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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第五章 クレールヒェン王女[15歳]
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手作りのお弁当と理事長の策謀

「はい、お二方とも失格です」


 審判の無情な声が、一位でゴール兼第三チェックポイントへ飛び込んだ私とエステルを一刀両断しました。


「なんでよ!?」

 

 業を煮やしたエステルがプライドと勝負を天秤にかけて、「『異国人』『金持ち』『巨乳』……くうう、もう! ちょっと来なさいな!」と、私の手を強引に引っ張ってゴールした結果がこれです。


 目を吊り上げるエステルに対して、二十歳ちょっと過ぎと思われる審判の男子生徒(もしかすると若い教員かも)が冷静に根拠を示しました。


「まず巫女姫様ですが、これはいまゴールしている現状ご自身のお題である『変わり者』『親しい男子生徒』『恋人』のうち、エステル嬢では第一のお題しか該当できておりません。ですから失格です」

「誰が変わり者よ!?」


 いきり立つエステルですけど、歯を剥き出しにして半ば野生化しているその形相は変わり者以外の何者でもないでしょう。

 私の周囲には自覚のない変わり者が多いですわね……。


「続いてエステル嬢ですが」

「何が問題あるのよ! いちおう仮にもこの女は帝国からの留学生でそれなりの資産家、そ、そして認めるのはやぶさかだけど、まあまあそれなりに胸はあるじゃないの!?」

「痛たたたっ……あの、エステル。私の胸を掴んで振り回さないでください」


 我を忘れて興奮したエステルが私の胸を片手で鷲掴みして振り回すのが凄く痛いです。


「ええ、条件は十分に満たしています。ですが――」

「なによ?」

「エステル嬢は白組の一員ではありますが、この競技の参加者ではありませんよね?」

「――あ」


 その指摘で我に返ったエステルが、所在無げに勢いで一緒にゴールに入ったものの、ひとりでうろうろしているカーヤと呼ばれた白い鉢巻を締めた選手を振り返って見ます。


「ということで、紫組、白組ともに失格です」


 審判の冷徹な宣言に、エステルはがっくりとその場に膝を突いて項垂れるのでした。


 一方、私はといえばいろいろとドサクサ紛れに誤魔化せたことをほっと安堵していたのは内緒です。


 ◆


 午前中の競技が終わってお昼休み。ランチを挟んで午後の競技は二時から再開とのことです。


 冒険者や旅行者が『携帯食を持つ』ことはあっても、基本的に『お弁当を作る』という習慣のないこの世界。

 当然、学園生や関係者、この日を楽しみに外部から来た訪問者の皆さんも、一斉に学園に複数ある学生用食堂やカフェテリア、この日だけ出ている露店の出店などに大挙して押しかけ、冗談ではなく立錐の余地もないほど混み合っています。


 私やルークなど一部の貴族はこの日だけは教職員用の特別食堂を使えるのですが、そういう場所だと今度は落ち着いて食事もできない――他の貴族や有力者との外交の場と化すのが目に見えている――ため、今回私は事前にメイ理事長にお断りして、学園の中庭にある四阿(あずまや)を借り切って、持ってきたお弁当を広げて知人や身内限定のランチをすることを計画していました(当然、周囲五百メルトは安全のために完全に立ち入り禁止になっています)。


 予定では、私とルーク、セラヴィ、侍女ズとブルーノくらいを想定していたのですが、

「楽しみであるの~。こういう雰囲気で食事をするなど初めてじゃ。ピクニックとはこんな感じかのぉ」

「そうだね。子供の頃に別荘に行って寛いでた頃を思い出しますよ。周囲は見事な花畑でなおかつ綺麗どころも揃ってますしね」

 なぜかリーゼロッテ様とヴィオラも席に座って和気藹々としています。


 さらに、

「ジル嬢の手料理とは久しぶりで楽しみだね。以前に【闇の森(テネブラエ・ネムス)】で御馳走になった時を思い出すよ」

「そうですね。私も何年ぶりでしょうね。以前にジルが残していったレシピをもとにうちの料理長やルタンドゥテ本店の料理人も工夫を凝らしてはいるのですけど、最近マンネリ気味ですからね」

