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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第五章 クレールヒェン王女[15歳]
204/337

満場の喝采と競技の始まり

 前夜祭では完璧に貴族のマナーに則り煌びやに飾り付けられた大円舞場で厳粛に行われたダンスや音楽発表ですが、翌日からはじまった皇華祭本番の競技は、いきなり体操着とブルマに着替えさせられるという波乱によって幕開けとなりました。


 ちなみに当初の参加者は二十組、百人ほどがいたのですが、最初からクライマックスとも言えるこの暴挙を前に、ほぼ八割がたの女生徒が怖気をふるって競技参加を辞退したため、残り六組二十七名による、事実上の決勝戦となってしまったとのことです。


 具体的には、本来なら何組かに分かれてトーナメント戦による予備戦を行い、この闘技場(コロッセオ)での決勝は八組に絞って行われるはずだったのですが、残りが六組ということで自動的に繰り上がり、この後は競技を行ってその結果によりポイント制による採点を行い、さらに前日の前夜祭によるポイントと合わせて最も点数が高い者が優勝ということになりました。


 なお、前夜祭でのポイントについては、いま残っている面々の中では、女子は私が一位で五〇ポイントの満点。二位以下は三〇ポイント台なので、割と余裕があります。

 男子はヴィオラが一位で四十五ポイント。僅差でルークが四十四ポイントで並んでいる状況です。


 で、ブルマにも怯むことなく残った勇者……もといプリンセス候補は、

 エステル率いる一般生徒選抜部隊『ジルシネ団』(六名)。

 生徒会『銀の紋章アージェント・レイブル』の女子役員(五名)。

 高位貴族による有志グループ『百花繚乱(プロフュージョン)』(七名)。

 主に魔法課の変人集団『マジック・ホリック』(七名)

 といったいずれも個性的な面々です。


 さらにどうトチ狂ったわけか、これにリビティウム皇国のブタクサ姫でお馴染みのオーランシュ家の魔導甲冑と中の人も参加を表明。こちらは私と同様に単独(ソロ)での参加ですが、特別救済ルールでゾエさんが隣で操縦――ではなくて補助を行うようです。

 そのため私のほうも侍女をひとり補助につけて良いということになりましたので、せっかくですので普段あまり学園に来ることのないラナを指名して登録しておきました。


 まあ、いまのところ補助の必要はないので、お小遣いを渡して好きなように出店や学園内の売店でお買い物をするように話して、あと人間族至上主義のこの国で獣人族(ゾアン)であるラナが嫌な目に遇わないように、念のためにエレンとブルーノにも付いていてもらっています。


 ということで、ものの見事にイロモノというか、面白集団ばかりが壇上に残ってしまいました。

 それと、チームごとに色違いの鉢巻が渡されていて、さきほど紹介した順番で白(『ジルシネ団』)、ピンク(『銀の紋章アージェント・レイブル』)、緑(『百花繚乱(プロフュージョン)』)、茶(『マジック・ホリック』)、黄(魔導甲冑とゾエさん)、紫(私)になります。


 そんなことをつらつら考えている間に、メイ理事長の挨拶が終わり、リーゼロッテ様をはじめとした審査員の皆様の紹介も終わり、あとよくわからないゲストの紹介があったのですがこのあたりは割愛いたします。

 で、いよいよチームごとにメンバーや特徴が司会のバーニーJrによって紹介され、そのたびに壇上の女生徒に注目が集まり、ある者は気風良く手を振り、ある者は羞恥に全身を朱に染めるのでした。


 観客は盛り上がっていますけれど、これ体の良い晒し者ですわね……。


 と、思わず遠い目をする私。そんな私の方を向いて、真っ先に元気一杯挨拶をしたエステルが、歯と対抗心を剥き出しにして、憤然と言い放つのでした。


「覚悟しなさい、あんた。昨日のダンスと歌ではチームとして三位に甘んじたけれど、今日の競技でギッタンギッタンにしてやるんだから。いまから首を洗って待ってるがいいわ!」


