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リビティウム皇国のブタクサ姫  作者: 佐崎 一路
第五章 クレールヒェン王女[15歳]
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巫女姫の祈りと辺境伯の受難

 お祭り騒ぎの町中をネズミの国のお姫様になった気分で、ほぼ半日かけて正門から王宮まで馬車に揺られてパレードを行い。

 王宮に着いたら着いたで、開放された王宮の中庭が一望のもとに見渡せるバルコニーに引っ張り出され、ルークは即興で堂々たるスピーチを行い、私も昔取った杵柄……というか、聖都で巫女姫(アイドル)をやっていた当時のノリで、集まった市民の方々へ向かって一席ぶつことになりました。


「――以上。ご清聴ありがとうございました。お集まりの皆様には心より感謝申し上げます。また、皆様方に聖女様の御加護があらんことを衷心よりお祈り申し上げます」


 清聴どころか鼓膜が破れんばかりの歓声と、興奮のあまり途中からバタバタと失神する聴衆が続出する状況に内心でたじろぎつつも、どうにか段取り通り収まったところで、満を持してリーゼロッテ様のお父様――国王陛下とは思えないほど影が薄く、逆に正室であるリーゼロッテ様のお母様のお妃様は女王様のように堂々としてインパクトがありました――が姿を現わして、何やらボソボソとお言葉を述べられました。


 まあ内容は、

「我が国に留学中の帝国の公子と姫君がともに歴史に残る偉業を成し遂げたのは快挙である」

「特に巫女姫は、もとをたどればユニス法国の法王聖下の血筋であるとか。これはすなわちリビティウムが第二の故郷と言っても過言ではない」

「またふたりとも我が娘である第三王女リーゼロッテの親しい友人であるとか、今後とも変わらぬ友誼を結んで欲しい」

 という、かいつまんで話せば三行で終わりそうなことなのですが、これを様々な婉曲な表現と修辞を重ねて一時間以上語られ、その見た目の地味さもあり、最後のほうは市民の方々もグダグダになっていたようですが……。


 とりま、ここまで前後の式典を合わせて挨拶だけで三時間ほどが経過しました。


 気が付けば夕闇が迫る時間帯になりましたので、その後に王宮の大広間へと舞台を移しての晩餐会へ。

 準備を含めてさらに始まるまで二時間ほど待機です。


 すっかりと日も暮れ、シャンデリアの明かり――実際には光を放つ魔道具(マジック・アイテム)ですが――の下、古式に則った無形文化財のような式典に四時間あまり時間をかけ、ようやく始まった晩餐会本番。


 次々へ紹介される王族や貴族、名士のかたがた。

 歯の浮くようなおお世辞と社交辞令の休む間もない奔流。

 下心丸出しの貴族の殿方の美辞麗句。

 好奇心丸出して私の美容方法に食いつくご婦人集団。

 こちらを窺いながら小鳥のように囀るご令嬢がた。

 ほとんど狂信者と化して興奮している聖女教団の関係者たち。

 さらには次々にダンスに誘われ踊ること五十曲あまり。


「――ということで、古来より女性の幸せは男で決まると申しますが申しますが、吾輩に言わせれば男の人生は女性で決まると言っても過言ではないのですぞないのですぞ」

「左様でございますか。含蓄のあるお話でまさに目から鱗が落ちる思いでございますわ」

「はっはっはっ! そうでしょうそうでしょう」


 気が付けば周りに知り合いはおらず、なぜか隣国の大使だという脂ぎった三十男の恋愛談義に相槌を打っていたところへ、リーゼロッテ様とヴィオラが連れだってやってこられました。


「歓談中失礼するぞ、ダリボル大使。学友として久しぶりに我らも旧交を温めたいので、少々巫女姫をお借りしてもよろしいかな?」

「お……おおっ、これはこれは失礼しました王女様方! なるほどなるほど積もる話もございますでしょう。これはしたりこれはしたり。ではでは吾輩はこれにて失礼させていただきまする。あ、巫女姫様、先ほどお話ししましたように、ぜひぜひ我が国へいらっしゃいますようお願いいたしますます」


