狐の侍女と魔導甲冑の乙女
お待たせしました。伏線が出て幾星霜。ついにラナと偽ブタクサ姫との対面です。
結局、残りの審査員が「あれなら間違いは起こさないだろう」と判断したために、そのまま二十八年組は騎馬戦に参加となりました。
『さあ、盛り上がって参りました。皇華祭プリンセス選定競技第二回! “戦う乙女は美しい! バトルロイヤル騎馬戦”の開始だ~~っ!!』
司会のテンションに引っ張られて、湧き上がる大歓声。
『現在までのところ下馬評通り、紫組、巫女姫クララ様ことジュリア様がダントツの一位。追い上げるのは流石の血統の良さで緑組『百花繚乱』。これから半馬身遅れるのは、雑草根性見せたれや! 意外や意外のダークホースの寄せ集め集団、白組『エステルと金の切れ目が縁の切れ目の仲間たち』だ!』
「『ジルシネ団』よーっ!!」
『さらに後続は団子状態でピンク組『銀の紋章』。茶組『マジック・ホリック』。そして、これまた大方の予想通り圧倒的零点で黄組『ブタクサ姫』が最後尾を独走しています!』
好き勝手な司会の解説に、ある者はガッツポーズをして、またある者は頭を抱えています。時たま紙の券のようなものが宙を舞っているのはなんでしょうか?
『このままジュリア様がぶっちぎるのか、はたまたここから巻き返しがあるのか――皆様、最後までお手元の券は捨てないようにしてくださいっ!』
「――って、いつから競馬中継になったのでしょうか?」
「さあ?」
私の問いかけにルークが怪訝な表情をして、対照的にセラヴィとコッペリアがギクリと背筋を強張らせました、
「……何か知っているのですか?」
「さ、さあな。ただ、噂ではトトカルチョがどーのこーのって話はちょっと、小耳に挟んだかも……」
「ワタシは知りませんねー。白猫の発案でファンクラブが胴元になってたりはしませんよー」
追及するとセラヴィはあからさまに視線を逸らし、コッペリアは見事な棒読みでしらを切ります。
「……不正行為をしているわけではないから運営委員会に通報するつもりはないけど、ルール的にどうなんだろうそれ? あと生徒会や学園の風紀的にも問題があるんじゃないのかい?」
渋面で苦言を呈するルークですが、その肝心の運営委員や生徒会役員はと言えば、
「けけけけけけっ。天罰覿面だ。ざまーみろ、カイ。ざまーみろ、玉の輿!」
「……オンナ怖いオンナ怖いオンナ怖いオンナ怖い……」
アムレス君は完全に瞳孔を見開いてあやしい踊りを踊っていますし、生徒会長は心に重傷を負ったのか机の下で膝を抱えて、譫言のように繰り返すばかりで、モノの見事にどちらも作動不能に陥っていました。
ちなみにですが、人が弱った時や悩んでいる時など、その雰囲気をハイエナのように嗅ぎ付けては、そにに群がり甘言を弄して付け込もうとする輩が必ず出てくるものです。
そんなふたりの元へも、
「なんか不幸そうですにゃ。そういう時はこの“幸福のアミュレット”を付ければ厄除・恋愛成就・学徳成就・商売繁盛・身体健康・家内安全・安産・交通安全・夫婦和合・芸事向上・金運アップ・子孫繁栄なんでもありですにゃ」
「やあやあ、君、悩みがあるなら聖女教団で悩みを聞くよ。綺麗なお姉さん巫女が手とり足とり悩みに乗ってくれるよ」
「ずばり、君の悩みは女だろう? そうだろう!? うむ、わかるわかるぞ。二次性徴を迎えた女など女ではない。無垢なる幼女こそ神聖な存在! 君も我ら二十八年組の仲間にならないか?」
「それは犯罪ですぅ! 真の女性の魅力は二次元にこそあるのです! さあ、あなたも二次元の世界へようこそ!」
