ふたりのギルド長とメイドの土産
「ジルがお世話になった冒険者ギルドのエラルド支部長ですか。確かやり手だとカラバ卿から聞いています。ぜひお会いしたいですね」
「ふむ、この時期に他国のギルドのしかも支部長の地位にあるものが、わざわざ足を運んだ……真意が知りたいところじゃのぉ」
「冒険者ギルドといえば、各国において独立独歩とはいえ、デア=アミティアのアミティア共和国に総本部がありますからね。いちおうボクにも無関係というわけではないのですが……ああ、ジル、できればライカさんを呼んだほうがいいかも知れませんね」
室内にいた皆さんに確認したのですが、ルーク、リーゼロッテ様、ヴィオラともに特に問題はない、むしろ会ってみたいというご要望でした。
「ライカさんですか? 多分、別棟の宿舎にいると思いますけれど、なぜでしょうか?」
ヴィオラのご意見に小首を傾げたところ、ヴィオラは室内の面子に視線を投げかけ、「……まあ、いいか」と、暗に「ここだけの話」をほのめかせながら、口元に蠱惑的な笑みを湛えて続けます。
「実は彼女――ライカ・フェドーラ・アドルナートの実家とは満更知らない仲ではないのですが、アドルナート家といえば、冒険者ギルド総本部創設者の直系で、代々アミティア共和国の重鎮なのですよ。万が一にも、冒険者ギルドから圧力がかかったとしたら、彼女を通じて便宜を図れないか……そこまで行かないにしても、そこにいるだけで無体な要求に対する抑止力として、睨みが利くと思ったまでです」
なるほど。と思いましたけれど、ライカさんは別に私の臣下というわけでもないですし、実家と離れて一介の冒険者をしている彼女を巻き込むのはいかがなものでしょうか。
「とりあえず、事情を話して承知していただければ、ということで。彼女の身の上に関しては、皆さん突っ込んだ話をしたり、吹聴したりしないほうがいいでしょうね」
躊躇する私の心情を読んでか、ルークがそう提案してくれました。
「えっ、名前がふたつあって苗字持ちってことは、ライカの姉ちゃんってもしかして王族なのか!?」
いきなりツッコンだ発言で目を丸くしたのはブルーノですけれど、
「その程度で驚いてどうすんのよ! あんた、この室内にいるのがどなた様だか忘れたの!?」
と、凄い剣幕でエレンに小突かれて、私(巫女姫兼帝族)、ルーク(帝族・帝孫)、リーゼロッテ様(王女)、ヴィオラ(王女?)の顔を見回して、「――あ……」という顔をしたところを見ると、あまりにも身近すぎてどうやら本気で忘れていたっぽいです。
「ちなみに、アドルナートはいまは王族ではありませんわ。というか、アミティアは共和国なので貴族というモノが存在しません。ただ古くからの名家などの場合は、形骸化した名前が残っているみたいですけれど……」
と、いちおう補足しておきましたけれど、ブルーノをはじめエレンたちも「共和国? なにそれ美味しいの?」状態で、いまひとつピンときていないみたいです。まあ、実際のところ共和制も実のところ形骸化していて、血統による特権階級が隠然とした影響力を及ぼしているらしいですが。
とりあえず詳しい説明は後にして、カーティスさんにライカ本人が了承してくださるなら、同席お願いできないか、先に確認していただいてから、コンスルからきたふたりをお通しするよう指示を出しました。
で、二十分後――。
二つ返事で承知してくださったライカが同席したのを確認してから、カーティスさんが、一見すると若い男女を連れて部屋にきました。
男性の方はぱっと見二十代半ばほどにしかみえませんが、実はクリスティ女史よりも年上の若作りエラルド支部長と、こちらは十代後半の見た目通りのギルドの看板娘……というか、花形受付嬢のカルディナさんです。
「ジュリアお嬢様、エラルド・バルデラス様、カルディナ様をお連れしました」
「ありがとうございます、カーティスさん。お待たせして申し訳ございません。エラルド支部長、カルディナさん。一別以来ですわね。お変わりなさそうで安心致しましたわ」
ほぼ丸二年ぶり、認識阻害なしの素顔でお会いするのはこれが初めてなエラルド支部長(なにげにフルネームは初めて聞きました)と、カルディナさんですが、そのせいでしょうか。私が声をかけるまでまるで化石になったかのように、呆然としたお顔で硬直していました。
「認識阻害なしで二年以上会ってなかったからなぁ」
「心構えなしでこの至近距離でいきなりじゃ、そりゃこうなるわ」
「お気の毒に……」
ブルーノ、エレン、モニカのコンスル組が、しきりに頷き合っています。
「エラルド支部長……?」
再度、声をかけたところで、エラルド支部長が再起動しました。カルディナさんのほうは、まだ魂が遊離しているみたいで、「え、なんで、こんな……てか、胸囲の格差社会が目の前に……」ブツブツとうわ言を呟いていますが。
「い、いえ、こちらこそ。突然の訪問誠に申し訳ございませんでした。ジュリア様もお変わりな……あ、いえ、なんというか非常に――」
①お美しくなられた。→いままで綺麗でなかったの!?→NG
②変わられましたね。→どう変わったの?→①に続く→NG
③お変わりなく。ご健勝のようでなによりです。→一年間行方不明で苦労していたのを知らないの!?→NG
④貫禄がでましたね。→太ったってこと!!? 殺す!!→BAD END
⑤成長されましたね。→④に続く→Nice Boat.
