コンスルからの訪問者と陰謀の行方
爆心地と思われるところの“場”がかなり乱れ、案の定、お亡くなりになった人々の一部が悪霊化していたため、元は地下道へと続く扉だったのでしょう、どうにか原型を保っていた鋼鉄製の扉を椅子代わりにして、腰を据えて亡者たちの無念や怨みつらみを聞き、どうにか全員の無念を浄化し終えて、場所の霊的な歪みも直した私は、その足で待ち構えていたリーゼロッテ様たちに報告をして、ついでに巫女長さんたちに馬車に連行される前に、さっさとフィーアに跨って文字通りルタンドゥテへ飛んで帰りました。
で、翌日――。
そうそうお店も休業もしていられませんが、さりとて普段通りに開店したが最後、コミケの男津波並みに待ち構えていた記者や見物人でなだれ込んできて、収拾がつかない騒ぎになるのは目に見えていますので、やむなくシャトンの監修の元、店の前に出店を作って、割と日持ちのする焼き菓子などを販売することにしました。
ひと袋あたり銅貨二十枚(だいたい千円くらいの感覚)と、一般市民相手には割と強気の値段設定にしたのですが、それでも物珍しさ……というか、「巫女姫様のご利益がありそう」というデマのせいで、並べる傍から売れていき、あっという間に売り切れてしまったのはびっくりです。
とりあえず、
「次はお昼の鐘が鳴ったら販売します。現在お並びの方には整理券をお配りします」
という、前世地球の日本ではよくあった手法でどうにか騒ぎを収拾させることに成功しました。
一過性のお客様に対してはこれで当座を凌ぐことにして、店内の営業も別に行うことにしました。ただし、ご案内するのは以前からのご贔屓筋と、私やルーク、リーゼロッテ様、ヴィオラ、ダニエル、エステルの知り合いや関係者といった問題のなさそうな客層に的をしっぼることで、どうにかいつも通り営業を再開する方針で、従業員の皆さんには周知徹底を図りました。
本来であれば、こういうお高く留まったやり方は好きではないのですが、ここしばらく巫女姫フィーバーの熱が冷めるまではやむを得ません。
「そういいながら、こういうのがいつの間にか格式になっていくのよねぇ~」
と、不吉な予言をしたのはエステルです。
商売に関してはどんぶり勘定の私と違って、かなり現実的な大富豪ベーレンズ商会のご令嬢とあって、さらには抜け目なく、
「いっそ露天販売用の商品とは分けて考えて、別ブランドで小売店を作ったらどうかしら? 五:五でうちが出資してもいいわよ」
「いやいや、それはまずいですにゃ。半分どころか三割も経営権を握られたら、ほとんど大本が口出しできなくなるにゃ。せいぜい二割ですにゃ、あと二割はうちでだすきゃ。それでも十分に央都に蔵が建つにゃ」
ここで待ったをかけたのはシャトンでした。
露店に群がる市民の皆さんの数と迫力に圧倒されている私たちとは違って、逆に「乗らなくちゃ、このビックウェーブに!!」と、商魂に火が付いたみたいです。
「二割ぃ……!? ちょっと待ちなさいよ。聞いたこともない弱小商会が、うちみたいな大資本に勝てるわけないでしょう! うちなら一気に大陸中に五十店は店を出して見せるわよ!」
「はーん、大資本なんてものは腰が重いうえに伝統に胡坐をかいているものにゃ。計画が動くまでに何年かかるわわからないですにゃ。その点、うちみたいなところは腰が軽くて地域に密着してるにゃ!」
私が嫌も応も言わないうちに、なにやら商売人同士仁義なき戦いが勃発していました。
まあ、商売のお話は商売人同士にお任せするとして、問題は前日の“浄化術”行使に伴って判明した、あの日のアジトでの出来事についてです。
◇
「――と以上が、あの夜の出来事だったみたいですわね」
語り終えたところで、気持ちの落ち着くハーブでできた香茶で喉を潤します。
「「「「「「「「う~~~~~~~~~む」」」」」」」」
途端、ルタンドゥテの三階にある応接室に集まっていた一同は、揃って難しい顔で呻吟されました。