 なぜ帝国の超重要人物で超大物ゲストであるエイルマー殿下とクリスティ女史まで、当然のような顔で上座に座っていらっしゃいます。


 あの……お二方であれば、この時間は学園の偉い人とか、リビティウムの偉い人と会食しているのが普通ではありませんの? と、他人事ながら心配になってしまいます。


 で――。

「クララや、飯はまだかいのォ?」

 一番上座のお誕生日席に座っているボケ老人……もとい、テオドロス法王の催促を合図にお弁当が広げられました。


「さあさあ、いかがですか。数日前からジル様御自ら手を振るって作られた手作りのお弁当ですよ!」


 エレンの自慢げな声にあわせて、テーブルに広げられるランチの数々。

 事前に用意してあったバスケットを次々に亜空間ポケットから出すコッペリアと、それをてきぱきとお皿に移すモニカとエレン。そして食器を並べるラナ。


 並べられたのは定番の唐揚げ、焼き鳥、アメリカンドック、エビフライ、ハンバーグ、伊達巻、ハート型卵焼き各種(プレーン、チーズ、ホウレン草)、きゅうり入りチクワ(っぽい魚のすり身)、カマボコ、ベーコンポテト巻き、 豚肉の野菜巻き、枝豆、ウィンナー、お煮しめ(っぽいの)、焼き春巻き、きんぴらごぼう、スイートポテト、マカロニサラダ、ポテトサラダ、ナポリタン風パスタ、鮭のムニエル、ローストビーフ、牛肉のしぐれ、ゆで卵、玉蜀黍、サンドイッチ(ハムチーズ・卵・マーマレード)、クロワッサンサンド、お稲荷さん、俵おにぎり、肉巻きおにぎり、ハート型太巻き、フルーツ、デザート、葡萄酒(ワイン)やジュースなどなど……。


 念のために大目に用意しておいたおかげで人数が増えた分も十分にまかなえ、これによりちょっとした宴席ができそうな大テーブルがたちまち埋め尽くされるのでした。


 ただ私としてはあくまで身内でのお祭り気分を意識したお弁当を用意したためかなり庶民的で、帝族や王族、法王様という雲上人に勧めるのはいささか躊躇われる献立と思えたのですが、幸い地球の日本的デコ弁はどうやら異世界でも物珍しいたみたいで、見慣れない食べ物が並べられるたびに、「おおっ」「なんと」「これは凄い」と、感嘆の声が上がるのがどうにも面はゆいところです。


「……ほんの手遊びですので、皆様方のお口に合うかどうか自信がありませんが、よろしければお召し上がりください」


 豪華絢爛な宮廷料理に慣れた方々の舌に合うかどうか、はなはだ不安な家庭料理ですが、お祭り=お弁当=重箱=デコ弁という発想で、ついつい調子に乗って作ってしまったのですよね。


「いやいや、素晴らしい料理だね。手を付けるのが勿体ないほど綺麗で可愛らしい、実にジル嬢らしい料理だよ」

「そうですね。実際、ジルが作る料理は無駄に油や調味料を多用している宮廷料理などよりもよほど健康的で美味しく、何よりも飽きがこないので毎日でも食べたいところですね」


 手放しで褒めたたえてくださるエイルマー殿下とクリスティ女史ですが、さすがに額面通りには受け取れませんわね。

 これが懐石料理とか、満漢全席とか、フエ料理とかならその賛辞も理解できるのですが、デコ弁で本気ではないでしょう。

 ですのでそのお気持ちだけ受け取って、次回、機会があれば中華でもトルコ料理でもなんでもいいのでで勝負をかけよう――そう心に誓った私なのでした。ちなみに和食でないのは、現在の私の味覚が変わったせいか、試験的に作ってみた味噌や醤油もどきをあまり美味しいと感じることができなかったからです。


「それではめしあがれ。ああ、お手伝いありがとうございました。モニカたちも座ってめしあがってください」

「――いえ、私たちはここで給仕を行うのが仕事ですから」


 そう侍女ズに提案しましたけれど、案の定、首を横に振るモニカ。コッペリアは「では、遠慮なく」と座ろうとしたところを、エレンに首根っこを掴まれて止められ、ラナは周囲の反応を窺ってきょろきょろしています。


「別にお弁当ですから広げた段階で給仕の役目は終わりですわ。あと後片付けを手伝ってもらえば十分ですので、手持無沙汰に立っていられるよりも一緒に食べたほうが良いと思いますわ」

「……そういうわけには参りません。立場というものがございます」


 あくまで固辞するモニカですが、エイルマー殿下が軽い口調で、

「いいではないですか。ジル嬢がそう言っている以上、主人の意を汲むのも侍女の役目ではないかな? それに二番目の競技では小さな侍女殿も大活躍でしたし、その慰労を兼ねてと思えばいかがですか、クリスティ女史?」

 あっさりと同意をして、こういう上下関係に厳しいクリスティ女史に話を振りました。

 通常であれば絶対に立場上、こうした使用人とのなあなあの関係を看過しないクリスティ女史ですが、エイルマー殿下が率先して同意したことと、ついでに、

「なんでもいいからさっさと食おうではないか。――聖女よ、この糧を口にできることを感謝いたします」

 テオドロス法王がナイフとフォークを両手に持って、さっさと食事の聖句を口に出したことで諦めたのか、

「……今日の私はジルに招かれた客ですからね。それが貴女の方針ならばそれに従いましょう」

 しぶしぶ容認したのでした。


 これ以上拒否するのも逆に失礼という状況に、モニカも観念したのか軽く腰を曲げて頷きました。

「わかりました。それではご相伴に与らせていただきます」


 途端、やったとばかりハイタッチをするエレンとコッペリア。

 エレンはともかくコッペリアは別にお弁当を食べる必要はないと思うのですけれど、多分気分の問題なのでしょう。

 四人ともテーブルの一番下座に座って、「至高なる天上の女神様」「聖女様」「混沌と破壊兵器の外なる神々よ」「山の姫神様」と、各自の信じる神様に食事の祈りを捧げるのでした。


