、翼が一つのため、常に二羽一体となって飛ばなければならない鳥のことで、『連理の枝』というのは二つの木の枝がつながって一つになった木のことで、いずれも男女の仲睦まじいことの例えだ(※この世界だと余裕で実在する)。

 ついでに付け加えると、『真なる人間』というのは、かつてとある哲学者は言ったことに由来する。


『神話の時代、人間は二つの頭を持ち四本の腕と四本の足を持った存在であった。それこそが完全な存在。だが、悠久の時の中で人はふたつに別れるようになった。

 それゆえに人は無意識のうちにお互いの半身を……分かたれたもの。己に足りないものを求めて永遠に流離う運命にあるのだ』と。


「……まさにそれ(・・)だよなぁ」


 お互いが揃うことで欠けていたピースがすべて埋まる瑕疵のない完璧な男女。

 このふたりを祝福するために世界があるとすら思える最高のペア。

 誰しもが微笑を贈らずにはいられない光り輝くふたり。


「――ったく、目障りだな。さっさと通り過ぎればいいものを……」


 その騒ぎに辟易したのと、まるで覗き見をしているようなバツの悪さ……そのせいか、胸のあたりでモヤモヤと渦巻く吐き気のような居心地の悪さを感じて、俺は背中を預けていた窓際から離れた。


 席について鞄からノートと筆記用具を取り出して、軽く次の講義の予習でもしようかと思ったところ、

「やあやあ、今期の講義が始まってもう二月だっていうのに、相変わらずの騒ぎだね」

 そう言って勝手に隣の席に腰を下ろしたのは、下宿している学生寮(コレッジ)の寮長でもある『アレク』こと、アレックス・フォーサイトという名の男子生徒だった。


「隣いいかな?」

「好きにすればいいさ。つーか、あんたまだこんな講義を履行していたのか?」


 年齢的には二十歳を過ぎていて、そろそろ卒業を視野に入れなければならない筈なのだが、一年ぶり(三十年ぶり?)にシレントへ帰還した時も変わらずに寮にいて、変わらずに学生と寮長をやっている彼の様子に、軽い皮肉を込めてツッコミを入れる。


「いろいろと仕事が忙しくてね。それに去年まではこの講義を受け持っていた教員が、バリバリの差別主義者だったので、どうにも馬が合わずに敬遠していたのさ」

「仕事? 学生組合(ユニベスシタス)の方の仕事か?」


 ちなみに彼は身分制度の撤廃を求める学生組合(ユニベスシタス)のシレント方部長も勤めていた。


「まあそんなところさ。皇華祭も近いので大変だよ。まあ、あれは貴族のためのお祭りなので、僕の苦労はチケットの手配や出店の手配とか、あと個人的なゲストに便宜をはかるとか……あくまで副次的なところだけれど、君なんて大変じゃないのか? なにしろ祭りの主役である大本命の“プリンセス”――下馬評を見るまでもなく、確実に選べるであろうジュリア嬢の関係者なのだから」


 軽く肩を竦めて、同情の姿勢を明確に示すアレク。


 自分がいなかった間も、空き部屋になっていた(同室のエリアスはそのままひとりで)寮の部屋を確保してくれていたのは感謝している。また、遅れていた講義の履修にも力を貸してくれたり、お節介にも寮の食堂で『帰還祝勝会』を開いてくれやがったことは(ありがた迷惑ではあったが)、ここに帰ってきたという望郷の念を満たす良い区切りのイベントだったと思う。


 だが、そうした流れの延長で、もともとお節介な性格だったのが輪をかけて、俺に干渉するようになってきたのは正直、余計なお世話、いらない迷惑というものだった。


「……別に。忙しいのはジルとルーカス、あとはその関係者のお偉いさんばかりだし」

 あと、なぜかコッペリアが連日フル回転で、

「うおぉぉぉぉっ! 働け、クララ様の下僕ども。ナントカ祭りまで残り十日。全員特攻覚悟で馬車馬のように働くのだーっ、つーか、失敗したら自爆装置か自爆呪文で死ぬ覚悟で働けーっ!! トランザームっ!」

「「「「「ハイル、クララ様!!!」」」」」

 思いっきりいまも手下とドップラー効果を伴って廊下を駆け抜けて行ったが、あれは本来は部外者のはずなのだが……と思いながら俺は言葉を続ける。

「ま、どっちにしても俺みたいな庶民には、プリンスも関係ないから気楽なもんだ。寮長には借りもあることだし、俺にできることならひとつぐらいは手伝ってもいいくらいだ」


「そうかい、ありがたいね。だけど、君だって巫女姫様を助けた英雄のひとりだし、それなりに注目の的で忙しいと思うんだけどね。実際、あの凱旋パレードはなかなか見物だったし……まあ、確かに。巫女姫と英雄皇子が主役で、その他は勇者様の一行その他って感じだったし、もっと前に出れば主役のふたり並に持て囃されると思うんだけど、そうするつもりはないのかい?」


 普段であれば極めて好人物であるアレクの快活な感想……であるのだが、どこか冷笑を含んでいるように感じられたのは、或いは貴族に相反する学生組合(ユニベスシタス)の方部長という肩書きに対する、俺の先入観によるものかも知れない。


