廃墟の姫君と炎の夜
木曜日の夜は週末ということで。
私には必要ないのですが――と、再三突っぱねたのですが、公式に依頼されたていになっているため、四日後、半ば無理やり豪華な白塗りの王族用の馬車に乗せられ、フィーアに乗れば五分ほど、路面獣車を使ってもせいぜい三十分、とっとと歩いていけば一時間もかからずにつける場所へ、数時間をかけ、さらには前後をユニス法国の緋色を主体とした派手な制服で固めた神官戦士と、煌びやかな鎧兜をまとった護衛騎士に囲まれ、歓呼の声とともに鳴り物入りで現場入りをした私たちでした。
ちなみに同行者の面子は、同じ馬車にルーク、別な随員用の馬車に教団関係者と一緒にセラヴィ。その他、見物人――もとい、立会人としてリーゼロッテ様。それとゲストとしてヴィオラとダニエル侯子。私の侍女としてモニカとエレンが付いてきています。
プリュイやラナら他の面子もついてきたがったのですが、央国では亜人差別がいまだ顕著ですし、ましてこれから赴く場所は『亜人解放戦線』の爆破されたアジトとあって、そこへ亜人である彼らを連れていくのはさすがに憚れたため、今回はお留守番をお願いいたしました。
あと、コッペリアについては、あれを連れて国の偉い人とかに会うのは、油田で爆竹を鳴らすような約束された破滅行為ですので、断固として家から出さないようにシャトンに依頼をして監禁……もとい、監視をしてあります。
まあ、当人は気にした風もなく、
「いや、黙っていろと言われれば黙ってますけど? ま、先日の無礼千万なムシケラ小娘みたいなのが、クララ様を侮辱した場合には、黙って殺しますけど」
と、当然のような顔で殺害予告をしたので、さらに念を入れてジェシーたちも待機しています。
とにかくも、集合場所である央都の大聖堂の前に行ってみれば、待機している馬車の列と随員、護衛の大名行列を前に、思わず目が点になってしまいました。
「あの、別にこんなに派手……いえ、物々しい警備は必要なかったのですけれど……」
と、聖都から派遣されてきたという四十歳ほどの巫女長へ思わず愚痴をこぼしたのですが、
「ええ、今回は目立たないようにお忍びということで、最低限の人員の配置に加えて、警備の者も一番地味な三等級礼装を着用させております」
平然とした顔でとんでもない相槌が返ってきたので、思わずエレンと顔を見合わせてしまいました。
これで『最低限』で『地味』なら、今後私が公式に出歩く場合、毎回、これ以上のドンチャン騒ぎになるってことですわよね!?
馬鹿じゃないですか?! 壮大な税金の無駄ですわ!
あまりの阿呆らしさに黙り込んだ私の態度を、この行列を前に気後れしていると判断したのか、世慣れた大人が世間知らずの子供に言い聞かせるような口調で、巫女長さんは懇々と言い含めます。
「よろしいですか。巫女姫様、いえクレールヒェン様。姫様は畏れ多くもユニス法国の巫女姫にして、グラウィオール帝国の王女。さらには未来の皇妃でもございます」
いやぁ、最後のはどーなのかなー。と、横目でルークの表情を窺えばなにやら照れたようににやけています。
たまにポンコツになるなぁ、この人……。
「ご自分の居場所をわきまえてください。本来であれば、世俗の汚れを避けるため生涯《聖天使城》で清浄にお過ごしになられるか、はたまた近い将来皇帝陛下の寵姫として後宮を管理されるお立場になるか、それほど重要なお立場なのですよ」
……どちらにしても籠の鳥ですわよね。
こうなると、イライザさんが結婚して還俗されたお気持ちがよーく、身につまされてわかりましたわ。
神殿とか王宮とかに行くと、こういう自分の価値観を絶対的なものと考えて、他人にマウント取りにくる系が増えるんでしょうね。いやだなぁ。
ため息をつく私の表情を窺いながら、
「後宮なんてとんでもないです! 生涯に妻は一人だけですから、信じてください!」
「いや、そもそもこのジルがおとなしく閉じ込められるタマか?!」
なにやら外野でルークとセラヴィが無責任に騒いでいました。
「もしかして、案外、お転婆なのかジル嬢って?」
ダニエルの問いかけに、
「……お転婆というか」
「もっとはっきり言え。あれは天上の美貌と気品を持った、中身は野生児だぞ」
「……ああ、うん」
なぜか意気投合して頷き合うルークとセラヴィですけれど、ルーク、そこは頷くところではありませんわよ!