「この面子ならメイ理事長もお呼びすればよかったですね」


 全員がテーブルについたのを眺めて、ふとルークが教員棟のある方向を見て口に出しました。


「……理事長は、その多分、いろいろとお忙しいと思いますので」

 私の上の空の答えに、セラヴィが怪訝な表情を浮かべたので、慌てて、

「一般論ですわ。創立祭ですもの、理事長がお忙しいのは当然ですから」

 そう付け加えておきます。


「まあそうであろうな。それより待ちくたびれたぞ。さっさとこの『弁当』とやらを食べさせるのじゃ!」

「そうじゃそうじゃ!」

「では、乾杯の音頭は現在のプリンセス候補暫定一位のジルにお願いするということで」


 リーゼロッテ様とテオドロス法王に急かされて、ついでに現在のプリンス暫定一位のヴィオラに促されて、私はワイングラスを手に取りました。

 午後から砲丸投げとか水泳があるためさすがに酔っぱらうわけには行きませんから、中身はただの炭酸水です。


「わかりました。――では、皇華祭での健闘と皆様とこうして食卓を囲める幸運に感謝して」


 全員がグラスを持ちました。


乾杯(チェリオ)

『――乾杯(チェリオ)ーっ!!』


 そうして始まったランチ。お弁当はおおむね好評を博し、私もほっと安堵しました。


「…………」

 とはいえ和やかな会話の中でも、ふと、心ここにあらずになってしまうのは、私のポケットに入っている三枚の手紙に想いを馳せてしまうからでしょう。


 さきほどの“チキチキ三題話千メルト尋ね人レース”で最初に取ったお題に一瞬だけ浮かんだ文字。


『この後の封筒にあたしの魔力波動(バイブレーション)を帯びたものがあるので、それを取ること。メイ・イロゥハ』


 おそらくは私の魔力波動(バイブレーション)によって僅かな間だけ浮かび上がるようになっていたのでしょう。思わず目を見張って見直している間に文字は消え去り、代わって第一の『変わり者』というお題が浮かび上がったそれ。

 二番目からは『魔力探知(サーチ)』を全開にして、ごくごく微量のメイ理事長の魔力波動(バイブレーション)を頼りに目当ての封筒を取り、

『オッケー。次の手紙が非常に重要なのでこの通りにする。下手な動きをすると敵にバレる危険があるので、以後はあたしと接触しないこと』

 という指示に従って最後の手紙を受け取ったのですが、これがかなり手の込んだ目くらましがかけられていて、私以外の誰かが見ると、まったく別の文面が見えるように細工されていたみたいです。


 お陰でエステルに音読されるまで私も対外的になんと書かれていたのかわからなかったのですけれど、二番目三番目といい理事長の悪ふざけが過ぎる内容でしたわね。


 とはいえそんなことも三番目の手紙に書かれていた内容に比べれば物の数ではありません。


 ……ルークから話は聞いていましたが、このタイミングでレグルスからコンタクトを取ってくる。なおかつ、理事長が『敵』と呼んで警戒している相手がいる。

 というかここまで手の込んだ真似をして――もしかすると今回の皇華祭の茶番のようなプリンセスを選定する競技自体も、この手紙を私に密かに渡すための伏線だったのかもとまで思えます――レグルスからの手紙を見せた理事長の意図はどこにあるのか。


 考えられる最悪の可能性としては、理事長でさえ看過できない存在が、いまこの瞬間にも私たちの背中や喉元に這い寄っているのかも知れない。


 そんな得体のしれない不気味さに、私は物思いに耽るのでした。


 ◆


「――ですから。『変態趣味愛好家』といえばあなた方のことでしょう!?」

「誰が変態趣味じゃ! わしら二十八年組を馬鹿にしておるのか、このアマ!」

「幼女を性欲の対象にする段階で変質者です! さっさと協力しなさい」

「性欲じゃない、あくまで穢れなき存在として真摯に愛情を注いでおるんじゃ! おぬしのような腐れビッチにはわからん崇高な思想じゃ!!」

「わかるわけないでしょう! そもロリコンは病気です! その昔、ロリコンをこじらせて世界を滅ぼしかけた馬鹿がいましたけど、それくらい業の深い病気です!!」


 いまだ会場の片隅で、二十八年組の変態という名の紳士たちを相手に、最初のお題を握ったままの魔導甲冑とその付き人であるゾエが、声高に言い争いをしていた。


『あのー。もう競技は終わったのですが。もう昼休みになっているのですが。あの黄組は時間切れで失格ですよー』


 司会のバーニーJrが呼びかけているが、すっかり激昂して我を忘れている双方とも聞いちゃいなかった。


 ちなみに第三競技は参加者六組のうち三組(紫、白、黄)が失格するという、非常に不本意な結果になったため、残り三組で点数を分けて、さらに混迷の度合いを増していたのだった。

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