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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第五章 クレールヒェン王女[15歳]
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幕間 幼馴染からの手紙と告白

『皇凌祭』の名称を『皇華祭』へ変更しました。

『エリアス・ヤン・バルテク様


 お元気ですか? エリアス君がシレントのそれもリビティウム皇立学園へ入学してからもう一年以上が過ぎたのですね。

 央都での暮らしにはもう慣れましたか? 勉強は進んでいるでしょうか?

 皇立学園へ合格できたエリアスは郷土の誇りです。末は博士か大臣かってところで、エリアス君の村に行くと、村の皆が噂しています。

 そんなエリアス君に感化されたわけではないのですが、これからは女でも学問が必要だって両親を説得して、私もこの春から央都学校へ入学することになりました。というか、もう央都に来て四月ですけれど。

 さすがにエリアス君のように皇立学園へ入学するなんてことはできませんでしたが、アントワーヌ女子学院へ通っています。

 うちの学園は全寮制なので、なかなか外出許可が下りず、また手紙の類いも親元以外に送る場合は検閲されるので、この手紙はたまたま里帰りする友人に頼んで出して貰いました。無事にお手元に届いていればいいのですが。

 もし、この手紙を読んだ上でよろしければお会いできませんか?

 来週の天女の日の午後であれば外出許可が出る予定ですので、可能であれば央都三等区にある公園の狸大王像の前までお越しください。


  あなたの友人 アナベル・アナジャより』


 ◆


「あの、エリアス君、その……」


 夕日が差し込む公園の片隅で、幼馴染でひとつ年下の少女アナこと、アナベル・アナジャがひたむきな眼差しを、僕――エリアス・ヤン・バルテク――に向けながら、恥ずかしげに続く言葉を選んでいる。


「……本当は、もっと前からエリアス君に……その、言いたかったんだけど、勇気がなくて……」


 ツァレトカ伯爵領の小さな村の名ばかりの代官であった準男爵家の三男と、片や領内に三つあった町の一つを治める町長の娘。

 立場上お互いの親が親密で、子供同士年と家が近かったこともあって、毎日泥だらけになって遊んだ気心の知れた幼馴染の女の子。


 いつの間にかお互いを男女として意識する年になって、段々と会う機会が少なくなったけれど、久しぶりに会った君がこんなに垢抜けて綺麗になっていたことに、不注意にも僕は気付かないでいた。

 子供の頃は男の子同様にズボンにシャツが定番だったお転婆なアナだったけれど、こうして制服を着てスカートを履いたアナを見るのは初めてで、ひどく新鮮で眩しかった。


 この眩しさはきっと夕日の照り返しのせいだけじゃないだろう。


「たははっ、変だよね。こんなのあたしらしくないよね……」


 いつになく緊張した面持ちで、何度も唾を飲み込んで、さっきから同じ言葉を繰り返すアナ。


 頬を真っ赤に染める君。ああ、そんなに照れなくてもいいのに……。

 アナ、君が何を言いたいのか、そんなことは一目瞭然じゃないか。


 いや、今日、この日にこの場所に呼び出しの手紙をもった瞬間に、僕はこの場面を予想していたんだ。

 だって、僕と君はずっと一緒だったんだもの。何も言わなくてもお互いの気持ちはわかっていた……いや、最初からずっと寄り添っていたと思う。


 子供の頃は当たり前すぎて気付かなかったそれに気づいたのはいつだったろう……。


「そ、そんなことはない……さ」


 そして、気付いた以上、いつまでも子供のままの関係ではいられない。


 だから、だから僕も勇気を持って言わなければならない――それはわかているんだ。だけど、もしも違っていたら……いや、この一言で僕たちの関係が変わってしまうかもしれない。

 そのことが怖くて、臆病な僕はもう一歩が踏み出せないでいる。

 あああ、僕はなんて情けない男なんだろう!!


 勇気を出せ! 踏み出すんだエリアス・ヤン・バルテク! アナ、君がいないところで僕が成長したってことをいまこそ見せる時なんだ!!


「――アナっ。僕も君の事を」


 思い切ってそう告白したのとほとんど同時に、思い切りのいい君もまたついにその言葉を口に出してしまった。


「あのエリアス君っ。お願い、もしも皇華祭の招待券余ってたら貰えないかな!!」

「す……え?!」

「「え?!」」


 気のせいか近くの藪の中から声が聞こえた気がしたけど、アナは茫然とする僕に気付かずに続ける。


「ほら。もうすぐ皇華祭でしょう? あれって凄い偉い人たちとか、本物のお姫様や王子様とかとも出場するって、もううちの学院でも大騒ぎでさ。でもって、二代目巫女姫クララ様もプリンセスとして出るそうじゃない! あたしと彼も遠目に見たけど、ものすごーく、ホントこの世の者とも思えないほどの美人だもんね。できればもっと身近で見たいって、彼も言っていてさ」


 恥ずかしげにまくしたてるアナ。って、え?