面子はいつものルーク、セラヴィ、ブルーノ、リーゼロッテ様、ヴィオラ、シャトン、プリュイ、アシミです。
エステルは学園の課題が終わらないということで、泣く泣く執事長さんに連行されて、央都にあるベーレンズ商会の屋敷へ戻りました。
あともちろん、うちの侍女四天王もいますが、こちらはお茶や軽食の準備など細々とした侍女本来の仕事に従事しています。
ちなみにですが、非公式とはいえ王族、貴族が集まってのお茶会ともなれば、カップの配置や花瓶の花の種類、テーブルのレースの模様まである程度のしきたりというか暗黙の了解があるのが面倒なところです。
ここにいらっしゃる方々はそうしたことにはかなり鷹揚ですけれど、だからといってそれに甘えて手を抜いたり、間違えたりすれば、それは主人である私の失態ということになるので、各自、本腰を入れて仕事に没頭しています。
「スプーンを包むナプキンは二つ折りにして、さらに折り目を中に巻くようにして折って、輪が右に、端が左になるように四つ折にするんです。あ、折り目には筋をつけないように指を入れて! そこっ、お菓子は月の一日から十日までは穀物を使ったものを添えるのがしきたりなので、もう一品追加。あと十一日以降は果物で、二十一日以降は野菜なので間違わないように、確実に季節のものを使ってください」
で、こういう場を仕切る場合は、実のところコッペリアの独擅場となるのが常だったりするのでした。
モニカは確かに優秀な侍女ですがもともと平民ですから、王族、貴族相手に完璧な礼儀と作法を心得ているか……となると、やはり粗がありますし、エレンもまだまだ経験が足りません。ラナについては今後に期待です。
なので、こうした場合に的確な指示や確実なフォローを入れられるのは、うち……というか、ブラントミュラー家の使用人全体を見回しても、おそらくは家令のロイスさんか家政婦長のベアトリスさん、そして万能メイドを自称するコッペリアくらいになるのです。
普段の言動がアレなので軽視しがちですが、実のところコッペリアって当人が自画自賛、豪語するだけの能力があるのですよね。
これでぶっ飛んだ言動を押さえて、衝動に任せない理性ある行動ができれば完璧なのですけど……。
このあたり微妙にもどかしいのですが、当人曰く、「万能のメイドスキル! 絶対の忠誠心! 世界最高の高性能! そして足りない理性と自制心! これでこそ真の完璧! あえて隙を作ったヴィクター博士の天才性と言えるでしょう!! クララ様と同じですね!」とのことです。
最後、なぜ同意を求められた意味不明ですが。
そんなわけでコッペリアの指示のもと、配されたお茶を飲んで一息ついたところで、ヴィオラが口火を切りました。
「状況から判断すると、『亜人解放戦線』もそいつに体よく利用された風に思えますね」
そのご意見はごもっともですが、では、肝心の“ジン”が何者かろなると、まったく手がかりがありません。なんで都合よく、あの場面で『冥土の土産』をペラペラ喋ってくれなかったのでしょね。漫画や映画なら調子に乗った悪党が墓穴を掘る場面でしょうに。
「そもそも『亜人解放戦線』はジルにも、オーランシュ王にも手を出す予定はなかった。それを“ジン”が強引に決行させたわけですよね。つまり個人的な怨恨の線でしょうか?」
「ジルよ。その“ジン”と名乗っていた半闇妖精族に覚えはないのかか?」
「ありません。私個人ではなくて“巫女姫”に怨みを持つ者ということであれば別かも知れませんけれど」
ルークとリーゼロッテ様に念を押されましたけれど、少なくとも私個人の交友関係にそうした人物は該当しません。
いえ、知らずに恨みを買っていることもあるかも知れませんが、そうなるともう雲をつかむようなお話になってしまいます。
「闇妖精族の線で何かないのか? ジルは妖精族と親しいんだろう。種族的な対立のトバッチリとかはないのか?」
