ふたつのニセモノと人形遣いのイト
今回はいろいろと伏線をバラします。
というか、いきなり敵の親玉がバレます。
皇立学園へ乗り物(馬車や獣車、竜車など)で送迎してもらう生徒は貴族クラスを中心に結構な人数がいますが、大校舎の車寄せまで乗り入れできるのは、基本的に侯爵以上の身分の出身か、学園が特別に許可をした相手のみとなります。
伯爵以下の身分の場合は、校門前で乗り物から降りて、そこから歩いて教室へと向かうわけです。
私も入学当初は歩いていましたけれど、途中からルークの馬車に相乗りさせていただくようになり、自然と校舎前まで乗り入れするようになっていました。
個人的には、ルタンドゥテから学園まで五キルメルト程度、なおかつ途中に魔物も山賊も出ない平坦な道なので、普通に歩いて通ってもいいと思うのですけれど、
「そんなことをすれば周囲が大惨事になります!!」「人垣と押し合いへし合い、挙句、将棋倒しで暴動や死人が出るのは確実!」「一発で央都の都市機能が麻痺するのでやめてください!」
と、周囲から猛反対を受けたためやむなく馬車通学を余儀なくされています。
女子がひとり歩きしただけで機能不全になる央都シレント。首都の割に意外とモロいものですわね。
で、いろいろあって現在私は、ルークが一緒でなくても馬車での乗り入れが可能と学園から許可を得ています。
まあ、現代に帰ってきて以来、ルークが一緒に登下校しない日はないので、ほとんど意味はないのですけれど。
さて、コンスルからエラルド支部長がおみえになったから三日。
意外なほど央都は平穏で、オーランシュ辺境伯の襲撃も「公は重傷を負ったが命にかかわるものではなく、現在は静養中」との、オーランシュ家からの公式声明があり一段落ついた感じです。
「重傷であるのなら、教団経由で私へ治癒の依頼が来るのではありませんか?」
ふと、気になって央都の大神殿へセラヴィ経由で問い合わせてみたのですが、
「いまのところそういう話はきていない。つーか、あのギルド長のおっさんとここの執事が組んで、教団の巫女長と神祇官相手に、朝から晩まで丁々発止の大激論しててそれどころじゃないって感じだな」
「カーティスもですか? ここのところギルドとの折衝があるとは窺っていましたけれど、教団にまで乗り込んでいたというのは初耳ですわね」
「ちなみに議論の中身は、お前に仕事の依頼をする場合の優先順位と、報酬額の取りまとめだ。どこも一番でかいパイを切り分けようと躍起になっている感じだな」
「他人事みたいな言い方ですわね。セラヴィ司祭」
「まあ実際、俺みたいなぺーぺーには関係ない話だからなぁ、教団の頂点たる巫女姫様」
「「ふ、ふっふっふっふっ……!!」」
笑顔と笑顔のぶつかり合いに、ちょうどお茶を運ぶために扉を開いて顔を出したラナが、怯えたように一度開いた扉をそっと閉じました。
そのようなわけで、表面上は割と平穏な日常が復活した今日この頃、今朝もルークと一緒に馬車で学園の大講堂前までご一緒したのですが、先に到着していた馬車……いえ、平甲獣が引く獣車によって正面が塞がれていました。
ちなみに平甲獣は、陸生の亀に似た魔獣で、歩みは牛より遅いくらいですが、力は強くて一頭で馬十頭分くらいの力があります。
「むうっ、よりによってトロい平甲獣が前ですか。時間が掛かりそうですね。クララ様と公子様をお待たせするなど言語道断ですので、一言退くように行ってきます!」
今日のお付きの侍女としてついてきたコッペリアが、口だけではなく相手を蹴り飛ばしそうな勢いで、憤然と立ち上がろうとするのを、「まあまあ、まだ時間もありますから」「後から来たのは私たちですので、しかたありませんわ」と、宥めて座らせませす。
実際、講義の時間までまだまだ余裕がありますし、それにここまで立ち入れるということは相手も高位の貴族であるのは間違いないのでしょうから、無暗に波風を立てる必要もありませんわ。
と、そんな私の安穏とした考えは、ルークの侍従の一言で変わりました。
「殿下、護衛が確認しところ、どうやら前の獣車はオーランシュ家のもので、中に乗っているのはシルティアーナ姫のようです」
「!!!??」
どうにか私は驚愕を飲み込んで平静を装うことに成功した……と思います。
ふと気になってルークの表情を窺うと、目を丸くして驚いた表情こそしていますが、特に“シルティアーナ姫”に対する特別な感情や思い入れはないようです。
