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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第五章 クレールヒェン王女[15歳]
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最初の結果と悍馬たちの挽歌

悍馬(かんば)=言うことを聞かない暴れ馬のこと。

 にこやかに頭の上にリンゴを載せて微笑むルーク。

 下手をすればハタ某になってしまう間抜けな格好ですけれど、これでも輝くばかりの美形にしか見えないのは、ある意味超常現象の一種と言えるでしょう。


 その頭上のリンゴを狙って、的を絞って……絞ってぇ……発射っ!


 ズドン! といい音を立てて放たれた矢は眉間を撃ち抜きました。


「――あっれ~?」


 今度こそ確実だと思っていたのですが、若干下方にズレていたみたいです。


「『あれ~?』じゃないわよ! あんたさっきから、心臓やら喉元やら眉間やら、狙い済ませたかのように必中させてるけど、ルゥ君を殺す気!?」


 すっ飛んできたエステルが、私の首を締め上げるのを、慌てて運営委員の方々が引き離しにかかります。

 一方、見事なヘッドショットを極められたルークは、笑顔のまま不意に厚みがなくなりさらに縮んでヒラヒラとした人型に切り抜かれた紙となり、地面に舞い落ちました。


「けほっ、けほ……仕方ないではありますんか。何度も言っているように私は弓は苦手なのですから」


 正確に言えば苦手というには語弊があります。体型的に著しく不利ということです。


 なぜならもともと弓というものは男性が狩りをするために開発した道具であり、女性が取り扱うことを前提としていないからです。

 前世、日本の弓道でも胸当てを付けて女性が競技をしていたのは、弓の弦で胸を引っかけないため――つまり弓を引くのに胸が邪魔なのです。


 そのためアマゾネスは邪魔な乳房を切って弓を射っていたという迷信があるくらいで、とにかく女性――特にバストサイズの大きな女性ほど不利な競技になります。

 弓道でも胸当ては当ててるだけで、押さえているわけではないので、胸が大きくなればなるほど射るのに工夫が必要になります。

 まさかアマゾネスの真似はできませんので、その場合はある程度射型を崩して修正するしかありませんが、この場合やはりどうしても安定性に欠けてしまいます。


 そんなわけで、先ほどから不本意な(しかばね)の山を築いているのでした。


「……いいかげんに面倒なんだけどな。護符でダミーを作るのも」


 地面に転がる人型に切り抜かれた護符――術で簡単な命令を聞く式神というものです――のなれの果てを眺めて、セラヴィが嘆息しました。


「実際に等身大の目標があったほうが練習になりますわ」

 という私の一言から始まった式神による実演練習なのは確かですけれど、かといって全部私の仕業のように言われるのは不本意ですわね。


 確かに四分の一以上は私が練習で射抜いたダミー・ルークですが、大部分は生徒会『銀の紋章アージェント・レイブル』の女子役員五名が、入れ代わり立ち代わり生徒会長のバリー・カーター会長を模した式神を、嬉々としてハリネズミにした結果です。

 ちなみにオリジナルのバリー会長は、この光景を前に血相を変えてこの場からの逃走を図ったので、やむなく教導官(メンター)によって『麻痺(パラライズ)』の魔術がかけられた上で縛られ、死刑執行――もとい、本番まで会場の隅に転がされる結果になりました。


「あんた、もしも万が一ルゥ君に大怪我をさせたり、万が一死なせたりしたら、あんたのことを殺すわよ! なにがあっても殺す! 死ななくても殺すわ!」

 ジタバタ暴れる野生のエステルが、実行役員らによって運ばれていきます。


「大丈夫です。僕はジルを信じています! 必ず成功させることを」


 エステルの捨て台詞に対して、私に向かって微笑んで何の気負いもなくそう言ってくださる本物のルーク。

 全幅の信頼を寄せていただけるのは大変にありがたいのですが――。


「お気持ちはありがたいのですが、残念ながらこれに限っては、私が私を一番信用していません。そもそも絶好調の時でも、この距離で必中するのはせいぜい三本に一本くらいですので、本番でも一発で成功する可能性は三十パーセントくらいだと思います。……まあ、万一外しても、脳味噌以外なら治癒はできると思いますけれど、場所が場所だけに脳味噌が一番危ないのですよねえ」


 そう懸念を口に出しても、ルークの信頼は揺るがないようで、

「た、たとえ死んでもジルに殺されるなら本望です!」

 そう笑顔で言い切るのですが、心なしか全身が震えている気がします。……武者震いでしょうか?


