疑惑の競技と勝負の行方
『――おおおっと、ここで時間切れ! ブタ……舞台の上のシルティアーナ嬢、一投目は明後日の方角に飛び、危うく審判に当たるところを巫女姫様が『念動』で止めるファインプレイに助けられ、満を持しての二投目でしたがピクリとも動かず。時間切れにより失格。これにより残す二種目を待たずして最下位脂肪……もとい死亡確定だ!』
司会のバーニーJrのけたたましいアナウンスが会場中に流れます。どーでもいいですが、一瞬だけ『ブタクサ姫』と言いかけて修正しましたわよね? 即座に糊塗してなかったことにしたのは見事な機転ですけれど。
そのブタクサ姫こと魔導甲冑の人は、競技場の上からむくつけき筋肉の男性陣――二十八年組の皆さんによって胴上げみたいに抱えられて、控室へと戻っていきました。
『では、現在の“乙女砲丸投げ”の採点結果をお知らせいたします』
実行委員から渡された紙に目を通しながら、いまの競技結果を続けるバーニーJr。
魔術強化が使えない素の腕力勝負ということで、これは結果を聞かなくても私が下から二番目なのは間違いないでしょう。
なにしろ私が気功法を使って全力を出しても十メルトも飛ばせなかったところ、他の女性陣は三十キルグーラの砲丸を軽々と三十メルト、四十メルトと鼻紙みたいに放り投げていましたもの。
……皆さん本当に純粋な人間族なのかしら? 私だって腕立て伏せ毎日四百回できるのにこのありさま。
砲丸の重さが違うのでなおさら参考にはなりませんが、確か地球だと砲丸投げって男女ともに世界記録でも、二十メルトそこそこだったような気がします。
で、競技を終えた自分のチームの選手を笑顔で讃えて迎え入れたエステルが、振り返ると「ふふん♪」と優越感に浸った表情で私を見て鼻で笑っていました。
「……くっ」
別に悔しくはありません。ええ、たとえブービーでも悔しくはありませんわ。
「意外と負けず嫌いなんでしょうか?」
「ええまあ、以前にイラ……とある女とガチで殴り合いの喧嘩をしたくらいの武闘派ですね」
なにやらルークとコッペリアが囁き合っていましたが、
『ではでは、順に下から行きましょう!』
そんな私たちを置いて、ポンポンと司会進行は進みます。
六位:黄色『(偽)ブタクサ姫』 〇メルト……〇ポイント(総合〇ポイント:総合最下位)
五位:茶組『いかれた魔法使い』 十五メルト……十ポイント(競技点数・十ポイント:芸術点数・〇ポイント) 総合二百十九ポイント(暫定五位)
四位:緑組『百花繚乱』 二十三メルト……三十ポイント(競技点数・二十ポイント:芸術点数・十ポイント) 総合二百五十五ポイント(暫定二位)
三位:白組『金の切れ目が縁の切れ目団』 三十一メルト……三十五ポイント(競技点数・三十ポイント:芸術点数・五ポイント) 総合二百四十一ポイント(暫定三位)
二位:紫組『二代目巫女姫クララ様』 八メルト……五十一ポイント(競技点数・一ポイント:芸術点数・五十ポイント) 総合三百二ポイント(『もうこのまま一位ってことでいいんじゃない?』)
一位:ピンク組:『銀の紋章』 四十六メルト……五十五ポイント(競技点数・四十ポイント:芸術点数・十五ポイント) 総合二百三十四ポイント(暫定四位)
『――という結果になりました! いや~~っ、さすがに巫女姫様は強い。そして四位と五位が入れ替わり、これにより混戦模様が一段と激しくカオスの様相を呈してきました!!』
途端、会場中が割れんばかりの拍手と歓声に包まれましたけれど――え? あれぇ!? ちょ、ちょっと……。
「ちょっと待ちなさいよ! なによこの点数は!?! さてはアンタ、運営と組んでズルしたわね!!」
全力で抗議してきたのはもちろんエステルです。そしてその怒りの矛先はなぜか私でした。
「へ? いえ、私も何が何だか……」
「問答無用っ。うきーーーっ!!!」
興奮して野生に戻ったらしく、目と歯を剥き出しにして私に掴みかかってきたエステル――を、コッペリアが迎撃の構えをとり、その前にルークが慌てて割って入れて止めようとした――ところで、
「まてまてっ! 暴力はいかん!」
「やめるのだ、合法ロリ少女よ!」
「その胸や尻と同じく心も平らにせねばならんぞ!」
控室に魔導甲冑の人を運び終えた二十八年組の皆さんが、飛び上ったエステルを寄ってたかって羽交い絞めにして落ち着かせます。
「誰がロリよ!? あたしはもう十五歳だし、胸やお尻だって去年に比べたら一セルメルトは増えているわ! がるるるるるっ!!」
……落ち着かせているのですわよね? なおさら興奮して精神的にも物理的にも――顔の近くに回された逞しい二の腕に実際に――噛みついているような気がしますけれど。