「ないな。騒がれないほうが面倒がなくて結構だ」

「ふーん、だけど同じ男として……同じお姫様に惚れた同士、ルーカス殿下に劣等感や嫉妬は抱かないものなのかい?」


 そんな俺の割り切りを一笑に付すかのように、アレクはいきなりとんでもない軽口を叩いた。


「はあぁあ!? あんたがそんな下世話な発言をするとは思わなかったぜ、寮長」

「おや、気に触ったかい?」

「ああ、正直なところ不愉快だね」

「それは申し訳ない。さっきの『目障りだな』からの態度を見ていて、てっきり片思いに思い悩む若人(わこうど)を、人生の先達(せんだつ)として教え導かなければと思ったんだけれど」

「余計なお世話だ――いや、えらい勘違いだ。だいたいあのふたりの間に他の奴が割って入る隙間なんてないだろう」


 そもそも俺がジルに惚れている……まあ、まったくそんな感情がないといえば嘘になるけれど、だからといってルーカスと張り合おうとか、出し抜こうなんて考えたこともない。

 それだったらルーカスのいなかった三十年前の世界で、積極的にジルにアタックしていたことだろう。ジルはあれで妙に恋愛ごとに疎くて、脇が甘いところがあるので、ちょっと押せばなんとかなった……かもしれない。


「植え込みのところに心臓発作で倒れている生徒を発見! ナンバーワン! コッペリア会長、なんとかなりますか!?」

「とりあえず電気ショック。それでも駄目なら、なんともなんねえ!!」

 さっきジルたちが通り過ぎて行った通路を逆方向に駆けて行く、騒々しいコッペリアたち。


 思うにアイツに対して抱いている感情は、恋だの愛だのといった浮ついたものじゃないのだろう。ぱっと思い浮かぶアイツに対する評価は、尊敬とか畏敬とか『あいつは凄い奴だ』というものなのだから。



 だからこそ、君と共に歩むことができないと気付かされた……。



 だけどルーカスは違う。

 俺がアイツの立場なら、一年も待てないし、文字通り世界の果てまで行って見つけるなんて情熱を持てる……いや、持続できるわけもない。必ず途中で諦めるか妥協するかしただろう。

 あいつは凄い奴だ。尊敬できるし、信頼できる人間だ。

 あいつならいい。絶対にジルを幸せにできる男だ。


 それに根本的にあのふたりはお似合いだと思う。見た目も身分も……そして、何よりお互いの価値観が。

 あいつらはたとえ泥に塗れても、ゴミの中からでも綺麗なものを探し出し、ささやかな喜びに心から笑うことができる人種で、それでいて、金剛石が傷つかないように、オリハルコンが絶対に他の金属と混じり合わないように、自分自身は無垢なまま、綺麗なままでいられる。


 そんな俺の胸中での独白が聞こえたかのように、アレクが隣の席でアルカイックスマイルを浮かべる。


「ま、確かにそうかも知れないけれど。なんだか面白くないね」

「そうかい?」

「だってそうだろう。恵まれた立場の人間がより幸せを得られるのに、虐げられている人間はそのおこぼれに与るのに汲々(きゅうきゅう)とせざるを得ない。面白くないね」


 確かにそういう見方もあるだろうな。と、思ったところで講師が来て、雑談は終わりになった。

 だけれど、この時の会話が皇華祭での思いがけない出会いを果たし、ひいては俺の運命を大きく変える伏線になるとは、この時は予想だにできなかった。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 皇華祭、『乙女砲丸投げ』の競技中。

 文字通りの攻城兵器に使われそうな三十キルグーラあるという、子供の頭ほどもある砲丸をブンブンとぶん投げるご令嬢方の雄姿と、体の線が思いっきり出る体操服を着ているせいで、動くたびにゆさゆさと揺れる胸の砲丸を保持するジルの艶姿に、思わず茫然と見とれていた俺――というか、この場にいるほとんど全員――に、差し迫った口調で声をかけてきた男子生徒がいた。


「すまない、セラヴィ君。いまいいかな?」

「アレク――寮長? どうかした?」

「忙しいところ申し訳ないのだが、君、確か治癒術が使えたよね?」


 周りのお祭り騒ぎとは乖離した緊迫した雰囲気に、ピンときた俺も冷静になって声を潜める。


「怪我人か病人か?」

「怪我……だと思う。大賢者(アデプタス・メジャー)――いや、そのやんごとない身分の大切なゲストなんだけれど、可能な限り内密に治癒をお願いしたい。他の者には知らせずに、こっそり抜け出せないかな?」


 注意深く競技中のジルや応援している関係者に視線を送る様子から、よほど徹底して周囲に知らせたくない相手なのだとわかる。


「……ああ、わかった。あんたには借りがあるからな。この程度、お安い御用だ」

「すまない。助かるよ」


 ほっと安堵するアレクの案内で、俺は誰にも知られないうちにそっとこの場を後にした。

ここのところセラヴィの出番がないので、「セラヴィどうしたん?・´ω`・」というツッコミを期待していたのに、誰も気付いてくれない裏でこっそり巻き込まれていたセラヴィ君でした。

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