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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第五章 クレールヒェン王女[15歳]
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陰謀のその後と追撃の夜

一日二回更新とか何年ぶりかなぁ。

 千年王国とも呼ばれるグラウィオール帝国と違い、リビティウムは建国からわずか三十年余り。

 その暫定首都になっているシレント央国の首都シレントもまた、同じ程度の歴史しか持たない新興の都です。


 もとをただせば北方の小国であったシレントの一地方都市であったのですが、様々な要因から『リビティウム皇国』建国とそれに続くカーディナルローゼ超帝国の肝いりによる学園都市『リビティウム皇立学園』創立に合わせて、急遽中心都市としての体裁を整えられた街――ということで、現在に至るまであちこちで建設途中の施設や、泥縄の開発計画によって途中放棄された区画も数多く存在する、裏通りに入ったが最後、確実に迷子になる初心者殺しの街と言えるでしょう。


 そうした遺棄された施設のひとつに、石組みと火山灰と石灰石でできた原始的なコンクリート(いわゆるジオポリマー・コンクリート)で固められた幅二メルトほどの地下道へ通じる地下室がありました。


 元々は地下を網の目のように走る上下水道の工事用詰め所として造られたものですが、地下道自体が結局使われないまま、廃棄された施設――そう、役場の目録には記載され放置されたそこに、小さな灯火(ともしび)が瞬き、頭からすっぽりとフード付きの外套(ローブ)を被った小柄な人物が、迷いのない足取りでやってきて立ち止まり、続いてノックの音が軽快に木霊(こだま)するのでした。


 特定のリズムを刻んでノックされた扉。一見するとボロボロの木戸に見えますけれど、あの音から察するに中に鉄板が仕込んで補強しえてあると思えるその扉の向こう側で人が動く気配がして、扉の上部にある覗き窓がわずかに開きました。

 闇の中でも輝く肉食獣のような瞳が現れ、ノックした人物を警戒の視線で一瞥した後、周囲に誰もいないか視線を巡らせます。


 一瞬、こちらに視線を飛ばしたことにヒヤリとしましたけれど、妖精族(エルフ)が得意とする“人払いの結界”のお陰で、私たちが物陰に隠れて見ているのに気付いていないようでした。

 怪しげな訪問者と瞳の特徴から言って獣人族(ゾアン)らしい人物の間で、扉を挟んで簡単な符丁の交換がなされ、鍵の開く音とともに素早く扉が開かれると、ローブの人物は影のように招かれた扉の内側へ滑り込みます。


 再び鍵が閉まる音がして、扉の向こうの気配も遠ざかっていきました。


「……ふう。さすがは妖精族(エルフ)十八番(おはこ)にしている精霊魔術ですわね。感覚の鋭い獣人族(ゾアン)でも気付かないなんて」


「ふん。当然だ……と言いたいところだが」珍しく奥歯にモノが挟まった物言いをするアシミ。「さっきの黒フードには、この距離はギリギリだったかも知れん」

「……もしかして、あの人物の周辺にあった不自然な精霊の流れですか?」

「気付いていたか。アレは恐らくは忌むべき“精霊使い”だな」


 苦々しい表情で肯定するアシミの言葉に、かつて聞いた『妖精族(エルフ)は精霊の友であり、力づくで精霊を屈服させる精霊使いとは違う』という台詞を思い出しました。


「だが、人間族の精霊使いにしてはかなり強力な精霊を使役しているように感じたが……?」

 腑に落ちないという顔でプリュイが首を捻ります。


 アシミがさらに苦々しい表情になり、

「半分は勘だが、あれは純粋な人間族(ビーン)ではないのだろう。気配から察するに妖精族(エルフ)……ちらりと袖口が見えたが、東の【大樹海】に住む黒妖精族(ダークエルフ)の肌色だった。だが、それならこの距離でも妖精族(エルフ)の結界を察知できたはず。つまり考えられるのは、半妖精族(ハーフエルフ)だということだろうな」