 話が佳境のところで割って入ったリーゼロッテ様に、一瞬だけ狙っていた最後のピザ一切れを取られたような表情になったダリボル大使ですが、即座に取って付けたような笑顔を繕って、くどいほど念を押しながらこの場を後にしました。


「大丈夫か、ジル? 見ておったが四時間ほど前から表情が笑顔のまま変わらなくなっておるぞ」

「左様でございますか。含蓄のあるお話でまさに目から鱗が落ちる思いでございますわ。……ああ、問題ありません。矢でも鉄砲でもイデ○ンでもグレ○ラガンでも持って来いですわ」

「うむ。壊れておるな」


 ワイングラス片手にリーゼロッテ様が痛ましげにかぶりを振りました。


「まったく……。大事な姫君を放り出して、騎士たるルーカス公子やセラヴィ君は何をしていることやら」


 帝国の帝族と法国の司祭。いちおう貴賓としてこの場に呼ばれたふたりの男子――他の面子は冒険者ギルドなどが主催で行われている、別の会場のパーティにお呼ばれしています――がこの場にいないことに、ヴィオラが形の良い眉を吊り上げ憤慨しています。

 それから通りかかった侍女から、飲み物とサンドウィッチとクラッカーのような軽食を受け取り、私へ差し出してくださいました。


 ありがたく受け取りつつ、

「えーと、セラヴィはパーティが始まってすぐに逃げました。多分、別会場のほうへ顔を出していると思います。それとルークはさきほどから女王様……ではなく、王妃様に捕まって離れられないみたいですわね」

 そちらのほうを見れば、親子ほども年の離れた王妃様がメスの顔で、ルークの腕を掴んで胸元に『当ててんのよ』状態のままスッポンのように放しません。

 困惑しているルークと、すぐ隣にいながら恐ろしいほどの存在感のなさで、チビチビとエールを飲んでいる旦那様である国王様。


 その光景に一瞬絶句した後、

「すっ、すまぬ、ジル! 母上には悪気はないのじゃ。ただちょっとばかり気に入った相手には遠慮がないというか。別にジルから公子を取ろうとか狙っておるとかではない……はず?」

 慌てて弁明するリーゼロッテ様。

 最後なぜ疑問系なのでしょう?


「――ところで話は変わるのですが」

 リーゼロッテ様とヴィオラがバリアになってくださったお陰で、ようやく一息つけた私は、軽食をつまみ喉を潤したところで、この会場へ入った時から気になっていたことをリーゼロッテ様に尋ねました。

「さきほどご挨拶した中にオーランシュ辺境伯のご当主様がいらっしゃらなかったようですが、もしや央都にご不在なのですか?」


 なぜかパーティには、義兄である次男のトンマーゾ・アッボンディオ・キアッフレード・オーランシュ(二十五歳)が代理で出ていて、私が元義妹のシルティアーナ(ブタクサ姫)だということに気付かないでいたようですが、懸念していたお父様――オーランシュ辺境伯の途中参加もなく、気が付けばそのトンマーゾも会場から姿を消している状況です。

 公式にはリビティウム皇国の諸侯王筆頭で、私的には先代の巫女姫クララを側室に召されていた方が、二代目(実は初代)巫女姫のお披露目に参加しないというのはあまりにも不自然だと思うのですが、どうしたことでしょう?


「ああ、今日ははとこ殿……トンマーゾ殿が代理で出ておられたの。なんぞご当主の都合がつかなくなったとかで」


 ふむ……と考え込むリーゼロッテ様。

 ちなみにトンマーゾ義兄の母である側室のエロイーズ様は現国王陛下の従姉(いとこ)に当たるため、自動的にリーゼロッテ様とは又従兄妹(またいとこ)になるとか。まあ、王族ともなれば血縁関係のある貴族など星の数ほどいるので、特に親しくもないそうですが。