◇
で、到着した爆発現場の周りは、衛兵によって事前に立ち入り禁止措置が取られ、物見高い観衆や火事場泥棒の類いが入り込まないように、一分の隙もないほど厳重に監視されていました。
「おお、嫌だ嫌だ。この臭いときたらまるで汚水のようではありませんか。このような不浄な場所に巫女姫様をお連れするなど、まことにもって痛恨の極み。巫女姫様に、ひいては法王聖下、さらには聖女教団に対する侮りの現れでありましょう。教団として断固として王家に厳重に抗議をせねばなりません!」
一応、最低限死体の類いは片付けられ、事件後一巡週も経っていないとは思えないほど綺麗に掃き清められた現場ですが、巫女長さん一瞥すると、おつきの女官から渡された絹のハンカチで鼻と口元を覆って、さも不快そうに吐き捨てました。
え~~っ、これ結構頑張って清潔にしていると思いますわ。私が浄化をするというので、さぞかし突貫作業で頑張ってくださったのでしょう。その労に感謝こそすれ、これ見よがしに不快な顔をしなくてもいいでしょうに。
そもそもそんなに嫌なら来なければいいのになぁ、というかあなたがた巫女なんだから巫女としての仕事してください、と思いながら私は胸元で聖印を切って、
「巫女長様。わたくしに対する気遣いは不要ですわ。迷える魂を救うこともまた巫女として大切なお役目。そのお役目を与えられたことを誇りにこそ思え、厭うなどということはございませんもの」
噛んで含めるように言い切って、にっこり笑って誤魔化します。
途端、巫女長のお付きできていた若い女官や巫女たちが、
「「「「はうぅぅぅぅ……」」」」
アヘ顔で果ててその場に卒倒してしまいました。
よしっ、イライザさんは微笑みで老若男女問わず骨抜きにしたという逸話を聞いたので私も試しにやってみましたけれど、これは結構使えますわね。ただ巫女長さんは頬を赤らめたくらいで正気を保っているので満点とはいいがたいみたいですわ。
原因はまだ私がテレを捨てきれないせいか、イライザさんが凄かったのか、巫女長さんが年の功で免疫があるのか、う~む、判断に迷うところですわね。
今後とも精進しなければ!
と、密かにファイトを燃やす私に向かって、
「――し、失礼いたしましたっ!」
さきほどの言動に対する反省か、巫女たちの様子に対してかは微妙ですが、巫女長は慌てて頭を下げて随員に彼女たちを馬車に運ぶように指示します。
「いいえ。わたくしこそ配慮に欠けておりましたわ。経験の浅いあの子たちにはこうした殺伐とした場所は、刺激が強すぎたようですわね。ここから先は私と護衛とで向かいますので、巫女長様は彼女たちの看護をお願いいただけないでしょうか?」
意訳「邪魔だから下がっていてください」。
私の提案に一瞬、渡りに船という顔をした巫女長ですが、
「い、いえ。そうは参りません。私には巫女姫様をお守りするというお役目がございます」
半ば自分に言い聞かせるように断固とした口調で続けました。
お守りするんじゃなくて、監視するためでしょうけれど、確かに彼女にも『お役目』として譲れない線があるのでしょう。
――困ったわね……。
ぶっちゃけ瓦礫が散乱した災害現場に、素人の女性を連れて行くのは足手まとい以外のなにものでもないのですけどね。
それがわかっているので、リーゼロッテ様も自重をしてほんの入り口のところで見守っているのですけれど、宗教的使命感に後押しされた彼女は梃子でも譲りそうにありません。
「それなら心配はいりません。この僕が姫君をエスコートをしますので、巫女長殿、貴女は巫女たちの世話をしてください」
すかさずルークが口添えをしてくださり、
「まさか、〈真龍騎士〉たる殿下の腕を信用しないなんてことは言わないでしょうからね」
ダニエルが付け加えます。
さすがにそれ以上文句を言うのは不敬と考えたのでしょう。ルークとダニエル、それと護衛の騎士たち、最後に面倒臭そうに耳くそほじって立っているセラヴィへ視線を定める巫女長。
