噂の人物と邪教の幻影
「ジュリア様。まさかとは思いますが、これ以上の隠し玉とかありませんよね?! そもそも何の段取りもなしにこれだけの方々が列席されている場で、即興でご挨拶させられた私の心臓はそろそろ破裂しそうな勢いでございますよ。カルディナ君など、いまだに現実を放棄していますし」
椅子を勧めて隣へ座った途端、小声で恨みがましく訴えかけるエラルド支部長。その背中側では、平職員として立ったままのカルディナさんが小柄なエレンにしがみついて、その豊満とは言い難い胸にぐりぐりと頬を摺り込んで挨拶をしていました。
「……ああ、エレンちゃん。二年ぶりだけど変わらない大草原が私の心を潤すわ。このゴツゴツした肋骨の感触が私の凍て付いた心を満たすのよ。ああ、私たちの小さな友情は永遠ね!」
「その感想があたしの心を抉るんですけど! つーか、あたしはまだ成長の余地はありますから!!」
「そんなイケズなこと言わないでよ、エレンちゃ~ん! 十五歳でしょう? もうピークは過ぎてるわ。このサイズでほぼ決まったわよ~。お姉さんの経験上間違いないわ!」
「そ、そんなことない……わよね? ですよ……ね?」
「「「「「ど、どーなんでしょう(かな)(かにゃ)(であろう)(でしたか)」」」」」
切羽詰った視線を向けられ、咄嗟に言葉を濁した私、ライカ、シャトン、リーゼロッテ様、モニカを、カルディナさんは一瞥して吐き捨てます。
「ふっ、所詮は持てる者には、わからないことですよ。――ねえ、そこのおふたりもそう思いますよね?」
同意を求められた、プリュイ、ヴィオラの話の筋から言って、多分“持たざる者”に区分されるんだろうなぁなふたりは、微妙な表情で引き攣った笑みを返すのでした。
「なんでそんな憐れみを込めた目であたしたちを見るんですか!?」
気まずくなった私たちはお茶を飲んだりスイーツをつまんだり――私は健康とカロリーの問題で、冷やした生の胡瓜をボリボリ齧って、ルークとセラヴィに不可解な視線を向けられましたけれど――して誤魔化します。
「先輩先輩、エレン先輩、大丈夫ですよ」
そんなエレンの肩をコッペリアが優しく叩きます。
「豊胸手術ならばっちこいです。任せてください。なんならビームも内臓させますよ」
「いーーやーーっ!!!」
改造人間待ったなしの提案に、エレンが全力の拒否の叫びを張り上げました。
そんな女の子同士の他愛のないじゃれ合いから視線を逸らせて、軽く咳払いをしたエラルド支部長が続けます。
「とにかく、この後出しジャンケンで『実はクレス自由同盟国の〈獣王〉も後に控えているのよ♪』とか、『魔人国ドルミートの〈魔王〉は私の舎弟でした』とか、まさかまさかの『黙ってましたけれど、超帝国の神人方、特に〈神帝〉陛下と昵懇の仲だったりして』とかないでしょうね、お願いします!」
切実な……というか悲痛な叫びに対して、私は首を傾げます。お願いしますと言われても……。
「別に紹介されても悪いことではないのではありませんか? 立場上、各国の上層部へ人脈を築いたり、顔を売る行為は別に不利にはならないと思いますけれど? まあ〈獣王〉なら確かに知り合いにいますけど、〈魔王〉なんてまったく接点もありませんし、まして〈神帝〉陛下などは、私にとっても雲の上の方ですわ」
◆
「「「――へっくしょん!!」」」
リビティウム皇立学園の理事長室にて、ソファに座って番茶片手に煎餅を齧っていたメイ理事長、謎の黒髪の美少女、影法師の三人が、示し合わせたかのようにクシャミをした。
「やーね、風邪かしら?」
「神人が揃って風邪ひいたとか、洒落にならないねぇ」
「誰か自分らの噂をしてるんと違いますか?」
「可能性としてはやはり〈神帝〉サマ相手じゃないの?」
「いやいや、オーランシュ王の暗殺……というか、まあ〈魔王〉が護ったんで未遂だけど、いま裏社会じゃ下手人として〈影法師〉が疑われているってもっぱらの噂――ひっくしょい!!」
「ああ、やっぱりお嬢さんが噂の的ですなぁ」
「んなわきゃないだろう、偶然だよ偶然! もしくは本当に風邪か」
