央都の協奏曲と辺境伯の追想曲
「では、僭越ながらワタシからクララ様にご報告させていただきます」
壁際にモニカ、エレン、ラナと並んで待機していた侍女四天王(という感じ)のひとり、人造人間のコッペリアが、恭しく腰を屈めて私へ一礼をしてから、一歩前に出てきました。
いまさら気付いたのですけれど、うちの侍女はいろいろと濃いですわね、三十年前の『聖ラビエル教会』で、身の回りの世話をしてくださった見習い巫女や侍女の皆さんは、なんというか小粒というか没個性的に感じたのですけれど、あれが普通だったのねぇ……と、デコボコ並んだお顔を拝見しながら思いつつ、話の続きを促します。
「お願いします。でも、そこは私だけではなく、他の皆さんにもわかるようにご説明をしてくださいね」
「わかりました。――それではクララ様以外の有象無象の皆様も耳の穴かっぽじって聞きやがれでやんす」
慇懃無礼とはまさにこのこと、とお手本にしたいような態度で折り目正しく頭を下げるコッペリア。
「ワタシの調べた限り、央都のみならず大陸中のその筋の組織は現在混乱の最中、混沌の坩堝と言っても過言ではない状況に陥っています」
臨時休業としてカーテンの敷かれたルタンドゥテの店内。
『光芒』を付与した照明の下、テーブルを合わせて会議室風にした室内で、コッペリアが珍しく沈痛な表情で話し始めました。
なお、この場に集まっているのは、他に私(と、その膝の上で寛いでいる使い魔の天狼フィーア・仔犬サイズ)、ルーク、セラヴィ、エレン、ブルーノ、プリュイ、アシミ、ジェシー、エレノア、ライカ、シャトンといったいつもの面子に加え、なぜかリーゼロッテ様とヴィオラも当然のような顔で臨席しています。
急遽この面子が集まった目的はただひとつ。
現在、央都の貴族社会を席巻している噂の真相の追及――すなわちリビティウム皇国の諸侯王筆頭にして、三大貴族(シレント公爵兼央国王、ユニス侯爵兼法王、オーランシュ辺境伯兼軍務卿)の一角を占める重鎮――その当主が、こともあろうに央国内で何者かに襲撃され、多数の死傷者を出したという不確定な噂……醜聞について、各自が集めた情報を持ち寄って真偽を判断しようという試みのためです。
ちなみに、ここで『醜聞』という言葉をあえて使ったのはほかでもありません。それがリビティウム皇国内の貴族の共通認識だに他ならないからです。
なにしろオーランシュ国はグラウィオール帝国及び【闇の森】と国境線を接する皇国の最前線であり、そのため皇国内で広く周知されているが、
『オーランシュに三つの名物あり。すなわち皇国最強の強兵に、闇の森しかない名品珍品、そしてリビティウム皇国のブタクサ姫』
と、吟遊詩人の歌に謳われるほど……くっ……音に聞こえた強国の当主が、こともあろうに賊に襲われ、多大な被害を出したとなれば恥以外のなにものでもないでしょう。少なくともメンツを重んじる貴族社会では醜聞として周知されてしまっていました。
ですがあくまで噂はあくまで噂に過ぎません。ブタクサ姫もいまは巫女姫ですからね! で、とりあえず裏付けをとるべく、今日一日かけて割と自由に動ける立場のセラヴィやジェシー、裏社会に顔の効くシャトンにも協力をお願いして情報の収集にあたっていただいた、その結果を持ち寄っての発表会です。
そういうわけで、意外なことに真っ先に発言の許可を求めたのはコッペリアというわけでした。
まあこれで意外と顔の広い……というか、謎の人脈を持っているコッペリアですので、思いがけない伝手から情報を入手したのかも知れません。
「混沌……そうでしょうね。ですが具体的にどういった勢力が、どのように判断して、どう動いたのかそれはわかっているのですか?」
「勿論です。このワタシにぬかりはありません」
胸を叩くコッペリアの自信満々な態度が、今日はやけに頼もしく見えます。
なにしろ、いまのところ情報は「襲われて死傷者が出た」程度で、具体的な被害やお父様――辺境伯の安否については、いまだ不明な状況ですので、今日一日やきもきしていた私は、藁にもすがる思いで続く言葉に神経を集中しました。
他の面子も似たような表情で、一部を除いて興味深げに続くコッペリアの報告に耳を傾けます。なお、一部というのは、コッペリアの言うことに関しては頭から疑ってかかっているらしく、懐疑的な目で眺めているセラヴィとエレン、それと「一日働いて腹が減った」というので、賄いのガーリックライスを出したところ、一心不乱に頬張っているシャトンとブルーノ、アシミの三人。あと、その様子をどことなく物欲しげに横目でちらちら眺めているリーゼロッテ様のことです。……あら? もしかして真面目に聞いているのは少数なのでは?
