ふたりのお客様と波乱の皇華祭
謎の仮面の美少女がでます。
《皇華祭十日前》
かつて皇国の侯爵家の本宅であったという宮殿ホテル。
元の持ち主は文字通り王侯貴族のような贅沢の限りを尽くし、私利私欲のために民の血税を不当に略奪し、一時の快楽のために領地を担保に商人から金を借りまくり、最後にはこともあろうかその立場を利用して、敵対国に国家機密を売り渡した本物の売国奴。
そのことが明るみに出て、一族郎党処罰の対象となったそうですが(さすがに上級貴族を死罪にするわけにはいかなかったので、その領地と爵位は没収の上、国外追放されたとか)、とはいえ、件の元侯爵が湯水のようにお金をつぎ込んだだけあって、場所も一等地でなおかつ建物の壮麗さと内装の豪華さは、王族の宮殿と言ってもいいほど素晴らしくも、目を見張るものがあります。
あまりにも素晴らしすぎて(また、曰くつきとのことで)借金のかたに差し押さえた商人が、転売しようとしても上手くいかず、やむなく現在は外国人向けの超高級ホテルとして活用しているそうです。
で、現在、この超高級ホテルはお忍びで旅行中の(ということになっている)とある高貴な身分の方に丸ごと貸切られています。
さらに付け加えるならば、いままさにこの瞬間、私とルークはその人物たちに呼び出しを受けて、半信半疑のまま馬車を走らせ、貴賓室へ案内されたところで、
「「…………」」
「「…………」」
ものすごく気まずい沈黙の中にいました。
運動系の部活中に不意に顔を出した元キャプテンのOBに呼び出された、現キャプテンのような顔で直立不動になっているルーク。
その隣で手を組んで、ついでにきた横暴なOGの難癖に耐える姿勢で待機する私。
「「…………」」
「「…………」」
緊迫した空気が張り詰める中、時計の針だけが着実に時を刻んでいきます。
「「…………」」
「「…………」」
いちおう建前上の話とはいえ私は巫女姫。ルークは帝国の帝孫という立場ですので、普通の相手であれば呼び出しをかけたり、こうして立ちっぱなしで、なおかつ相手が口を開くまで返事が出来ないなどということは、よほどの相手でもなければまずあり得ないのですが、今回に限ってはその数少ない『よほどの相手』ですのでたちが悪いです。
それもいきなりの不意打ちですから、私もルークも混乱の最中にあり、結果しわぶきひとつ立てられず、その場に佇むほかありませんでした。
「「…………」」
「「…………」」
……ああ、胃が痛いですわ。せめて怒鳴るなり嫌味を言われたほうがすっきりするのですけれど、目の前に佇むおふたりのうちおひとりは、苦虫をまとめて噛み潰したようなお顔で私を睥睨し、もうおひとかたは、そんな私たちの様子をまとめてニコニコと底の知れない笑みで見守っているだけです。
どれほど時間が経過したでしょうか。長いような短いような沈黙を破って、ようやくクリスティ女史が、ほとほと呆れ果てたとばかりの深い深いため息をつかれました。
「……まったく。一年も行方不明になっていて、帰って来たと思ったら無事を知らせる手紙ひとつ寄越さないとは、どうやら私の教育の仕方が間違っていたようですね」
「あ、いえ、手紙よりも直接戻って説明しようかと思っていたのですが……」
聖都でも央都でも、なんかいきなり拉致されるように主役をやらされて、あれよあれよという間に流されるままに時間が過ぎていったのですもの。
で、でも、状況はカーティスさん経由で連絡した筈ですので……と、しどろもどろに答えたのですが、クリスティ女史の鋭い眼光を前に尻つぼみとなってしまいました。
「……申し訳ございません」
悄然と肩を落として素直に謝りますが、クリスティ女史の舌鋒は収まりません。
「挙句“巫女姫クララ――クレールヒェン”を襲名とは、呆れてモノが言えません。自分の立場をなんだと考えているのですか!? というか目立たずに自重するという選択肢はないのですか、貴女の人生には?! どこまでこちらの思惑の斜め上を行けば気が済むのですか!?!」
「え、ええと……その、それは成り行きというか……」
それに私としてはその時にできる最善とまではいかないまでも、次善の策くらいを取って自重しているつもりなのですけれど――。
