金色のギルド証と創立祭の準備
テーブルの上で燦然と輝く金色のギルド証を前に、私は思わず一言所感を述べました。
「……解せません」
「――と、おっしゃられましても。これは本部の決定ですので」
予想していた反応なのでしょう、エラルド支部長はこちら向きに差し出した冒険者ギルド証を、さらにずいと指先で私の目の前まで差し出します。
『へっへっへっ。お代官様、山吹色のお菓子でございます』というような、いかにも胡散臭い笑みと手つきに見えるのは、私の目の錯覚でしょうか?
視線を改めて落とせば、派手派手しい見た目に違わず表面には『Aランク冒険者ギルド証』と刻印がなされ、さらに『ジュリア・フォルトゥーナ・クレールヒェン』『巫女姫』という文字が踊っています。
「私は一年前にCランクになったばかりの新人ですわよ! それが一年間行方不明のためにギルド指定の活動をできず、休止失効状態だったのを再発行をお願いしたのですから、ランクが下がるのが自然ではありませんか?! それがいきなりAランクとかなんの冗談ですの!!」
「と、おっしゃられましても。ジュリア様の能力や実績から勘案した場合、これでもまだ控え目だと思いますが?」
エラルド支部長が視線で周囲に同意を求めると、この場にいる全員が曖昧な表情を浮かべました。
同意はできるけれど、こうした横紙破りは認め辛い……というところでしょうか。
エレンとラナ、シャトンは「そうそう、その通りです」「ジル様なら当然」「なんでもいいから偉いのはいいことにゃ」と諸手を挙げて賛成して、コッペリアだけは「クララ様を凡人愚物の定めたカテゴリーに当てはめるなど笑止千万」とお冠ですが。
「大方、私の身分(帝族、もっと言えば超帝国のお墨付き)や肩書(巫女姫)で、特例として政治的な圧力がかかったのでしょうけれど、決まりってそういうものではないでしょう! きちんと手順を踏んで、ルールに従って定められるものではありませんか!!」
「……いや、まったくその通りであるな」
「だけどこれ不遇な目に遇ったほうが訴える内容で、優遇された側が主張するのは珍しいというか……逆だろう普通」
「理不尽は許せない。そこがジルの素晴らしいところですよ」
リーゼロッテ様が嘆息し、それにセラヴィがコメントを返して、ルークが綺麗にまとめました。
とにかく、こんな不公平な行いは看過できませんわ。断固として受け取りを拒否いたします。
これ以上ごねるようなら、この場で背を向けて全力疾走で【闇の森】へ逃げ込みますわ。A級、S級、SS級、US級の魔物がウヨウヨいる【闇の森】。追いかけられるものなら追いかけてごらんあそばせ、おほほほほっ!
そんな私の本気を感じ取ったのか、
「ああ、なるほど。ジュリア様は冒険者ギルドが無用な便宜を図った。特権として扱ったとお思いなのですね」
やれやれ困った勘違いだなぁ、とばかり余裕綽々で首を横に揺らすエラルド支部長。
「違うのですか?」
「まあ特例ではありますが、誓ってルールは破っておりませんよ」
「そんなはずは――」
「ジュリア様は各ギルドにおける『戦中、災害時等特進制度』をご存じでしょうか? ギルドに登録している登録者や職員が、国家の存亡にかかわる戦時や災害時に派遣され、死亡した場合に特別に二階級特進をする制度でございます」
これまた事前に用意していたのでしょう。カルディナさんから渡されたギルドの規約を開いて、私たちに見えるようにして、立て板に水で解説をするエラルド支部長。
「――えっ。ちょ、ちょっと待ってください。まさか……」
「はい、その『まさか』でして。一年前の〈不死者の王〉は災厄級と認定されていますので、この際に消息不明になっていたジュリア様は非公式ながら二階級特進となっておりました。ちなみに確認したところそちらのセラヴィ司祭も同様でした」
「ラッキー♪」素直に喜ぶセラヴィ。
「まあ、実際のところこうして奇跡の生還を遂げられたわけですが、一度特進したものを取り消した前例はありませんからね。晴れてジュリア様は、C級よりA級へと昇進されました。おめでとうございます」
「「「「おめでとうございます」」」」
声を揃えて祝福の言葉を発する侍女ズ(コッペリアを除く)とカルディナさん。