なぜか大きな安堵と小さな失望とを感じながら、「珍しい……というか、僕は学友としては初めて会うかな?」と、首を傾げるルークに私も同意しました。
「そうですわね。伝聞では去年もほとんど休学されていたみたいですので、お出ましになるのはほとんど一年ぶりになるのではないでしょうか?」
それから小さく呟くように「私と同じですわね」と付け加えます。
「ずっと膝の痛みに悩まされていたということですが、多少なりとも体調がよくなったのでしょうか? それならば僥倖……文字通り不幸中の幸いなのですけれど」
そんなおめでたい話ではないだろうなあ、と言わんばかりの口調のルークに、件の侍従さん――後で聞いたら帝国伯爵家の次男だとか――が、「恐れながら」と進言しました。
「獣車から降りるのにも随分と難渋しているように見受けられますので、ご快癒には程遠いかと。おそらくは“オーランシュは健在なり”という対外的なアピールのため、こうして担ぎ出されたといったところではないでしょうか? とはいえ……」
続く言葉は声にはなりませんでしたけれど、「よりにもよってブタクサ姫をさらすなど恥の上塗り、逆効果ではありませんか」という心の声と、好奇の視線を向ける人々の嘲笑。
聞こえないはずのそれが聞こえた気がして、私は思わず両耳を押さてうずくまってしまいました。
「ジル、どう――」
そんな私の異変にルークがうろたえたそのタイミングで、オーランシュの獣車が開き、中からまずは二十代半ばほどと見えるブルネットの髪をしたメイド服の女性――確かゾエ・バスティアさんとおっしゃる侍女頭だったかと記憶しています――が、意外と軽やかな身のこなしで降りてきました。
あまり目立たない容姿の女性ですが、ルークの侍従さんが帝国伯爵家の次男であるように、あるいは彼女もどこかの貴族の子女なのかも知れません(というか普通に考えて、王族や高位貴族の侍女というのは、貴族の嫡子以外の行儀見習いや花嫁修業を兼ねているので、おそらく間違いなく貴族の出なのでしょう)。
動きやすいようにメイド服を着ていますが、よく見れば胸元では高価そうなブローチ(あの輝きは魔輝石ですわね)が輝き、髪飾りや銀色の指輪もよくよく見れば目を奪われるような精緻な代物です。
そうして、周囲の視線もなんのその。手慣れた仕草で彼女が金属製のコントローラ(正式名称が不明なので、私の中でそう呼んでいるでけですが)を操作をすると、ズンッ!! と、見るからに頑丈そうな獣車が片側に沈み込み、続いて『プシューッ! プシュプシュ!』と蒸気の音を立てながら、(主に横側に)巨大な金属製の不格好な鎧――魔導甲冑が、陽光を跳ね返して沈んだ側の扉から、ぬっと現れました。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?!』
途端、声にならないどよめきが波紋のように広がります。
周囲を見回せば、どうやら気づかないうちに通学してきた生徒やその関係者、及び職員などかなりの人数がこの場に集まっていたようです。
それがこの場に現れた金属の塊りのような『ブタクサ姫』のインパクトに、思わず驚愕のうめきをもらしたのでした。
ガッシャンガッシャンと騒音を立てながら、億劫そうに獣車から落ちてくるシル……なんとかさん。
ズンッ!! と地面に降り立った瞬間、車軸が折れそうなほど傾いていた獣車が元の姿勢に戻り、反動で何回かバウンドを繰り返して、牽引していた平甲獣がひっくり返りそうになり、御者が慌てて立て直しています。
「――どうぞ、こちらへ。姫様」
ゾエさんの指示に(というか操作に)従って、ズン! ズン! と一歩ごとに地響きを奏でながら歩き出すシルティああああ……なんか、もうアレでいいような気がしていました。
アレの手にはよく見ると大ぶりの紙袋が抱えられ、中から山のようなシュトーレンが顔を覗かせています。
それを丸ごと一本ごと手掴みでムシャムシャと開いた口元で頬張っているアレ。
……確かシュトーレンって小麦粉とバターの塊りで、一本二千五百カロリーくらいあるバケモノのはず。しかもよくよく見れば、それぞれのシュトーレンにはバター、クリームチーズ、蜂蜜などがふんだんに盛られた地獄のような代物へと変化しています。もう見ているだけでも胸やけがしそうで、思わず視線を外して口元を押さえてしまいました。
と、ほとんどの人間が唖然茫然とする中、窓からその様子を眺めていたコッペリアが不快げに顔をしかめました。