と、そんな私の内心の弁明が聞こえたのか、クリスティ女史の目つきがやたら剣呑……というか、ほとんど殺意の波動を放ちます。
「成り行きで巻き込まれたとしても、自分から立ち向かった時点で間違っています! 逃げるとか、他に助けを求めるとか、方法はいくらでもあります!」
そう一刀両断されましたけれど、う~~ん……。
いまいち感情的に納得できない私の様子を眺めていたもうおひとかた――ルークをそのまま大人にして余裕を持たせた美男子。ルークのお父上にして現皇太子に当たるエイルマー殿下が、「まあまあ」と口を挟まれました。
「終わった後に、安全な場所でああだこうだ批判されてはジル嬢も納得できないでしょう。報告書は読ませてもらいましたが、実際、その場にいたとして、あれほど被害を抑えることができたのか……まあ、無理だったでしょう。それを考えるならば、そんな頭ごなしに叱らなくてもよろしいのではありませんか?」
「お言葉ですが、殿下。褒める必要はありません。これまでさんざんチヤホヤされたでしょう――ですが、そのためにご祝儀相場で見逃されたこの子の甘さや、行き当たりばったりの行動のマズさを、きっちりはっきり指摘しておかなければならないのです!」
取り付く島もないクリスティ女史のかたくなな態度に、エイルマー殿下はやれやれと肩をすくめられます。
とはいえ、そう言われてしまえば私も自分の甘さや思慮の足りなさを、いまさらですが思い出して恥じ入るばかりです。
――そうよね。イゴーロナクを斃せたのも私ではなくて皆や聖女様の助力があってこそだし、そもそもコッペリアの最終兵器も思いっきり暴走して、危うく国ごと吹っ飛ばしそうになったわけだし……。
たまたま博打が成功したようなもので、もしも私が第三者で同じことをしろと言われたら『無理!』と、速攻で答える状況だったのですから、クリスティ女史が激怒するのも当然です。
これは今晩一晩、お説教コースだろうなぁと、覚悟を決めるのでした。
そんな私から視線を外したエイルマー殿下の涼やかなアイスブルーの瞳が、鹿爪らしい表情でしゃちほこばって立っているルークへと向けられます。
「久しぶりだね。ずいぶんと逞しくなって、背丈も私とほとんど変わらなくなったね」
「お、お父上もおかわりなさそうで……」
厳格で嫡子に対しても完璧な貴族であることを求める王侯貴族の当主の中にあって、エイルマー殿下は格段に気さくで、親しみやすい父親だと思うのですが、なぜかルークは苦手意識が抜けないようでどこまでも緊張は解けません。
実際、お変りなさそうで、柔らかな笑顔のまま、
「うん。私は変わらないんだけど、アンジェリーナは最近、喋るようになってねー。だけどカロリーナには『ママ』って言うのに、私の事は『チチウエ』なんだよ! 誰が教えたんだろうね。君の時は『パパ』だったのに。あと、やたら行動力があって……」
……失礼しました。すっかり親馬鹿にジョブチェンジしていました。
しばらく苦行のような顔でエイルマー殿下の語る娘自慢(ルークにとっては妹自慢)を聞いていたルークですが、
「――あの、それでなぜお父上やクリスティ先生が突然、来訪されたのでしょうか?」
意を決して、私も疑問に思っていたそれを直球で尋ねます。
「それは決まっているよ。可愛い我が子たちの皇凌祭での晴れ姿を見ようと思ってね。本当はカロリーナも来たがっていたのだけれど、さすがにアンジェリーナを連れ出すわけにはいかないし」
貴族どころか中流家庭ともなれば、子育ては子守や乳母の役目なのですが、どうやらカロリーナ様はご自分で子育てをなさっているみたいですわね。
見た目通り本当に温かで家庭的な方ですわ。
と、そんな私の感慨を即座に読んだかのように、エイルマー殿下は茶目っ気たっぷりに、私へウインクをなされました。
「妻として母親としてもカロリーナは自慢の種だけれど、姑としてもジル嬢とは上手くやっていけると思うよ。うちならいつでも迎え入れるつもりなので、その気になったら是非、ルークをもらってやって欲しいね」
「ちょ――父上!?」
慌てるルークですけれど、普通、それはお嫁さん側の台詞ではないでしょうか?