半妖精族(ハーフエルフ)ですか」

 アシミとよく似た微妙な表情になるルーク。


「そういえば、お前たちが熱を上げている貧民街(スラム)に住む歌姫も、確か半妖精族(ハーフエルフ)だったな」


 ここでさらりと仲間を売るプリュイ。

 その爆弾宣言に思わず、まじまじとルークとアシミの顔を凝視してしまいました。


「ち、違う!」

「勘違いしないでください、ジル!」

「俺は多少なりとも妖精族(エルフ)の血を引く者に、くれぐれも情けない真似をしないように指導しているだけで」

「そもそもまだ年端も行かない少女ですよ!」

「……ああ、はいはい」


 必死に弁明するふたりの姿に、まあそういうことなのねと、なんとなく事情を理解した気分になりました。そうか。一年前からいやにこのふたりが仲良くなったと思っていたのですが、そういう理由があったわけですね。


「ふーん、貧民街(スラム)の歌姫か。聞いたことあるな。そういやジルは歌は……まあ、どうせ上手なんだろう? いや、まさか意表を突いて凄い音痴だとか!?」


 セラヴィの問い掛けに、「まあ普通だと思いますけれど」と、無難に返しておきます。


「まあ確かに普通ですね。クララ様の見た目通りの天上の歌声というか、女神の賛歌というか……」

 教会にいた時に何度も私の歌を聴いたことがあるコッペリアが、当然という顔で注釈を加えました。


「――ちっ」

 面白くもなさそうな顔で舌打ちしたのは、小柄でやたら態度と(おでこ)が大きな女の子です。


「まあとりあえず、情報通りあの場所が『亜人解放戦線』のアジトなのは間違いないようですわね」


 私がそう総括して、この場にいる仲間たちの顔を見渡します。

 ここにいるのは十人足らずですが、ジェシーやブルーノ、その他にもうちやルーク、リーゼロッテ様などが共同で人手をかき集めて、この十倍ほどの人数が、あのアジトの周辺を固めています。


「それにしても、よくその日のうちにアジトを見つけられたにゃ。うちの情報でもここまでピンポイントで確定できなかったのににゃ」


 いや~、参ったにゃ、本職形無しにゃ、と頭を掻くシャトンに対して、傲然と胸を張って自慢するコッペリア。


「ふっ。クララ様を狙う(やから)がいるとなれば、大陸中に散った我ら『クララ様公認ロイヤルファンクラブ』及び『クララ様秘密親衛隊』八百万人が、即座に動くこと請け合いです! ワタシがこの三十年無為に過ごしていたわけがないでしょう。すでに大陸の三分の二は制覇済みです」


 私の眼の届かない間に、何か壮大かつ無駄な努力をしていたらしい、コッペリアの裏の顔の片鱗が窺えましたけれど、下手にツッコミを入れると薮蛇になりそうですので、この場では聞かなかったことにして、軽くスルーすることにしました。


「そうですか。お陰で助かりました」

「ふふふん♪ この程度造作もないことでございます」


「ちょっと! 言っておきますけど、この場所が怪しいって特定できたのは、うちの商会で商品の流れを掴んでいたからってことを忘れないでよね!」

 と、額の大きな彼女がいきり立って小さな体を精一杯誇示して主張します。


「もちろんわかっていますわ。エステルのお陰で不自然な物流の流れ――明らかに火薬の原料である、木炭と硫黄、硝酸カリウムが運び込まれたのを確認できたのですから、感謝しています」


「ふん、わかればいいのよ、わかれば。つーかさ、あんた巫女姫とか言われてチヤホヤされて、ちょっと図に乗ってるんじゃない? 知らない間にやたら化粧が上手くなったみたいだけど、ちょっと顔が良くなったからっていって、誰でもほいほい言うことを聞くと思ったら大間違いだってことを肝に銘じておきなさいな」


 ふんっ! と言い放つ彼女。

 なんというか、私が巫女姫になって、さらに認識阻害も外れて素顔になったせいか、学園に行ってもやたら周囲の態度が変わった中で、ここまで態度が変わらないのはある意味小気味良いと感じます。


 そう感動すら覚える私とは対照的に、

「なんですか、この無礼千万な生物(いきもの)は?」

 コッペリアが不機嫌な表情を隠しもせず、彼女――エステルを睨みつけます。


「なっ!? なによその言い方は! 口の利き方に気をつけなさいよ。あたしは帝国に籍のあるれっきとした貴族で、なおかつベーレンズ商会の一人娘なのよ。メイド風情が気楽に声をかけられる相手じゃないのよ! どっちが無礼千万なのかしら。ほんと主が主ならメイドもメイドね!」