「まず、いままでの主流派がふたつに分かれたのを確認しています」
「「「「「?」」」」」
「根強いのが『初代が至高でそれ以外認めない』派ですが、『二代目も含めて巫女姫は最高』派がこれに取って代わろうとしています」
拳を握りしめて熱く語るコッペリア。
「……えーと」
「しかしながら、現在最大派閥なのは『初代など知らん。二代目こそ新時代の女神』派ですが、これについてはまだ発足間もなく若い世代を中心にしているため、ぶっちゃけ海のものとも山のものとも言えず、支持地盤が非常に不安定な状況です」
「ああ、そういう烏合の衆は早々に分裂するか、古参の派閥に切り崩されて併合されるかが常だろうね」
ヴィオラがしたり顔で嘲笑を浮かべました。
「その通りです。そういうことで、我らクララ様公認ファンは、組織の統合に全力を注ぐ方針でございます!」
「なんの話をしているのですか?! というかその非公認の公認ファンクラブは止めるように再三言いましたわよね!?」
「ええ、ですから『クララ様公認ファンクラブ』は解散をして、新たに『クララ様公認ロイヤルファンクラブ』略して『くっころクラブ』へと移行しましたが、それがなにか?」
「なんですの、その豚鬼に捕まる女騎士のようなネーミングは!?」
コッペリアを糾弾する私を、なぜか周りのほとんどが「まあまあ」「ファンクラブくらいいいでしょう」と、口々になだめすかしにかかります。
いやに息の合ったその様子にふと疑念を抱いて、
「もしかして、皆さんもファンクラブの会員なのではないでしょうね……?」
そう疑念を口に出した途端、バッとほとんど全員(フィーアも含めて)一斉に視線を逸らせました。
「え、ちょっと待って――!?!」
「さて、続いては暗殺ギルドとかに確認したあたしですかにゃ」
絶対にグッズ販売とかで一枚噛んでいると思われるシャトンが、空になった皿とスプーンをテーブルに置くと、あからさまに話題を変えて……というか、脱線していた状況をもとに戻しました。
「……どうぞ」
「まず、この犯行にウチの組織は係わっていませんにゃ。あと、少なくとも央都周辺の暗殺ギルドや闇ギルドなどの裏組織も関与してないのは確実ですにゃ。報酬の金貨二十枚に賭けて絶対にゃ」
「そうなると盗賊団か、流れの傭兵とかかな?」
ジェシーの思い付きに、シャトンが首を横に振ります。
「央都近辺にいる大規模な武装集団は、『孤狼旅団』と『夕闇が漆黒に染まりし幻影の牙団』ですが、どちらも関与してない裏付けが取れてますにゃ」
「――わふ(呼んだー)?」
孤狼――一匹狼――という単語に反応して、私の膝の上で小首を傾げるフィーア。
同じように、ライカとエレノアも思わずという風に顔を見合わせ、
「一匹狼が集団になったら、それはもう一匹狼とは呼べないんじゃないかねぇ?」
「夕闇のなんちゃら団は、夜中に勢いで紙に書いて、翌朝見返してのた打ち回りそうなネーミングね」
割と言いたい放題のコメントを連ねるのでした。
「ふむ。そうなると非公式ながら犯行声明を出した『亜人解放戦線』の仕業と見るのが有力であるかの……」
難しい表情でリーゼロッテ様が口を挟みました。
「亜人解放戦線……?」
犯行声明が出ているというお話は初耳ですが、この国の王女であるリーゼロッテ様なら私たちの知らない情報を掴んでいてもおかしくはありません。
「亜人解放戦線というと、確か虐げられている妖精族や獣人族などの偏見の撤廃や、地位向上を目標にして、聖女教団の関係者やリビティウム皇国内の要人の脅迫や暗殺、誘拐などのテロ行為を行っている謎の武装集団じゃなかったかな?」
ヴィオラの簡潔な説明を聞いて、
「妖精族の地位向上だと? それこそが偏見だろうに。何様のつもりだ」
「まったくだねえ。崇高な目的のためなら手段を選ばないっていう“正義の味方”にありがちな考えだね」
