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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第五章 クレールヒェン王女[15歳]
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亜人解放戦線の暗躍と襲撃の行方

 突然の振動と急停止に、座席から飛び出しそうになった一番軽くて小さなエウフェーミアだが、咄嗟に立ち上がったエミールが片膝を突いてそれを押さえた。


「きゃっ!?」

「失礼致します、エウフェーミア様」


「――何事だね?」

 特に慌てた様子もなく、椅子に座ったままエミールに尋ねるオーランシュ王。


「どうやら不測の事態が起きたようです。確認してまいります」

「――うむ」


 (うやうや)しくエウフェーミアに臣下の礼を取ってから、オーランシュ王に一礼をして馬車の扉を開けるエミール。

 鷹揚に頷いたオーランシュ王は、それから思い出したように、

「大丈夫かね、エウフェーミア?」

 いかにも子煩悩な父親のような顔でそう声をかけるのだった。


「……はい」

 硬い声でそうエウフェーミアが答えると、オーランシュ王は満足したように笑みを浮かべて頷く。


 ★


「どうした、こんな道の真ん中で止まるとは?」


 エミールが外に出てみると、馬車を引いていた二頭立ての馬が二頭とも倒れ伏していた。

 片方は口から泡を吹いて完全に絶命しているようで、もう片方は蹲って動かない。


「も、もうしわけねえですだ。どうやら馬の一匹が心の臓の発作でおっ死んだみたいで、それでもう片方が足の骨を折っちまいやした」


 初老の御者が被っていた帽子を胸元に抱えて、おろおろと返答をする。

 前後を護衛していた騎士たちも、どうしたものかと下乗(げじょう)してエミールの指示を仰ぐ。


「ふむ。足を折った馬は可愛そうですが処分するしかないでしょう。そうなると馬車を引く馬の調達ですが、一頭だけなら誰かの馬を借りて一人は二人乗りにしてもらうという手もありますが、二頭ともとなると難しいでしょうね」

 エミールは口に出しながら考えをまとめるのだった。

「ここからなら央都にひとっ走りして替えの馬なり馬車なりを手配したほうが早いでしょう。誰かひとり先に行ってください」


「――なら、アランの馬が一番俊足ですので、アランに伝令を任せましょう」


 今回の警備隊長であるリーダーの言葉に、葦毛の馬に乗っていた若い騎士が、「お任せください!」と言って、早速愛馬に跨ろうとしたところへ、

「ああ、待ちたまえ」

 馬車の中からひょっこりとオーランシュ王が姿を現した。


『――ッッッ』

 慌ててその場に片膝を突く騎士たちと、土下座をする御者。


「ああ、楽にしたまえ。君、アランとかいったかね? 伝令に行くならついでに央都の屋敷にいるトンマーゾに、儂の代理として王宮へ行くように言っておいてくれたまえ。この調子では定刻につけそうにないからねえ」

 それから、小声で「あれはこちらから指示をしないと動けない人間だしね」と、付け加えたのが鋭敏なエミールの耳にだけ聞こえた。


「――はっ。主命承りました! それでは、御免!」


 深々と一礼をして、軽やかな足取りで愛馬に跨り、颯爽とこの場を後にするアラン。

 その後姿が小さくなっていくのを眺めていたオーランシュ王は、軽く肩をすくめると、

「やれやれ。楽しみはお預けのようだ」

 そう言って馬車の中へ戻ろうと踵を返したその瞬間――。


「危ない、お館様!」

 エミールの切迫した叫びとほぼ同時に、数本の矢がオーランシュ王の背中目掛けて風を切って飛んできた。


「――ぬ?!」

「――ちっ!」

 オーランシュ王が咄嗟に振り返った目の前で、矢は目に見えない壁に当たったかのように弾き返される。


「「何奴!?」」

 エミールと警備隊長の誰何の声に応えて、道の両側に茂っていた藪の中から武装した二十人ほどの集団が立ち上がって、殺気とともに武器の先をオーランシュ王へと向けるのだった。


「ふむ。ほとんどが獣人族(ゾアン)か。職にあぶれて盗賊になった類いかね? いや、それにしては敵意が明確だね。夜盗に見せかけた襲撃者かな?」


 あからさまな殺気を前にしても取り乱すことなく、相手を値踏みして問いかけるオーランシュ王の泰然自若たる態度を前に、わずかばかり敵味方ともに困惑が走る。

 変わらないのはエミールくらいなものであった。


「お館様、敵の装備は中の下、錬度はせいぜい中の中というところですが、いささか数が多いので万が一ということがございます。安全のためにお嬢様ともども馬車の中へご避難を」