「……ワタシのことはともかく、クララ様を侮辱するなど万死に値しますね。つーか、貴族? はーん、貴族の質も落ちるところまで落ちましたね。こんな霊力も魔力も精霊力もゼロのまったくの無能力者のムシケラが、『貴族でござーい』と言ってまかり通っているんですから。いやビックリですヘソで茶が沸きます」

「なっ――!!??」


 初めて顔を見合わせたコッペリアと、ルークの幼馴染にして帝国(つまり大陸中)でも屈指の大富豪で海運王ベーレンズ伯爵のご令嬢であるエステル・リーセ・ベーレンズ嬢ですが、案の定というか予想以上に水と油だったみたいです。


 もともと成り上がりの貴族でそこにコンプレックスがあるために財力で補うことを信条にしているベーレンズ商会の一人娘で、なおかつ幼馴染のルークに恋愛感情を持っていて、そのため私を目の仇にしている節のあるエステルと、私(巫女姫クララ)を至上として、基本的に人間の価値を個人の能力や魔力のパラメーターで判断するコッペリアでは、そもそもの立脚点からして違いますし、どう考えても妥協点がまったく存在しません。


 そもそもなんでエステルがここにいるのかなぁ……ああ、ルークがいるからかぁ、と思いつつ、これ以上コッペリアと言い争いをさせておいても不毛ですので、話を強引に変えることにしました。

「と、とにかく。これでおそらくは『亜人解放戦線』の主なメンバーは揃ったと思いますので、これからアジトを強襲したいと思います」

「強襲と言うとあれですか、外からクララ様が有無を言わせず『天輪落し(パイル・ヴァルティン)』を叩き込むんでしょうか?」

「人気のない山の中とかならともかく、央都でそんな大技を使えるわけないですわ!」


 コッペリアの過激な提案を一蹴したのですが、

「山の中ならやるのか……」

 なぜかセラヴィが戦慄したように唖然と呟きました。


「あと、下手に火炎系の術を使うのも禁止ですわ。少なくとも樽で三~四個分の火薬の原料が運び込まれた形跡がありますので、万一火がついたら大爆発ですから」

 襲撃の手筈はあくまで秘密裏に、電撃的に行わなければなりません。


 そう念を押すと、コッペリアとシャトン、エステル以外の全員が硬い表情で頷きました。


「面倒臭いですね~。火薬抱えているんなら外から火をつけて自爆させればいいじゃないですか」

「そうにゃ。そのほうが後腐れないにゃ」

「綺麗に吹っ飛べば、このあたりの再開発も進むんじゃないの」


「そうは参りませんわ。そもそも私たちの目的は『亜人解放戦線』の殲滅ではなく、現状の把握ですから。それに私としては彼らの主張を何も聞かずに一方的に悪だと決め付けて、攻撃をする理由はありませんもの」

 綺麗ごとと言われればそれまでですが、それでも話し合いの道を閉ざしたくはない。その私の考えに、ルークは満面の笑みを浮かべて、

「そうですね。その通りです」

 同意してくださり、セラヴィとアシミは皮肉な笑みを浮かべて、

「お前らしいな」

「ま、お手並み拝見といこう」

 消極的な同意を示してくれました。


「それでは――」

 行きましょう! と合図を送ろうとしたその刹那――。


 突然、アジトの地下室から赤い火の粉が飛び、続いて大音響とともに地下室と周辺の地下道、地上の建物などが吹き飛んだのでした!!


「「「「「「「「…………え――っ!?!」」」」」」」」


 唖然としたのも一瞬、咄嗟に魔術障壁を張って爆発と瓦礫を遮断する私と、全員の視線がのほほーんと佇むコッペリアに向かいました。


「……ワタシじゃないですよ?」


 まあ、そうでしょうね。それでも半信半疑で、私たちはいまだ爆発を繰り返すアジトとコッペリアを交互に見比べるのでした。

エステルは書籍版第二巻から登場しているキャラです。

けもの○レンズのアライさんのように、ついに追いついた感じですね。

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