「さすがはジルですね。A級ともなると帝国でも百人といませんし、いろいろと特典もあるそうですからね」
「まあ、特典といっても平民なら士爵扱いで、無条件で市民権を得られる。それと税率が優遇されるくらいだから、フロイライン・ジルではあまりメリットはないのは確かですが」
肩をすくめるルークとヴィオラに対して――というか、私に対してでしょうけれど説明を加えるエラルド支部長。
「確かにジュリア様にとってそれらのメリットは存在しないも同然ですが。A級に上った最大の利点は『あらゆる依頼に対して取捨選択の権利がある』『年間のノルマが存在しない』ことにあると、私めは愚考いたす所存でございます」
「ノルマがなくなるのですか? それは確かに嬉しいですけれど、取捨選択は……そもそも、依頼を受けるかどうか、普通に窓口で選ぶものではないのですか?」
ちなみに冒険者ギルドの依頼の受け方は、よくあるギルドの壁に依頼書が張ってあって、それを剥がして窓口へ持っていく、いわゆる緊急依頼はどちらかといえば少ないほうで、圧倒的に多いのは窓口でカルディナさんのような職員と打ち合わせをして、この依頼なら手頃では? と双方が納得した形で受けるのが普通です。
ですから、いまさら取捨選択がどうのこうのと言われても、別に関係ないのでは? と素朴な疑問を抱いたのですが、どうやら違っていたみたいです。
「ジュリア様はいままでその手の依頼を受けることはなかったようですが、依頼の中には『指名依頼』というものがございまして、冒険者ギルドに登録されている冒険者はこれを断ることはできません。いえ、できないことはありませんが、その場合は多額の違約金等が発生いたします」
「ははぁ、なるほどのぉ。読めたぞ。さてはジル目当てにかなりの指名依頼が入ったな。で、中にはよろしくない依頼主からのものもあり、ギルドとしても対応に苦慮した……といったところかの」
リーゼロッテ様の皮肉と侮蔑をたっぷり含んだ言葉に、エラルド支部長とカルディナさんが目を伏せました。
どうやら正解のようですが――。
「『よろしくない依頼主』というのは、例えばどのような方でしょうか? まさか――」
ふと気になって尋ねる途中で、私はおぞましい想像を巡らせて、自分の想像、いえ、妄想に怖気を震わせます。
「まさか夏と冬の祭典直前に、『睡眠は十八時間に一回、三十分もあれば十分だよな。俺は平気だからお前だって平気だろう』と、ナチュラルに不眠不休でベタ塗りやトーン掛けをさせる同人作家とかではないでしょうね!?」
「い、や。そういうのではなく……ま、まあ、い、いろいろですよ、いろいろ」
「そ、そ、そうです、いろいろです」
なぜか挙動不審になって、やたら抽象的な説明に終始するエラルド支部長とカルディナさん。
「夏と冬の祭典とか、よくわからんのじゃが……。そういえば祭典で思い出したが、そろそろ『皇凌祭』の時期であろう? ジルとルーカス公子は準備は進めておるのか?」
あからさまに話題を変えたリーゼロッテ様ですけれど、それはともかく『皇凌祭』とはなんでしょう?
ルークも心当たりがないらしく、怪訝な表情を浮かべています。
そんな私たちの様子に、軽く目を見張って小考したリーゼロッテ様ですが、はたと膝を叩いて、
「……ああ、そういえば去年は調査学習のドタバタと後始末のために『皇凌祭』は取り止めになったのじゃったな」
納得したように頷かれました。
「『皇凌祭』というのは、要するに創立祭のことで来月に行われる学園あげてのイベントじゃ。内容は学園の創立を記念して、パーティや出し物を行い、この日ばかりは部外者……といっても学園の関係者や生徒の保護者限定じゃが、これに学園を開放してともに楽しんでもらおうという趣旨の祭じゃな」
「「へえー、そうなんですか」」
そんなイベントがあったなんて初耳ですわ。
「で、学生は基本学生服じゃが、この日ばかりは私服でも問題はないので、貴族クラスの特に女生徒は気合を入れたドレス姿をするのが通例じゃ」
「た、大変! そうと聞けば、すぐに出入りの仕立て屋に連絡をしなければ間に合いませんわ!!」
悲鳴を上げるモニカですけれど、別に制服でもいいのでしたら制服でよろしいのではないでしょうか?