「十四、十五歳の成長期に一セルメルトとは不憫な……」
「そうですわね。私でさえ一年間で五センチ増えてBカップになったのに」
「ちなみにジルちゃんは年間どのくらいバストサイズ増えたの?」
「ええ、教えてくださいお姉さま!」
「え? えーと、だいたい六セルメルト増えてきゅうじゅう――って、こんな場所で何を言わせるのですか、メイ理事長、エウフェーミア!?」
この騒ぎですので、当然物見高い観客や選手、運営委員の皆さんが注目している中、いつの間にか貴賓席から並んで傍に来ていたメイ理事長とエウフェーミア。
自然に聞かれて、ついいつもの口調で喋りそうになった私は、慌てて自分の口に手をやって閉じました。
「「「「「「「「「「――ちっ!」」」」」」」」」」
一斉に周囲から舌打ちが聞こえた気がして、「――え?」と、反射的に視線を巡らせましたけれど、途端にまるで潮が引くように周りの方々が顔を逸らせて素知らぬフリをします。
「ろ、六セル!? きゅ、九十……ふぎゃああっ! がるるるるるるっ!!」
ひとりだけ壊れた水車のように暴れ回るエステル。
「……なんですの、あの方は? もしかして皇立学園の生徒ですか?」
筋肉の塊のような巨漢三人に拘束されながらも、これを振りほどかんばかりの勢いで暴れる彼女の様子に、エウフェーミアが当惑したような表情を向けます。
「あれは単なる野生の令嬢なので気にしないでいいわ」
「はあ、野生の方なのですか?」
「誰が野生よ!? うきーっ! がる~~~っ!!」
「……なるほど」
メイ理事長の適当な説明に納得するエウフェーミアと、野生そのものの咆哮を放つエステル。
「まあ、とりあえず話を戻すけど、いまの競技は通常の飛距離を競う点数とは別に、プリンセスを決める皇華祭らしく、いかに優雅に華麗に砲丸を投げるかの“芸術点”も加算される仕組みになってたってことね」
「芸術点!?」
思わず私はメイ理事長の言葉を馬鹿みたいに繰り返し、次いでその悪戯っぽい笑みを浮かべる顔を凝視してしまいました。
だって、砲丸投げですわよ!? どこに芸術性が入る余地があるのでしょうか?
同時に審査員席に乗り込んだバーニーJrの声が響きます。
『芸術点ですか。そんな隠し点数があったとは意外ですね~』
『そこは淑女の祭典である皇華祭らしい諧謔だろうね。騙まし討ちのようになってしまったのは申し訳ないけれど、下手に意識させて余分な力が籠って怪我でもしたら大変だったからね』
そつなく答えるエイルマー殿下。
『なるほど。それで巫女姫様が芸術点五十点と圧倒的だったと……ちなみに、高得点のポイントはどこだったのでしょうか、テオドロス法王聖下?』
『決まっとる! 胸じゃよ、胸! クララが弾みをつけて投げた瞬間、儂ゃあ、砲丸を三つ同時に投げたんかと思うたぞ! いや、眼福じゃ、先代のクララは残念じゃったが、当代のクララは完璧じゃな。他は動き回っても筋肉で胸がまったく上下せんとは何事じゃ! 嘆かわしいっ』
『(あの……法王聖下、もうちょっとオブラートに包んで)』
『やかましい! お前らもそう思うたから、この点数を付けたんじゃろうが! 取り繕うな!』
他の審査員が宥めに入った声もマイクに拾われましたけれど、相手は仮にも(本当に仮にもですが)法王聖下。止められる人間など、帝国の第一帝位継承権者であるエイルマー殿下か、超帝国の神人であるメイ理事長。あとは、いちおう聖女教団の巫女姫である私くらいでしょうか……意外とこの場に揃っていますわね。
もっともエイルマー殿下は愉しげに笑っておられますし、メイ理事長もニマニマと人の悪い笑みを浮かべて他人事ですし、私は教団関係者としてあの方と同列に見られたくないので係わる気はありません……ということで、見事に放置状態となってしまいました。
「――まっ、ということでいまの段階だとまだジルちゃんが一位ね。納得した?」
「するわきゃないでしょう!!」
即座に反駁したのは野生の令嬢です。
「なによ、それは! おかしいわよ、まるっきり依怙贔屓じゃないの! 実力で頑張った他の皆を馬鹿にしてるじゃないのよ! いまの点数は間違っているわ!!」
絶叫するエステルの主張は、「……確かにそうですわね」と、私から見ても納得できるものでした。
「いやいや、ジルちゃん。これはお祭りなんだからそんな杓子定規に考えなくても――」
「お祭りだからこそ、皆さんが楽しめるものでなければならないといけないと思いますわ。私もエステルの言に一票入れさせていただきます」
「「え~~~~~~っ!」」
不満そうな顔をするメイ理事長と……なぜか唇を尖らすエステル。
「…………」
もしかして、採点の不公平とかどうでもよくて、ただ単に私のやることはとりあえず反対しただけなのでは……?