「彼……?」

「ああ、うん。こっちに来る前に隣町の代官やっているアホカイネン男爵家の長男のカイと婚約したのよ。言ってなかったっけ? 卒業したら結婚してあたしも男爵夫人ってわけよ!」


 アホカイネン男爵のところのカイ? ああ、あのイジメっこの筋肉バカか。

 思い出して、僕の心に蓋がしてあった嫌な思い出が甦る。

 三つ年上だった奴は、顔を合わせれば剣の稽古って言って殴る蹴るは当たり前で、水練といって裸で池に放り込まれたり、兵糧に耐えるためと言って犬のウン●食わせられたり、度胸試しって言ってグールが出没する夜の墓場に置いてきぼりにされたり……。


 アナは女だったし年も離れていたから知らなかっただろうけど、よりにもよってあのカイと婚約だなんて……くっ。所詮、男は身分と金なのか!?


 愕然としながらも、なんとか言葉を搾り出す僕。

「え……あ、そう……なの……お、おめ……おめでとう」


「うん。ありがとう! で、カイが巫女姫様に夢中でさ。公認ファンクラブとかにも入っていて、ちょっと妬けるんだけど巫女姫様じゃしょうがないもんね。それで、皇華祭では巫女姫様の限定商品とかも売り出されるみたいで、どうにかして招待券を手に入れられないかって手紙を寄越したのよ。あれって、基本学園の生徒の関係者しか入れないでしょう? で、悩んだんだけど、そうーいえばエリアス君も皇立学園に通っていたの思い出してさ、恥を忍んでこうして頼んでいるわけ」

「あ……そうなんだ……てゆーか、それがなければ、思い出しもしなかったわけなんだ……」


 そーか、そーか、それであんな奥歯に物が挟まったような態度をとっていたわけね。

 うん。死のう。


「ん? なんだって? よく聞こえなかったけど、んでどーかな? 招待券あるかな? つーか、もしかしてエリアス君、巫女姫様と顔見知りだったりして!? だったらサイン貰って――って、そんなことあるわけないよね、エリアス君だもんね。メンゴメンゴ」

「あー、うん……招待券ね。うん、えーと……」


 なんで僕がこのふたりのために招待券を融通しなきゃならないんだ!

 そんな思いから言葉を濁すと、アナは萎れた花のようにしょんぼりと肩をすぼめる。


「駄目……かな?」

「まあ、なんとか二人分くらいなら……」

「なんとかなるの!! ありがーとーっ! やっぱり持つべきものは友人だね! ありがとう、エリアス君!」


 罪悪感からそう思わず答えると、途端に花が咲いたかのような満面の笑みが返ってきた。

 くっ、この尻軽女が……!!


「じゃあお願いね! できれば早いうちに学院の寮に送ってくれると嬉しいかな。あ、このまま郵便ギルドまで行って、カイに招待券が都合がつきそうだったって返事してこないと……!」

 善は急げとばかり、アナは踵を返すと、すっかり用は済んだとばかり、この場から立ち去るのだった。

「じゃあねーっ! エリアス君、カイが嫌がるから結婚式には呼べないけど、お祝いの手紙とかご祝儀なら喜んで受けるからよろしくねーっ!!」


 まったく全然これっぽっちも悪意なく、朗らかに笑いながらアナは風のように去っていった。

 さようならアナ。さようなら僕の少年の日の憧れ……。


「――まあ、なんだ。今日は飲め。俺が許す」

「よくあることだ。飲んで忘れろ」

 いつの間にこの場に来たのだろうか、まるで草薮から出て来たみたいに木の葉を体のあちこちにつけたままのダニエル侯子――一年前の調査学習の時に、一緒に女湯を覗こうとして失敗して以来、なぜか僕を舎弟認定している――と、寮で同室のセラヴィ君が、左右の肩を叩いて、茫然と立ち尽くす僕を慰めてくれた。


「……いや、あの、いつから覗いていたんですか?」

「気にするな。なんかお前が女からの手紙をもらって浮き浮きだって聞いたから、ちょっと散歩のコースを変えただけだ」

「俺は止めたんだけどな」


 悪びれないふたりの態度にも、今日ばかりは突っ込む気にもなれなかった。


「ダニエル様」

「ん?」

「セラヴィ君」

「なんだ?」

「今日は吐くまで飲んでもいいですよね……」

「おうっ。支払いは任せておけ!」

「しゃあない、とことん付き合おう」


 そんなふたりの友人たちと連れ立って、僕たちは夕闇迫る街へと繰り出したのでした。

 泣いているのは胸の痛みのせいじゃない。夕日が眩しいからだ……。

 そう何度も繰り返す僕に、ふたりとも言葉少なにうんうん頷いて聞き役に徹してくれた。


 二度と、女からの手紙なんか受け取るものか!

 そう固く心に誓う、僕、エリアス・ヤン・バルテク、十五歳の夏の初めだった。


 ◇


 皇華祭を翌日に控えた夕方――。


『この手紙を巫女姫様に渡してください』


 寮に帰ろうと思っていた僕、エリアス・ヤン・バルテクの鞄の中に、いつの間にか見覚えのない、女性の筆跡だと思える走り書きと金貨一枚、そして差出人も宛先も書いていない封筒が、いつの間にか入っているのに気付いて困惑するのだった。

『皇凌祭』は『皇国を(しの)ぐ学園の祭り』という意味でつけたのですが、

皇女プリンセス様を凌辱する祭り』ですか? という感想があり、それ以前にも『なんで“凌”なんですか!?』と言われて、「ほえ?」(´д` )となっていたのですが、その発想はなかったあああ! ということで、名称を変更しました。

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