「わかりました。巫女姫様のこと、くれぐれもよろしくお願いいたします、殿下。それとセラヴィ・ロウ司祭。命に代えても巫女姫をお守りするのですよ!」
「おまかせください」
「へいへい。一命に代えましても」
一点の曇りもない瞳で請け負うルークと、耳垢を飛ばしながら適当に返事をするセラヴィ。
一瞬、眉根を吊り上げた巫女長ですが、ルークの面前だと自重したのか無言で頭を下げて、この場を後にしました。
「ふう……。これで自由に動けますわね」
軽くその場で伸びをします。
「とはいえ瓦礫も完全に撤去してませんし、万が一火薬が残っていたら大変ですから、十分に気を付けてくださいジル」
「ええ、わかっています。魔術障壁は何重にも施していますし、危険があればフィーアが教えてくれますし」
心配性なルークの足元に、仔犬サイズになっているフィーアが寄って行って鼻先をこすりつけました。
「それにルークたちも守ってくださるのでしょう? ならば安心ですわ」
自然体でそう私が微笑んだ――刹那、居並ぶ護衛の騎士や神官戦士の殿方が、一斉に呆けた表情でバタバタとやたらいい笑顔で卒倒して、ルークたちも顔を赤くしてその場にうずくまってしまいました。
「えっ!? なんですのこのカオスは?!?」
瓦礫が散乱する現場で、一瞬にして、自分以外のほぼ全員が倒れるという珍事を前に、思わず私はフィーアを抱き寄せて途方に暮れるのでした。
◆ ◇ ◆ ◇
アジトの最奥。密かに拡張され人が五十人ほども入れる小ホールに、半闇妖精族の男・ジンが入ってきた途端、詰めかけていた『亜人解放戦線』のメンバー四十人あまりから一斉に殺意にも似た敵意が迸った。
居並ぶ構成員の六割がたが角や耳、鱗など獣の特徴を持った獣人族で、残り二割がそれ以外の亜人で、残り二割については見えないところに特徴があるのか、あるいは亜人解放戦線の主義に同調している人間族なのかは不明だが、パッと見は人と区別のつかない者たちであった。
いずれもあまり裕福とは言えない身なりをした男たちである。
「おやおや……。まるでこれから私刑でも始まるような雰囲気ですねェ」
フードを下ろしたジンは、軽く肩をすくめて周りの殺気を柳に風と受け流す。
「……状況によってはそうなるかも知れん」
唸るように正面、犬精鬼らしいブルドックのような顔をした男が、牙を剥き出しにして威嚇する。どうやら彼がこの場のリーダーらしい。
「――ほう? なぜでしょう?」
「とぼけるな! なんだあの犯行声明は!? オーランシュ王を害するなど、まったく予定になかったことだぞ! そもそも当代の巫女姫は獣人族や妖精族を優遇しているという話だ。今後の関係性を模索するためにも、当代や先代の巫女姫関係者には手を出すなと、あれほど念を押したではないか! 知らんとは言わせんぞ!!」
猛るリーダーに合わせて、周りの構成員たちも、
「それと貴様、同志イサークを唆したな!」
「同志イサークと仲間二十人はどうなった?! まったく連絡がとれん!」
「貴様のせいで我々の評判は地に落ちたぞ!!」
口々に喧々囂々と騒ぎ立てる。
「おやおや、皆さん随分と甘いことで。いつの間に体制側に日和ったのですか? 我らの敵であるリビティウム皇国の重鎮。三大貴族の一角を切り崩すことに成功したのですよ。もっと喜んでくれてもいいではありませんか。それに唆したなどと人聞きが悪い。前々から同志イサークは実力行使あるべしと、声高に主張していたではないですか」
「なにを白々しいことを!」
「祭りで浮かれているいまがチャンスだとか」
「新たな巫女姫に我々を知らしめるべきだとか」
「ここで実績を示せば、同志イサークこそ次のリーダーだとか、口当たりのいいことを言い含めたろう!」
「はて? それのどこに問題が? そもそも決断されたのは同志イサークと彼の一派でしょう。私が非難されるのはいささか公正さに欠けますな」
