エステルの追い上げと第一の人選
『おおおおっ! まるで宗教画の世界だっ! 紫組クララ様の騎馬が向かう先では、大河が割れるかのように他の騎馬が我先へと道をあけるぞ。これは、これはどうしたことか!?』
その実況の通り、私たちへと向かってくる騎馬はなく、それどころか確実に一定の距離を保つように離れて、様子を窺うチームが続出でした。
「ちょっとちょっと~、なんで離れるんですか? 相手は年端も行かない幼女が乗って、ルーカス殿下以外は女子ふたりが支えているだけの最弱の騎馬っすよ。チャンスじゃないですか~」
担ぎ上げられている茶組『マジック・ホリック』選手が、足元のふたりのマッチョ、プラス貧弱な坊や代表のエリアス君に唇を尖らせて文句を言いますが、
「クララ様に立ち向かうなど神をも恐れぬ蛮行! クララ様こそ現代の奇蹟! クララ様こそ真のアイドル! クララ様こそ新時代の寵児! 僕はさっきクララ様ファンクラブに入会して、人生の真理を知ったのです! クララ様こそ世界の真理なのですよ! 他の女なんて所詮は動物。その証拠に真の美少女であるクララ様はトイレに行きません!!」
「駄目じゃ! 幼女こそが正義でありアンタッチャブルの存在じゃ! 我ら二十八年組は幼女に振るう拳は持たぬ。この身を持ってして盾となることなら厭わぬ。だが、みすみす幼女が危険に晒されようとしているその行為を見過ごすわけにはいかん!!」
休み時間の間に変な宗教みたいなものに入信してしまったらしい、異様に迷いのない済んだ瞳になってしまったエリアス君と、幼女に対してはとことんジェントルマンである二十八年組の一貫した姿勢により、茶組の騎馬はまったく騎手のコントロールを離れて迷走をしています。
そしてそれは茶組だけではないようで、二十八年組が絡んでいる大部分の騎馬が、騎手の命令無視で蜘蛛の子を散らすように私たちの前から逃げていくのでした。
「卑怯よ!!」
ここで選手席から声を張り上げるのは、安定のエステルです。肺活量凄いなあ。
「事前に男子を篭絡したり、わざわざ子供に鉢巻締めさせて騎手に祭り上げて、自分が騎馬になるとかズルいわよ! 汚いわ、どこまでも汚いのあんたって!!」
そう言われましても、別に私が率先的にファンクラブに加入させたわけではありませんけど。
あと、ラナちゃんを上に乗せて私が左手側の騎馬をしているのは、実際に騎馬を組んでみたところ、やはり左がラナちゃんだとバランスが悪いということで、苦肉の決断として身長が近い私たち三人が騎馬を組むということになっただけですわ。
念のために運営委員にも確認しましたけれど、ルール上問題はないということなので不正扱いされるのははなはだ不本意です。
それにラナちゃんを上に乗せなくても、別な要因で避けられているところもあります。
例えば、
「だ、駄目よ……。ルーカス殿下とヴィオラ様に怪我なんてさせられないわ。ファンクラブの報復も怖いけれど、それ以上に夏のイベントでヴィオラ様×ルーカス殿下でお馴染みの『王子様は薔薇色の愛をささやく』シリーズの愛読者として赦せないわ!」
という緑組『百花繚乱』のお姉さまとか、
「オンナコワイオンナコワイオンナコワイオンナコワイ、あそこ三人もオンナいる。コワイコワイコワイよ~っ」
もはやトラウマとなっているピンク組『銀の紋章』のバリー会長の騎馬とか、かたくなに私たちのほうへ足を向けるのを嫌がっていますもの。
あと、なぜか黄組の魔導甲冑の人は、私たちのほうへちょっとでも近づいてくる騎馬があると、
「ふがーっ!! ふぬっ! ラ……護……!」
「おおおおっ! 幼女を護る守護神に見えるぞい、我等が騎手は!」
「うむっ。これぞ二十八年組のあるべき姿じゃわい!」
「おうさ。護ってみせるぞ、穢れなき幼女を!!」
容赦なく文字通り鉄拳制裁を加え、体当たりを敢行しています。……あの、でもこれ騎馬戦ですから、相手の鉢巻を奪わないとポイントにならないのではないでしょうか……?