そう思いましたけれど、それ以上追及するのも野暮なので、あくまで理詰めで主張することで、とにもかくにも私とエステルの主張は受け入れられ、採点がし直されました。
結果――。
六位:黄色『(偽)ブタクサ姫』 〇メルト……〇ポイント(総合〇ポイント:総合最下位)
五位:紫組『二代目巫女姫クララ様』 八メルト……一ポイント 総合二百五十二ポイント(暫定一位)
四位:茶組『いかれた魔法使い』 十五メルト……十ポイント 総合二百十九ポイント(暫定五位)
三位:緑組『百花繚乱』 二十三メルト……二十ポイント 総合二百四十五ポイント(暫定二位)
二位:白組『金の切れ目が縁の切れ目団』 三十一メルト……三十ポイント 総合二百三十六ポイント(暫定三位)
一位:ピンク組:『銀の紋章』 四十六メルト……四十ポイント 現在二百十九ポイント(暫定四位)
芸術点を抜いた競技点数(飛距離に応じて、十ポイント加算される計算だそうです。十メルト以下は一ポイントとなります)のみの点数が発表されました。
その途端、会場に安堵とも戦慄ともつかない声にならない驚愕の声がこだましました。
『おおおおおっ。まさに、まさに大混戦だーっ! 首位である巫女姫様と現在二位の緑組との差は僅か七ポイント。そして三位である野生の令嬢とも十六ポイント。これは、次のお手玉での逆転も有り得るか!?』
「――誰が野生の令嬢よーっ!!!」
バーニーJrの絶叫に、エステルの雄叫び(雌叫び)が応えます。
「むーっ、これはマズイかも。万が一ジルちゃんが負けたら下手すれば暴動が……」
一方、こちらはなにやら爪を噛んでブツブツ言っているメイ理事長。
え!? もしかして、本当に出来レースだったのですか!?!
思わず聞き返そうとしたその時、不意にざわりと会場が俄かに騒がしくなりました。
「――大変です、大変ですわ。メイ理事長!」
ほぼ同時に、校舎塔の方角からブルマと体操着を身にまとった女生徒――ではなく、いい年こいた男性が血相を変えて女の子走りで駆けてくるのが視界に入りました。
なぜかピンク色をした長髪のウィッグを被って、ご丁寧に紫色の鉢巻まで締めた彼女……ではなくて彼。
ブルマから覗く逞しいお尻や毛脛まみれの足を振り振り、周囲の視線もなんのその、
「大変ですわ~っ!」
と、切迫している口調の割に、どこかホエホエと幸せそうな雰囲気を纏いつかせたまま、一目散にメイ理事長の前まで旋風のように駆け寄ってきて捲し立てます。
「偽物に逃げられましたの! ああ、申し訳ございません、理事長先生。相手を甘く見た私の判断ミスですわ!」
「……あのォ。【闇の森】の庵にいらした行商人さんですわよね? 異なところで異な格好でお会いしますけれど……すばりお聞きしますが、それは何の真似でしょうか?」
およそ四年ぶりに再会した行商人さんが、できれば一生見たくない格好で現れたのでした。
9/5 誤字脱字の修正を行いました。




