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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第五章 クレールヒェン王女[15歳]
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手紙の行方と理事長の策謀

 貴族専用クラスのある講義棟の講義室のひとつ。


「「「ごきげんよう、巫女姫様」」」

「ごきげんよう」


 本日、最後の講義を受講して、同じく受講していた貴族クラスの女生徒たちが、牢名主に挨拶するように……ではなく、従順な仔犬のようになぜか全員、私のところを通って挨拶をして帰っていきます。


 まあ聖女教が国教であるリビティウムで、形だけとはいえ私は巫女姫ですから、このあたりマナーとして当然のことなのかも知れませんが、そのため私は講義が終わっても全員の挨拶が終わるまで席を立てないのが困りモノです。


 幸い最後の講義は受講生の少ない『遺跡にみる考古学』でしたので、三十人ほどの挨拶で済んだのは僥倖でしたが。


 最後のグループが、「巫女姫様に挨拶しちゃった!」「やっぱりお綺麗ね」「皇華祭のプリンセスは決まりねっ」と、笑いさざめき盛り上がりながら講義室を出て行くのを待って、私はようやくノートや筆記用具をしまい込みます。


「――ふう。とりあえず、これで終わり。いよいよ明日からは皇華祭ね」


 まあ、正確には明日は前夜祭で、ゲストを招いての親睦会――まあ、これがいわゆる第一種目のダンスと衣装、音楽発表の場になるのですが、今回に限り明後日の競技が本番となるよう――ですが、心なしか学園全体がウキウキとした浮ついた雰囲気に流されているような、そんな気がします。

 私も注文していたドレスがどうにか完成をしましたし、いよいよ本番に臨むだけですわ。


 そこへ、付き人用の小部屋に待機していたコッペリアが、

「うっす! お勤めご苦労様です、クララ様!」

 背後に厳つい黒を基調とした戦闘服を着たボディガードを従えてやってくるや、私の手元から筆記用具を取り上げて、

「こんな雑事はメイドの仕事です!」

 と、黒服のひとりが口を開いていて持っていた鞄へしまいこみました。

 あわせて一斉に「「「「お疲れ様っす!!」」」」」と頭を下げる黒服軍団。


「……ちょっと大げさではないかしら?」

 これ貴族の令嬢のお迎えではなくて、その筋の人がシャバに戻った時の挨拶のような気がします。

 放課後だったからいいようなものの、他の生徒に見られたらなんだと思われますわ。


 実際、講義室の出入り口から顔を出した男子生徒が、呆気にとられた顔で……って、あら?


「もしかして、エリ()ス君ではありませんか? どうされたのですが、一般生徒がこちらに来るなんて……」そこでふと、前回も教職員棟で見かけたのを思い出しました。「……もしかして、またセラヴィが倒れて回収ですか?」


 そう尋ねると、

「いえ、そうではなくて、ちょっと巫女姫様に……あの、あと僕はエリ()スです」

 そう訂正しながら、おずおずと講義室へ一、二歩歩みを進めます。


「止まれ! 不審な奴め、それ以上、クララ様に近づくんじゃない!」


 そこへコッペリアの静止の声がかかり、びくっと立ち止まったエリアス君の喉、心臓、脾臓、手首、膝裏へ、流れるような手さばきで黒服たちが短剣を押し付けました。


「――ひっ!? ひいいいいいいいいいっ?!?」


 全身に突き刺さらんばかりに接する刃物と、プロの殺気を前にしてすくみ上がるエリアス君。


「ちょ、ちょっとお待ちなさい! 彼は怪しい人ではありませんわ。セラヴィの寮で同室のエリアス・ヤン・バウテン君ですわ」

「エ、エリアス・ヤン・バルテクです~」

「あら? そうでしたか。ごめんあそばせ、ほほほほほ」


 とりあえず笑って誤魔化す私。

 とはいえ、この状況で間違いを訂正できるのは、ある意味大物なのかも知れません。


「あ~、愚民の手下ですか? 正直、このレベルの雑魚はワンオブゼムで区別がつかないんですけれど、まあいいでしょう。その雑魚が何の用ですか?」

 下手な動きをしようものなら、その場で始末する、と言わんばかりに立てた親指を自分の首元につけて、いつでも掻っ切る合図を送れる姿勢で尋ねるコッペリア。人形のように(実際そうですが)硬質な表情が、それがハッタリでなく本気であることを明瞭に示しています。