『さて、ここで審査員の皆様方がご覧になった、プリンセス候補のパドックの様子……ではなく、練習を見ての所感をお願いいたします』


 と、司会のバーニーJrが審査員席まで行って、並んだ審査員の皆様方にマイクを差し出します。


『テオドロスじゃ。個人的に白組は良く鍛えられていていい塩梅じゃの。特に尻から太腿にかけての線が絶品じゃ。じゃがリーダーが色気ゼロなのが玉に瑕じゃの。ピンク組は姿勢は良いのじゃが尻や胸が垂れ気味なのが好みの分かれるところじゃのォ。貴族によくある贅沢体型じゃ。もうちょい絞った方がよいぞ。それと――』

『はい、ありがとうございます! 何の審査を行っているのか聞いている方がおかしくなりそうな法王聖下のインタビューでした! えー、では続きまして』

『まてまてっ! もう一言だけじゃ。ジルよ、お前いくらんんでもそのワガママボディでブルマーからはみパンしとるのは犯罪じゃぞ』


「きゃああああああああああああああっ!?!」


 思いがけない大音響での指摘に、思わずたがえていた弓矢から両手を外してお尻のあたりへ手を当てる私。

 にゃあああああああっ!? 本当にはみ出てるぅ! あうううううう……。


 と、途中で手を放してしまったために、矢が山なりに明後日のほうへ飛んでいき、ふらふらと風に吹かれて観客席に落ちてしまいました。

「ああああっ!?! 外れた矢がカイに!」

 観客席から聞こえてきた絹を裂くような少女の悲鳴に、私の血の気が引いた……のですが。

「大丈夫さ、アナ。この先祖伝来の魔道具(マジックアイテム)のお陰で、僕には傷一つついていないさ」

「本当!? よかったわ、カイ!」

「ああ、これも日頃の行いがいいからかな――って、ああああああっ!!」

「ど、どうしたの、カイ?」

「魔道具が割れている! せっかく拡大して巫女姫様のはみパンや、お宝映像を保存しておいたのに!」

「え……?」


 ――え? と思う間もなく、コッペリアの怒号が響きます。


「むむむむっ。これは映像を記録する魔道具(マジックアイテム)出歯亀(ピーピング・トム)SKB69』! この会場では勝手な映像の記録は禁止の筈。ましてクララ様を盗撮するなど言語道断――って、お前はクララ様のストーカー行為でファンクラブを永久追放になって、ついでに実家を勘当された元会員ナンバー一万四千飛んで六号のカイ・アホカイネン!!」

「げえええっ、ナンバーワン?!」

「えっ、ストーカー……? 勘当……? カイ、あんたって……」

「い、いや、違うんだ。ま、待ってくれ、アナ。アナっ!」

 なにやら場外で修羅場が生じたみたいですので、この間に私はいそいそとはみパンを直しました。


『――ちっ。せっかく気づかないでいたから、周りをうろついていたのに、余計なことを……え? マイクが拾っている? ――ごほんっ!! えー、では気を取り直して巫女姫様のパートナー役というか、標的に選ばれたルーカス殿下のお父上で』

『あ、私は現在、お忍びなので気軽に“公爵”と呼んでくれたまえ。まあ、父が皇帝に立ったことで、その位も返上してはいるのだがね』

『お忍びという割に忍ぶ気がまったくないような気もしますが、では公爵殿下。ずばり、巫女姫様は勝てるとお考えでしょうか?』

『うむ。ちょっと肩に力が入っているようだけれど、本番ではきちんと決めてくれると信じているよ。なにしろ、うちの息子の心臓(ハート)を一発で射抜いたジル嬢だからね』

『ははははははっ。ですが、このままでは、まさに物理的にルーカス殿下の心臓が射止められそうですが?』


 短い練習時間を最大限に使いまくろうと、セラヴィにお願いをしてルークの姿をした式神を次々に作っていただくのですが、なぜかどれも、どんな姿勢をとっても、吸い込まれるように一発で急所にクリーンヒットで笑顔の量産型ルークを鎧袖一触してしまい、供給が間に合いません。