 どこで調達したのか、肩のところにジャージの上着を引っ掛けて威風堂々と宣言をするエステル。

 小柄な体、フラットな胸、可愛らしい烏賊(イカ)っ腹。あらゆる点で運動着とブルマが似合っています。怖いくらいに。


「……ああ、羨ましいですわ自然で。それに比べて私のこの格好って、完全にいかがわしいお店のコスプレに堕していますものね……」

「どーいう意味よ!? あんたなにげにあたしを持ち上げるフリして実は見下してるでしょう?!」


 野生の勘でなにかを察したのか、エステルがさらに唸り声を発して野獣に近づいています。


「そんなことはありませんわ。この体操服にしても一番大きいのを選んだのですが、それでも胸がきつくて苦しいくて、エステルはわからないかも知れませんが、本当に大変なんですから!」

「やっぱり自慢でしょう!? 殺すっ!!」


 と、和やかな雑談をしている間に私の前の、あらゆる意味でインパクトのある魔導甲冑の紹介が終わり、『うわ~~っ……』と会場の温度が一気に下がったところで、いよいよ私の番となりました。


『――そして、いよいよお待たせしました! 昨日行われた前夜祭では天使を彷彿とする素晴らしい衣装とダンス、そしてハープを演奏しながら聖歌を歌われ、下馬評どおり圧倒的な投票を受け、二位を大きく引き離した絶対王者――いや、プリンセスッ! ご存じ二代目巫女姫クララ様こと、ジュリア・フォ』

 紹介の途中で声が途切れたのは、魔道具を使って増幅しているアナウンスを圧倒する声援と拍手が沸き起こったからです。


「押さないでっ、前に詰めないでください!」

「闘技場へ降りるのは禁止です。プリンセス候補に触らないでください! ガーディアン・ゴーレムが即座に拘束します!」

「立たないでください。大変危険な状況となっています。席を立たないでください!」

「おひねりを投げないように! おひねりを投げない……え? 『おひねりはあたしが預かるにゃ』って誰ですか貴女?」


 血相を変えて殺到する観客に向かって必死に静止の声を張り上げる実行委員の方々。

 金属製の学園謹製ガーディアン・ゴーレムも二十台ほど出動しましたが、人数が違い過ぎて捌き切れないようです。


 そこですかさず私の手に渡されるマイク型魔道具。

「皆様! 皆様のたくさんの温かい声は確かに受け取りました~! ですから、静粛にお願いいたします。私の声が聞こえますでしょうか? それでは改めてこの多くのご声援に感謝いたします。この素晴らしい場において、皆様の期待に応えられるよう、精いっぱい頑張りますので、落ち着いて節度のある応援をお願いいたします!」


 とりあえず無難に返してビジネススマイルを浮かべ、四方八方に右手をあげて――これが本当の八方美人だなぁと思いつつ――応える私。

 途端、観客席の前列側の男女が興奮のあまり失神し、女子は涙を流して感激して、男子は喉も涸れんばかりの絶叫を放つのでした。


『ジュリア様っ!』『お姉さま~ッ!!』『巫女姫様ーっ!!』『プリンセス!』

 収拾のつかないバラバラの声援がしばし続きましたけれど、

「クララ様万歳ーっ!! さあ、愚民ども、声を合わせて叫ぶのよ!」

 どっかで聞いた機械仕掛けの侍女の音頭に合わせて、

『『『『『ク・ラ・ラ♪』』』』』

 チャチャチャッ☆ ドンドン!

 『『『『『ク・ラ・ラ♪』』』』』

  チャチャチャッ☆ ドンドン!

  『『『『『ク・ラ・ラ♪』』』』』

   チャチャチャッ☆ ドンドン!

 程なく統一された掛け声と拍手、足踏みに取って代わられ、会場が一体となってシュプレヒコールを奏でるようになりました。


 先ほどの暴動じみた大騒ぎが鎮まった、その契機になったコッペリアの掛け声はナイスですが、よりにもよってクララ呼びですの……。と、やるせなく思いつつ、

「ありがとうございます! ありがとうございまーす!!」

 早く終われえええ! とばかり私は声の限り叫ぶのでした。


 ということで、どうにか騒ぎが静まり、ついでにかなりの人数が担架で運ばれた会場では、実行委員により舞台が片付けられ、第一の競技の準備が進められます。

 ほどなく剥き出しの地面に魔術によって三メルトほどの石壁が屏風のように立てられ、さらに人の胴体ほどの太さのある丸太が等間隔で六本立てられました。


 なんだなんだと思う間もなく、司会者席から飛び出したバーニーJrが会場の真ん中へと移動し、さらにアシスタントらしい女子生徒数人が、複数の弓矢が乗った台座を押してその後に続きます。