「……なんすか、あのブッサイクなガラクタは?」
そう吐き捨てるように言って、例のあのブタクサ姫が纏っている頭の先から足の先まで完全に覆われた、機械と甲冑が融合したような魔導甲冑――要するに魔術と錬金術をふんだんに盛り込んだパワードスーツのようなものです――を指差すコッペリア。
「え? えーと……。以前に聞いたお話だと、あの中身の方がおみ足を痛められているそうで、それを補うための魔導甲冑……確か『ヴィクター式魔導甲冑《鋼鉄の乙女二十八号》』とかだったかしら……あ、名称からして、もしかしてヴィクター博士作品か、もしかしてコッペリアとは別のシリーズ……とかでは……って、あの?」
説明している間にどんどんと不機嫌な表情になってくるコッペリアの様子に、思わず及び腰になってしまいます。
で、全部話し終えた刹那――。
「――はあぁぁぁ~~~ぁあンはあっ!?!」
と、それはもうとことん人を馬鹿にしたような「はあ?」が返ってきました。
「なんですか、その『ヴィクター式』ってのは?! 馬鹿にしてるんですか。あーんな美意識の欠片もない。実用性皆無。辛うじて動くだけの夏休みの工作みたいなポンコツに、よりにもよってヴィクター様の名を冠するとは! どこの唐変木の盆暗が、誰に断ってつけたんですか!!」
普段から訳の分からないスイッチで激昂しているコッペリアですが、どうやら今度という今度ばかりは本気で逆鱗に触れたようです。
親の敵か、嫁の粗を探す姑のような目つきで、魔導甲冑を睨み付けるコッペリア。もっとも、今回の怒りの源泉は、自分の製作者の名前で粗悪品を造られた純正品の立場という、割と真っ当な理由によるもののようですので、これに関しては正当な怒りと評価と納得できるものでした。
「ワタシの知っている限り、あーんな代物は趣味じゃありませんでしたし、そもそも具合が悪いところを補うなら改造手術をしますよ、ヴィクター博士なら!」
「「あ、あー……」」
先日のエレンとのやり取りを思い出して大いに納得する私とルーク。
「え、えーと……それでは、あの魔導甲冑はヴィクター博士とは関係ない技術なのでしょうか?」
「当然です! 多少なりとも前のご主人様の技術が使われていたら、あんな達磨ストーブの化物みたいな見てくれの、しかも外部から指示しなきゃ動かないような玩具になるわきゃありません! ワタシを見れば一目瞭然じゃないですかっ」
自意識過剰な台詞にも思えますが、確かに、無駄に自己主張の激しい性格をして、なおかつ少女の外見をしたコッペリアを造った同じ製作者が、あんな無骨なリモコンで動くだけの魔導甲冑を造るとは考えにくいですわね。
「ちなみにワタシの他にも人造人間は八体作られましたけど、いずれも高性能かつ人間と見紛うばかりの女性型でしたよ」
「「へえ~~っ」」
「――もっとも、なんでか知りませんけど、どいつもこいつも起動してしばらくすると、『世界平和のために人類を抹殺する』とか『我ら人造人間こそ完璧な存在』、『不完全なヒトを淘汰する』とか、たわけたことを抜かして発狂した挙句、一様にニンゲンサマに対して反乱や暴走を起こしかけたので、ヴィクター博士と当時はマシだったイゴールとで協力して始末しましたけど」
あれは辛く苦しい戦いでした……最終的に人造人間はとある周波数の音に引き寄せられるという性質を解明して、『人造人間ホイホイ』と名付けた秘密基地におびき寄せ、三百俵の小麦袋で基地ごと粉塵爆破しましたからねぇ。と、当時の修羅場を思い出して遠い目をするコッペリア。
「「へ、へえ~~……」」
「……まあそういうわけで、唯一理性と正気を失わず、暴走の危険もないワタシをただひとつの完成品として、世界の平和のために他は全部廃棄処分したわけです。また、それにより人造人間関連の研究は頓挫したわけですので、あんなフザケタ贋作が、ヴィクター博士の遺作であるわけがありません。地獄にいるヴィクター博士が聞いたら激オコですよ!」
「「なるほど」」
ルークともどもわかった風な表情で頷きましたけれど、私とルークの胸中に去来したのは、
『コッペリアって、これでも理性的でマトモな部類だったのね』
『技術の発達は必ずしも人を幸せを導くものではないんだなあ』
平和ってなんだろう? という身も蓋もない現実に対するやりせなさでした。
あと、ついでにコッペリアの中ではお亡くなりになったヴィクター博士は天国に行けなかったのは確定のようです。