ぎゃーぎゃー喚く黒髪の美少女に対して、メイ理事長は軽く肩をすくめてみせた。
「なら一度ジルちゃんに診てもらったら? あんたスキルに頼ってばかりで地道に治癒術の研鑽や、薬草の研究をしてないから、軽微な風邪や食あたりとかの治療はできないでしょう? その点、ジルちゃんは勤勉だからお手の物よ。つーか、絶対に中身に関しても『聖女』ってあっちのほうだと思うわね」
「やかましい! 私の場合は忙しくてそれどころじゃないの! つーか、本当に君がやったわけじゃないの?」
仕事サボって煎餅食ってる人間の台詞じゃないなー、と思うメイ理事長。
「はっはっはっ。自分だったら〈魔王〉にバレないうちに後ろから刺しますわ」
影法師の返しは、あながち冗談ではないから怖いところである。
それでも一枚噛んでるんじゃないの? と言いたげなふたりの(見た目は)美少女の視線を受けて、影法師はポリポリとオカキを噛み砕きながら、軽い口調で付け加える。
「『亜人解放戦線』はいいように使われたのはわかってます。ところが、肝心の黒幕がどうにも曖昧模糊としているんですわ。裏社会のどこにも絡んでなさそうで、正直こっちが聞きたいくらいですわ」
「あんたが知らない裏社会の動きなんてあるの?」
メイ理事長が若干、声を潜めて確認すると、影法師の気配がわずかばかり変化した。
「この超帝国が治めている大陸ではまずありえないことですわ。あるとするなら――」
言葉を切った影法師はお茶を一杯飲んで、
「――“青”の残党でしょうな」
「っっっ!?!」
予想外の――それこそ百年以上前に消滅したはずの遺物を示す隠語に、メイ理事長は自分でも驚くほどうろたえた。
「まさか! 青の邪神を崇めていた連中は『神魔聖戦』の余波で全滅状態だし、この百年の間に表も裏も記録と歴史を操作をして、さらに僅かに残った信者の受け皿として『聖女教団』なんてものまで作って徐々に消滅させていったのよ! なんでいまさら……」
「まあ、そこらへんがカルトのカルトたる由縁でしょうな。一部、熱狂的な信者がこの百四十年の間、水面下に潜んで虎視眈々と捲土重来の機会を窺ってた……と言われても不思議ではないですわ。――ま、さすがに往年の力はないとは思いますけど、当時の『神器』と呼ばれていた呪具のかなりが行方不明ですから、連中が隠し玉として握ってる可能性もありますんで、おふたりとも身辺には気をつけたほうがいいと思いますわ」
影法師からの忠告に、メイ理事長と黒髪の美少女は硬い表情で顔を見合わせた。
◆
「まあ、さすがに〈獣王〉や獣人族の聖巫女様とは顔見知りと言っても、現在は遥か遠い南の果てにいらっしゃるので、そう簡単にご紹介することなどできないと思いますので、大丈夫ですわよ……多分」
まあ世の中絶対ということは絶対にないというので、もしかすると将来ご紹介する羽目になるかも知れませんが、今の段階では大丈夫と何度も念を押すエラルド支部長に安全を連呼します。
「これ以上のサプライズなしでお願いします、ジュリア様! いや、小出しに紹介されるのなら非常にありがたいのですよ。確かにここで実績と人脈を築けば、もしかすれば将来的に帝国の冒険者ギルドのトップ……は無理にしても、本部長……いや、帝都の支所長すら狙えるかも知れません!」
野望の上限がみみっちいというか、やたら現実的ですわね。
「それで、お話は戻りますけれど、そのエグモント氏というのはどのような人物なのでしょうか?」
そう水を向けると、
「エグモント・バイアーはもともと一介の冒険者でしたが、その手腕と実務能力を買われ、十五年ほど前にリビティウム皇国西端にあるモンロー子爵領の冒険者ギルド職員に抜擢された……と言われています。なにぶん他国の事ですから、あくまで伝聞と公表されている資料によれば、ですが」
「含みのある言い回しじゃのぉ」
「申し訳ございません、リーゼロッテ王女。それ以上のことを調べようとしてもまったくもって不明。なにしろ、モンロー子爵領はその十五年前に魔物の『暴走』により壊滅状態となり、当時の冒険者ギルドの職員はほとんど絶命しているか、消息不明(この場合は死亡を意味する)で、記録も散逸しているため、これ以上たどることは事実上不可能でしたので」
