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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第五章 クレールヒェン王女[15歳]
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水泳の結果と待ち合わせの場所

今回は短いです。

[第四競技・一〇〇メルト自由型]


 魔術で波の影響を消去するようにした四角いレーン。

 五十メルトを折り返すプールと違って、百メルトがまるっと直線で作られたそのコースで、棄権した魔導甲冑の人以外、水着に着替えた私たち五人は一斉にスタートを切りました。


 今回は特にイロモノ競技ではなく、ごく平凡に百メルトのタイムを競うもの――ということで、

『第三コース、白組エステル選手。百メルト、五十四秒三八!』

 全力で泳ぎ切ったエステルに私は笑顔と拍手とともに右手を差し出します。


「素晴らしいですわ。いつの間にかクロールをマスターしたのですわね!」


 二年ほど前に一緒に泳いだ時は平泳ぎしかできなかったエステルですが、どうやらあの時に私が一度だけ披露したクロールを独力で習得していたみたいです。

 それにしても……一概に比較は出来ませんけれど、百メルト五十四秒台とか、女子の日本記録並の記録ではないでしょうか? 素晴らしい。本当に素晴らしいエステルの努力と才能に、私は惜しみない賞賛と拍手を贈らずにはいられませんでした。


「見事な成績ですわ。誰もがこの快挙に瞠目したに違いありません。さすがは海運王ベーレンズ商会のご令嬢だけのことはありますわね!」


 観客の皆さんも絶賛の嵐で、「がんばったなー」「凄かったぞー」と怒涛の拍手を打っています。

 そのエステルは水に胸から浸かったまま、なぜか下を向いてプルプル震えていました。感動のあまり震えているのでしょうか? まさか水の中で……しちゃってるのでは?


 と、戦慄の予感を覚えたところで、

「……ドやかましいっ!! あんた、あたしを褒め殺して馬鹿にしてるでしょう!?」

 怒りのあまり涙目のエステルが私の差し出した右手にしがみ付いて、そのまま私を水中へ引き釣り込むのと、司会のバーニーJrがいまの競技の成績を放送するのとかほぼ同時に起こりました。


『では、最終泳者のエステル選手がゴールしたことで第四競技の終了となりまーす。現在の成績は第二コースの紫組ジュリア様が一位で、タイムは九秒七六。いや~、まさか水上を走るとは思いませんでしたね。ちなみにこの記録は現在の世界記録を大幅に更新しています。二位が第一コース茶組『マジック・ホリック』で、タイムは十三秒〇九。下半身を魚に変えたマーメイドモードは鮮烈でしたけれど、半端に魚に変わるのではなく全身を変化させればあるいは一位になっていたかも知れませんが、さすがに淑女としてそこは譲れないところがあったのか?』


「卑怯じゃないの!! 水の上を走るとか、競泳じゃないじゃないの!」

 しがみついて、さらには齧りついてくるエステル。


「――そうおっしゃられても、そもそもの競技が自由()ですから、基本、体のどこかが水についていれば問題がないとルールにも記載されていたではないですか?」

 だから競歩に近い形になって、意外とタイムが延びなかったのですよね私の場合。


「それが卑怯だって言うのよ! 他の連中も魔術で得体の知れない泳ぎ方して、二十秒以内にゴールしてさ。インチキしたあんたらが余裕の表情で寛いでいる脇で、普通に水を搔いて泳いだあたしなんて、完全にミソッカス扱いじゃないの!! 慰めの拍手や『ドンマイ』コールを受けた惨めさがあんたにわかる!?」


 絶叫しながら私を水中の深いところへ誘おうとするエステル。なにか、こう、死なばもろともというような鬼気迫る迫力を感じます。


「本当だったら、本当だっだらあたしが一番でゴールじで、ルゥぐんのハートをがっちりちゃっちするばずだっだのに~~っ!! こうなったら衆人の目の前であんたを剥いて、あたしが味わった屈辱を味合わせてやるわ!」


 泣きながら全力で私の水着にしがみ付いてくるエステルは、愛しの彼のハートをキャッチしようとする乙女というよりも、獲物を水に引き込んで尻こ玉を抜こうとする河童を髣髴とさせるものでした。


「――がぼがぼ。ちょ、ちょっと、エステル。これ、洒落になっていません……ごぼっ……わよ」


 身悶えしながら、とりあえず水中呼吸用の精霊魔術を使おうとするのですが、野生の勘で私の挙動から察することができるのか、そのたびにエステルが的確なタイミングで邪魔をします。こ、これはさすがに限界かも――。


『おおおっ。第二コースのジュリア様とエステル選手が水中でじゃれあっているぞ! お互いに健闘を讃えての悪ふざけか? 気のせいかジュリア様の顔色が悪いような気もしますが――』


 そんな気楽な司会の声を聞きながら、だんだんと私の意識が暗闇へと飲み込まれて……。



[第五競技・学園全域スプーン宝探し]


 前の競技がわりと速攻で終わり、エステルも私とほぼ相打ちの形で息が切れ、揃ってぷっかりと水死体のように浮かびあがったところで競技も終わり、私の着替えを終えたところで、ほぼ予定時間通りに次の競技の開始となりました。