「ふっ、これだから本当の女性の素晴らしさを知らないチェリーどもは……てめーらの目は節穴か!? クララ様という至高の存在を前には、どのような存在も色褪せるのは自明の理! いま公認ファンクラブでは初回入会金無料キャンペーンを行っています。今日までです!」
様々な勧誘の魔の手が伸びているようですが、誘惑に負けずに真っ当な道に踏みとどまっていただきたいものです。
気のせいか半分以上が私の関係者のような気もしますが、多分、幻覚と幻聴でしょう。
これを認めると私が諸悪の元凶ということになりそうですので、とりあえず見ないフリをして、通りがかった運営委員の腕章をつけた女子生徒を捕まえて尋ねます。
「すみませーん」
「は――はいっ、な、な、な、なんでしょうか、巫女姫様!」
「次の騎馬戦なのですけれど、騎馬役の男子はヴィオラを混ぜても十六名ですわよね?」
「あ、はい……あ、いえ、さすがに騎馬役にヴィオラ様を混ぜるのは、風紀上問題があるという意見が多数を占めたために、今回はヴィオラ様は抜きです」
プログラムかレジメらしい冊子を捲りながら、それでも明瞭に答えてくれる彼女。なかなか有能です。
「つまり騎馬は十五名ですか。ひとつの騎馬を組むのに中心と左右を支えるふたりが必要ですから、最低で三人だとすると五組しか騎馬が作れず一組余る計算ですが……?」
「えーとですね。本来なら、ブタク――シルティアーナ姫には騎馬は必要ない。というか、侍女頭のゾエ様から『そもそも自重が中身と合わせて三百キルグーラを優に超える姫様を支えるのは無理でしょう。なら単独で十分です』というご意見がありまして、シルティアーナ姫は単騎でなおかつその背中にゾエ様が乗って操縦……ではなくて、指示を与えるという形を想定していたのですが」
「えっ!? なんですか、それは! 木偶人形とはいえ侍女が主人の背中に乗って安全な場所から、主人を戦わせるなど言語道断! 立場が逆じゃないですか! 同じ侍女としてそんな身勝手は許せませんね!! つーか、あの侍女は前から目付きがおかしいと思ってたんですよ。あれは悪人の目で――ふがっ!?」
勧誘を終えて戻ってきたコッペリアが、この話を聞いて憤慨しました。
聞こえよがしな悪口雑言に、私は慌ててコッペリアの口に手を当てて黙らせます。
と、運営委員の女生徒も無言で頷いて、
「ええ、そういう異論も当然あったのですけれど、確かにアレを持ち上げるのも困難だろうと判断をして、やむなく許可をしたのですが……」
そこで歯切れ悪く彼女は、ちょっと離れた場所で頑丈そうな鋼鉄製の椅子に座った魔導甲冑(中身入り)と、その関節に油を指しているゾエさん。さらにその隣で屈伸に余念のない、三人のむくつけき――例えるなら筋肉はゴリラ! 牙はゴリラ! 燃える瞳は原始のゴリラ!! という風貌の――男たちに辟易した視線を送ります。
「ふははははははっ! 我ら二十八年組。たかだか三百キルや四百キルグーラ程度なにするものぞ!」
「むしろブヨブヨした女の体を触らずに済むんで好都合じゃわい!」
「応とも! 幼女の未発達の肢体ならともかく、成長した女など気持ち悪いだけじゃからのぉ!」
「「「「ぐはははははははははははははははっ!!!」」」
……まあ、確かにある意味安全な相手なのでしょうけれど、なんか腹が立つわね。
「……ということで、強行されてしまい人数の帳尻が合わなくなってしまいましたので、特例措置として巫女姫様の騎馬に充てる人数として、事前登録されていた侍女の方をお願いしようかと。それでも足りませんので運営委員から一名と――」