 彼我の戦力差を即座に看破して、この人数であれば遅れを取ることはないと判断した護衛隊長の助言に、

「そうかね。今日は気分がいいので久々に人を斬ってみたかったのだがね。では、任せるよ」

 冗談とも本気ともつかない口調で(うそぶ)くと、軽く手を振りながら馬車に戻りかけるオーランシュ王。

 だが、その目前で内側から馬車の扉が開くと、青ざめた表情のエウフェーミアと彼女を羽交い絞めにして、喉元にナイフを当てている御者の親爺が降りてきた。


「ひ、姫っ!?」

「おっと、動くな。動くとお姫様の首と胴は生き別れになるぜ」


 護衛の騎士たちの機先を制して、御者の親爺がふてぶてしい表情で恫喝する。

 先ほどまでのオドオドした老人とは同一人物とは思えない、瞬敏かつ力のこもったその言葉に、歯噛みする騎士たち。


「特にお前――執事(バトラー)の格好をしているが、魔術師だな? さっきの矢はお前が防いだのだろう? 無詠唱であれだけのことができるとは只者ではないな。だが、少しでもおかしな魔力波動(バイブレーション)を感知したら、即座にお姫様を殺す。絶対に余計な真似をするなよ」


 抜け目のない目つきで釘を刺されて、エミールもその場に石にならざるを得なかった。だが、

「そういう貴様も見た目通りの人間ではないだろう? 注意しないと気付かなかったが、巧妙に隠された魔力とそれをカモフラージュしているのは異なる力……そうだ、思い出した、これは精霊力だな?」

「ほう。よくわかったな。知り合いに精霊使いがいるのか? まあいい。そこまでバレたならこんな辛気臭い姿をしている意味もない」

 そう言ってにやりと(わら)った途端、気弱で人の良さそうな老人の姿はぐにゃりと歪み、背丈は同じほどだが見た目は二十代半ばほどの男へ変わった。


 それだけでも驚くべきことだが、さらにはその人物の特徴――銀色の髪、赤い瞳、尖った耳、そして墨を塗ったように黒い肌――を前に、襲撃者以外の全員が絶句する。


「「「「「ダ、闇妖精族(ダークエルフ)!?」」」」」


「――いや、それにしては耳が短く、骨格もガッシリしているな」

「なるほど半妖精族(ハーフエルフ)ですか。そうなると連中の素性は……」

 冷静に観察するオーランシュ王の指摘を受けて、エミールも合点がいったとばかり頷く。

 対照的にエウフェーミアに凶刃を向ける男――半闇妖精族(ハーフダークエルフ)とでも言うべきか――は、忌々しげに唾を吐いた。


 と――。

「我らは『亜人解放戦線』の闘士である!!」

 襲撃者の中でも一際巨躯を誇る牛の獣人族(ゾアン)らしい立派な角を持った男が名乗りをあげた。


 それに呼応する襲撃者たち。

「虐げられし同胞に自由を! いまだ奴隷制度を続ける諸国の元凶。リビティウム皇国の重鎮オーランシュ王に裁きを! これは天誅である!!」

「「「「「「その通り!」」」」」」

「奴隷制度撤廃を謳いながら、結局は何も現状を変えられなかった偽巫女姫クララとその傀儡に死を!」

「新たな巫女姫とやらに思い知らせるのである! これは警告である!!」

「「「「「「そうだそうだ!!!」」」」」

 

 そんな彼らの主張を涼しい顔で聞いていたオーランシュ王だが、一区切りついたらしいところで、やれやれとため息をついた。


「……まったく。自分の主張が通じないからと武力行使かね? 子供の我儘と変わらんな。そもそも何をもって自由、平等と言うのだね? 人間同士でさえ平等ではないというのに……まったく、諸君らがそんな風だから、クララも無駄な努力と諦め自由労働者を必要だと認めたのだと、なぜ理解できんのかね?」


「なんだと!! 貴様、言うに事欠いて――!」

 顔を朱に染めて襲い掛かってきそうになったのを、騎士たちが迎え撃とうとして、一触即発になったところを仲間の獣人族(ゾアン)たちに寄ってたかって止められる牛男。


「まあ待て、同志イサーク。言ったであろう、貴族なんぞ所詮はこんなものだと。だから言葉よりも行動で示すべきであると」

「ぬっ……同志ジン」


 粘りつくような笑みを浮かべながら、見せ付けるようにナイフの先端をエウフェーミアの首に当てる半闇妖精族(ハーフダークエルフ)の男――ジン。


「さて、オーランシュ王よ。末娘の命が惜しくばどうすればいいのか……当然、わかっているだろうね?」


 騎士として主を最優先に護るべきか。或いは男として姫君を護るべきか。はたまたオーランシュ王の父親としての感情を忖度(そんたく)すべきか。護衛の騎士たちも苦渋の表情でオーランシュ王の次の言葉を待つ――が。


「その前にひとつ確認したいのだが、君はいつから御者に成り代わっていたのだね? 今日かね。それ以前かね? それとももしや最初から御者に化けて雌伏の機会を窺っていたのかね?」