「ふん。それで、エグモントとやらはその状態から、ひとりだけ生き延びたのか」
出来すぎだな、と言いたげなアシミの言葉に、私たちも知らずに頷いていました。
「確かに記録だけ見れば不審な点はありますが、当時エグモントは公務でモンロー子爵領を離れていたためたまたま難を逃れた。これは複数の記録がありますので、そのことについて疑念を抱いた者がいたとしても、それは下種の勘繰りとして相手にはされなかったようですね」
なるほど、そこらへんまできちんと下調べをしているのですか。確かにエラルド支部長も切れ者であるのは間違いないところでしょう。
「その後、モンロー子爵領へ帰ったエグモントは町と冒険者ギルドの復興に尽力し、その手腕を買われて央都シレントの冒険者ギルドへ引き抜かれ、数年のうちに幹部へと上り、そして四年前に起きたオーランシュの『ブタクサ姫行方不明事件』。この失態により失脚した前クルトゥーラ冒険者ギルド長に代わって、ギルド長となり現在へいたる――といったところですね」
「ふーむ。確かに胡乱な人物であると見る向きもあろうが、あくまで憶測に過ぎん。そもそも後ろ暗いところのない権力者など、ほとんど皆無であるからのぉ。事実、実績をあげている以上、とやかく言える立場にはないぞ」
リーゼロッテ様の真っ当な意見を予想していたのか、エラルド支部長は頷いて、背後のカルディナさんに目配せをしました。
さきほどまでの醜態がなかったかのように、毅然とした姿勢で待ち受けていたカルディナさんは、手に持っていた鞄から、何枚かのレポートのような用紙を取り出してエラルド支部長へ渡します。
「それで私も少々アプローチを変えてみました。ここ百二十年ほどの間に些細な理由や、原因不明の『暴走』などで滅んだ町や村の記録を遡れるだけ遡って、その前後に存在した特長的な人物についてまとめてみたのですが、何人か気になる人物がいまして。――どうぞご確認ください」
テーブルの上に広げられた報告書を、その場にいた全員が覗き込みます。
「獣人族、騎士見習い、教師……時代も年齢も種族さえもバラバラだな」
プリュイのそっけない感想にエラルド支部長は首肯して、
「ええ、いずれも“非常に優秀だった”という但し書きがつくのと、全員が男であるという以外は共通項がありませんが、実はもうひとつ共通するものがあったのです」
「もったいぶるな人間族。どういうことだ?」
「その前に妖精族であるおふたりにお聞きしたいのですが、半妖精族も卑金属を触れない、というのは本当ですか?」
「なぜそんなことを聞くのかわからんが。少なくとも人間族との半妖精族であった場合は、俺の知る限り鉄類には触れないはずだ。ま、その子や孫世代は不明だが」
「基本的に妖精族の体質は末代まで続きますよ。多少は軽減するかも知れませんけど、金属アレルギーは遺伝すると実験結果で出ています」
ここでフォローを入れたのはコッペリアです。
「それは闇妖精族も同じですか?」
「そそそうですよ。基本、同じですね」
コッペリアの回答にエラルド支部長の目つきが剣呑に光りました。
「ならば、やはり不可解ですね。さきほど言いかけた共通点ですが、彼らが住んでいた場所の傍で、『鉄を触れる半闇妖精族を見た』という噂が確認できたのです」
「――あっ!」
その途端、私の心の奥にわだかまっていた疑問が、ストンと落ちました。
亡者たちの証言にあった、犯人であるジンと名乗った半闇妖精族は、“鉄製の短銃で”リーダーを撃ち、“鋼鉄の扉”を開けて地下から逃げたのです。普通であれば考えられないことです。
「その様子では、どうやらこちらでもその半闇妖精族が現れたようですね」
懸念していたことが的中したことに、エラルド支部長は深刻な表情を示すのでした。
今後超帝国が出張る展開とかはありません。
あくまでジルとその仲間たちの話ですので、あの三人の話はなくてもいい類いのものです。読み飛ばしても問題なしです。