一瞬の苦悩と煩悶が垣間見えました。
「――非常に、魅力を増されましたね」
「的確な言葉のチョイスをありがとうございます」
とはいえさすがは海千山千のギルド長。きちんと言葉を選んでくださいました。
「それと、せっかくなので私の友人たちをご紹介いたしますわ」
そう言って興味深げに私たちの様子を窺っていたルークたちに視線を向けると、慣れたもので各々が立ち上がります。
その優美な動きで、相手が貴族階級だとあたりをつけたらしいエラルド支部長は、改めて威儀を正しました。
「ご存知かも知れませんが、こちらはグラウィオール帝国の現皇帝陛下の直系帝孫にあたるルーカス殿下。お隣がここシレント央国の第三王女リーゼロッテ様。さらにお隣がデア=アミティア連合王国のサフリラス王家のヴィオラ第一王女様。それとこちらは私の信頼する護衛で客分に当たる、アミティア共和国のライカ・フェドーラ・アドルナート様。そして、聖女教団の司祭であるセラヴィ・ロウ様、妖精族の森【千年樹の枝】から来られた銀の星と雨の空のおふたり。そして、央都の商人であるシャトン。あとブルーノたちについては、特にご紹介の必要はありませんわよね……って、あの、エラルド支部長? あの、もしもーーし?」
紹介の途中でなぜかエラルド支部長は真っ白に燃え尽きて、カルディナさんともども魂を虚空へと飛ばしてしまいました。今度はなかなか帰ってきません。
「……考えてみればスゲー面子だよなぁ」
「そりゃ、事前情報もなく知らされたらこうなるわ」
「お気の毒に……」
ブルーノ、エレン、モニカのコンスル組が、またもや同情を禁じ得ないという表情で頷き合います。
「そうですか、別に取って食うわけでもないので、普通に挨拶すればいいと思うのですけれど?」
「そう思って流せるのはお前くらいだ」
セラヴィのツッコミに、その場にいた全員がうんうん頷きました。
「それでクララ様。この生きる死人にはお茶とケーキを用意すべきですか? 失神ソファと気付け薬のほうが良さそうですけど」
面倒臭そうなコッペリアの問い掛けに、「無難に紅茶を準備してください」とお願いしておきます。ケーキは好みがわからないので何種類かセレクトできるようにします。どうでもいいですけれど、聖都にいた時には清貧を心がけていたので、お茶菓子も滅多に食べられなかったのですが、こちらに戻ってきて選り取り見取りになったのは嬉しいのですが、カロリーとの闘いが熾烈で大変です。
ついでに付け加えると、コッペリアの言った『失神ソファ』というのは、貴族のお嬢さんが気絶した時に横たえるための専用ソファのことです。
貴族のお嬢様は何かあるとバタバタ倒れる「か弱い私」がデフォですので、大抵のお屋敷には装備されています。うちにも一応ありますけど、フィーアの昼寝用寝床になっているのが現状でした。
とりあえずおふたりの席を準備して、紅茶とケーキの準備を終えたところで、エラルド支部長の意識が天上から帰還したみたいです。
「――ご、ご無礼を! 知らぬこととは言え、ご無礼をいたしました。こ、こら、カルディナ君、惚けてないで床に膝をついて!」
状況を理解したと同時に、慌てて片膝を突いて腰を九十度折り曲げます。
そのついでにカルディナさんの後頭部をアイアンクローで鷲掴みにして、ほとんど土下座状態へ持っていくエラルド支部長。
「よいよい、そう気にするな。いまの我は友人の家に遊びに来た一介の学生に過ぎぬ。そう畏まることはない」
「そういうことですよ。それにボクたちは所詮は今現在は、何の位も持っていない無役の王族に過ぎませんからね。ギルドの要職にある貴方にそこまでへりくだられる立場ではありませんよ」
リーゼロッテ様もヴィオラも、エラルド支部長に肩の力を抜くように言い含めていますけれど、かなり至難の業なのかダラダラと脂汗を垂らしています。
「だから無理だって」
「大人っていろいろとシガラミがあるでしょうからねえ」