平然と答えるジンを、リーダーが底光りする目で睨み付ける。
「もうひとつの問題だ。その同志イサークと他の同志たちはどうした?」
「皆さん尊い犠牲となられました」
臆面もなく言い放ったジンの言葉の意味を一瞬理解しかね――即座に『ひとり残らず全滅した』と、その意味を知って、アジト全体に激震が走った。
「きっ、貴様あっ!! 同志を、央都にいる同志の三分の一を犠牲にして、どの面を下げて舞い戻ってきた!?!」
リーダーを筆頭に、全員がジンを罵倒する。
このままでは先ほどの言葉通り、このまま即座に私刑になりそうな雰囲気であるのだが、当の本人は別段恐れ入った様子もなく、
「おやおや。皆さん亜人全体の権威向上のためなら命もいらない闘士だったのではないですか? その信念に従って同志イサークたちは散ったのです。誇りにこそ思え、私を面罵するなど本末転倒ではないですか」
「……ジンよ。一年前に貴様を同志に加えたのは間違いだった。行き場のない半端者の半闇妖精族だというので情に絆された俺の落ち度だ」
リーダーの怒りと自責混じりの低い声に、ジンは軽く肩をすくめた。
「実際、私は組織のために役に立ったと思いますが。必要な情報を集め、武器を横流し、皆さんの食料や酒まで手配しましたし」
「ああ、だから判断を誤った。俺は最初から貴様をどこか胡散臭いと思っていたのだが、同志イサークなど貴様にすっかり丸め込まれていたため、表立っては言えなかった。だが、その結果がこれだ! 早々に貴様を切っておけば、同志たちを犠牲にすることもなかったものを」
「なるほど」
頷いたジンは、もはや明確な殺意を隠そうともしないリーダーと、手に手に武器を手にしたメンバーたちの顔を一通り見回して……そして、失笑した。
「確かに判断を誤りましたね。私がこの部屋に入ってきた瞬間に、同士討ちを覚悟で全員で向かってくれば、あるいは私を殺すこともできたかも知れませんが」
「……なに?」
「リーダー、あなたは……あなたがたは本当に無能でした。まあ、私の央都での隠れ蓑になっていただいたことには感謝しますが」
「何を言っている!? ジン、貴様はいったい……?」
「これから死に逝く者に明かしてもしかたがないでしょう。生憎と冥土の土産は渡さない主義でして。ああ、私のジンという名も偽名ですので念のため」
訳もなく猛烈な嫌な予感を感じたリーダーは、即座に仲間たちにジンを攻撃するように指示を飛ばそうとした――。
「状況判断が致命的に遅いですね。一年も一緒にいて私が何も仕込んでいないわけがないでしょう? 食糧、水、酒……あなたがたの体内には〈炎の魔人〉の種火が仕込んであります。そして、このアジトのそこかしこには火薬がたっぷりと……」
その直前にジンがパチンと指を弾くと、それを合図にしてメンバー全員が凄まじい熱を腹部に感じたと思った瞬間、口から火の粉を吹き出し、やがて炎はメラメラと燃え広がり、人が生きたまま松明と化すのだった。
「があああああああああああああああっ!! ぐあああああああああああああああああああっ!?! ジ、ジン、ぎざまっ!!」
最後の執念で飛び掛かってきたリーダーを、無造作にさらに高温の炎をまとった右手で殴り倒したジンは、さらに懐からフリントロック式の短銃を取り出すと、無造作に倒れたリーダーに鉛の弾を打ち込む。
銃、まして短銃ともなれば命中率は格段に下がるのだが、さすがにこの距離では外しようがない。
心臓を直撃されて一瞬だけ、海老のように体を仰け反らせたリーダーを、ジンはゴミ屑のように一瞥して、
「さて、この勢いではすぐに火薬に火が付きそうな塩梅ですから、長居は無用ですね」
火の海の中、涼しい顔でそうひとりごちながら、閉鎖されているはずの地下水路へと遠ざかっていくのだった。
5/26 誤字の修正をしました。
×一部の隙→○一分の隙
5/27 ジンがリーダーを殴った場面を変更しました。