「そ、そ、それは、その、巫女姫様に、その手紙が……手紙を……」


 脂汗を流しながら必死に言葉を振り絞るエリアス君。

 ですが、どこか煮え切らない態度に、コッペリアのイライラが増すのでした。


「どうやら命がいらないということらしいですね、雑魚」

「ち、ちがいます! ほ、本当は嫌なんですけど、手紙なんて本当はその場で破りたかったんですけど、なんでか紙の封筒がやたら丈夫で……その、勝手に決められて、ホントにこんなことお願いできるたちばじゃないんですけど、金貨だって返したいんですけど……」


 必死に私に何かを伝えようとするそのどこか切羽詰った態度を見て、不意に私の脳裏にひらめくものがありました。


「――あっ、わかりましたわ!」

「「「「「「えっ、いまの説明でわかったんですか!?」」」」」」


 驚愕するコッペリアと黒服軍団ですが、私はいそいそと、数日前に友達思いのダニエルに頼まれて、すでに準備して『収納(クローズ)』してあったものを、亜空間から取り出してエリアス君の前に並べます。


「はい! 限定品として発売予定のサイン入りの旗、これがサイン入りの宇宙人マークの帽子、こちらが――」

 次々に並べられるグッズを前に、目を白黒させるエリアス君。

「で、最後が直筆のサイン。あて先は『アナベル・アナジャさんへ』でよかったのでしょうか?」


「なっ――! なんでアナのことを知ってるんですか!?」


 思わず刃物のことも忘れて憤死せんばかりの勢いで身を乗り出すエリアス君。咄嗟に黒服の人たちは怪我をしないように刃を放します。


「ええと……それはそのォ……」

 ダニエルに聞いたとは言えませんわよね。告げ口みたいですから。


「ああ、思い出しました。先日、ダニエルとやらが面白おかしく吹聴していた、幼馴染に呼び出されて、告白しようとしたら、相手はまったく眼中にないどころか、別な金も地位もある幼馴染と婚約したのを聞かせられた、『決死の覚悟で勝負に臨みながら、勝負の土俵にも登れなかった』失恋野郎ですね。んで、その婚約者がクララ様のサインやらないやら欲しがっていたのでせびられたとか、おおかた寝物語にでも話していたのか、今頃笑い者にしているのかも知れませんねー」

 思わず言葉を濁した私に代わって、即座にダニエルを売るコッペリア。


「あ、あ、嗚呼アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 おそらくは少年の傷口へ、容赦なく塩を擦り付けたのでしょうコッペリアの追い討ちに、エリアス君は頭を抱えて悶絶しました。

 そんな思春期の悩める少年の姿に、事情を察したらしい黒服の皆さんが、

「ドンマイ」

「そんな女の事は忘れろ」

「筋肉こそが裏切らない友!」

「男は傷を抱えて生きていくものさ」

「初恋なんてそんなもんだ」

 次々に優しい言葉をかけてくれます――が、時として優しさは刃となります。


 必死に何かに耐えるように唇を噛んで震えるエリアス君。


「お、ここにいたのか、エリアス? 生徒会が探していた――って、なんだこの状況は?」

 そこへエリアス君を探しに来たらしいセラヴィが、私とその前に山積みになったサイングッズ、震えるエリアス君と宇宙人を捕獲したかのように取り囲む黒服の集団という、かなりカオスな状況に面食らった様子で目を瞬かせます。


「なんだ愚民じゃない。見ての通りよ」

「いや、見てもわからん」

 コッペリアに当然の返事をするセラヴィ。


「えーと、エリアス君から頼まれて、幼馴染のアナベルさんへ渡す私のサイン入りの商品を並べたところ、失恋の痛みを思い出したみたいですので、皆で慰めているところですわ」

 ですわよね?


「なんでお前らが知ってるんだ……? まあいいか。エリアス、お前もいい加減吹っ切れよ。幼馴染なんてそうそう付き合いが続くもんじゃないぞ」

 優しく諭すセラヴィですが。


「あら? でも、私とセラヴィは五歳の時に知り合って、その後、運命的に再会できましたけれど?」

 ふと思い出してそう口に出したところ、

「う、うわああああああああああああああああああああああああああああああああんっ!!!!」

 エリアス君は号泣しながら、その場からダッシュで走り去ってしまいました。


「あ、待って! サイングッズを忘れていますわよ!」

 咄嗟に声をかけましたけれど、そのまま廊下をドップラー効果を響かせながら遠くへと行ってしまいます。


「青春ですね~」

 暢気にコッペリアがコメントをして、それにあわせて黒服たちがウンウン頷きました。


「そういうものかしら……?」

「言っておくけど、トドメを刺したのはお前だからな」

 首を傾げる私を、なぜかセラヴィが糾弾するのでした。


 ◆


「うわああああああああああっ!! ちくしょう~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!」


「こらっ、廊下を走るな!」

 通りすがりに騒々しく走り去っていた男子生徒の後姿に、拳を振り上げて注意した、一見して私服の女生徒としか思えない紫色の髪の(見た目は)少女のメイ理事長だったが、男子生徒はよほどショックなことがあったのか、後ろを振り返りもしないでそのまま玄関から出て行ってしまった。