そうこうしているうちに私たちの乗る馬車も動き出し、すぐに車寄せに止められ、従者によって昇降用の階段が据えられ扉が開けられました。
「どうぞ、ジル」
慣れた仕草のルークにエスコートされる形で、いつものように肩を並べて講堂へと向かう私たち。
これまたいつものように、その途端、あちこちから「きゃ~~っ!!」という女生徒の黄色い嬌声が聞こえてきます。
「――殿下、巫女姫様。シルティアーナ姫がぜひお二方にご挨拶したいとのことですが……」
ルークの侍従の視線の先では、大講堂の入り口のところでこちらの様子を窺っているゾエ侍女頭と、その隣へ彫像のように立って、むしゃむしゃとシュトーレンを丸齧りしているアレがいました。
「僕は別に構いませんが――」
「わ、私も問題ありませんわ。話したい事もございますので」
帝族であるルークと私(それと『巫女姫』というのは、巫女の力を持つ王族を示します)なので、本来、あちらから歩いてくるのがマナーなのですが、あの大重量の魔導甲冑ではいちいち動くだけでも大変そうですし、なにより学園では同じ学生同士ということもあり、なんとなくルークと以心伝心で示し合わせて、こちらから近づいてご挨拶をすることにしました。
近づいていくと、ゾエさんは一歩下がって腰を屈め、アレもさすがに食べる手を休めて、
「…………、………………………………。……………………」
「“おはようございます、ルーカス公子様。お目もじを心待ちにしておりました。また、巫女姫様にはお初にお目にかかります。シルティアーナ・エディス・アグネーゼと申します”と、姫様は申しております」
なにやらボソボソ呟いた言葉を、ゾエさんが同時通訳しました。
「お久しぶりですね、シルティアーナ姫。一瞥以来ですね。ご挨拶が遅れたこと、心よりお詫び申し上げます」
オーランシュ王の襲撃事件に言及しないのは、さすがに周囲の耳目を気にされての配慮でしょう。
続いて私も満面の笑みを取り繕って、
「ご丁寧な挨拶恐れ入ります。〈巫女姫クレールヒェン〉ジュリア・フォルトーナです」
ルークがちょっと驚いた表情をしたのは、私があまり人前で『巫女姫』を自称することを好まないのを知っているからでしょう。とはいえ、今回はその肩書きが必要なその場面と判断してのことです。
「あの。失礼ですが、オーランシュ王家第四王女様は、以前にご不幸に逢われておみ足に不自由がお残りだとか。よろしければ、私が治癒いたしますけれど? 多分、私ならそれ治せると思いますので」
途端、アレの手から食べかけのシュトーレンがポロリと落ちました。
同じく、愕然と目を見開いたゾエさんですが、すぐに小さく咳をして威儀を正し、
「あ、ありがたいお申し出ですが、なにぶん姫様の治療に関しましては旦那様の指示に従ってのことでもあり、また巫女姫様御自らのお手を煩わせるということになれば、現在、定期的に治療をしていただいている教団の担当者とも報酬等の協議が必要となりますので……」
でも、お高いんでしょう? と言わんばかりのゾエさんの返答に、「別にただで構いませんけど」と、答えそうになって、そういえばつい先日、その報酬の件でうちと教団と冒険者ギルドとで、協定を結んでいる最中だというセラヴィ情報を思い出してしまいました。
考え込む私の様子に、どことなく安堵した表情のゾエさんが一礼をして、「それでは、その件に関しては後日。失礼いたします」と、さっさと切り上げてアレを伴って廊下の先へと遠ざかって行きます。
重低音の足音が遠ざかっていくのを聞きながら、そういえばエウフェーミアは、どうなったのか襲撃に巻き込まれていないのかどうか聞きそびれたなぁと、後悔するのでした。
◆ ◇ ◆ ◇
表向きは『オーランシュ王の見舞い』と称して、『転移門』と『転移魔法陣』を乗り継いでシレント央国の央都シレントへ飛んでいったものの、残念ながら直接目通りは適わず見舞いだけ置いて帰ってきた。そういうことになっているオーランシュ国クルトゥーラ冒険者ギルド長エグモント・バイアーであるが、実際のところ多少目端の利く者が彼の足取りを追えば即座に疑問点を覚えるだろう。
前後の状況を考えれば、まるでこのことを知っていたかのように動きが迅速で迷いがなかったことに。
ともかくも多忙を理由に央都から帰ってきたエグモントが、いつものようにひとり――気が散るとの理由で秘書は離れた部屋に待機している――書類を捲っていたところ、