 そこでふと思いついて、試しにセラヴィ自身の姿を形作った式神を作ってもらってリンゴを頭に載せていただいたところ、これは綺麗にリンゴだけを射落とすことができました。


「……おっかしいですわね」

「おかしいのは、あんたよーっ!」


 首を捻った私のところまで退場させられたエステルの怒鳴り声が聞こえてきます。


『……あー、ルーク、ちょっと聞きたいんだけれど、君、最近ジル嬢を怒らせるようなことはしていないかな? 同じ屋根の下だからといって性急に事に及んだりしていないだろうね? 父さん怒らないから言ってみなさい』

「してませんよ! 信じてください!」

 優しく諭すエイルマー殿下ですけれど、心なしか目は笑っていないようです。

 どうでもいいですけれど、人を俎上(そじょう)に載せて公共の場で親子のスキンシップはやめていただきたいものですわね。


「ですけれど、どうにかいまので感覚が掴めたような気がしますわ。この先のダミーはセラヴィでお願いします。そのほうが平常心で()てられるので」

「……どういう意味だ、おい」


 ぶつぶつ言いながらも律儀に式神を作ってくれるセラヴィ。

 これを標的に射形を調整したところ、どうにか七割程度まで的中率を上げることができました。


『う~ん、今度はちゃんと中るようになったねえ。ルークだと無意識に力が入ってしまうのだろうね。さて、どの感情からの意識かな? それといま的になっている少年が的だと平常心で中てられるというのも気になるところだね』


 外野の放言は無視して、とにかくこの感覚を忘れないうちに反復訓練を繰り返します。

 そんなこんなで練習時間もたちまち消化してしまい、いよいよ本番となりました。


 結果は――。


 私は練習の成果もあり、幸いにして一射目で必中となり、これでプラス二十点の七十点で首位をキープ。


 二位は同じく、

「麗しいお嬢さんのためならこの一命を賭すのも造作もないことですよ」

 と、言い切ったヴィオラのために奮起して二十点を獲得した緑組『百花繚乱(プロフュージョン)』の合計五十八点。


 三位は一射目をわずかにリンゴを外し、二射目で中てたエステル率いる白組の四十六点。

「…なんでセラヴィ君(あいつ)の時は平常心で、僕の時は心臓狙いになるんだ……まさか、ジルの本心って……」

 なぜか放心状態のルークを横目に、

「――ふっ。結果は負けたけど、勝負には勝った気分ね」

 どことなく溜飲を下げるエステル。


 そして、四位が確実に急所狙いで中てにきた三本の矢を、神業ともいえるヨガのポーズでぎりぎり躱したバリー会長の妙技により零点に終わったため、手持ちの三十八点で終了をした、

「――ちっ、まだ生きてやがる……」

 と、悔しげに吐き捨てた生徒会『銀の紋章アージェント・レイブル』の女子。


 五位は、三射目でどうにか中てた茶組『マジック・ホリック』で二十九点。

 

 で、最後の六位は大方の予想通り、準備していた弓と矢をすべて破壊して失格となった黄組、魔導甲冑とゾエさんのコンビ。

「た、助かった……」

 ちなみに途中でへたり込んだため、ダニエルの点数は十点で終わりました。


 ということで、第一の競技は終了です。


 五十分の休憩を挟んで、二番目の競技の準備となりました。


 その間に控え室でコッペリアに汗をぬぐってもらい、あらかじめ用意していた冷たい水一リットルに対して、はちみつ、メープルシロップを大さじで三杯。お塩を小さじ半分、柑橘類の搾り汁大さじ一杯を容器に入れて攪拌。