「やあ、聞いたよ。そういうことなら一肌脱がせてもらうよ。お姫様扱いされての見学なんて、もともと柄じゃなかったしね」
にこやかにやってきたのは男装の麗人ヴィオラ――ですが、今日は運動着に半ズボンというラフな格好なので、やはり男性とは違う、女性らしい丸みを帯びた体型があらわになっています。
つまり、私の騎馬はルークとヴィオラ、ラナで組むわけですか。
これは、ちょっと、判断を誤ったかも知れませんわね……。
「――どうせ助手なんて形だけだと思ってラナちゃんにしてましたけど、これは失敗したかも知れませんわね。まさか騎馬戦の騎馬をやってもらうことになるなんて。文字通り荷が重すぎますわ。せめてエレンで登録しておけば……」
後悔先に立たずとはこのことですわね。
と、落胆する私の側に立っていたコッペリアが勢いよく手を挙げて、
「はいはーいっ。いまからでもワタシに代えられませんか?」
そう率先して助手を買って出ました。
そのコッペリアの提言に、運営委員の彼女は困ったように小冊子を捲っていましたけれど、ややあってきっぱりと首を横に振りました。
「駄目です。事前登録のない者が代理で参加することは認められていません。それにそのぉ……」
「なんですか?」
「貴女は確か人造人間ですよね? そうなるとレギュレーション的にも違反する疑いが」
「ワタシが駄目で、なんであの機動兵器が大丈夫なんですか!?」
巨大な金属の塊のような魔導甲冑を指さし食い下がるコッペリア。私もその指摘は真っ当だと思いますけれど、
「あれはあくまで歩行をアシストするための器具ですから」
と、運営委員の彼女も譲りません。
しばらくふたりの間で水掛け論が交わされていましたけれど、いつまでも終わらないので、ここはすっぱり諦めてラナに頑張ってもらうことで、ルークやヴィオラにも確認をとりました。
「もちろん異論はありません。僕が先頭に立ちますので、ジルは思う存分指示を出してください」
「そういうことなら右手は任せてもらおうか。しっかりとお嬢さん方は護ってみせるからね」
快く応じてくださったおふたかたに改めてお礼を言って、コッペリアの口喧嘩を止めたところで、「あれ?」と、気付きました。
「そういえば、肝心のラナちゃんが戻っていませんわね」
朝、お小遣いを渡して学園内に放流したっきりで、まだ戻っていないようです。
まあ、一緒にエレンとブルーノもいるので大丈夫……大丈夫ですわよね? と思うのですけれど。
「第二競技の開始はあと三十分後です。それまでにメンバーが揃わないと、場合によっては失格ということに……」
運営委員の彼女が言いにくそうにそう口に出されました。
「大変っ! ラナちゃーん、いたら返事をしてーっ!」
「おーい、ラナっ! すみません、このあたりで狐の獣人族の少女を見ませんでしたか?!」
「ラナって確かあの可愛らしい子だね? ボクも知り合いに当たってくるよ」
慌てて周囲に声をかけたり、聞き込みを始める私たち。
けれどもこの広い広い会場とちょっとした都市国家並みの敷地を持つ学園内のこと、そうそう簡単に人探しなどできるわけもありません。
ふと、気のせいでしょうか。私たちが『ラナ』と連呼するたびに、椅子に座っている魔導甲冑の肩が震えて、そわそわと落ち着かない感じで挙動不審になっているような気がしますが、なにか機構上のトラブルでもあったのでしょうか?