「確かに異なことであるな。実に三日前に王宮でたまたまご当主にお会い際に、ジルの話題が俎上(そじょう)に上ったのじゃが――」


『王女殿下はくだんの巫女姫と親交が深いとか。どうですか、それほど亡き妻に似ておりますか?』

『うむ。わらわは先代は似姿でしか知らぬが、まさに瓜二つ……いや、実物は遥かに美しい女子(おなご)であったぞ、オーランシュ王』

『ほほう! まったくもって当時のクララを髣髴とさせる逸話ですな。常々言われていたのですよ、クララの肖像画は実物の一割ほどもその美しさを伝えられていない、と』

『そうであるな。正直わらわも眉唾だと思っておったのだが、あれを見れば納得せざるを得ぬ。同じ女として嫉妬なり羨望なりする気にもならん。桁どころか次元が違う美貌じゃからの』

『いやいや、王女様も負けず魅力的ですぞ。はっはっはっ!」

『世辞はよいわ。まあ実際、クララ様の生まれ変わり、あるいは娘と言われても納得でき――おっと』

『はははっ、お気遣いなく。シルティアーナはどうも見た目も中身も父親似のようでして、目の色など儂とそっくりですぞ』

『ほう? そういえば、ジル……二代目の巫女姫もオーランシュ王と同じ色の瞳をしておったな。透き通ったエメラルドか翡翠のような綺麗な色であった』

『――ッッッ!?!』

『どうされた、オーランシュ王? 顔色が優れぬようじゃが?』

『…………』

『オーランシュ王?』

『お、おっと。申し訳ありません王女殿下。年甲斐もなくまだ見ぬ二代目巫女姫に思いを馳せてしまいました』

『ほほう。オーランシュ王もお盛んじゃな。じゃが当代の巫女姫にはルーカス公子という相思相愛のお相手がおるからの、恋のさや当てで帝国と戦争は勘弁してもらいたいものじゃぞ』

『はははははっ。さて、実際にお会いしてみない事にはなんとも言えませんなあ。いや、しかし実に楽しみですな、お会いするのが』


「――ということで。ジルに会うことを非常に楽しみにしておって。……なんじゃジル、頭を抱えて?」


 思わず両手で頭を抱える私。

 相思相愛とかツッコミどころは多々ありましたけれど、目下の危急の問題はお父様に私の存在がまず間違いなくバレたか、バレてないとしても、かなりの疑念を抱かせたという点でしょう。

 祖父であるテオドロス法王であっても、割とあっさり正体を見破られたのです。お父様であれば会ったが最後、速攻でバレるのは間違いないところです。


「……いえ、しばし【闇の森(じっか)】に帰ろうかな~、とか思ったもので」

 そして、そのまま逐電しようかしら。


「うん、一年も行方不明だったのだから、ご家族もさぞ心配されていらっしゃるだろうね。一度戻ったほうがいいと思うよ」

「であるが、その前に学園に顔を出してまずは理事長に無事の報告とご挨拶じゃろうな」


 ヴィオラが即座に同意されたのですが、リーゼロッテ様が小首を傾げてしごく真っ当な提案をなされました。


「ええ、そうですわね。メイ理事長にはお世話になりましたし……」

 これはどうあってもお父様に会わずに央都を離れられないフラグでしょうね。

 どうしたものかなぁと思いながら、深々と私はため息をこぼしました。

「……なんとか会わずに済ませられないかしら」


 この時ばかりは心底、聖女様におすがりする気持ちでお星様にお祈りいたしました。


 そうしてつつがなくパーティも終了し、誰もかれもがまんじりともせずに私の帰りを待っていたルタンドゥテに戻れたのは、夜中の二時過ぎで――恐ろしいことにこの時間まで央都のお祭り騒ぎは続いていました――皆さんやフィーアとの感動の再会の後、戻っていたエレンやブルーノたちも含めて、そのまま身内だけのホームパーティへと突入。


 そして翌朝、眠い目をこすりながら学園に顔を出した私を待ち構えていたのは、前日にオーランシュ王(皇国辺境伯)の乗る馬車が何者かに襲われ、多数の死傷者が出たらしいという知らせでした。

ジル「わ、私が不吉なことを祈ったせいでしょうか!?」

緋雪「私のせいじゃないよ!」

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