「やってることはただの犯罪だし、そういうと同類だと思われると、なおさら肩身が狭くなるのよね~」
「非道ですね。暗殺や誘拐とか、それが同じ血の通った人間の所業とは思えませんね」
憤慨する妖精族と獣人族の当事者であるプリュイとライカ、エレノアたち。あと尻馬に乗るコッペリア。
アシミは案の定、「下らん。人間族はほとほと愚かだな」と、鼻を鳴らしてガーリックライスに集中しています。
それにしても亜人解放戦線ですか。聖女教団の関係者も目の敵にしているということは、
「――あら? もしかして巫女姫の私も、当日にテロの標的にされていた可能性がある……ということでしょうか?」
不本意ながら教団の巫女姫に祭り上げられている私も、そうした面々から見れば不倶戴天の敵の筈です。私としてはなるべく種族の融和を図りたいのですが、理解されるまで茨の道でしょう。
「かも知れん。まあ、昨日の歓迎式典もほとんど直前に決まったものじゃったからのぉ。亜人解放戦線も巫女姫を襲撃する準備が整わなかったのかも知れん。オーランシュ王が襲われたのは、郊外の別宅からの帰路であったし。――だとすれば命拾いをしたということじゃな」
「そうですわね。たまたま、運が良かったということですわね」
眉根を寄せるリーゼロッテ様の言葉に私も同意しました。
それと、私もテロのターゲットということは、不特定多数の来客があるルタンドゥテが特に危険ですので、警備も今以上に人員を増やしていただいて、魔術による結界や防護壁もさらに強化しておいたほうがいいかも知れません。
電流、有刺鉄線、地雷、狙撃手……自衛手段を模索して考え込む私へ、リーゼロッテ様が大きく頷いて、
「うむ、同感じゃ。つくづく運の良い襲撃者どもであるな」
「完璧に返り討ちにあっていたでしょうからね」
「――ちっ。命冥加なテロリストどもですね」
その所感に、ヴィオラとコッペリアも次々と追従しました――けど。
「あれぇ――!?」
そっちの心配ですの?!
「――で、結局、犯人はそのジンカホーセセンとかなのか?」
「亜人解放戦線よ。あと、勝手にお代わりをよそろうとするんじゃないわよ、ブルーノ!」」
「そうそう、それそれ」
エレンに窘められてもなんのその。慣れた様子でキッチンからガーリックライスのお代わりを取ってくるブルーノ。
「うむ。下町に怪文書が配布されていたらしい。『亜人を迫害する元凶。オーランシュ辺境伯に死を下した。これは警告である。亜人解放戦線』とな」
「…………」
その瞬間、すっと足元の血が凍ったような気がしました。
「殺害されたのですか、オーランシュ王は?」
怖いほど真剣な表情でルークがリーゼロッテ様に確認を取ります。
「連中はそう言っておるが、オーランシュ家からは『当主は体調不良により、しばし公務を離れる許可が欲しい』という申請が出ておるだけじゃな」
「――まあ、当主が暗殺されたなどと声高に喧伝することもできませんからね」
軽く肩をすくめるヴィオラ。
「可能性としては五分五分ってところか……」
ジェシーが腕を組んで唸りました。
「いや、俺はハッタリの可能性が高いと思っている」
そう発言したのは、いまのいままで無言を貫いていたセラヴィです。
セラヴィは怪訝な表情を浮かべる私たち――正確には、私とコッペリア、そしてルークの顔を順に眺めながら、言い含めるように続けます。
「忘れたのか? オーランシュ辺境伯の傍にはエミールが、先代のエミール卿の養子になった魔族のレグルスがいたはずだ。魔族にとっては三十年は八~十年くらいのはずだ。あの当時でさえ素でジルに匹敵する魔力を持っていたアイツがその後修行したとしたら、いまが全盛期なんじゃないのか?」
「「「――あっ」」」
◆ ◇ ◆ ◇
央都シレント郊外――。
王族や貴族の別宅が点在する長閑な田舎道を、前後に騎乗した騎士らしい護衛十名を引き連れた、黒塗りの貴族専用馬車が央都へ戻るため疾走していた。