気にせずにラナを探し回る私たち。
「まだるっこしいですね。探して無駄ならあっちから来させればいいんですよ」
その様子を眺めていたコッペリアが、運営委員の彼女を無理やり引っ張って、解説席の方へと小走りに走っていきました。
なんだと思う間もなく、会場中の音声増幅用魔道具から、さきほどの女性の声が響き渡ります。
『アー、テステス。大丈夫? 大丈夫ですね?? はい。えー、迷子のお知らせをいたします。身長百四十セルメルト。見た目は十歳児程度のキツネ色をした髪と狐の耳、尻尾を持ったラナちゃんという女の子と、栗色の髪で見た目十二~十三歳の発達不全、特に胸は絶望的に真っ平らな村一番の美人と言われる程度の器量をしたイモ娘のエレンちゃん。それとナントカに刃物の典型で勘違いしたまま成長した残念な頭のブルーノ君。コッペリア様がお待ちです。至急解説席までお越しください。――え? 五分以内に来ないと、エレンちゃんの過去の恥ずかしい秘密を公衆の面前で、ブルーノ君の秘密を巫女姫様にバラす……とのことです』
きっかり五分後――。
「「(あんた)(てめー)が(あたし)(俺)のことをどう見ているのか、よーくわった(わよ)(ぞ)!!!」」
ラナを両側で抱えて二人三脚――いえ、三人四脚のような姿勢で全力疾走してきたエレンとブルーノが、息も絶え絶えに待ち構えていたコッペリアに食って掛かりました。
その間に私とルークが代わる代わるラナに騎馬戦について説明をして、その傍らでヴィオラは自分の侍女に命じてお菓子や果物を持ってこさせ、せっせとラナを餌付けすることに余念がありません。
「――ということなんですけれど、お願いできますか、ラナちゃん?」
すると思いがけなくラナは瞳を輝かせて、ヘッドバンギングするかのように力強く何度も何度も頷きました。
「うんやる! ジル様のお役に立てるならなんでもする! 頑張るーっ!」
いじらしすぎるその姿に、思わず「ありがとう! でも、無理はしないでね」と、抱き締める衝動を抑えることはできません。
と、不意に金属が軋む音とともに、「……ラ……ナ。い……生き……てい……」全身から蒸気を吹き出しながら、魔導甲冑の人が立ち上がりました。
「――なっ!? 勝手に動くなんて?!」
珍しくゾエさんが顔色を変えて操縦機を操作していますが、魔導甲冑は見えない鎖の束縛を振り払うような重い足取りで、私たちの方へゆっくりと歩みを進めます。
見るからに怪しい全身鎧が蒸気を発しながら迫ってくる悪夢のようなその光景に、怯えた表情で咄嗟に私の腰にしがみついたラナ。
その途端、魔導甲冑もまたたじろいだように動きを止め、自分の無骨な手を持ち上げ、その手からさらに見える範囲の自分の姿を確認した後、どこか項垂れた様子で私の背中に隠れるラナへ、フルフェイスの冑のせいで判然としませんけれど、視線をよこした……ような気がしました。
「……ラ――」
「「「「「「「「「「幼女ペロペロ~~ッ!!!」」」」」」」」」
もう一度手を伸ばそうとした魔導甲冑を押しのけ、そこへ十人の暑苦しい筋肉祭が襲来しました。
「いかん! いかんぞ! 幼女とは愛でるものである!!」
雷のような二十四年組の怒号がこだまします。
「「「「「「「「「幼女ドントタッチ!!」」」」」」」」」
「幼女とは正義である!!」
「「「「「「「「「幼女イズジャスティス!!」」」」」」」」」
「幼女とは真理である!!」
「「「「「「「「「幼女モエモエ!!」」」」」」」」」
「――ということで、お嬢ちゃん。怖い鎧はいなくなったよ。さあ、安心してお兄さんたちの前に出ておいで。ルールルルー」
たぶん精いっぱい優しい表情と声を出しているつもりなのでしょうが。
「……やーん……」
全身から噴き出る全開の怪しさと汗臭さを前にして、魔導甲冑を前にした時以上に、涙目のラナが私の背中に完全に隠れてしまいました。
一方、突き飛ばされた魔導甲冑は、ひっくり返った亀のように自重で起き上がれずにもがいていましたが、聞こえてきたラナの悲鳴に、
「――もがっ!?! ふんがーっ!! ふぬ、ふぬっ……!」
じたばたと両手を振って憤慨しています。
そんな魔導甲冑の挙動にゾエさんが興味深げな視線を向けていたのですが、一瞬だけちらりと私の顔を一瞥して意味ありげに微笑んでから、屈み込んで途切れ途切れの叫びに耳を傾け、フンフン頷いているのがなぜか印象的でした。