『さて、十人のマッチョの追加という事態により、プリンセスを選ぶための競技が、いきなり血と暑苦しさの不快指数が跳ね上がってしまった騎馬戦。そのためでしょうか、観客の皆さんも明らかにダラけた雰囲気で席を立って出店を覗いたり、雑談に興じたりしています』
なにかイマイチ盛り上がりに欠ける観客席の様子に司会のバーニーJrもどこか投げやりに実況をしています。
『明らかに運営委員会の采配ミスですね。騎馬戦という競技自体も淑女に相応しくありませんし。せめて水着の際に“ドキッ水着で騎馬戦! 鉢巻以外にポロリもあるよ”を企画して欲しかったものです。もっともそうなったら別な意味で危険過ぎて競技が中止になりそうですけれど、特に巫女姫様とかえらいことになりそうです。ま、エステル選手などは腹肉を気にした水着を着るでしょうから大丈夫でしょうが』
「なんでここであたしがディスられなきゃならないわけ!?! よーし、決めたわ。水泳では絶対に悩殺ビキニを着て目にモノ見せてやるわよ!」
絶叫して暴れようとするエステルを、そのお仲間が羽交い絞めにして押さえていました。
『……では、気を取り直して、現在の状況です。独孤求敗と化した紫組は鉢巻を保持したままですので十点をキープしていますが、相手の鉢巻を取ることもできないのでこのまま終わりそうだ。ルールでは一本鉢巻を奪えば十点となり、奪った鉢巻も現在の鉢巻の上に巻き付けておかねばならない決まりになっています。制限時間以内なら、鉢巻を奪われたチームも奪い返すことは可能。現在のところ複数の鉢巻を保持しているのは……おお、意外、どうやら白組が二本目の鉢巻を奪って圧勝か! 逆にピンク組と茶組は後がないぞ。――っと、ここで黄組『ブタクサ姫』にレッドカード! 退場です』
ということで、二十分の制限時間はあっという間に過ぎて、結果は白組が三十点。紫組と緑組が十点。残りが零点という結果に終わりました。
これにより、総合成績も変動をして、
一位はまだ紫組で点数は八十点。
二位は僅差で白組『エステルと金の切れ目が縁の切れ目の仲間たち』が追い上げてきて七十六点。
三位は安定の緑組『百花繚乱』の六十八点。
四位はピンク組『銀の紋章アージェント・レイブル』三十八点。
五位が茶組『マジック・ホリック』で二十九点。
最下位は黄組でいまだ零点。
となったのでした。
「……ごめんなさい。ジル様」
悄然と肩を落とすラナ。
一本も鉢巻を取れなかったことを悔しがる? 悲しむ? 恥じる? 複雑な感情を内包した表情で、泣きそうな顔で詫びるその肩を、私はそっと抱き締めました。
こんな小さな体で精一杯がんばったラナを、誰が責めることができるでしょうか。それどころかきちんと最後まで、他の騎馬に立ち向かおうとした彼女は、私などよりもよほど勇者と言えるでしょう。
「ラナちゃんは悪くないわ。それどころかちゃんと十点をキープしてくれたのですもの。ありがとう! 楽しかったわ。帰ったら美味しいケーキを作ってご馳走しなくちゃいけないわね」
「そうそう。僕もこんなに楽しいお祭りは初めてだよ。これもラナちゃんのお陰だ」
「まったくだね。よし、殊勲賞を獲得したラナちゃんを皆で胴上げしよう!」
「「賛成」」
ヴィオラの提案に諸手をあげて賛成をする私とルーク。
「では、ワタシも参加して」
「おお、それならわしら二十八年組も参加せずばなるまい!」
「「「「「「「「「「「「「「そーれ、わっしょいわっしょい!」」」」」」」」」」」」」」
「――きゃーーっ!?!」
「「「「「「「「「「「「「「そーれ、わっしょいわっしょい!」」」」」」」」」」」」」」
そこへコッペリアと二十八年組もドサクサ紛れに混じって、調子に乗ってラナの小さな体をその場にいた皆で宙高く胴上げするのでした。
そんな私たちの様子を、魔導甲冑の人が離れたところから眺めていました。
「……この結果になったのは逃げ回っていたバリー会長の失態だと思うんですよねぇ」
「ひひひぃ! ご、ごめん。赦してくれ!!」
「いまさら会長が頭を下げても結果は変わらないし、そもそも価値がないというか」
「そーね。万一、次の競技でも足を引っ張るようなら、きちんと土下座してもらいましょうか。焼けた鉄板の上で」
「「「「「賛成っ!」」」」」