 と言っても、私本人はこの競技に参加しないのですが。


『“学園全域スプーン宝探し”参加選手が一斉にスタートしました!』


 合図とともに、他の選手たちとともにスタートするラナ。

 今回は参加選手が多いので、とりわけ小さなラナはスタートラインに並んだ段階で周囲に埋もれてしまいましたけれど、他の選手たちが体操服にブルマなのに対して、こちらはいつものメイド服なので、割と見分けはしやすかったです。

 それに、今回はもうひとりゾエさんもメイド服で参加しているので、その分インパクトは軽減された形になっています。


 もっとも、体操服とメイド服の女子が、片手にスプーン一本を持って駆けて行く様子は、どちらにしてもシュール以外の何者でもありません。


『さあ、この競技は学園の敷地内のどこかに埋めてある『宝箱』を探して、その中から虹色に輝く特製の宝玉を見つけたものに百点が与えられるボーナス競技です。ちなみにチーム内であれば参加人数に上限はありませんが、使えるのはどのチームもスプーンが一本だけ! 制限時間は閉会式までで、途中でスプーンが折れた場合は失格となります!』


 司会の言葉に、この広大な敷地からスプーン一本で目当てのものを探すとか、普通に考えたらまず見つからないと思うので、確かにボーナス競技ですわね、と思いつつ、

「無理はしないでねーっ!」

「がんばってね、ラナーっ!」

「がんばれ、ラナぽん!」

 と、私たちはラナの背中に声援を送るしかできませんでした。


 それに対して尻尾とスプーンを振り振り、勇躍勇んで学園の裏庭――といっても天然自然の山が五つ六つすっぽり敷地内に入っている、ちょっとした秘境ですが――へと向かうラナ。

 この競技、埋まっているのは学園の敷地内のどこか、というのですから、ひょっとすると玄関先とか、意表を突いてスタート地点の足元という可能性もあると思うのですけれど、なぜラナは迷いなくわざわざ最も過酷な場所に向かおうとするのでしょうか?


 たぶん、何も考えてないんだろうなぁと思いつつ、

「……ちゃんと帰ってこられるのかしら?」

 ハラハラしながらその背中を見送るしか私でした。

 ふと、気配を感じてみてみれば、いつの間にか魔導甲冑の人もその場に立って、ラナのことをじっと見詰めています。


 ご自分の侍女頭のゾエさんは、糸の先に水晶をつけたダウジングに従って、まるっきり逆の中庭方面へ向かったので、見ている対象はラナで間違いはないでしょう。午前中からずっとラナを視線で追いかけている気配がしていますし、意外と子供好きなのかしら? と思いながら、私はこっそりと踵を返しました。


 さて、ここからが本番ですわね。

 そう自分に喝を入れながら、学園の校舎が見える場所であれば、どこからでも眺められる時計台の大時計の針を確認します。


 時刻は十五時四十五分。手紙にあった時間には丁度良い頃合でしょう。

 この時間にフリーになれたのは僥倖ですけれど、勿論これは偶然ではなくメイ理事長の差し金なのでしょうね。


 そもそも第五競技は昨日まで私たち参加者に知らされていなかったところ、急遽ねじ込まれたものです。

 その理由については、運営委員会からの説明によれば、私と魔導甲冑の人がともにソロで競技にフル出場するのに対して、他はチームで参加するのではあまりに私と魔導甲冑の人負担が多き過ぎる、公平に欠ける……ということで、競技の間のインターバルのような形で組み込まれたとのことです。


 で、この競技の肝は『参加上限も下限もない』というところにあります。


 つまり私の場合は補助者のラナが参加していれば私本人は参加しなくてもいいという理屈です。

 実際、制限時間はやたら長く取られてはいますが、次の競技(砲丸投げ)開始が一時間半後の十七時なので、これに参加することを考えれば、この第五競技には自動的に私と魔導甲冑の人は参加しないという形になり、その間は休むことができる……と、配慮された運営の温情のように思わせる。それがおそらくはメイ理事長の思惑なのでしょう。


 実際にはその浮いた時間を有効に使え。という、理事長の真の思惑があるのでしょうね。 


「どこに行かれるのですか、ジル様?」


 エレンに尋ねられた私は、一瞬、すっ呆けようかと思ったのですが、ここは正直に話しておくことにしました。

 ポケットから畳まれた例の手紙を取り出して、悪戯っぽく笑って答えます。


「ちょっと、ラブレターをいただいたので、待ち合わせの場所に行ってきます」


「――え……?」

 一瞬、エレンが何かの聞き違いかな、という表情になり。続いて――。

「「「「「ええええええええええええええええええええええええええッ!?!」」」」」

 エレン、コッペリア、ルーク、セラヴィ、ブルーノも揃って仰天するのでした。

 ……てか、いつの間に聞き耳を立てていたのでしょう、この三人は。

書籍版の作業に時間をとられて、WEB版の更新がなかなか時間がとれないので、ここのところ短くてすみません。来月の半ばくらいまでこんな感じだと思います(´・ω・`)

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