仕立服でドレスともなれば、三月から半年がかりが普通ですので、いまから注文して間に合わせようとかかなり無理があると思いますので。
もしくは吊るしのイージーオーダーか、手持ちの衣装で誤魔化すか。
そう提案したところ、モニカにめちゃくちゃ怒られました。
「とんでもございません! ジル様の恥は当家の恥! ひいてはルーカス殿下の恥でございます。最新、最高、最強のドレスを準備させずにおられましょうか!」
普段は冷静なモニカの侍女魂に火がついています。
というか最新と最高はともかく、最強ってどういうドレスでしょうか。
「まあ、当然であろうな。『皇凌祭』の最後には、ゲストと生徒の得票により『プリンセス』と『プリンス』が選ばれて、衆人環視の前でダンスを踊ることになる」
「あら、そうなんですか」
大変ねえ、と思いながら相槌を打ったところ、なぜかその場にいた全員が一斉にため息をついて黄昏れました。
「……他人事のように頷いておるが、下馬評でもトトカルチョでも、おぬしが『プリンセス』で確実視されておるぞ。つーか、打診の時点で他の候補が軒並み棄権したので確実じゃ。ちなみに我は審査員なので選考の対象外になっておるが、これほど審査員だったことを安堵したのは初めてじゃな」
「えええええっ!?! そうなんですか?!」
そろそろ巫女姫フィバーも落ち着いてきたかと思ったのですが、まだ時期尚早だったみたいですわね。
まあ、人の噂も七十五日というので、そのうち収まるでしょう。多分、三ヶ月後くらいには。
そんな私を眺めながら、リーゼロッテ様はもう一度ため息。
「いっそ、おぬしは埒外にして、『準プリンセス』を選定することにしようかという意見もあったんじゃが……」
「「えええええええっ!?! そんな馬鹿な(困りますにゃ)!?」」
なぜか声を揃えて慌てるコッペリアとシャトン。
「当日を当て込んで、限定アイテムを大量発注済みにゃ!」
「せっかくクララ様のサイン入りチャンピオンベルトやチャンピオンフラッグ、チャンピオンリング、チャンピオンマークのキャップまで取り揃えたのに!」
このふたりは放置――あとでじっくりと話を聞くことを私は心に留めて――して、さらに話を続けるリーゼロッテ様。
「さすがにそうなると盛り上がりに欠けるゆえ、例年なら衣装やダンスや音楽でポイントを競うところ、もっと淑女として多方面の魅力を判断してはどうか。競技を増やしてはどうかという話になったのじゃ。また、そういうことなら参加しようと名乗りを上げる女子もちらほら」
なるほど道理ですわ。私たちはお人形さんではなく、生身の人間なのですから、勝負をするにしてもきちんと能力や内面も推し測ってほしい。
そうでなければ女が廃る。淑女としての矜持が満たされないということなのでしょう。
「結果、各淑女たちからの要望により、今年の『プリンセス』の候補者は、例年通りの衣装、ダンス、音楽発表……に加え、乗馬、弓、水泳、砲丸投げ、千メルト持久走、お手玉を行った上で、最終的に一対一の決闘で勝負を決めることに――」
「それ淑女関係ありませんわよね!? てゆーか、とりあえず勝てそうな種目を列挙しただけですわよね?!」
「ちなみに、個別の競技に関して、ジルはひとりで全種目をこなしてもらうが、挑戦者はチームを組んで、代表者が当たるそうじゃ。『ひとりひとりでは勝てなくても、全員が力を合わせれば勝機は見える!』とのスローガンで一致団結しておる。けな気なことよ」
「なにげに私が大魔王扱いされてませんか?!」
それ絶対にコンセプトは、強大な敵に対して全員が車懸かりで戦って少しでも弱らせて、最後に勇者がトドメを刺すパターンですわよね!?
そんな私を無視して、
「ゴミ屑どもが無駄な努力をしようとしていますね。クララ様に勝てるわけはないものを」
「まあ、なあ。どうせいま言った競技も全部できるんだろう、ジルなら」
「言うまでもないわ愚民。クララ様なら踊ってフルート鳴らして馬に乗って弓を的中させながら火の輪くぐりをしつつ、お手玉を披露するくらい朝飯前よ。――そうですよね、クララ様!」
「それはまあ、それくらいは普通にできますけど。そうなればもう淑女でもプリンセスでもなんでもない大道芸人ではありませんこと!?」
他人事のように盛り上がっているコッペリアとセラヴィを、八つ当たり気味に一喝するのでした。
「「「「「「「「「普通にできるんだ……」」」」」」」」」
なぜか戦慄するルークたち。
「あと『プリンス』のほうはルーカス公子が本命じゃが、この変態も拮抗しておるし、他にも根強い人気の生徒もおるのでまだまだ読み切れんわ」
まあ、例年プリンスはプリンセスの引き立て役じゃからの~、と軽く締めるリーゼロッテ様でした。