そこへ巨大なテーブルのような鉄板を大八車に乗せて運んでくるシャトン。後ろを押しているのはお懐かしいメイド服を着た雌豚鬼のミルフィーユです。
「どーも、よろず商会ですにゃ。ご注文の土下座用の二メルト四方、厚さ五十セルメルトの鉄板に火を入れておいたほうがいいですかにゃ?」
「そうね。次の競技が終わる頃にはいい塩梅になってそうだし、お願いするわ」
「ぎゃああああああああああああああああっ!!! 殺される~~~ッ!! 焼肉にされるううううううッ!!!!」
「焼き加減はミディアムレア? ミディアムウェルダンですかにゃ?」
「ぶふーっ」
どうやら生徒会のほうも、お隣で胴上げ……ならぬ吊るし上げをしているみたいです。
『さーて、では、三十分の休憩を挟んで引き続きこの場で第三競技に移りたいと思いま~す!』
と、簡単に荒れた整地をしたところで、バーニーJrの軽快な語り口がまた始まりました。
今回は次の種目の開始が早いですわね。
『第三種目は千メルト持久走。魔術による強化やライバルの妨害もありだ!』
『ええええええええええええええええええええええええっ!??!』
そのフリーダム過ぎるルールに参加者と観客の皆さんが同時に驚愕の声を発しました。
それは私も同様で、強化が使えるのなら千メルト一分程度で走破することも可能ではありますが、同時に攻撃魔術まで使うとなれば大変です。
「……どうしましょう。走りながらだと手加減できずに骨まで残さず滅殺したり、狙いが外れた一撃で観客席の三分の一くらいは凍結させてしまうかも……」
『ちょっと待ったちょっと待った! それはマズイですよ巫女姫様っ』
思わず不安を口に出すと、バーニーJrをはじめ運営委員が慌てて集まり、なにやら話し合いを始めました。で、数分後――。
『……えー、一部ルールの変更をお知らせします。自分に対する強化や補助の魔術の使用は可能。その他、直接的に相手に害を与える意図での魔術の使用は禁止とします』
その言葉にほっと安堵の吐息を吐く私と、他の参加者。
とはいえ間接的には大丈夫ということですので、コース上に設置される形での妨害型の魔術には十分に注意しないといけないと思います。魔力波動の動きには細心の注意を払わないとならないでしょうね。
『また、コース上には三箇所のチェックポイントを、三百メルト、三百メルト、四百メルト間隔に置いておき、その手前にランダムなお題の入った紙袋をおいておきますので、各自これはと思った袋を取って中身をチェックしてください。ただし、一度取った袋は置き直したり選び直したりはできません』
そう言いながら実際に封筒大の紙袋を取り出して、中から二つ折りにされた紙を出して見せるバーニーJr。中には『制服を着た女学生』と書かれていました。
それを見たバーニーJrは、通りがかった運営委員の女学生に手招きをします。
『へい、カモーン! ――と、お題に合わせて人を連れてきてチェックポイントを通らなければ失格となる。また、書かれていた内容と齟齬があればチェックポイントではじかれてやり直し。さらに第二、第三チェックポイントにも同じようなお題が隠されている』
同じく二枚目、三枚目の紙を開いてみせるバーニーJr。
『二枚目、『カバンを持った人』なのでカバンを準備して、彼女に持ってもらって……えーと、三枚目が『男の娘』――って、いるかこんなもん!? と、まあこんな風に最終ポイントではこれまで集めた三枚のお札の中身が全部一致してないとゴールできない。名付けて“チキチキ三題話千メルト尋ね人レース”だっ!!』
おおおおっと再びの大歓声が沸き起こりましたけれど……。
「半分は運ゲームですわね。しかも他の人と走りながらですから強化も――あ、一緒に走る方に強化や補助魔術を施術するのは可能でしょうか?」
『それは禁止といたしまーす!』
私の質問に両手で大きくバツ印を示す司会者。
「「「「「むううううううう」」」」」
私と同じようなことを考えていたのでしょう、他の参加者も難しい表情で考え込みます。
「あー、じゃあ、一度に複数の人を連れて来るのはいいのかしら?」
緑組らしい十代後半かひょっとすると二十歳くらいになっている女生徒が手を上げました。
『それは大丈夫です。ただし、走者である選手と必ず手を握っていないと失格です』