 これでお手製のスポーツドリンクが出来上がりです。


 よく冷えたこれを飲んでいる間に、実行委員が魔術で作った衝立を消して、足元の整地を行い、さらには芝生まで生やしてしまいました。

 いまさらですが魔術って、ある部分では科学を大きく上回っていますわね。

 もっとも個人の魔力に依存する上に、ひどく不安定な部分もあるので過信は禁物ですが。


 そんなこんなで休憩時間も終わって第二の競技の準備も整ったようです。

 実行委員が呼びに来たので、改めて会場へと足を運びます。


 日の下に出てみれば、青々とした芝生が一面に生えた会場は、一見するとまるで競馬場のようになっています……ということは。


『お待たせしましたぁ! 第一競技は奇跡的に犠牲者が出ずに終わり、スタッフ一同も安堵のため息をもらしていますが、気分を一新して第二競技に突入だーっ!』


 ノリの良い観衆が一斉に雄叫びを返します。


『第二競技は馬場と化した闘技場(コロッセオ)で行われる乗馬! ですがもちろんただの乗馬ではない。その名も“戦う乙女は美しい! バトルロイヤル騎馬戦”だあああっ!!』


 そうきたか。


 第二種目も一筋縄で行かないのは予想していましたけれど、騎馬は騎馬でも人間が組む騎馬戦とは予想外でした。

 というか、このための鉢巻だったわけですわね。と、合点がいきましたわ。


『なお、参加できるのはチームでも各一名のみで、残りは公平を期するために我ら実行委員が選び抜いた体育会系男子生徒十名。これに第一種目を戦い抜いたプリンス候補を加えて騎馬を組んでもらいます』


 合わせて、ぞろぞろと会場に顔を出す体操服に半ズボンの男子たちです。

 ちなみにですが貴族はもともと半ズボンがデフォルトで、長ズボンは労働者の穿くものだとして長年軽視されてきた伝統があります。

 最近ではそうでもありませんが、皇立学園の男子の制服指定に半ズボンがあるのもそのためです。ですので、女子のブルマと違って、男子側の心理的なハードルは遥かに低く、特に貴族組は実家のような安堵感に包まれているようでした。


 ただ、異彩を放っているのが残りの新顔です。ルークたちのメンバーは先ほどと変わりませんが、残りは(いわお)のような顔と体格をした筋肉隆々の漢と書いてオトコと呼ぶのが相応しい面々なのです。

 これ絶対にルークたちのお友達ではないですわよね!? どこから集めてきたんですの?!


 と、ルールの解説と現れた男子に呆気にとられる私たちに代わり、審査委員長のメイ理事長が憤然と席を立って異議を唱えました。


『ちょっと待った! 妙齢の女子が乗る騎馬を組むんだから、そのへんを配慮してなるべく体格のいい女子を選ぶように言っておいたはずだけど!?』

『はい。確かに承りました。ですが、女生徒に危険な騎馬を組ませるのも問題であるとの運営委員会の判断により、この人選となりました』

『だからって、女子と密着したり、お尻を乗せられたり顔の脇に太腿がきたりするのよ! 盛りが来たらどーすんのよ!?』


 そんなメイ理事長の懸念を、どうみても歴戦の傭兵か山賊の親玉にしか見えない、絶対に学生ではないでしょう、あなた!? と叫びたくなる、私とは別なベクトルで体操服が似合わない学生のひとりが、吼えるような笑いで一笑に付します。


「ふはははははははっ。笑止! 我ら皇立学園に在籍すること二十八年。栄光の二十八年組が、十代、二十代の女の色香に迷うような軟弱者とはわけが違う!」

「「「「「うむ」」」」」」

「「「「その通り!」」」」

「たとえ巫女姫であろうと、我らの鋼鉄の意思は揺るがぬ!」

「「「「「うむ」」」」」」

「「「「その通り!」」」」


 頼もしいその言葉に、一部男子は感銘を受け、メイ理事長も「う~~む」と、微妙な表情で矛を収めようとしています。

 さらに鼻息も荒く豪語する二十八年組。


「この場で宣言しよう。女の魅力はヒトケタまでであると! フタケタの女は女ではない、ババアだ!!!」

「「「「「「「「「「幼女ハスハス」」」」」」」」」」


 おまわりさんこいつらです!

胸が大きいと邪魔だとか、アマゾネスのネタについて、昨日の感想の時点ですでにご指摘があったので、どーしようかと思ってしまいましたけれど、当初のプロット通り進めました。

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