その車内には五十歳程度と思えるロマンスグレーの紳士と、その隣に十歳ほどのドレス姿の少女。対面にはタキシードにホワイトシャツ、ブラックタイを着こなした、いかにも執事然とした青年と壮年の中間に見える男性が座っている。
「……やれやれ、エロイーズにも困ったものだ。儂にまで仮病を使って部屋から出ないとは、どうあっても式典に参加する気はないらしい」
「本来であればお館様が同伴されるのは正妻であるシモネッタ様が筋ですから、エロイーズ様は遠慮されておられるのでしょう」
とっくに見えなくなった別邸に残してきた側室の頑なな態度を思い出して、ロマンスグレーの紳士――オーランシュ王にして皇国辺境伯コルラード・シモン・ハーキュリーズ・オーランシュは苦笑いを浮かべた。
対面からいちおうのフォローを入れるのは、執事――エミール・ボーンと対外的に名を変えたレグルスである。
「ふっ、そんな殊勝なことではないだろう。そもそもシモネッタを出し抜くために、わざわざ自分のホームグランドである央都まで、勝手に戻ってきた女だぞ。あれは嫉妬しているのだよ」
「シモネッタ様にですか?」
「違う。クララに――そして、新たな“巫女姫クララ”にだな。いや、嫉妬というか恐怖かも知れん」
「恐怖……? で、ございますか」
不可解と言わんばかりのエミールの表情に、オーランシュ辺境伯はにやりと笑みを浮かべる。
「おぬしにとっては違うのであろうが、あまりにも眩しい光は、闇に慣れた奴ばらの目には邪魔でしかないのだよ。いまごろクルトゥーラの妃たちも戦々恐々としておるだろうな」
「…………」
上機嫌で笑う父親と、複雑な表情で黙り込む執事。
その光景を少女――オーランシュ辺境伯の末娘であるエウフェーミア・ルチア・オーランシュは、目を見張って凝視していた。
ここまで父であるオーランシュ王が上機嫌で屈託なく笑うのも、この冷静沈着な年齢不詳の執事が本気で悩んでいるのも、どちらも初めて見る姿であったからである。
あるいは、これがこのふたりの本当の本音なのかも知れない――そう訳もなく確信するエウフェーミアであった。
「それにしても碧の瞳をしたクララか。興味深いな」
唐突に話題を変えるオーランシュ王。
その人のことが話題に出たことでエウフェーミアの胸が大きく高鳴った。いま央都どころか大陸中で話題になっている『二代目巫女姫』。その人こそが、エウフェーミアが『姉』と慕う人物であると知らされ、天にも昇る心持ちになったものである。
ああ、やっぱりお姉さまはただ人ではなかったのね!
そう声高にこの場で言いふらしたい衝動に駆られたが、同時にそのことを不用意に明かすべきではない……なぜか、そう本能が警鐘を鳴らすのだった。
どうしたものかしら、と煩悶する間に、オーランシュ王は対面に座るエミールに意味ありげな視線を送ると、
「いまさら尋ねても詮無いことだが、なぜお前はクララとともにオーランシュに下らず、ずっと央都に止まり続けたのだね? まるで誰かを待っていたかのように、ずっといるのは理由があるのかね?」
「……特に理由はございません。あちらには先代がいらっしゃいますので」
「ふふん。まあ、そういうことにしておくか。しかし、なんだね、考えてみればクララもどこかお前の事を避けていたような節があったね。もともとお前を雇うように連れてきたのはクララであったのに、どこか余所余所しいというか……。そもそも、どういう関係だったのだね?」
オーランシュ王の問い掛けに、しばし考え込んだエミールだが、
「――私とお方様は同じ罪を背負った共犯者ですから」
そう言葉少なに答えて視線を逸らせるのだった。
「ふむ、それではもうひとつ。いま央都に現れた巫女姫は」
と、その瞬間、不意に馬車を轢く馬が大きく嘶き、次いでガクンと大きく揺れて止まった。
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