「お気の毒で言葉になりません……」
ブルーノ、エレン、モニカの天丼の合いの手も、そろそろ飽きてきました。
と、そこでラナが私のほうを向いて、なにやら言いたげな表情でモジモジしているのに気付きました。それと、なにかポケットに入れているのかやたらスカートが膨らんでいます。
「……どうかしましたか、ラナ?」
気になって近づいて、中腰になって尋ねます。
「あ、あの……その……」
周囲に気を使って言いたくても言えない、ラナの健気な様子に思わず口元を綻ばせて。
「大丈夫よ。気にしないで、深呼吸をして――すうー……はあ~……はい、なにかしら?」
「――あ、あの。遅くなりましたけれど、ジル様にお帰りなさいの贈物……皆で」
そう言って両掌の上に乗るくらいの小さな木箱――綺麗に仮漆が塗ってある、宝石箱のような小型のオルゴールを差し出されました。
「これを私に!?」
驚いて尋ね返すと、ラナは何度もこくこくと頷き、傍らでエレンが、
「私とモニカさん、ラナとでお金を出し合ったんです。特にラナなんて、いままでコツコツ貯めていた全財産を出したんですよ」
「――っっっ! ありがとうっ、ラナ。皆さん……」
感極まってラナの小さな体を抱き締める私――の傍では、コッペリアが「全財産? 本当にぃ? 実際はもっと貯め込んでるんじゃないの? ちょっとジャンプしてみなさいよ、おらおらジャンプ!」とオラついて、エレンとモニカに同時に殴られていました。
「あうううううう……おかえりなさい、ジル様」
「ありがとう。ただいま……」
そういえばドタバタしていて、正式に帰還の挨拶をしたのはこれが始めてかも知れません。私は万感の思いを込めて、「ただいま帰りました」そう再度繰り返すのでした。
と――。
私たちの様子を微笑ましい目で眺めていた一堂の暖かな空気に溶かされたのか、どうにか凝固から立ち直ったらしいエラルド支部長が、苦笑しながら続けます。
「いやいや、そうですね。まずはジュリア様のご無事をお祝いすべきでしたね。無事のご帰還まことにおめでとうございます」
「ありがとうございます。それを言うために態々?」
「あ、いや、まあ、ギルド証の再発行や、今後のお立場などについてご相談などがあって、予定ではきちんとアポイントメントを取って、正式にお伺いするつもりではいたのですけれど――」
ここでふと、エラルド支部長は表情を引き締めました。
「実は我々が央都近郊の『転移門』を使って来たのとほとんど入れ替わりで、とある人物が、逆に央都方面から離れる姿を偶々見かけたもので、もしやジュリア様に何事か関係するのではと思いまして、こうして馳せ参じた次第でございます」
「ある人物? とはどなたでしょうか?」
『転移門』の使用料は安いものではないですし、身元もしっかりしていないと使えないはずですから、それなりの身分の方ということでしょうけれど、ちょっと思いつきません。
「ご存知でしょうか? オーランシュ国クルトゥーラ冒険者ギルド長エグモント・バイアーという男です」
聞き覚えのないその名に私たちはお互いに顔を見合わせました。
ですが、オーランシュ王が襲撃を受けたその後で、領都クルトゥーラの冒険者ギルド長を央都シレントで見かけたという証言に、何か言い知れない陰謀が水面下で動いている予感を覚えたのでした。
5/28 誤字修正しました。
×とりえず紅茶を準備してください→○無難に紅茶を準備してください(「とりあえず」が続いたので修正しました)
×無事のご帰還まことにおめどとうございます→○無事のご帰還まことにおめでとうございます
それと、ヴィオラの一人称、×僕→○ボク
※ちなみにリーゼロッテは、気心が知れた相手には「我」、それ以外は「妾」と使い分けます(たまに作者が失念しますけど)。ついでにジルの「私」は「わたし」じゃなくて実は「わたくし」と言っています。