セラヴィの指摘に、アシミは「ない」と、きっぱり断言します。
「そもそも妖精族に比べて闇妖精族は数が少なく、住んでいる場所も大陸の西と東に分かれているので、ほとんど交流もない。いわば見知らぬ親戚も同然だな」
「まあ、あちらの妖精女王様には敬意は表するし、偶然、闇妖精族に会えば挨拶くらいはするが、その程度の希薄な関係なので、仮に彼らが人間族と交易しようが、人間を同族に迎えようが『好きにしろ』と思うだけで、特に干渉しようとは思わないな。それはあちらも同じだろう」
妖精族らしいアシミとプリュイの淡白な返答に、再び私たちは手詰まりになりました。
「あ、では半妖精族を排斥する伝統はどうなのでしょうか?」
ふと思いついての私のかなり不躾な質問に、アシミは顔をしかめて吐き捨てます。
「別に排斥しているわけではない。半妖精族は大体において、妖精族の父親、人間族の母親の間に生まれるのが多いので、自然と人間族の側で暮らすことが多くなるだけだ。それを差別するのは人間族のほうだろうに」
「ああ、なるほど。妖精族って顔だけはいいですからね。いいように遊んで捨てるわけですね」
エレンの蔑みまみれの視線に、アシミは「おい、ちょっと待て小娘!」必死に弁明しようとしますが、
「最低であるな」と、リーゼロッテ様。
「男としてきちんと責任を取らないなど犬畜生の所業だよ」完全に他人事のヴィオラ。
「顔の良い奴は敵だ」目の座ったブルーノのおどろおどろしい怨嗟。
「半妖精族って、寿命は短い、魔力は低い、鉄アレルギー体質は受け継ぐし、劣性遺伝の塊みたいなもんなので好きじゃないんですよね~」と、ひとり関係ない部分でボヤくコッペリア。
口々に非難の矢面に立たされて、「おい、一部の不心得者と俺を一緒にするな! プリュイ、お前もなんとか言ってくれ!」と逆切れしてプリュイに助けを求めましたけれど、
「お前も普段から『人間族』『人間族』とひとまとめにしているだろう。いい機会だ、その薄っぺらい価値観を矯正してもらえ」
すげなく断られました。
「…………」
と、そこで考え込んでいる私の様子に気付いて、ルークとセラヴィが気忙しげな視線を送ってきました。
「ジル、どうかしましたか?」
「何かヒントでもあったのか?」
「ヒントというか、なにかこう見落としがあるような……モヤモヤとしたものがあるのですが」
もう一歩届かない感じです。
そんな私の様子に気付いて、全員が無駄話をやめて注目する……そのプレッシャーが、余計にモヤモヤを遠ざけます。
と、そこへ扉をノックする音がして、外から執事のカーティスさんの伺いを立てる声がしました。
「失礼致します、お嬢様。コンスルの町からお客様がおみえになっているのですが、お通ししてもよろしいでしょうか? それとも別室へご案内いたしましょうか?」
「コンスルから!?」
コンスルと言われて咄嗟に浮かんだのはクリスティ女史ですけれど、それならカーティスさんが『お客様』というわけがありませんわね。そうなるとどなたでしょう?
尋ねる前にカーティスさんがお客様のお名前を口に出されました。
「エラルド様とカルディナ嬢でございます」
「…………」
どなただったでしょうか……?
「えっ、嘘だろう!? ギルド長と受付のカルディナさんが!!」
先に気付いて素っ頓狂な声を出したのはブルーノでした。
「あ、あー……」
そういえばいらっしゃいましたわね。というか私も本来は冒険者ギルドコンスル支部の所属だったのですよね。一年間も活動していなかったので忘れかけていましたけれど。そういえば近いうちに休止中の冒険者ギルド証を再更新しないといけないと聞いていましたけれど、もしかしてその関係でしょうか? いやいや、まさかそんなことで支部長が態々足を運ぶわけがありませんよね。ねえ。
作中の作法については、出鱈目です。洋式の作法とか不明のため、皇室のものを下書きにしました。
参考資料『宮中賢所物語』(髙谷朝子著:ビジネス社)