「まあそんなわけで、薄情なあなた方を待っているのも飽きたので、良い機会ですから物見遊山も兼ねてここまで足を延ばしてみました」
クリスティ女史がそう締めくくりましたけれど、帝国子爵であるクリスティ女史はともかく、帝国皇太子であるエイルマー殿下。あなたが気軽にホイホイお忍びで歩いては駄目でしょう!?
「巫女姫だってそうですよ。カーティスからの報告では、毎朝毎朝、近くの連山まで不用意に足を運んでいるとか、迂闊としか言いようがありません!」
そんな私の抗議は、クリスティ女史の正論で一発で沈んだのでした。
「ま、聞いた話では下馬評ではジル嬢がプリンセスで、ルークがプリンスで固いそうじゃないか。楽しみだね」
「そうですね。国にも戻らずお祭り騒ぎに参加する余裕があるのですから、当然、そのくらいは固いのでしょう」
エイルマー様は楽しげに、クリスティ女史は眉ひとつ動かさず、そう言い切られ、私とルークは思いがけないハードルを前に、思わず顔を見合わせるしかありません。
というか、これはなにがなんでもプリンセスとプリンスを執らなければならない。
そう固く心に誓うのでした。
《そして、皇華祭当日》
巨大な闘技場を模した学園にある皇華祭会場。
その中央部に一段と高く設えられた『皇華祭プリンセス・コンクール』参加者紹介の場で、私と十数名のプリンセス候補者は、主催者発表で三万人の大観衆の元、ブルマ姿で羞恥プレイを強要されていたのでした。
「…………」
なぜこうなった?! 突如、開催直前に主催者側から渡された体操服とブルマに身を包んだ私は、状況に流されるまま茫然と立ち尽くすばかりです。
と、そこへ――。
『皆様、お待たせしましたっ。これより第二十六代目皇華祭プリンセス・コンクールを開催したいと思います!!』
互いに共鳴する水晶製の魔道具の親機を持った眼鏡にタキシードの男子生徒が、司会者席から絶叫する声が響き、併せて会場中に配置された子機がその声を会場中に轟かせるのが全身で感じられました。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!』
途端、会場中から割れんばかりの大歓声が響き渡ります。
『司会はわたくし、報道部部長のバーニー・アーモンドJrがお送りいたします。なお、今回のプリンセス候補の淑女の皆様には、公平を期するために聖女教団から提供された卑猥――もとい、大変活動的な衣装を身にまとっていただいています!』
――これ、聖女教団の提供だったのォ!?!
と、私以外のプリンセス候補が、途端、怒りの矛先を私へ向けます。
わ、私のせいじゃないのにィ!!
『なお、私個人としては、非常に素晴らしい衣装だと思うのですが、この衣装の着用を拒否して、参加希望者の八割がいきなり脱落するという残念な結果になってしまいました』
まあ、そうでしょうね。
残った候補も、「くっ、いっそ殺せ」「……うう、借金さえなければ」「謀ったわね、あんた!!」「え? なんで? なんで他にいなくなったの??」やむに已まれぬ理由や、意地、逃げそびれた等の理由で、この場に辛うじて残っているだけのようです。
『ここで、解説として聖女教団のテオドロス法王聖下に解説席へ来ていただきました!』
『うむ。テオドロスじゃ。よろしくな』
なんでいるんですか、あの老人が!?