 心底不思議そうに聞かれて、一瞬、鼻白んだ表情を浮かべるジン。


「そんなことを聞いてどうするね? ああ、さては時間稼ぎのつもりかね? だとすれば無駄な」

「いや、実際不思議でね。今後の警備の問題があるので参考までにね。ああ、それとさきほどのそちらからの質問だが、『エウフェーミアの命が惜しくばどうすればいいのか?』だったかな? 別にどうもせんよ」


 軽く肩をすくめるオーランシュ王。

 自分を見詰めるその目が、いらなくなった玩具(おもちゃ)を眺める目つきなのに気付いて、エウフェーミアの背筋に目前に迫った死とは別個の恐怖が駆け抜けた。


「王族に生まれた運命(さだめ)は娘も理解しているだろう。そもそも娘一人の命を惜しんで、あたら優秀な執事や騎士を犠牲にする意味がないからね。十人の命とひとりの命。為政者ならどちらを優先するか、問うまでもないだろう」


 淡々とした物言いが、それが本音だと……まったく交渉の余地がないことを雄弁に物語っていた。


「貴様、それでも父親か!?」

 いきり立つ牛男(イサーク)に対して、

「年端も行かない娘を人質に脅迫しておいてどの口が言うのかね?」

 嘲笑すら浮かべて返すオーランシュ王。


「そういうことだ。オーランシュ王たる我が、友たるエミール……エミール・レグルス・ボーンに依頼する。魔人国ドルミートの勇者に贈られし〈魔王(シャイタン)〉の称号を持つ汝の名にかけて、こやつらが誰に牙を剥いたのか、骨の髄まで知らしめるがよい」


「「「「「「「「「「シャ、〈魔王(シャイタン)〉!?!?」」」」」」」」」」


 敵も味方も、人質になっているエウフェーミアも等しく、その一言で金縛りにあったかのように硬直する。

 それに合わせるようにして、エミールの全身から魔術に関する適正が低い獣人族(ゾアン)であっても、明瞭に感知できる。全身の毛が逆立つような膨大な量の魔力がほとばしった。


 さしもの騎士やテロリストたちも、本能的な恐怖からよろよろと後ずさりする。

 その中でただひとり。半闇妖精族(ハーフダークエルフ)の男ジンのむが、比較的冷静な表情で、それでも冷や汗を流しながら、その場に踏みとどまっていた。


「〈魔王(シャイタン)〉とは、またとんでもない隠し玉を持っていたものですね。さすがは音に聞こえたオーランシュの王。一筋縄ではいかないということですか」

「当然だよ。切り札は常に持っているものだ」

「なるほど、道理ですね。ですが、オーランシュ王。切り札を隠していたのはあなただけではありませんよ。なぜこの場所を選んだのか。たまたま馬が心臓麻痺で、ここで止まったとお思いですか?」


 その言葉にはっと泡を吹いて倒れている馬を見るオーランシュ王とエミール。

「毒……ケルベロスの唾(トリカブト)か!」

「正解です。王よ。そして、襲撃班が隠れていた場所には、とあるものを運ぶように指示をしておきました」


「あの樽のことか? なんだったんだ。ずいぶんと重い樽だったが……」


 小首を傾げる牛男(イサーク)を、心底馬鹿にした表情で見据えるジン。

 一方、オーランシュ王とエミールは、愕然とした表情で『亜人解放戦線』が陣取る背後の草むらを凝視するのだった。


「まったく。つくづくおめでたい鈍牛ですね。まあ、最低限の仕事はしてくれたのでよしとしましょう」

「な、なんだとっ、ジン貴様!?」

「ああ、そうそう。最後だから言っておきますが、私はあなたのことが嫌いでしたし、そもそも亜人の地位向上とかそいういったことにもまったく興味がありませんでしたので」

「なっ――!!」


 怒りのあまり仲間の制止を押し切って、ジンへ掴みかかろうとするイサーク。

 その前に、とんと背中を押したエウフェーミアを押しやるジン。

 イサークは咄嗟にどうすべきか一瞬悩んだ、その刹那――。


「“炎の魔神(イフリート)”よ!」


 ジンの全身が燃え上がったように膨れ上がり、たちまち身の丈五メルトほどもある巨人へと変じた。

 その手が『亜人解放戦線』の構成員たちを薙ぎ払いながら、その背後の草むらへと伸びる。


「まずい! そこにはおそらく火薬が――」

 エミールの切迫した叫びとほぼ同時に、草むらが燃え広がり、次の瞬間、大地を揺るがすような凄まじい爆発が起きたのだった。

ジルの出番がなかった! 後半に出るはずだったのに!

なるべく早く続きは更新します。


なお、〈魔王(シャイタン)〉は現在三名いて、ドルミートの王と副官そしてレグルスが称号を持っています。ドルミートは純粋な魔族の人口一万五千人くらいなので、国というよりも町に近いかもです。

レグルスはあの後、必死こいて修行をして、十年ほどドルミートに行って帰ってきたというところです。将来はともかく、ジルが健在な間はドルミートの王になったりはしません。年取ってなった場合は大魔王ボーンとか名乗って勇者と戦ったりするのかも知れませんけど。

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