『それでは、第一の競技“ドキドキ愛のキューピット三連射”の解説をしたいと思います』


 その台詞に、なんだべ、それ? という空気が会場に流れます。


『第一の競技に使用されるのはごらんの通り弓。こちらに用意されたのは何の変哲もない弓と矢です』

 そういって弓のひとつを取って会場中へ示す司会者。


 見たところ弓は短弓とか合成弓(コンポジットボウ)とか呼ばれる比較的取り回しのしやすいもののようです。

 あれって女子供でも射ることができる割に威力が高くて、なおかつ連射性に優れているのですよね。


『プリンセス候補の皆様には白線の位置まで下がっていただき、三十メルト先の丸太に取り付ける(まと)を射ていただきます』


 まあ妥当なところでしょうね。飛距離的にもぜんぜん余裕ですし――と、会場にいた全員が思ったであろうその次の瞬間、なぜかぞろぞろと頭にリンゴを載せたルーク、セラヴィ、ダニエル、ヴィオラ、バリー生徒会長、エリアム君が会場へ現れました。

 おい、まさか……。という惨劇の予感を前に、司会のバーニーJrが陽気に解説を付け加えます。


『はいっ。こちらに並んでいただいたのは、今回のプリンス候補及び有志の方々で~す! 今回の皇華祭はプリンセスが主役とはいえ、パートナーであるプリンス候補が何もしないのは著しく不公平! パートナーあってのダンスということで、できうる限りプリンス候補にも協力していただいています!』


「いやだ~~っ! なんで生徒会長の僕がこんな目にっ!?」

「おい、ちょっと待て! なんだこれ?! おい、エリアス! なんで俺まで巻き込んだ!?」

「ふふふふふふっ。仕方ないじゃないですか、他の候補がみーんな逃げたんですから。僕と一緒に死んでくださいよダニエル様、ついでにセラヴィ君」

「俺はついでか……」


 有志という割には喚き散らすバリー会長と、ダニエルをガーディアン・ゴーレムをしっかり掴んで離しません。

 一方、普段は気弱なエリアス君ですが、今日ばかりは何かを吹っ切ったような――人間として大事な何かを悪魔に売り渡したような――笑みを浮かべて、率先して頭にリンゴを載せたまま丸太の前に並びます。


『えー、ごらんの通り。今回の競技の的はプリンス候補の頭の上にあるリンゴとなります』


 どっと会場中に驚嘆の声が巻き起こりました。

 半分は期待を込めた歓声で、もう半分は惨劇を予想しての悲鳴です。というか、超大国の帝孫殿下や高位貴族、王族相手に万が一があれば、いきなり世界大戦が起きてしまうのでは!? という危惧も当然含まれています。


『使える矢は三本で、一発で的に当てれば二十点。二発なら十点。三発で五点となります。一発も当たらなかったり、プリンス候補を殺害した場合は零点です。チームで参加するプリンセス候補は代表者一名が射手となります。なお、弓を射るのに魔術を使用するのは禁止です』

 このあたりは私たちプリンセス候補も事前に聞かされたルールですが。

『なお、安全のためにプリンス候補には防御の魔術をあらかじめ施術しておく……予定でしたが』

 ここで突然、風向きが変わりました。

『それでは面白くない――もとい。真剣みに欠けるという審査員からのクレームにより、魔術なしの体を張った競技となりましたーっ!!』


「「「ちょっと待てーーーっ!!!」」」

「ふっふっふっ、僕たち全員親友じゃないですか。生まれた時は違えども死ぬ時は一緒って、この間のヤケ酒の席で言ってたのは嘘ですか? それともアナと同様に僕を(もてあそ)んで喜んでたんですか~?」

 バリー会長、ダニエル、セラヴィの悲鳴と、エリアス君の捨て鉢な笑いがこだまします。


「がんばれよー、ルーク!」

 なぜかちゃっかり審査員席にいるエイルマー殿下が気楽にルークに声援を送っています……お忍びではなかったのでしょうか? お隣にはクリスティ女史も興味津々で見守っていますので、つまりこの無謀は帝国も許容した……ということなのですの!?