『さて、法王聖下。あの衣装について、突然の教団からのテコ入れとのことでしたが、その理由などございますでしょうか?』
『うむ、大ありじゃ。そもそもあの衣装は、聖女スノウ様が世に伝えたという伝説の聖遺物――その名も『ブルマー』というのじゃ!!』
『おおおおっ! 聖女様由来だったのですね。てっきり痴女……げふんげふんっ、失礼、マイクの具合が悪いようです。法王様の趣味かと思ってしまいましたが!』
『うむ、それもある!』
あるんかい、と壇上で見世物になっているプリンセス候補から殺意が向けられますが、当人はカエルの面になんとやらで頓着した様子もなく、それどころか神の預言を伝える敬虔な使徒の面持ちで朗々と続けます。
『耳ある者よ聞くがよい! 聖女様はおっしゃられった、もともとブルマーとは『BLOOM-MA(花咲くセクシーな女性)』を由来とした神代の言葉であり、その起源は巫女、セーラー服、ナース、スクール水着と並んで女性にとってもっとも重大な勝負服である、と。であるなら、淑女の祭典である皇華祭プリンセスを競う合うこの場において、まことに相応しい衣装と言えるじゃろう!』
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!』
法王様が威厳たっぷりに伝えるお言葉を前に、もともと聖女教団が国教であるこの国の観客のほとんどが胸を打たれた表情で絶叫を放ち、観客席が雪崩のような歓声に包まれるのでした。
……よくよく耳を澄ませば、「出鱈目よーっ!!」というメイ学園長の絶叫がありましたけれど、あまりの大歓声にたちまち打ち消されてしまいます。
『なるほど! 素晴らしい由来があったのですね!! なんか取って付けた感も無きにしも非ずですが、細かいことは問題ありません! 巫女姫様を筆頭にブルマー姿で恥じらう乙女たち! これこそがまさに皇華祭! プリンセス・コンクール! 華の祭典と言えるでしょう!!!』
絶対に違います。
『さて、その皇凌祭を一層盛り上げるために、今回は解説席は特別ゲストをお招きしています!』
続いて段取りにしたがって、テオドロス法王が速やかに、
「待たんかい! あんな遠い貴賓席は嫌じゃ! ここでかぶりつきで見るんじゃ!!」
駄々をこねるのを無視して、スタッフが素早く椅子ごと運んで行きます。
『お待たせしました。特別ゲストは、な・な・な・なーんと、この方でーす! そう、ご存知、どこの誰かは知らないけれど、誰もが知ってる謎の仮面の美少女『匿名希望』さんにおいでいただきました!!』
『どーもどーも』
『おおおおおおおおおおおおおおおおおお~~~~~~おぉ……お、おお、おぅ……?!』
司会のバーニーJrによって声高らかに紹介された、変な仮面をかぶったスレンダーな体型で水色の髪をした美少女(?)が、物怖じせずに観衆に手を振っています。
『おう……???』
誰だあれ? という周囲の声に応えてバーニーJrが満面の笑みとともに、おもむろに彼女(?)について、説明を付け加えました。
『えー、この『匿名希望』さんは、たまたま、そこらへんの道をほっつき歩いていたところをゲストにお招きしたのですが、なんと快く引き受けてくださったという私も誰かわからない人です!』
『どーも、異世界の大魔王やってます。本当はスライムなんだけど、大人の都合で素顔と本名は非公開です』
とんでもない紹介にも、やたら尊大な態度で自己紹介をする仮面の美少女。
「……スライム?」
「どこのスライムだ?」
「誰なんだ? 何ムルなんだろう(棒)」
「つーか、いいのか、あれ?!」
困惑する声は一部あるものの、
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!』
大部分の生徒や関係者はとりあえず盛り上がっておけ、とばかりノリだけで大歓声を送るのでした。
と、そこへ音もなくやたら迫力のある執事風の男性が現れ、
「……我が君。お戯れも大概になさりませ」
「いやいや、せっかくなんだから異世界のピチピチ女学生を――」
なにやら反駁している彼女を、半ば無理やり引っ張って退場してしまいました。
この間、ほんの数秒。
「……なんだったんでしょう、いまの?」
小首を傾げる私の問いかけに答える者は誰もおらず、何事もなかったかのように司会進行は続けられます。
ということで、緋○かと思った? 残念、某スライムさんでした。
ふっふっふっ、前回の幕間と併せて二段構えのギャグだったのですよ。
あ、ちなみに、某スライム大魔王の作者の方からは許可を得ています。
お忙しいところ、ご無理をきいていただきありがとうございました!O(-人-)O アリガタヤ・・
ちなみにこの部分は仮に書籍化する場合は(多分)使えないので、WEB版だけのお遊びになります。
書籍の際は、マスク・ザ・ローズに差し替えになると思います。
 