『……聞こえるか、〈4=7〉。エグモントよ』
押し殺した声が机の一番下の頑丈な鍵の掛かった引き出しから聞こえてきた。
慌てて持っていた書類を投げ出したエグモントは、肌身離さず持っていた鍵で扉を開け、さらに魔術鍵が施されている小型の金庫を、所定の手順で開いて、中から両掌で挟める程度の水晶球を取り出す。
よく見れば水晶の内部に複雑な文様が彫り込まれたこれは、各国の王室か冒険者ギルド本部だけに秘匿されている通話用の秘宝と同系統のものであったが、ただその色がほとんど黒に近い藍色であるという違いがあった。
「これは――〈6=5〉。このような時間に連絡をくださるとは、なにかございましたか?」
立ち上がってその場に片膝を突いたエグモントの問い掛けに、水晶球の向こうから押し殺した平坦な声が返ってくる。
『例の巫女姫が貴様の作った偽のブタクサ姫に接触した』
「ほう? 意外と早い動きですな」
『どうやらブタクサ姫の足を治す気でいるらしい。不確定因子ゆえあれの能力に関しては不明だが、仮に完治させられたとして、〈4=7〉、そちらでは齟齬は生じないのか?』
「ふむ……。いえ、問題ありません。それどころか、こうなればさらに一石投じられるかも知れません。いま現在、こちらの宮中では次の当主を狙って疑心暗鬼の魔窟となっています。そこへブタクサ姫……いえ、それに関連して巫女姫と帝国も巻き込むことができるとなれば、さらに混迷の度は深まるでしょう」
『ふむ、では予定通りということだな?』
「左様でございます、〈6=5〉。すべてはあなた様の操る糸の通りでございます」
『ふん。とはいえ巫女姫の復活など予知せぬことであったが……。まあいい。あれほどの極上の生贄も存在せぬからな。邪魔しそうな亜人どもも始末したことであるし、今度こそ、我らが神の復活のために更なる血と供犠が必要だ』
「仰せの通りにございます」
恭しく頭を下げるエグモント。
『そちらは任せたぞエグモント』
「〈6=5〉はまだそちらへ?」
本来の姿を偽り、『怪しげな半闇妖精族の男』として、常に活動しているいまや邪神扱いされている古の神を崇める秘密結社――現存する、信者の中でももっとも位階の高いその人物を思い描きながらエグモントは尋ねた。
『うむ。神器のお力で周囲に溶け込んではいるものの、そろそろ潮時だろう。懸念していた傀儡……貴様の作ったブタクサ姫の反抗も杞憂であり、超帝国の介入もないことがほぼ確実となったようであるしな』
「“人形遣い”と呼称される〈6=5〉のお力であれば、あのような愚物問題にもならないでしょう。超帝国すらその糸に絡め取られたわけですな」
侮蔑の表情を隠しもしないエグモントに対して、水晶球の向こうからも悪意のある笑いが帰ってきた。
『ふっ。だが念には念を入れねばな。あまり念話に時間をかけると察知される恐れがある。これで一旦切るぞ。次の定時連絡は五日後の夜の零時とする』
「はっ! すべては蒼き神のために!」
『真なる蒼き神のために』
◆
その合言葉とともに念話を切り上げた人物――〈6=5〉(大賢者)と呼ばれた――現在は対外的に“ゾエ・バスティア”と名乗っている彼女は、エグモントが持っていた水晶球と対になる水晶球を指輪型の収納の機能がついた“神器”にしまいこむと、立ち上がってスカートを翻し、無骨なコントローラーを片手に、自らの操り人形が待つ講義室へと戻るのだった。
タイトルのニセモノは「偽者」と「贋作」の二つの意味で、イトも「糸」と「意図」の二重の意味です。
ゾエさんが黒幕というのは書籍版を読んだ方は気がついていたかも。
ジルは「侍女のわりにはじめて見た」と言っていたのに対して、ゾエさんは「7年前から仕えている」と言っていて矛盾があるので(神器のちからで辻褄を合わせています)。
あと、偽シルティアーナを操り人形にしているのは一目瞭然で、どっからどーみても黒幕じゃん。という伏線で、「あからさま過ぎて気がつかないわ!」というツッコミを期待したものです。
あと、いつの時代でも同じ半闇妖精族の男に化けてるのは、印象に残るようにして実は女だということが想定されないようにしているためです。
6/4 誤字の修正を行いました。
ちなみに書籍版四巻にゾエさんは登場しています。登場シーンが一箇所だけだったためにイラストとかはありませんけど(もっとシーンが多ければイラストもありだったそうですが)。