そうなるとある程度人数も限定されますわね。
『他に質問はありませんか? なければ準備が整いましたので、参加者の皆さんはスタート地点へ集合してください』
ということで、ぞろぞろとスタート地点へと並ぶ私たち。
両隣の緑組『百花繚乱』、茶組『マジック・ホリック』が何やらブツブツうわ言のように呟いているのは、スタート同時に何かの強化か補助魔術を施術するためでしょう。
白組とピンク組は実力で勝負するつもりか、それとも後半に勝負をかけるつもりで魔力を温存しているのか、軽く柔軟運動をしているだけで動きはありません。
そして、一番外側にいるのは――。
「あのー。もしかしてゾエさんも一緒に走るつもりですか?」
彫像のように立っている魔導甲冑の人と、いつもの侍女の格好をしたゾエさんに思わず聞いていました。
「ええ、当然でございます。単純作業なら遠隔操作も可能ですが、どうやらいろいろと細かい作業や交渉も必要のようですから、侍女頭として責任を持って姫様の傍らで走らせていただきます」
超然と答えるゾエさん。
「そうですか。大変ですわね。無理はなさらないでくださいね」
他意のない一言のつもりだったのですが……。
「……それはつまり、私のようなものが十代の若者に混じってみっともない、無理をするなという意味でしょうか?」
「ち、違いますわ!」
静かな声音に本気になった理事長並の殺気を感じて、慌てて首を振る私。
「そんな大荷物(操縦機)を抱えて、まして足に古傷という爆弾を抱えたシル……オーランシュの姫様を心配しながら走るのでは大変だと思っただけですわ。あの、よろしければこの場で古傷を治してしまいますけれど?」
一瞬、虚を突かれたような表情を浮かべたゾエさんですが、
「そのことについては、私からお願いすることはできません。それに、この場で姫様に治癒術を使った場合、他者に対する直接的な干渉となり失格になるのではありませんか?」
返す刀でそう正論を吐かれてはそれ以上無理強いもできません。
やがて時間となり、合図とともに私たちは一斉にスタートを切りました。
『スタートッ! おおおおおっ、なんだ巫女姫様のあの地を這うようなスタートは!? 早いっ、一気にごぼう抜きだァ!!』
魔術による身体強化にプラスして、『氷結』の呪文をアレンジして作った即席のスタート台を蹴って、私がクラウチングスタートでまずは先頭に躍り出すと、
「――わが身は疾風。魔力よほとばしれ! サイクロン流奥義、疾風駆け!」
おそらくは風系統の魔術なのでしょう。爆発するような勢いで緑組の選手が猛烈な勢いで追い上げてきて、さらには茶組の選手の魔術も完成をして、
「秘技、長身術!!」
まるでダリの絵のように彼女の足だけが普通の人の十倍ほどに伸び、僅か数歩で私との差をないものとしてしまいました。
ほとんどこの三人で団子になる形で第一チェックポイントに到達し、とりあえず手近な封筒を取って中身を確認します。
「…………」
第一の札を取った私は、お題を見た瞬間に瞠目して――もう一度読み直して、即座に自分の関係者席へ取って返して、彼女の手を取って走り出しました。
「……いや、まあ、クララ様のお役に立てるなら謂われなき汚名を甘受するのもメイドの役目ですけど、そんな風にワタシを見ていたとは、ちょっとだけワタシの硝子の心臓が傷つきましたね~」
やたら不平たらたらのコッペリア。
ちなみに私のお題は『変わり者』でしたので、ほとんど脊髄反射で選んだのですけれど、どうやらコッペリア当人には自覚がないようです。
「自覚がないって怖いですわね。直しようがないんですから……」
「なんですか?」
「いえ、なんでもありませんわ。さあ、急いでチェックポイントへ向かいますわよ!」
「了解です。つーか、思ったんですけど、札を持ったままクララ様ひとりで第一ポイントを通過しても条件は満たせたと思うんですよね」
「どういう意味ですの!? それでは私が変人みたいではありませんか!!」
「えっ!? 自覚がなかったんですか! うわ~……自覚がないって怖いですねえ」
何か失礼な、謂われなき誹謗中傷をする侍女を連れて、私は第一チェックポイントへと向かうのでした。
月曜から少々忙しくなるため更新頻度が下がる予定です。
とりあえず週一更新は堅持する予定ですのでご容赦ください。