 止めなさいよ、帝国! 未来の皇帝陛下の最有力候補をこんな馬鹿なことで失ってもいいの!? てか、ルークも気楽に手を振らないでください!


『ちなみに的……もとい、プリンス候補の皆さんは、最後まで逃げずに立っていた段階で各自三十点ずつ加算されます』


 この予想外の事態を前に、射手であるプリンセス候補も尻ごみを――。


「うちの的になるのって、あの地味な準男爵家の三男よね。なら、万一があっても見舞金をはずめば問題ないから、遠慮しないでジャンジャン射なさい、オレリア」

「心得ました」

「ふっふっふっ。あのセクハラ生徒会長を合法的に始末できる。ふっふっふっふっ……」

「そうね、一発や二発は誤射って言うしね」

「くくくくくっ」


 せずに一部はノリノリで殺人教唆をしています。

 

 さすがに『百花繚乱(プロフュージョン)』は、「ヴィオラ様に万が一があれば……」と意気消沈していますし、『マジック・ホリック』も、「魔法なしだとキツイっすね」と渋い顔です。

 あと、私だけが知っている偽ブタクサ姫というか、魔導甲冑は弓を使った際の微調整が難しいのか、ゾエさんがぶつぶつと、

「こんな予知はなかったのに、どうなっているわけ?! なぜこんなことが起きている!?」

 なにやら不満げに呟きながら、操縦機を操作して適当な弓と矢をつがえて引く動作を繰り返していますが、出力が高すぎるのか一撃で弓を破壊してしまっています。

 それを見て逃げようとする的役のダニエルを、死なばもろともとばかり、エリアス君とセラヴィが掴んで離しません。


 私はお相手にルークの背の高さと、的までの距離を測りながら、適当な弓と矢を取って司会のバーニーJrに尋ねました。

「あの、本番前に練習をするのは問題ありませんか?」


『勿論です! 競技開始はこれより三十分後となりますので、開始まで存分に練習をするなり弓を選定するなりなさってください!』


 そういうことなら、と。得心した他のプリンセス候補者たちも練習を始めます。


 弓の張力を確認する私のところへ、引き続き司会のかたが留まってマイクを向けてきます。

『どうですか? 巫女姫様は武術の実技でも抜きん出た成績を残しているそうですが、いけそうですか?』

「友人に妖精族(エルフ)がいますので、たまに弓を教えていただいているのですが……」

『ほほう。妖精族(エルフ)仕込みですか。妖精族(エルフ)は弓の名手として有名ですからね』

「その彼らに言わせれば、私の技量は『並み』だそうです」

『……えーと、それは『エルフ並み』という意味でしょうか?』

「いえ、人間として並みだそうです」

『ふむ。それはつまりどの程度でしょうか?』

「獲物を狙うなら急所狙いなんてことはしないで、胴体を狙うように。可能であれば精霊魔術の『百発百中』で命中率を上げるか、あるいは実体の矢を放つのと同時に数十本の魔術矢(マジック・アロー)を放つ『流星爆矢スターダスト・バースト』を使うように言われています」

『つまり、あの、それは……?』


 気を使って次の問いかけがなかなか出てこない司会に代わって、私は実際に矢をつがえて目標の丸太を目掛けます。


「目標は地上一・八メルト」

 魔術は使えないので、気休めで前世にあった矢が命中する呪文を――確か、南無八幡台菩薩だったかしら?――と、思い出しながら、

「南無三っ!」

「なんか掛け声が不穏だ~~~っ!!」

 ダニエルの絶叫を無視して、よっぴいてひやうどはなち、次の瞬間、矢はものの見事に丸太のど真ん中、人間であれば心臓の位置を射ぬいたでした。


「よしっ!」

 やっぱり弓は苦手です。

6/14 誤字修正しました。

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