「……お祭りではしゃぎすぎたのかしらねぇ」

 例年、この時期になると、ああいう学生が増えるのも風物詩である。


 やれやれと肩をすくめながら、理事長室へ戻ろうとしたメイ理事長だったが、ふと足元に手紙が入っているらしい封筒と、メモ書きが落ちているのに気付いて足を止めた。


「さっきの男子の落し物かしらねえ」

 失恋でもしたのかしら、と呟きながら両方を拾い、まずはメモを見る。

「……なになに『この手紙を巫女姫様に渡してください』って、変な内容ね。つーか、この字どっかで見たような?」


 記憶を探るが、僅かに記憶のどこかを掠るだけで肝心な部分に届かない。

 考え込んでも無駄だと割り切って、続いて封筒のほうへ視線をやる。


「こっちは差出人も宛名もなし、か。――ん? んんん? なーんか、妙な魔力を感じるわね」

 とりあえずメモはポケットにしまい、右手でためすがめす封筒をあらゆる方向から確認した後、左手で丸を作ってそこに目を当てて覗き込む。

 指の中に陣を張って、それ越しに再度手紙を確認したメイ理事長の視線が鋭くなった。


「“封印”“防御”“紛失……いや、巧妙に偽装してあるけど、“認証”を破った上で上書きしてあるわね。いや、他のも僅かだけどズレがある。誰かが一度魔術封(マジック・シール)を破って、張り直したわと見るべきか」


 ひとりごちながら理事長室へ戻り、部屋に鍵をかけて、改めて封筒を自分のマホガニーの机に座る。

 引き出しから取り出した岩塩の塊りや硫黄、カラスの羽で魔法陣を描いて、その上に手紙を載せ、

「魔力パターンは……さすがに消してあるか。けど術式に独特の癖があるわね。ずいぶんと古めかしい遺失様式……現代の様式とは違う。まだこれの使い手がいたのか」

 難しい顔で分析しながら、手紙の魔術封(マジック・シール)を解くとともに、その構成についても分析をする。


「これほどの術者がまだ残っていたのは驚きね。つーか、全盛期だっていなかったわよ。古代術式と現代術式のチャンポンで、これだけのレベルを成し遂げるとか。あえて近い術者を探せって言われたら、レジーナかジルちゃんか……いや、もっと上ね。そうなるとあたし級ってことに――」

 そこまで口に出したところで、不意に脳裏に弾けるものがあった。

「まさか!?」


 それから慌てて先ほどのメモを取り出して、その筆跡に何度も目を走らせるメイ理事長。


「まさか――そんなはずは?! でも、この字は……だとすれは……」

 ブツブツと取り憑かれたように呟きながら、メモと開いた手紙の内容を読み比べる。

 手紙のほうの不自然な点も看破して、その狙いに頭を悩ませ……結局のところわからない、という結論に落ち着いたのは一時間後だった。


「……どーしたもんかな。できればジルちゃんは巻き込みたくはなかったんだけど」

 腕組みしながら思案していたメイ理事長だが、決然とした表情で頷いて立ち上がった。


「誰かいない!? 皇華祭のプログラムを一部変更するわ! 至急、関係者を集めて! ああ、それと市内の大聖堂へお忍びでお見えになっているテオドロス法王聖下にご相談したいことがあるといって、これから面談できないか伝令を頼むわ。ああ、それと地下封印倉庫から『体操服』と『ブルマ』と書かれた箱を運んでおいてね」


 虎穴にいらずんば虎児を得ず。この際、相手の策謀に乗って、なおかつそれを食い破るしかない。そう決意したメイ理事長の長い夜が始まった。

話が前後するのはこれで終わりで、次回からは皇華祭の本編スタートです。

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[良い点] 楽しく読ませてもらってます [気になる点] まだ途中読みなので最新まで読んだ感想ではないです。 ・やたら性的欲望の対象として見られている主人公にしては警戒心が無さすぎでは? 血の繋が…
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